かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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勝利の宴

 

 

 

「はいお待ち!!白茸とシイの葉のバター炒め!それに赤花鳥の手羽先ね!ホクホクネマイモのシチューパイ包み!エール!葡萄酒!!リリのジュース!!」

 

 どかどかと巨大な皿に並ぶ多量の食事が机に並ぶ。こぼれ落ちそうなくらいに料理が盛り付けられた皿を器用に運んでいく。胃袋を殴りつけるような暴力的な香ばしい匂いが溢れる。ウルは口の中に唾が溢れるのを感じて、喉を鳴らした。

 

「……たまらんな」

「癒院のお食事は、あまり美味しくありませんでしたからね」

「それ以上になんの気兼ねの無いまともな食事はひさしぶりな気がする」

 

 シズクはウルの言葉にこくりと頷く。

 怪鳥の討伐より以前から、身体作りのためにも食事は欠かさなかったが、しかしどこか気が気では無かった。ディズが指定した時間までに怪鳥を討てるのか。今回は賭けた費用が大きかっただけに、悲鳴を上げる胃をなだめて無理矢理食事を押し込んだものだった。

 

 が、今は違う。懸念すべき問題は山ほどあるが、目の前の食事を楽しむ余裕はあった。

 

「よし……」

 

 ウルは一先ず自分の前に注がれたジョッキを手にして立ち上がる。そのウルの姿をシズク達のみならず、この酒場に居る全ての冒険者達が眺めていた。ウルはわざとらしく一度咳を払い、そしてジョッキを掲げる。

 

「毒花怪鳥撃破ゴチになりましたー!!!全員飲めー!!」

 

 ウルの咆吼に冒険者達が奢られた酒を掲げ、雄叫びを上げる。宴が始まった。

 ウルはつつがなく馬鹿騒ぎを始めた冒険者達にほっと息を吐くと、そのまま自分の椅子に戻り、そして机に座る一同に向き直った。シズク、ロック、リーネにディズとアカネもいる。

 

「……で、怪鳥撃破おめでとう&竜撃退お疲れとありがとう&リーネ参加ありがとうっツー事で、乾杯」

『さっきとテンションちがいすぎんかの』

「うっさい乾杯乾杯」

《いえーいかんぱーい!!》

 

 5歳児くらいの子供に姿を変えたアカネが楽しそうにグラスを掲げ、ソレに追従するようにウル達も乾杯した。

 

「あ、此処のエール美味しい。少しナッツの香りする」

「葡萄酒もなかなかいけておりますね」

『っかー!!この一杯のために生きておるわ!!』

「死んでるが。というかソレ美味いのか?酒に魔石入れただけなんだが」

『いやーこれがなんと魔石が酒精を帯びて味が染まるんじゃよ。思いついたワシ天才!』

《ジュースもおいちーのよ!!》

「ミルク、冷えてるわね。冷凍魔術の効きが良いのかしら」

 

 がやがやと騒ぎ始める。ヒトが増えたなあ、とウルは感慨深く思いながら手羽にかぶりついた。歯が肉を裂き、中の肉汁が溢れ舌を幸福感が包んだ。ウルは生きていて良かったと心の底から思った。

 

「今回ばかりは本当にダメかと」

『ま、完全に無事とはいかんかった、が、の……カカ……いや……そのな?』

「んだよ」

『カカカ-!!魔眼に眼帯に右手に包帯とかかっこえーのー!!ほれ!!魔眼が疼く…!とかやってみろオイ!!!』

「っく…!我が封印されし邪眼が鳴動する…!!」

『……!…………!!!!』

 

 試しにやってみたらバカウケした。何が面白いんだか分からん。

 

「冗談とか虚勢で済んだらどんだけ良かったんだけどねえ。右手は大丈夫?」

「今のところは」

 

 ディズの問いに、ウルは一回り大きくなった右手で器用にフォークを握り盛り付けられたサラダの大葉を突き刺し、そのまま口に運んだ。右手は今のところ自分の意思通りに動く。突然勝手に暴れ出したり、ヒトを殺そうとしたりはしない。欠点があるとすれば

 

「身体を洗うとき、爪が刺さって痛い」

「庶民的な悩みですね?」

「爪ヤスリいる?」

「ヤス……ああ、そうか、爪削れば良いのか。天才か」

 

 呪いとか言われていたので、未来永劫このままなのかと若干悩みもしたのだが、別に、竜の爪を削ってはいけないという規則はない。爪が丸くなった竜の手というのは中々にシュールが気もするが、実用優先だ。

 

「竜はこりごりだ」

「でもその竜を討つんでしょう?」

「そうなんだよなあ……ディズ、楽に倒せる竜とかいない?」

 

 ウルがやけくそ気味に問うと、ディズは楽しそうにニッコリと微笑んだ。

 

「怠惰の眷属竜とか大体眠りっぱなしでめったに起きないよ」

「へえ……それなら」

「その表皮から定期的に生物の活動を鈍化させるガスを噴射し、対策なしに近づく生物は問答無用で睡眠状態になって、そのまま生命活動も停止させるけど」

「地獄か」

「怠惰の竜は地面と同化するから、周囲で死んだ生物は通常の何倍もの速度で腐敗し、ぐずぐずになって地面の養分になる。竜周辺は生物が一切存在しない腐敗の大地と化す。結果、命の無い不死者がわんさか」

「ナマ言ってすみませんでした」

 

 そんな楽な道は無いということか。

 

『カカ、そもそも黄金以前に、銀級もまだじゃろ』

「……ま、そりゃそうだ。っつーか銀級はまだなれんのかね」

「あらら随分気が早いじゃないのー」

 

 と、そこに新たな声が湧いて出た。なんだとウルが振り返る前にがばりと背後からのしかかる柔い感触。覚えのある声。ギルド長のアランサだ。

 

「んっふっふ、まさか怪鳥を討つどころか、竜と対峙して生きて帰るなんて、なっかなかやるわね。期待の新星」

「どえらく酒くさいんだがよってらっしゃる?」

 

 そうねえ。とアランサは掴んだジョッキをぐいと男らしく飲み干す。

 

「あんたらが無事生きて帰ってきて、嬉しくてね。まさかその後、竜とやりあって、挙げ句、天陽騎士が出てくるとはおもいもしなかったけれど」

「ご心配をおかけしました」

「本当にね」

 

 アランサは頭を下げるシズクをなでる。そしてそのままその目がリーネを捉えた。彼女は再び頬を緩める。

 

「リーネ様も、良かったです。仲間が見つかって」

「様は良いです。レイライン当主は今は父が代行しています」

「いいえ、同じギルド員ですが、それでも線引きは必要です。でも嬉しいのは本当です。貴方の道が決まって良かった」

 

 アランサは心から嬉しそうにそう告げる。随分と彼女の事は心配していただけに、ちゃんと彼女が望む道を進めたことを喜んでいるようだった。

 

「というか、あんたらは気をつけなよ?神官との距離感間違えるんじゃないよ?リーネ様が特別なんだからね?」

「まあ、気をつけるようにはするつもりだが……何分育ちが悪いからなあ……」

 

 ウルは分厚いハムに噛り付きながら呻いた。神官と都市民との繋がりは深く重いが、神官と名無しの放浪者との繋がりは、薄い。生活を都市に依存しない(できない)が故に、必要以上の畏怖が無い。

 これを持たざる者の強みというのは少し違うが。どちらかというと無謀に近い。

 が、今後はそうはいかない。

 

「冒険者の銀、金級目指すなら、必然神官達と関わる事も増えるんだから」

「そういうものか」

「都市の運営と精霊と交信できる神官達は密接に関わる。魔石を沢山稼ぐ強い冒険者は必然的に神官達と繋がるのよ。リーネ様みたいに神官が冒険者になるのは希だけど」

「ヌウの私たちの家はそれほど、精霊には通じていないけど。上の官位は違うでしょうね」

「なるほど……だが、結局俺達は銀になれるんだろうか?」

 

 出世すると気遣う部分が増えたのは分かったが、結局本当に出世できなければ狸の皮算用である。問われたアランサはやや複雑そうに額に皺を寄せた。

 

「まーそれが、割と判断が難しいのよ……」

 

 詳細は言えないが、と彼女が言うところによると、賞金首撃破の貢献度は間違いなく高い。なにせ誰もが手をこまねき、野放しになっていた魔物を撃破しているのだから、認めるところ大だろう。 

 しかし、まだウル達が冒険者の活動を始めて、3ヶ月だ。経験も実力もまだ浅いのもまた事実だった。

 

「銀を与えるなら当然、責任も伴うわ。その貢献を認めることと、大任を任せるってのはまた別だし……」

「言わんとすることは分かるがな」

 

 ウルとて、こんな特殊な状況でないならじっくりと経験を重ねて実績と自信を身につけてから出世したいと思う。身の丈に合わない仕事と責任なんてまっぴらご免だった。無論そんな事を言っている場合でもないのだが。

 

「とはいえ、流石に“銅の四級”のままではないとは思うけどね。詳細が定まり次第伝えるから、ソレまでは待っていてー」

 

 そう言ってひらひらと手を振り、後は若い者達で、と彼女は去っていった。

 

「……出来れば早く決まってほしいがな…」

《いきいそぐなー》

「仕方ない。お前が解体される瀬戸際だ」

《あたしもがんばってんだけどなー、でぃずがなー》

「アカネがもっと頑張ってくれたら助かるんだけどね、私も」

 

 むにーとディズはアカネの頬をつまむと、アカネはこそばゆそうに眼を細めた。こうしてるやりとりを見ると仲の良い姉妹のようにも見える。が、その実は研究のため殺されそうな少女と殺しそうな少女である。傍から見ても奇妙な友情だった。

 

「そういやそっちの仕事……竜の信奉者の捜索、上手くいかなかったのか」

「そだね、都市や、大罪迷宮内部をかなり入念に探したんだけど、いなかった。この周辺に痕跡があるんだけど……むーん」

《でぃずーはなせー》

 

 アカネのほっぺをつまみながら悩み始めるディズにアカネの抗議は届かなかった。そっとウルがディズの指をアカネの頬から解放してやると、アカネは嬉しそうにウルにすりついてきたので、彼女の頭を撫でてやる。可愛らしい。

 

「アテが外れた以上、場所を変えるしか無いかなって」

「それが天陽騎士の行き先と被るって?」

 

 天陽騎士エシェルとの話し合いで出た、天陽騎士からの依頼が自分の目的地と“ダブる”、というディズの予想である。

 

「エシェル、あの天陽騎士が今抱えているトラブル。【グラドル領】に私も用があってね。十中八九君たちへの依頼も恐らくそこだろう」

「グラドルか……」

 

 アカネをあやしながら、ウルは若干嫌な顔をした。

 

『なんじゃあウル、その国に嫌な思い出でもあるんかの』

「……あの国は衛星都市の建設に精力的でな。人類生存圏の拡張に尽力している国だよ。この大陸じゃプラウディアに次ぐ大国……ただ」

「ただ?」

「グラドルとその周辺国は“名無し”の扱いがちょっとな……」

 

 大罪都市グラドルの王(シンラ)は数世代にわたってこの大陸全てを“生存圏”にする事を目標として掲げ、邁進している。【生産都市】【衛星都市】の建築を進める。が、当然、人類の生存圏外での建築作業は尋常なものではない。魔物達に襲われる事はしょっちゅうだ。

 当然、都市民は進んで開拓に向かう者は少ない(莫大な報酬を目当てにして向かう者がいないわけではないが)開拓の労働力の大半は、都市に住まう権利のない“名無し”である。

 

「開拓都市の、半ば奴隷みたいな扱いになってるからなあ。“名無し”」

「グラドルは身分差が激しいというのは聞いていたけれど……」

 

 リーネは顔を顰める。大罪都市ラストでは魔術の方が重視されているためか、それほどに神官、都市民、名無しの間での扱いに差が激しくはない。シズクは名無しだろうと魔術に素晴らしい才覚を見せたがために敬意を払われていた。グラドルの在り方はソレとは全く違う。

 

『なんじゃあそんなもん逃げりゃいいじゃろ?』

「……まあ、理由は色々あるが、一応報酬として“都市開拓後の永住権”ってのがあってだな。ソレ目当てで必死に働くヒトも多くてだな」

「それ、本当なの?」

「口約束で用が終わったら迷宮の穴蔵にポイ捨てで処分、なんて噂まである。あくまで噂だけどな」

 

 リーネは更に不安になった。ディズもそのウルの言葉に対して咎めたり、訂正したりはしない。つまりは、そういった不穏さが漂う地域という事になる。

 実際ウルも、以前放浪していた際には危うく開拓労働者に“就職”しかけたので慌てて逃げた事もあった。が、今回はそうもいかない。シズクの証明の件もあるし、ディズの仕事もあるのだ。腹をくくるしか無い。

 

『カカカ、今から色々と心配しても仕方あるまい?酒が不味くなるわ!』

《おらー!のめー!!》

 

 少し重くなった空気を破るようにロックが笑い、それにアカネが乗じる。ウルふっと肩の力を抜いた。ごもっともである。折角大きな山場を乗り越えたのだ。なんだってその祝いの場でしんどいツラをぶら下げねばならないのだ。

 

「リーネ、折角だ。此処の名物料理とか無いのか」

「アモチ焼き」

「もう飽きるほど喰った」

「ならそうね……例えば――――」

 

 そんな感じで、とりとめのない雑談を続けながら、楽しい宴の時間は過ぎていった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『カカ……もーのめん』

「人骨が酔っ払うのはシュールだな」

《もーのめにゃーい》

「アカネは酒飲んでないんだがなあ」

「…………」

「目を開けたまま寝てる…?」

 

 宴も終盤に入っていた。ウル達一行も、そのほかの冒険者達も飲めや歌えやを満喫し、アルコールの心地よさを満喫していた。酒場の従業員も皿を回収し始めている。そろそろお開きの時間だった。

  ディズは「仕事があるから」と適度なタイミングで席を外した。アカネを連れていくかと思ったが、今日くらいは良いさ、とアッサリそう言って颯爽と去っていった。テーブルについている内3人も既に潰れかけている。

 問題ないのはウルともう独り。

 

「シズクは平気なのか」

「ラストのお酒は美味しいですねえ」

「そうだなあ……魔術と酒造って関係あるのかなあ」

 

 シズクだけのようだ。若干ほわほわしてるが少なくとも会話の受け答えは出来ている。美味しそうに葡萄酒をくぴくぴと飲んでいる。腹も膨れ、適度に酔いも回り、ウルも心地よい気分になっていた。

 この時間が続けば良いのに、と、そう思えた。この感情はなんなのか。

 

「ウル様、心地よいですか?」

「そうだな」

「では、幸いですね」

「ああ……」

 

 シズクがそう言った。幸い、幸せ。ああ、そうか。幸せなのか。と、ウルは自覚する。今の心地よさは幸福なのだろう。冒険者になる前からずっと必死で、ただただ生き残ることだけにがむしゃらになっていた。今が幸いで、それが続けば良いと思えたのは、ひょっとしたら初めてなのかもしれない。

 元々、アカネの命を守ろうとしているのも、冒険者になって毎日ひいひい言っているのも、全ては幸せのためなのに、その幸せを深く自覚したのはこの時が初めてだった。

 勿論、この時がずっと続くわけではなし、やらなければならないことは沢山あるが――

 

「そういえば、ウル様。わすれていたのですが」

「ん……」

「また、抱きしめますか?」

 

 なに言っとんじゃこの女。と思ったら、彼女はニコニコ笑いながら、両手を広げてこっちを見ている。また、とは、と、ウルが酔った頭を巡らすと、そういえばグリードでの宴会で、彼女を抱き上げ、勝利を宣言したのを思い出した。

 

「ますか?」

「いや、別に必ずやらんといかん訳でもないが」

「ますか?」

「しない」

「しませんか」

 

 シズクは哀しそうな顔になった。

 

「……するか」

「しますか」

 

 シズクは嬉しそうな顔になった。

 

「……酔うと顔に出やすくなる?」

「そうですか?」

 

 まあいいか、とウルはシズクの腕に身体を預けてみた。柔らかく、良い匂いがした。お酒の匂いもするが、それはウルも同じだった。心地よかった。このまま眠りたくなる衝動にかられた。

 

「ウル様は心地よいですか?」

「そうだな」

「では幸いですね」

「お前は?」

「……よくわかりません」

 

 ウルは少し身体を起こしてシズクの顔を見る。彼女の顔は酔いで赤らんで、へにゃへにゃになりながらも笑っていた。普段の、まるで崩れない聖女のような微笑みとは随分と違う印象を受ける情けのない笑みだったが、ウルとしてはこちらの方が好きだった。

 

「シズク」

「はい」

「次も勝つぞ」

「はい」

 

 またこの幸せを得るために前へと進もうと、ウルは決めた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

【毒花怪鳥討伐戦:リザルト】

・毒花怪鳥撃破賞金:金貨三十枚

・毒花怪鳥獲得魔石:金貨三枚相当

・毒爪鳥他、複数体の魔物から獲得した魔石:金貨一枚相当(半分はロックが消費)

・落下物:毒花怪鳥の鉤爪

・対迷宮探索兼戦闘用戦車「ロックンロール号」製造

・【白王を継ぐ者】リーネ・ヌウ・レイライン、参入

・【技能】取得:「必中ノ魔眼」

・毒花の魔片 吸収

 

【大罪竜遭遇戦:リザルト】

・七天の祝福:魔眼改眼「未来視の魔眼」

 →ルート減殺 硬度Ⅹルート確定 

  次回昇華必要研鑽年数:150年

・大罪の呪印:右腕竜化 色欲の大罪の蔓翼同化

 →【禁忌】

・大罪竜・色欲の魔魂(破片) 寄生 

 →【禁忌】

  【■■■■■■■■の断片】

  【精霊との交信適性最低ランク<E>の下限を限界突破】

  【現在適性E- ⇒ Ω-】


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