In the dark forest(暗い森の中で) 作:kanpan
封印指定の魔術師が庭に出てくる前にこちらから館に踏み込んで叩いてしまおう、ということでバゼットと言峰の意見は一致した。
「私は正面から踏み込もう」
「では、私は館の裏手から侵入します」
正面からは言峰、裏口からはバゼットと役割を決めて二手に別れ、館に向かう。
魔術師は地下の工房に降りて、隠してあった死体を引きずり出した。その死体にかたっぱしから魔術を行使して
その数はおよそ数十体。十分な数とは言い切れないが、執行者も代行者も残りは一人づつ。うまく立ち回れば奴らを倒す事ができるだろう。
この魔術師は魔導の研究者ではあるが、戦闘技術も身につけていた。むろん執行者や代行者と渡り合えるような実力はない。だが自分の領域であるこの館や庭のなかであれば敵を罠にはめ、打ち取る事は可能だ。
現に今回の戦いにおいて、この魔術師は巧みに執行者と代行者のチームを庭や館のなかでかち合わせて互いに殺し合わせ、効率よく排除してきた。
先日の執行者のように隙をみて自ら相手を殺害した事すらあるのだ。勝機は残っていると魔術師はふんでいた。
ここまで奴らを追いつめたのだ。あと一歩で奴らを完全に撃退できる。そうすれば当分の間は追っ手に邪魔されず、心静かに魔道の探求に勤しめる。
魔術師は
奴が館の中に入ってきたら
魔術師は館の壁の中に姿を隠した。
バゼットは館の脇を駆けて裏側に回っていた。ちょうど良い高さに出窓を見つけることができた。
少し後ろに下がって助走をつけて飛び上がり、窓を蹴破る。バリィン!と景気の良い音をさせて窓ガラスが砕け散った。そしてバゼットは窓枠を踏んで館の中の床に着地する。
館の中にがらん、がらんと鐘の音が響き渡る。これは正面玄関以外から不法に侵入されたことを伝える警報である。
その警報の音に反応して、玄関付近にいた
正面玄関前では言峰が
「———灰は灰に、塵は塵に———」
迷える魂を浄化することは神父の本分である。魔術師に操られる哀れな死体を代行者の拳と脚が粉砕し、その魂を正しくあの世に還す。
飛び込みざまの縦拳で正面の敵の胸板を打ち抜き、続いて左右に端脚を放って両側の敵の頭を吹き飛ばす。
それでも恐怖という感情を持ち得ない死体の群れは機械のように言峰に襲いかかっていく。それに向き合う言峰の背後の壁の中から魔術師は襲撃の機会を伺っていた。
魔術師は壁の中で剣を抜き、構えた。言峰は今壁に背を向けている。
「くらえ代行者め!」
その背中の真ん中向けて、魔術師は手にした剣の束を握りしめ渾身の突きを放つ。
———が、
言峰は鮮やかに身を翻して半身を切った。魔術師の突きは空を裂くに終わった。
「う、わあああっ」
体を壁の中から露出させた魔術師の腕を言峰が掴む。悲鳴と共に魔術師は壁から引きずり出された。
「生憎だったな。その手口は想定済みだ」
あらかじめバゼットから得ていた情報で、言峰は魔術師が壁の中に潜んで奇襲してくることを読んでいた。
広間に放り出されてふらつく魔術師に容赦なく言峰の肘打が飛ぶ。
「ぐわあああ———っ……」
魔術師はかろうじて片手で攻撃をガードしたものの、その一撃で腕が潰された。攻撃を受けた反動で広間の後方に弾き飛ばされる。
まともな戦闘になってはとても代行者に叶わない。魔術師は弾き飛ばされたのをいいことに、そのまま逃走を試みた。広間を出て館の裏口へと向かい、そこから外へ脱出しよう。
だが、裏口へつづく廊下に出た魔術師が次に目にした光景は炎や氷を浴びせられて倒れる
館の裏手から侵入したバゼットもまた
「やあああっ———!」
バゼットの飛び蹴りが一体の敵を吹き飛ばす。そして着地してかがんだ瞬間にバゼットは手足に刻んだ強化のルーンを発動した。バゼットの両手両足が青白いルーンの加護の光で包まれる。
「はっ!」
バゼットは宙返りをしながら目の前の敵を蹴り上げた。そして宙に浮いた敵に空中で3連発の蹴りを叩き込む。バゼットの細身の体にはゆとりのある男物スーツの裾が華麗に翻る。それはまるでサーカスの曲芸のごとく。
さらに、バゼットはルーン魔術を唱えては拳と脚にその力をまとい、リズミカルに相手に叩き付けて行く。
古の時代、戦士たちは己の剣や槍にルーン魔術を施し戦った。現代人のバゼットはそのような武器を持ち歩かないがその拳と脚がその代わりだ。その威力は現代の武器である銃火器に匹敵する。
「
炎のルーンを手にまとい敵の頭を焼き付くし、
「
氷のルーンで敵の体を凍らせてそのまま微塵に破壊する。
「くっ……、まさか執行者までやってくるとは……」
魔術師は再び壁の中に身を隠して、そのまま二階に逃れた。二階の中の部屋の一つに飛び込み、部屋の扉を魔術で強化して隠れる。隠れていてもいずれ詰んでしまうが、少しでも時間稼ぎをし、代行者にやられた傷を応急処置しなければ。
言峰は魔術師が二階に逃げた事を察して、階段を登って二階に上がった。目につく部屋の扉を片っ端から壊し、中を調べあげる。
二階の廊下ではバゴッ、という音が一定間隔で響き渡っていた。言峰が掌底で扉を叩きこわす音だ。
「ひいいぃぃぃ」
魔術師は隠れている部屋の中で頭をかかえて息を殺しているほかはない。だが代行者の足音と扉の破壊音は着実に魔術師の部屋に近づいてくる。
とうとう足音は魔術師のいる部屋の前で止まった。
言峰は目の前の扉に掌底を打ち付けた。バシンと大きな音がしたが、他の扉と違いこの扉だけはびくともしていない。この扉は強化を施されているようだ。つまり、この中に魔術師が隠れている可能性が高い。
言峰は呼吸を整え扉に掌底を添える。そしてその場でダン!と足で床を踏みならした。周囲の壁がその振動で揺らぐ。
震脚。急激な重心を落としつつ足を踏ん張ることで身体をその場に固定し、力を集中させる技だ。そしてその力を掌底に送り込む。
「ハッ!」
気合一閃。扉はドゴン!と破裂音を発して周りの壁ごと吹き飛んだ。中国拳法の奥義、発勁である。
バゼットは一階で
「上か?」
それを追って彼女も二階への階段へ走る。
階段を軽やかに駆け上がりながら、バゼットはこの上なく愉快な気分に包まれていた。たった二日前まで一秒たりとも気の抜けない死地だったこの館が今はどうだ? まるで子供の遊び場のようだ。広い館の中で逃げ惑い隠れる相手を追う遊戯さながらに、バゼットは全速力でに魔術師に迫る。
いつ見返りがあるのかも判らない組織への忠誠を振り切って得たこの開放感。あの神父の提案を飲んだときに感じたためらいはすでに消え去っていた。
二階に駆け上がったバゼットは魔力が強く発生している場所を感知して、魔術師の隠れている部屋のあたりをつける。
「ここだ!」
バゼットはある部屋の壁の横で屈み込んで足にルーンを刻んだ。
「
古代の神々である
「やぁっっ!」
ルーンの加護で強化された足で部屋の壁を蹴り抜いてぶち破った。
部屋の真ん中に立つ魔術師の表情には焦りが浮かんでいた。
彼の前方には黒鍵を抜いて構えた代行者が立ちふさがっている。そして後方には今しがた石壁を瓦礫に変えて突っ込んできた執行者がいる。
「貴様ら……手を組んだのか!」
魔術師は自分が目にしているモノを疑う。まさか、宿敵のはずの執行者と代行者が通じるなど。執行者も代行者にとっては排除すべき異端に変わりないはずだ。互いに殺し合うべき奴らがなぜ手を取り合っている…!? もし奴らが本当に共謀しているのだとしたらもはや生きて逃れる術はない。魔術師の心を絶望が覆う。
魔術師は苦々しい表情のまま自分を挟んで立つ代行者と執行者を交互に睨むが、自分から動く事はできなかった。
「覚悟っ!」
立ちすくむ魔術師にバゼットが床を蹴って飛びかかる。振り下ろされたバゼットの拳を魔術師は手にした剣でかろうじて弾いた。バゼットは横に軽くステップし、再び拳を叩き込む。それを魔術師は再び弾く。更にステップからの拳。それを三度、剣で弾く。
バゼットは次のステップで後方に飛び退った。
「
ルーンの詠唱に呼応して、魔術師を囲む床の三カ所が光る。その場所はまさしくさきほどバゼットが攻撃の際に着地した場所だった。
バゼットの拳は単なるおとり。拳を打ち込む前にバゼットは床の上で足を素早く滑らせ、足下にルーンを刻んでいた。その三カ所のルーンが形作るのは、束縛のルーン陣。
「ぬああっ……」
魔術師は体を動かそうとするが、彼の足はびくとも動かない。ルーンの力が魔術師の体の自由を奪い、その足を床に貼付けている。
そこに、
「
言峰は呪文をつぶやき、手にした黒鍵を振るう。宙に放った何本もの黒鍵が魔術師の体に降り注いだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ」
体を黒鍵で串刺しにされた魔術師が断末魔の悲鳴を上げている。耳をつんざく絶叫が響く中、バゼットは右拳を握り直し魔術師に飛びかかると、その顔面に一撃を放った。
拳が魔術師のあごを打ち砕き、悲鳴はその生命ともども停止した。
執行者バゼットと代行者言峰の二人共にとって、封印指定の魔術師殺しの任務は完了した。
ではな、と短い別れの挨拶だけを残して、言峰は踵を返し去って行った。
バゼットも仕留めた魔術師の亡骸を回収し、館を後にする。
こうして、執行者と代行者は何事もなかったかのように互いの組織に戻る。
帰途につきながら、バゼットは去り際の言峰の後ろ姿を思い浮かべた。
あの代行者の神父とは再会する予感がある。
バゼットは封印指定の魔術師を追う。
あの神父は代行者として異端を狩る。
彼には魔術に関する知識があり、死徒や悪魔憑きよりは魔術師狩りに配置されるだろう。
バゼットは思う。私たちは競争相手としてうまく噛み合うと。
この後、バゼットと言峰は合計三回の協力関係を結ぶ。
この一度目はただの偶然。
だが、二度目と三度目の関係は、バゼットが無意識で望んで導いた必然だった。