不思議なもので
多くの国の人々が行き交う国際空港であっても
その地に降りた途端、その国だけの臭いと気候を感じとれるものだな。
そんな感想を私は父の故郷であり
私にとって最初の始まりの地で改めて実感していた。
両親の反対に耳を傾けず、生まれ故郷のアメリカに一人で戻って
がむしゃらに走って、それでも最高の舞台では勝てなくて
日本でのたった一度の奇跡を手にしても満足できなくて
諦めらず、負け続けて、潮時を感じ始めてしまった時
教官としてトレセン学園にスカウトされた。
私が自分の脚で勝ちに行くことを辞め数年が過ぎた年末
両親と妹から「今年こそ直接誕生日を祝わせてほしい」
という内容のメールで贈られて来た。
今まで家族からのメッセージから目を逸らしていたにもかかわらず
競争から距離を取っていた今の私は帰郷の誘いを受け入れられた。
すっかり長年の相棒とかなったキャリーケースを連れ歩き
私はもう何年も会っていない家族の姿を探してた。
……私は私の家族を探していたのに。
「Hey!!オベイ~!!」
この場所で最も聞こえる筈の無い
私が最も嫌いな声が耳を貫く。
反射的に私は振り返ってしまった。
そこに両親と妹。
そして、一番嫌いな彼女がいた。
私の唇が独りでに動いて言葉を吐き出した。
それが日本語なのか英語なのか
あるいはフランス語なのかは分からないけれど
その言葉の意味が「くそったれ」だというのは分かっていた。
※
子どもの頃の思い出に場所になっているレストラン。
そこで開かれた私が主役の誕生会。
それを私は心の底から楽しめないでいた。
ちゃんと家族に笑顔を見せられているのか不安になってくる。
そんな私を一切気にすることなく
彼女は大きなグラタンを平らげる。
少しは遠慮してほしい。
「始めてカタツムリ食べたけど、すっごく美味しいね!」
「それはカキ」
「あ!そうなんだ!オベイは詳しいね!」
「……普通わかるでしょ」
家族はニコニコと私達を見守っている。
みんなを不快にはしたくはないけど
だからといって誤解されるのも耐え難かい。
「ごめん。この子がトイレ行きたいみたいだから案内しに行くね」
「えー?ミーはまだ――」
「いいから!」
私は強引に彼女をトイレを連れて行く。
何もかも問い詰めるために。
「どうしてここにいるの」
「オベイに連れて来られた」
「そうじゃない。
なんで私の家族と一緒にいるの」
「オベイの誕生日お祝いするため」
「だから!なんで貴女がここに――」
「そろそろケーキ出てくる時間だよ!行こ!」
私の都合なんて無視して
いつも彼女は引っ張って行く。
やっぱり、アンタなんか嫌いだ。
※
「今日は楽しかったね!」
「早く寝て」
妹のベッドから彼女が語りかけてくる。
「友だち同士で話したいこともあるよね」
なんて妹が提案して両親もそれに賛成してしまった。
「オベイも妹ちゃん並みに素直ならなー」
確かにあの子は素直すぎる。
姉の友人を偽る不審者を信用してしまうくらい。
「そんなとこも大好きなんだけどね!」
布団の中で溜息が漏れる。
コイツにアンタのそういう所が嫌いと
言ってやったらなんて返すんだろ。
「今日はオベイと久々に会えてホント良かった」
彼女が何故、私を選んだか分からない。
ミシェルやクローの方がよっぽど――
「寂しかったよ。オベイがいなくてさ」
「ついて来なかったのは、貴女の方でしょ」
その言葉は自然と紡がれていた。
理性の外側に残っていた蟠り。
「でも、あの子に任せたのは正解でしょ」
「結果じゃなくて理由を聞いているんだけど」
始めて彼女が口をつぐむ。
外から酔っ払いたちの歌声が聞こえてくる。
その滅茶苦茶なメロディに隠すように彼女は再び言葉を漏らす。
「オベイの最初の夢をさ。妹ちゃんから聞いたよ」
「それがなに」
『一緒に凱旋門賞を走ろう』
ヨーロッパのウマ娘の姉妹が
お決まりの様に約束し合うだけの夢。
それがなんだっていうの。
「オベイはさ、最初から夢を持って走っていたんだよね。
だから新しい夢をいくつも見つける事ができたんだよね」
「皮肉のつもり?」
「ううん。羨ましいなぁって
私は楽しいから、なんとなく走っていただけ
だから、一つ夢を叶えたら満足しちゃった」
「だからなに」
気付くと私はベッドから起きて
寝ている彼女の前に立ちはだかっていた。
「貴女一人で満足しないでよ。
あんな走りをし続けた言い訳にならない。
代理を立てる理由にもならない」
もう理性はどこかへ行った。
あの時みたいに本能で叫んでいる。
「こんな金属一つで穴埋めできると思っているの」
私はレストランで受け取った小さなプレゼントを
彼女が寝ている枕元に押し返した。
もう、既に持っている
彼女とお揃いのイヤリングが入った小箱を。
彼女が私を見上げている。
「プレゼントしたいなら
貴女の敗北をちょうだい」
「それは無理かな」
笑顔が戻った彼女が応える。
いつ見ても腹立たしくて嫌いな顔。
「オベイ相手だと本気で逃げちゃうから」
「今度は追い抜く」
星を宿した瞳の中に
彼女と同じ笑顔が映りこんでいた。
※
「教官。何か楽しみな事があるんですか?」
サクラが芽吹き出そうとする季節。
とある生徒にそう尋ねられた。
「もうすぐ自分のやり残した事ができるんだ」
「そうなんですか」
その生徒は優しそうな微笑みを浮かべ言葉を続ける。
「しっかりトドメを刺してあげてくださいね」
「うん。そのつもり」
私は私の笑顔のまま答えた。