ひとり暮らしのワンルーム、そこに集まる四人の少女。おこたに入ってお鍋を囲み、彼女たちはなにを話す?
ひとり暮らしのワンルーム。特段広くもない部屋の真ん中に、こたつテーブルが一つ。
机上に鎮座するは、一組のカセットコンロと鍋。それを取り囲む……四人の少女。
その中の一人、深緑色の長髪を高めに束ねた少女が、テキパキと具材を投入していく。
空白は瞬く間に埋まっていき、その手際の良さは鍋を囲むほか三人を感嘆させるほどだった。
ふふ、とにこやかに微笑んだ深緑髪の少女は、左隣に座る金髪の少女に蓋をするよう促す。
かぽっ、という重々しい音に続き、カセットコンロのハンドルは軽く高い音を上げた。
カチッ。
「セラミックのお鍋なんてあるんだねぇ」
深緑髪の少女──ずん子は感心したように言う。
「今は結構普及してるんじゃない? セラミックだとIHに対応してるのもあるし」
金髪の少女──マキがそれに続いた。
「ウチんとこはどっちもあんで。土鍋より軽いからこっち持ってきただけや」
ところどころに関西弁が混じる赤髪の少女──茜は、肩までこたつの布団に入り込んでいる。
「すみません、私の家に大きい土鍋が無いばかりに」
この部屋の主であろう、眼鏡をかけた紫髪の少女──ゆかりが申し訳なさそうに言う。
「それは別にええけど。ってか、ひとり暮らしでファミリーサイズの鍋持ってる方が異常やろ」
「わかんないよ? ゆかりんが食いしん坊ならもしかしたら」
対面から茶々を入れてくるマキに、少し怒ったような声で言い返す。
「こんなやせっぽちの食いしん坊おったらビビるわ。栄養どこ行ってんねん」
「薄い、ということでしょうか……」
「細い、って言いたいんじゃない?」
少し視線を落としたゆかりに、ずん子は精一杯のフォローを入れた。
ぐつぐつ。
煮えるまでの時間は特にやることもなく、親友同士の他愛もない会話に花が咲く。今夜の主な議題は鍋。
「関西の汁は薄いってホント?」
「あー、言われたら向こうで飲む汁モンは味薄い気すんなぁ。ウチはどっちも好きやけど」
それを聞いたずん子、顎に指を乗せながら言う。
「おつゆの味かぁ。そういえば、みんなはお鍋の味はなにが好き?」
一同少し考えて、
「私、ごま豆乳とか結構好きだよ」
「ウチはキムチやな、辛みは旨みや」
「痛みですよ」
「わかっとるわアホ」
鋭いツッコミを受けて肩をすぼめるゆかりに苦笑いしつつ、後回しにしてずん子に振る。
「ずんちゃんは?」
「うーん……シンプルに寄せとかかなぁ」
「ええな、なんかずん子っぽいわ」
なんとなく予想のついていた答えが出たことに和みの雰囲気を感じながら、最後に一番予想のつかない人物に答えを聞く。
「ゆかりんは?」
その言葉を受けて、深く考える素振りを見せる。しばしの無言の後、顔を上げ、少し首をかしげ、しかしいつも通りの真顔のまま、ゆっくりと口を開く。
「……すき焼きタレ?」
会話、詰まる。
ぐつぐつぐつぐつ。
かぱり、と鍋の蓋が開かれる。まだ十分煮えてはいないが、具材からは既にアクが出始めていた。
ずん子はまた素早い手つきで、しかもお玉に入ってしまう汁も必要最低限に抑えながらアクを掬っている。
その正確さに、見ている者は気持ちよさすら覚えていたが、しかし茜の内には一つの疑問が浮かび上がっていた。
「なぁ、アクって結局なんなん?」
その問いに場の者は全員動きを止めたが、中でも少し動揺の色を見せたのはずん子だった。なぜなら、彼女もまた同じ疑問を持ってアク取りに励んでいたからである。
「確かに、なんなんだろ。なにかしらの成分ではあると思うけど」
「調べてみますか」
スマホを取り出し検索を始めるゆかりの正面で、ずん子が鍋の蓋を閉めながら言う。
「お野菜の毒を抜くときもアク抜きって言うよね」
「へー、でも別に毒持ってる物以外からもアクって出るしなぁ」
うーむ、と腕を組んで考えていると、調べていたゆかりが画面を見ながら解説し始めた。
「出てきました。野菜や肉に入っている渋みやエグみ、臭みが熱によって出てきたものがアクの正体だそうです。ずん子さんの言ったとおり、アク抜きとは毒抜きというわけですね」
「へぇ〜」
一同声を上げて納得する。心の引っ掛かりが解消された心地よさを味わったのもつかの間、姿勢を正したマキが仰々しい雰囲気でまとめに移った。
「結論、アクは料理の味を邪魔するものなのでしっかり取るべき。特に味の薄い料理では念入りに」
いまいちズレてはいるが、特に異論も無い内容である。マキの大袈裟さにつられ、聴衆もまた姿勢を正し仰々しく頷いた。
会議、煮詰まる。
「はっ、これはもしや関西の汁物は味が薄いという話の伏線回収でしょうか。流石は茜さん」
「いや別にそういうつもりで振ったんちゃうけど……」
ぶくぶくぶくぶくぶくぶく。
「ちょっと火落とそっか」
ぐつぐつぐつぐつぐつぐつ。
煮込みも佳境に差し掛かり、暇をつぶす雑談のネタも少なくなってきたところで、ゆかりが最後の種を撒く。
「鍋で残っている話題といえば、あとは具材くらいでしょうか」
提示されたお題に対し、また皆一様に考え始める。まずは話の方向性を定めるようにずん子が口を開いた。
「私、お鍋の具ならネギが好きだなぁ。煮込むと甘くて美味しくなるんだよね」
「ネギ一発目で挙げる奴もなかなか珍しいで」
予想だにしなかったチョイスに、思わずツッコんでしまう。
「そういう茜はなにが好きなの?」
マキから手痛いカウンターが飛来し、ぐ、と口をつぐむ。どうにもいい回答が思い浮かばなかったようで、声を小さくして呟くように言った。
「白菜、とか……」
「うわ、ふつ〜」
「しゃあないやん……」
決まり悪そうにもぞもぞとこたつに潜り込んだ茜を、ずん子がにこにこしながら引っ張り出そうとしている。
腕をばたばたさせながら引きずり出されていく光景は、まるで駄々をこねる子供とその母親のようだった。
少し落ち着いて、改めてゆかりが話を戻す。
「個人的には、舞茸が入っていると嬉しいです」
「そういえばゆかりんキノコ好きだもんね、この前キノコ汁作ったって言ってたし。どうだった?」
「美味しかったですよ、ほとんど椎茸の味でしたが」
「バランス……」
話しながら、キノコという単語を聞いた茜が、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたのに気づく。訳を聞いてみると、今度は悔しそうな顔で拳を握りしめながら語り始めた。
「ウチ、キノコの中でもエノキだけは許せへんわ……」
そんなに嫌いなのだろうか、憎しみすら感じさせる表情になりながら重々しく語る茜を前にし、三人は思わず息を呑む。
「アイツは隙間さえあればどこにでも入り込もうとする小悪党や……! ウチが何度苦しめられたことか……」
熱く語る茜とは対称的に、三人はなんとも言えない表情をしていた。息を呑んだのは損だったかもしれない。
しかし感じるところはあったのだろう、マキとゆかりがその話題を継ぐ。
「私は許せない具って言うとアレだな、昆布。味も無いしクタクタだし」
「私はちくわぶが苦手です。あの食感と口残りはいつまで経っても好きになれません」
「どっちもあんま鍋のイメージ無いけどな、おでんやろ」
いつの間にか立ち直っていた茜がツッコんでいる横で、ずん子が思いついたように小さく柏手を打つ。
「あ、ちくわぶで思い出した! うちはよくお鍋にきりたんぽ入れるんだよね」
「きりたんぽ鍋かぁ、絶対きりたんのリクエストでしょ」
「ふふ、当たり!」
うふふふ、と聴こえてきそうな会話には乗らず、なんとも不思議そうな顔を浮かべているのはゆかりと茜だった。
「私、きりたんぽって食べたことないんですよね」
「ウチもないな、そもそもあんま売ってるとこも見いひんし」
聞いた途端、急にずん子の顔色が変わる。
「そうなの? じゃあ今度食べに来て!」
「では次はご相伴に預か──」
「秋田に!」
「本場まで!?」
予定、埋まる。
ぐつぐつぐつぐつ……カチッ。
かぱり。
鍋、煮立つ。
蓋が開かれ、部屋中に出汁のいい匂いが漂い始めた。シンプルな味付けのため、なにか特別鼻孔をくすぐるようなものでもないが、それでも空き腹を刺激するには十分だった。
「なぁ、思ったんやが」
いざ食べようとしていたところに、茜が水を差すように口を開く。箸を手に取りかけたまま、三人揃って彼女を見る。
「ずーっと鍋鍋言うとったけど、これ、具材的には鍋っちゅーより……」
そう言って、茜が鍋の中身を軽く覗き込む。ほか三人もつられて前かがみになるが、ゆかりだけは湯気に眼鏡をやられて視界が塞がれてしまった。
「おでん、やない?」
言葉を聴きながら、昇っていく湯気を恨めしそうに見上げるゆかり。絶妙な空気感から逃れるように、三人もまた天井を見上げるのだった。
ぐぅぅぅ。
その腹の音が誰からのものか、もはや気にもされなかった。
「食べよっか」
「そだね」
「お腹ペコペコや」
「それでは」
口々に、そして息を合わせ。
『いただきます!』
鍋パ、始まる。