かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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勝利/そして■■■が顔を出す

 

「……勝った」

 

 それを確信したと同時に、ウルは全身から力が抜けていくのを感じた。緊張が解けた、とかではなく、魔力が一気に底を突いたのだ。ギリギリだった。肉体の魔力が完全に尽きても、魔術とちがい何も出来なくなるわけではないが、一気に運動能力は落ちる。疲労のピークも相まって、半ば崩れ落ちるように戦車の天板にウルは倒れ込んだ。

 

「ウルさ、ま」

「……無理しなくて、いい」

 

 その背中をぼふっと、シズクが支えた。いや、正確には支えようとして、支えきれず彼女もまたそのままばたんと地面に倒れ伏した。当然ではあった。彼女も極度の集中を要する発展魔術(セカンド)を連発している。魔力も精神力も尽き果てているだろう。

 

「うー……」

『ワシ、干からびそう、骨なのに』

 

 戦車の中から這い出たリーネも、そしてゆるゆると“城壁モード”を解除しているロックも同様だ。全員満身創痍である。全員それぞれの理由で心身に限界が来ていた。

 

「それで……どうするの、これから」

「……怪鳥の魔石の回収は」

「どうやら、その必要は無いみたいですね」

 

 と、シズクが迷宮の密林の向こうを見る。すると遠方、怪鳥達が落下したと思しき方角から、何かが飛来してくる。敵の攻撃にも一瞬見えたが、それは魔石だった。ウル達が保有する【魔石収容鞄】に向かって飛んできたソレは、間もなく戦車内部の鞄に吸い取られた。

 

「……流石、おい、ロック」

 

 所持者と撃破した魔物を結び、魔石を回収する鞄、ディズのプレゼントだったそれは思った以上に高性能だったらしい。ウルは鞄を取り出し、幾つかの魔石を戦車の外装、ロックへと放り投げた。投げられた魔石は間もなくロックに吸収される。

 

「動けるか」

『なんとかの……うーん、毒沼に落ちた魔石は不味いのう」

「急ぎ沼地から出てくれ。このまま沈むのは不味い」

 

 勝利を喜ぶ気力すら無い。そもそも勝利を喜ぶには気が早い。現状、ウル達は迷宮の上層深くまで侵入している。毒花怪鳥が居座っていたこの毒茸の沼は、大罪迷宮中層へと続く入り口の近辺だ。ここから迷宮の外まで続く道も決して容易くはない。

 大仕事を終え、その帰り道で魔物にやられて終わるなんて洒落にならん。

 

 消耗品は使い果たしている。シズクとリーネは使い物にならない。身体がまだなんとか動かせるウルと、そしてロックだけでなんとか凌ぎ脱出しなければならない。

 

「よし、全員状態を確認次第、脱出するぞ。いいな――」

 

 ウルはそう言って周囲を確認した。

 己がこれ以上できることが少ないことを把握しているリーネは一先ず戦車へと戻る。ロックは沼地から脱出すべく慎重に車輪を回している。難しいようならウルも毒沼に降りるリスクを飲んで手伝わなければならないかもしれない。

 そしてシズクは極度の集中で大分参っているらしい。フラフラと頭を揺らしている。

 

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「…………………は?」

 

 それを目撃した瞬間のウルの動きは半ば反射だった。グリードでの訓練所、繰り返し繰り返し、命の危機に瀕するレベルの過酷な訓練の中で身につけた条件反射。

 「前衛は後衛を守れ」という反射がその手をシズクの肩へと伸ばした。

 

 そして次の瞬間その“白い蔦”によって、シズクの身体が、ウルを巻き込んで、迷宮の奥深くの闇の中へと引きずり込まれていった。

 

『…………はあ?!』

「え?なに?!」

 

 それを目撃したロックは驚愕の声を上げ、リーネはその声に驚く。だが二人の移動は止めることは出来なかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 なんだ なんだ! なんだ!?

 

 突如として叩き込まれた異常事態に、ウルは完全にパニック状態に陥っていた。既に身体は元より、精神も大分ガタがきていたのだ。限界の集中と、そこからの解放による弛緩、緩みきった所に来たこの異常事態はウルを激しく混乱させた。

 それでも尚、抱えたシズクの身体を決して離さなかった。だが、結果としてシズクを攫った“白い蔦”にウルは巻き込まれ、ぐんぐんと迷宮の奥へと引っ張られていく。

 

 奥、そう、奥だ。ウル達は迷宮の深部へと突入していた。

 

 景観が明らかに変わっていった。上層は魔物達が出現することを除けば、まだ常識的な“森”の範疇だった。だが、横目に見る今の迷宮の景観は違ってくる。僅かでアレ届いていた陽の光が全くない闇と、明らかに異様に成長した大樹が乱立している。

 そしてその大樹を這い纏る異様な魔物が、彼方此方でその目を光らせる。更に羽音と言うにはあまりに大きな轟音と共に飛び交う幾つもの影、鳴き声、足音。

 

 それら全てから“毒花怪鳥以上の圧を感じる”。

 

 ダメだ。奥に行ってはダメだ!

 

 超人的な直感など必要ない。子供だって理解するだろう。此処はヒトのいて良い場所ではないと。ウルは明らかに自分の実力からはかけ離れた魔境に連れていかれているのを感じた。 一刻も早く戻らなければ、逃げなければ!!

 そう思い、ウルはシズクにまとわりつく蔦を指でかけ、引っ張るが、びくともしない。疲労しているせいか、とも思ったが蔦から感じる異様な圧がそうではないと告げていた。

  コレまで接してきた魔物達とは違う、あからさまなまでに放たれる嫌な気配。だが、恐れて、このまま連れ去られるがまま奥へと行くのだけはダメだ。

 

「シズク!おい!!」

「……」

 

 シズクの反応は、ない。意識を失っている?発展魔術の連発と今ので意識が飛んだのか?ならば自分でなんとかするしかない。

 護身用のナイフを手に、蔦に刃を立て、少しでも削って――

 

 

 

『 痴   れ  者    め   が』

 

 

 

 耳元で聞こえたその声に、ウルは怖気が全身をのたうつのを感じた。

 

 シズクを伝う蔓が突然その動きを変えた。汚いものを振り落とすようにウル達は放り捨てられた。そして地面に落下する。

 

「があ!?」

 

 凄まじい勢いで地面を転がり、ウルは全身の痛みに悲鳴を上げた。みしりと骨が軋む音がする。骨が折れた可能性もあった。たたきつけられた衝撃でシズクを放り出さなかったのは奇跡だった。

 

「……………こ、こは」

 

 ウルは痛みに耐えながら、周囲を見渡す。先ほどの闇より、更に濃い闇、

 黒の画材で塗りつぶされたような暗黒。なのに瞳がその景観を克明に映し出すのは奇妙極まった。大地を穿つような大樹が密集している。

 足下を見る。ソレもまた大樹の背だ。その“横っ腹”に身体を預けている。

 

「…………っ!?」

 

 最初は、横倒しになった木に墜落したのかとも思ったが、そうではない。ウルの立っていた大樹も間違いなく大地に根付いていた。“ウルの真横に存在する地面を穿っている”。

 地面が真横にある。下にはない。下には果てしない闇がずっと続いている。

 

 脳みそが理解を拒否する光景。だが、【大罪迷宮ラスト】の成り立ちを冒険者ギルドで片耳に入れていたウルは、その異様な景観の理由を理解した。

 

 大地が、歪んでいる。

 

 この【大罪迷宮ラスト】の起こり、無限拡張していた迷宮を白の魔女に封じられ、結果空間が歪んだ。地面すらもひっくり返ったこの世界は、迷宮のその起こりの場所。

 即ち、此処は大罪迷宮の奥、【中層】どころではない。

 

 【深層】だ。

 

「………………げ、え」

 

 冷や汗が止まらない。ウルは胃から反吐が出そうだった。食事を取ってたら普通に吐いていた。最悪の状況だった。

 

 上層は【銅】の遊び場、中層は【銀】の職場、深層は【金】の墓場。

 

 ウルが目標とする金色の冒険者、歴代の幾多もの伝説達が挑み、そして死んでいったのが大罪迷宮の深層だ。文字どおり、ヒトの手に余る人外魔境こそが此処だ。未だ誰一人攻略者のいない完全無欠の地獄こそが此処だ。

 

 逃げる、逃げない以前の問題だ。完全にウルがどうこうできる領域を超えている。なにをどうすれば事態が好転するのか全く分からない。あるいは、既に――――

 

『なに を  呆 け    て いる ?』

 

 そして、それよりも深い絶望が目の前に、在った。

 

『招  か れ ざ  る 客    め が』

 

 それは、小さかった。

 比較的小柄なウルの身体よりも更に小さい。まるで幼子のように小さな身体。衣類の一つも身に纏わず、ヒトと同じく四肢がある。だがそれ以外の身体のパーツはのっぺりとしていた。髪は長い。顔つきは、世間一般のそれと比べて端正であったと言えるだろう。そのためか少女のように見えた。

 

 だが、ただ、悍ましい、と、ウルはそう思った。

 

 ウルは自身のその感想を疑問に思った。悍ましい?何故だろう。一見すれば少女のようである筈なのに。何故にこんなにも、胸糞が悪くなるんだろう。視界に納める事すらしたくはなかった。眺め続けていれば、狂ってしまいそうな不快感の塊がそこにあった。

 

 それは、頭から伸びている捻れ伸びた角のせいか

 それは、闇の中でも更に冥い浅黒く赤い瞳のせいか

 それは、背中から伸びた、迷宮の闇すら飲み込む巨大な翼のせいか

 

 

 

『  何 故  に  我の    前 に   おる  塵芥 』

 

 

 

 その美しい容姿を乗せた顔がパックリと二つに割れる。

 

 切り開かれた口から長い長い、真っ黒な牙が伸びる。

 

 竜が そこに居た。

 

「…………なんでだよちくしょう」

 

 ウルは泣きそうな声で悪態をついた。


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