原神エアプになりつつある今日この頃。
胡桃は激怒した。
かの俗世に囚われた悲しき者を、必ず葬送せねばと決意した。胡桃には魔神戦争の歴史も、遠い昔の因縁もわからぬ。彼女はただ、往生堂の七十七代目堂主として、死者の魂を安らかに送ることを生業とする、ただの葬儀屋である。普段は詩を詠い、璃月港の片隅でイタズラをして暮らしてきた。けれども、人の死には誰よりも敏感で、理不尽な死や、死を拒む存在には人一倍強い感情を抱くのだった。
「燈実(トウミ)さーん? 七七ちゃんを連れてどこに隠れちゃったのかなー?」
「......」ガタガタガタ…
そして、その胡桃に幼い頃から面倒を見てきたというのに、今や殺されそうになって震えながら隠れているのが燈実だった。
彼の膝の上には、胡桃が常日頃から「寿命を無視する存在」として目を付けている少女、七七が身を寄せている。七七は医者である白朮の助けがなければ、その脆弱な身体故に何度も死の淵を彷徨ったらしいが、その度に奇跡的に生還している。
胡桃は、その七七の存在を常に気にかけ、彼女を「完全な死」へと導こうとしているのだ。燈実もまた、彼女のそうした「関心」の対象であり続けている。
「...行ったかな」
壁の向こうから胡桃の声が遠ざかる気配を感じ、燈実が小さな声で呟く。七七は燈実の腕の中で、その言葉を聞いて、ほっと息をついた。
「...ありがとう。ひとりでは逃げきれなかった」
「いいってことよ。ほら、見つかる前にさっさと隠れな」
燈実の膝の上から降りた七七は、小さく頷くと、素早く路地の奥へと姿を消した。その背を見送って、燈実もさて自分のねぐらへ帰ろうと踵を返した、その瞬間だった。
目の前に、いた。
高くも低くもない身長。璃月の白い肌を持つ者たちの中でも際立って色白で、その瞳は鮮やかな緋色に白く花型の瞳孔が浮かぶ。目尻には褪せた赤の化粧が施され、ダークブラウンの長い髪は毛先が真紅に褪色している。まるで紅く染め上げた筆のようだ。そして、その右手には明るく光る護摩の杖が握られている。彼女の周囲には深紅の蝶がひらひらと舞っており、既に万全の戦闘態勢であることが伺えた。胡桃は、獲物を前にした獣のように、僅かに口角を上げて立っている。
「こんちはー、燈実さん。私も同じ棺桶に入ってあげるから、死の?」
その言葉に、燈実は思わずツッコミを入れた。
「脈絡もへったくれもねぇじゃねぇか!!」
そしてまた、璃月の野を越え山を越え、胡桃の体力と摩耗した護摩の杖の耐久値が尽きるまでの、生きるか死ぬかの鬼ごっこが始まった。
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俺、燈実。魔神戦争の生き残りだ。
こうやって言った時には、かの仙人たちからも「まさか」と、当時の岩神であった鍾離先生ですら目をひんむいていたけれど、俺はれっきとした人の身なのよね。なんで生き残ってんだって? そりゃあ、呪われているからに他ならない。それも、厄介なことに複数の魔神に、だ。
聞けば、俺が過去に転々として歩き回っていた箇所が、ことごとく当時の魔神戦争における最前線だったらしい。各地で様々な魔神に出会ってしまったのが運の尽きだ。彼らは、俺が通り過ぎた後も、その地に呪いを残していった。それが、俺の身体に奇妙な形で蓄積されていった結果が、今の俺だ。
「で、基本的に死なないわけ。傷を負っても、どれだけ深くてもすぐに塞がる。さらにあろうことか、若さすらも保ち続けて、草元素の神の目まで頂いちゃってさ」
「...え。てことは、鍾離先生とは、その頃からの知り合いってこと?」
目の前にいるのは、金髪の異邦の旅人、蛍。渦の魔神オセルを撃退し、今や璃月の英雄となった人物だ。彼女と今、俺は茶を交わしながら、魔神戦争と俺の身の上に降りかかった呪いについて説明している。
「俺が最終的に転がり込んだのが、鍾離先生のとこだったのよ。正直、どうすることもできなくて。でも、あの人は俺が死ぬことができないって知っても、何一つ変わらず受け入れてくれた。今思えば、あの人も同じような存在だったから、理解してくれたのかもしれないな」
ちなみに、隣でぷかぷかと浮いているU.F.Oはパイモンというらしい。なんだコイツ。数千年生きてきたけれど、こんな生き物初めて見た。しかし、腹は減るし、文句は言うし、旅人を心配する姿は、まさに生きた生命そのものだ。
「ごめんね。失礼かもしれないけど、なんで生きてるの? そんな辛い目に遭ってまで、どうして?」
蛍の瞳には、憐憫の色が浮かんでいた。だが、俺はもう慣れている。
「戦争において、"死なない兵士"がいればどうなると思う? どんな攻撃を受けても、どれだけ致命傷を負っても、次の瞬間には元通り。消耗しない兵士は、それだけで戦略的な価値があった。俺はただ、生き延びただけじゃない。彼らに『停滞』という名の呪いを押し付けられた。俺の身体は、魔神の力が宿ることで、あらゆる状態を停滞させられるようになったんだ。歳を取らない、病気にならない、傷ついてもすぐに元に戻る。そうだなぁ。詩的に言うならまるで、時間から切り離されたかのようにって具合にな」
そう話す俺の声は、どこか諦めを含んでいたかもしれない。
「...ごめんね」
「気にすんな。悪いことばかりじゃねぇよ。璃月の進歩も見れたし、世の中がだんだん豊かになるってのは見てていい気分になる。岩王帝君がどんな風に璃月港を築き上げ、人々が平和を享受していくのかを、間近で見届けられたんだから。この長きにわたる生の中で、俺は確かに多くのものを失った。だが、それ以上に多くのものを見た。それは、誰にでも許される経験じゃない」
「でもでも! こいつ胡桃にめっちゃ追いかけられてたぞ! それこそ、本当に殺しちゃうんじゃないかって感じで…」
ああ…見られてたんだ…。いやねぇ…。
胡桃って「死ぬべき奴は死ね! 」みたいなスタンスじゃんか。俺、その死ぬべき奴にしっかりカウントされてんだよなぁ…。死ねない奴は、死ぬべき奴。それが彼女の理屈だ。
っはぁぁああああぁ(クソデカため息)
「なんかまずいこと言っちゃったか…? すごい遠い目をしてるぞ…」
パイモンの言葉に、蛍が「...謝っといた方がいいんじゃない?」と耳打ちする。
「いや…いいよ。全然…。俺が死んだら、墓参りくらいはしてくれよな…」
「死なないって言ってたじゃないか! なんで墓参りの話が出てくるんだよ!?」
いいツッコミだ、パイモン。すげぇいい。確かに今まで、魔神の攻撃を直接もらったり、身体が木っ端微塵になったりしたこともある。だけど、その度に身体は再生した。死ぬ前に、強制的に傷が塞がって回復する。それは、決して痛みを伴わないわけじゃない。
例えるなら、王の雫とか業火に回復だけで無理矢理耐えさせられるみたいな感じ。(モンハン感)
Q.何言ってんだ死ぬだろ
A.生きてんだよボケカス(暴言)
まあ、かなりしんどい。多分、この世のどんな言葉だろうと形容できない痛みと苦しみの二重奏だ。身体は「停滞」させられているから、痛みそのものも「停滞」し、永遠に感じ続ける錯覚に陥ることもある。
ちなみに、俺以外にも似たような奴がいた。魔神の呪いによって、死にたくても死ねない存在。彼らは皆、狂っちまったよ。痛みと永遠に続く生に耐えきれず、精神が崩壊していった。
でもまあ、噂やら何やらを聞かないってことは、どこかできっと安らかに眠ってるんだろう。俺よりも早く、その呪いから解放されて。
鍾離先生と話している内に知ったことも沢山ある。例えば、往生堂について。コイツはどうも魔神戦争中には既に存在していたらしい。言われてみれば、そうだった。岩王帝君が、人々の死を送り出す場所として、その必要性を説いたと聞く。さすがに当時の当主は何百年も前に亡くなっているが、今の当主、胡桃にも当時の面影を、それとなく感じる。そして、その時、腕の中で静かに寝ていたのが、在りし日の胡桃だったというわけだ。
それからというもの、鍾離先生と同じような歴史の生き証人である俺は、往生堂に何度も顔を出すこととなった。胡桃がまだ幼く、指を繋ぐのもやっとだった頃から、彼女の成長を見守ってきた。そんな中で胡桃にも顔を覚えられ、小さな身体を抱っこすることもさせてもらった。彼女が屈託のない笑顔を見せてくれた時は、本当に嬉しかった。狂いそうで壊れかけの精神に、これほどまでに効く薬はなかっただろう。あの瞬間、自然と涙が溢れた。
それからというもの、往生堂に運ばれてくる亡くなった人々を火葬し、その安らかな顔を見て、いつかこんな風に静かに、眠るように死ぬことが、俺の人生の目標になった。魔神の呪いから解放されて、安らかに。
だから殺されるのはまっぴらごめんなんですねぇ!!胡桃サン!!!
「...なんか...物憂げってこういう表情のことを言うのかな」
「オイラには目が死んでるようにしか見えないぞ...」
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「...ちぇっ」
胡桃は見失った燈実を探して、奥蔵山までやって来ていた。とはいえ、広い広い璃月の中から一人の人間を探すなど、無理難題も良いところだ。彼女は岩の頂に腰掛け、大きく息を吐いた。
今日は本来、葬儀の予定がなかった。だから、燈実と一緒にどこかへ遊びに行こうと思っていただけなのに。途中で偶然、七七ちゃんを発見して、ついでに七七ちゃんとお話している燈実を発見した。これは一石二鳥だとばかりに捕らえようとしたのだが、燈実にも七七ちゃんにも、あっさり逃げ切られてしまった。燈実は身体能力が高い。見た目によらず身軽で、その逃げ足の速さにはいつも舌を巻く。
「なにも燈実さんまで逃げなくたって…」
これでは、貴重な一日を無駄にしてしまう。どうしたものかと、胡桃はつま先で岩をコンコンと叩いた。何も思いつかない。仕方なく、詩でも作ろうかとその場に座り込んだ。しかし、頭に浮かぶのは、捕まえられなかった燈実の悔しさばかりで、言葉が紡げない。
「...............だめだー!」
結局、何も思いつかなかった。胡桃は、鬱憤を晴らすように、座っていた岩の岩肌を飛び降りて、璃月の町中に戻ろうとジャンプした。
その瞬間、視界の端に、遠く離れた茶屋で旅人と茶を交わしている燈実を捉えた。
その瞬間、胡桃の有意義な時間潰しは決まった。岩肌を蹴り飛ばし、即座に方向転換。彼の元へ駆けつけようとした。と行きたかったのだが、
「うわっと!?」
胡桃が蹴ろうとした岩が、ずるりと崩れ落ちた。足元が崩れ、身体は宙を舞う。璃月の険しい山肌は、油断するとすぐに牙を剥く。彼女の身体は、加速しながら谷底へと落ちていく。
蛍は、転落していく胡桃を視界の端に捉えた。
椅子を蹴り飛ばし、即座に向かおうとするが、いかんせん遠すぎる。蛍の素早い動きに、隣で茶を飲んでいたパイモンが慌てた声を上げた。
「やばいっ! 胡桃が頭から落ちる!」
「あわわわわわ!!」
蛍とパイモンが慌てているが、別に大したことはないだろう。風の翼があるし、いざとなりゃ落下攻撃でもすればいい。なんでか知らんが落下攻撃すると落下のダメージ減るし。おかげさまで俺が生き残ったこともそこそこあるし、胡桃ならきっと対処できるはずだ。
ああ、でもなんか、やばそうだな。
そろそろ風の翼展開しないと本当にやばくね? あれ? 落下攻撃は? もしかして頭真っ白になってもうてます? いや、胡桃の動きが止まっている。
彼女は、あまりの急な出来事に、思考が停止してしまっているように見えた。
そろそろホントにまずいな。このままでは、ただの死体になってしまう。胡桃には死んでほしくない。まだ、俺をあの棺桶に送るという目標を達成できていないのだから。
「
俺は胡桃にくっつけておいた「くっつき虫」と名付けた特殊な草元素の印から、力を発現させた。それは、俺が神の目を得てから覚えた、もう一つの能力だ。
「ツタを四方に展開。落下の衝撃を分散させてくれ。」
胡桃の身体から、瞬く間に無数の太いツタが伸び出し、周囲の岩壁に絡みついた。まるで生き物のように、しなやかに、しかし力強く身体を支え、落下速度を劇的に減速させる。
「うわああああ!? なんか胡桃から生えた!?」
パイモンの悲鳴が響く。
「馬鹿言え、俺が植物を生やしたんだよ。ほら、確認しに行くぞ。死なれたら面倒だ」
俺は胡桃が落下した場所へと駆け出した。蛍とパイモンも慌てて俺の後を追う。
胡桃はツタに絡まりながら、地面すれすれのところで身体を支えられていた。頭を上げて体制を整え、自分の身体を囲むように伸びるツタを手に取った。そのツタは、温かく、そしてどこか懐かしい香りがする。
...このツタ、燈実さんのだ。
彼の草元素の力は、温かく、包み込むような優しさがある。まるで、彼の大きな手のひらに包まれているようだ。
てことはどこかにくっつき虫でも付けられてたんだ。そういえば、璃月港で七七ちゃんを追いかける前に、彼が私の肩をポンと叩いた気がする。あの時か。
...このまま待ってれば、燈実さん来てくれるよね。きっと、心配して。
......お礼言うのと一緒に死んでもらお。そうしたら、今日の時間も無駄にならなかった、というものだ。
あ、来た。
「胡桃! 大丈夫か!?」
駆け寄ってきた蛍が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。その瞳には、確かに安堵の色が浮かんでいた。
「だいじょぶだいじょぶ! てか旅人にパイモン! 来てたんだ!」
私は笑顔で答える。
「大丈夫ならいいけど...」
蛍も心配そうに私を見ていた。その視線の先に、燈実が隠れるように立っているのが見えた。
「おいバカたれ。生きてるか?」
その声は、安堵と同時に、どこか呆れを含んでいるように聞こえた。
旅人の後ろに隠れてるけど、すぐ分かる。私がすごくちっちゃい時から一緒にいるんだから、声も臭いも、それに足音も、全部覚えているからね。背後霊のように。
「旅人、後ろに燈実さんいるよね? ...燈実さーん。コレありがとね! おかげさまでなんとか生きてますよー」
私がそう言うと、旅人の背後から、恐る恐る燈実が顔を覗かせた。その表情は、いつもの飄々とした笑顔だが、どこか緊張しているように見える。
「...そりゃよかった」
その言葉に、私は護摩の杖を握りしめた。
「じゃ、そろそろ死んどく?」
俺はにっこりと、最高の笑顔を浮かべた。もちろん、燈実に向けた笑顔だ。
「と、思ったよコンチクショウ!!」
燈実さんの絶叫が奥蔵山に響き渡った。私は護摩の杖を握って、一息に心臓を一突き...しようとしたんだけど、ダメみたい。足が言うことを聞かない。...腰抜けちゃったかな。身体が震え、立つことができない。
「...胡桃? 立てるか?」
燈実さんが、俺の身体に伸びるツタを緩めながら、心配そうに尋ねる。彼の声は、普段のふざけた調子ではなく、本当に私を心配しているのが伝わってくる。
「ごめん燈実さん。腰抜けちゃった」
「無理もないぜ、あと一歩で死んじゃうところだったんだから。ホントにびっくりしたんだぞ! 」
その後、私は燈実さんにおんぶされながら、夕日さす中、往生堂に帰ってきた。昼過ぎに七七ちゃんを追いかけてたはずだから、なんだかんだ詩を考えるのに結構時間食ってたみたい。
彼の背中は、子供の頃から変わらない、大きくて温かい背中だった。安心感で、すぐに眠気が襲ってくる。
「...自分の行動はよく考えろよ。死んだらどうする」
彼の言葉は、まるで父親の小言のようだ。
「はいはーい。ごめんねー。私が死んだら往生堂の堂主いなくなっちゃうし、燈実さんも寂しいでしょ?」
私がそう言うと、燈実は少しだけ沈黙した。
「それだけじゃねぇよ。誰が悲しむか、よく考えろ。死ぬってのは、二度と会えないってことだからな。俺も、お前も」
...分かってるし。そんなことは。
死については、璃月の中で一番理解しているつもりだ。だからこそ、燈実さんが生きようとする気持ちが分からない。魔神の呪いってことは分かる。死ぬに死ねないことも知ってる。でもこの人は人間で、神様じゃない。時の流れの感覚も、おそらく私とは違う。この人にとって1年なんて、きっとあっというまで。私にとっては、途方もなく長い。
きっと生きるのが嫌になる事があるはず。もしかすると、死ぬのが怖いのかもしれない。
だから、
「...燈実さん」
「なんだ。そろそろ着くぞ」
往生堂の門が、目の前に見えてきた。
「...死にたくなったら、言ってね」
「........」
燈実さんは何も言わなかった。ただ、私を背負う腕の力が、少しだけ強くなった気がした。
一緒に死んであげるから。
二人なら怖くないでしょ?
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胡桃からの信頼(信頼...?)が重いぃ...。
一体全体、誰だこんな子に育てやがったのは。3割くらい俺か。ちくしょうめ。
あっちこっち飛び回って疲れたのか、今は隣でスヤスヤ寝息を立てているが、なんでこんな子になっちまったかなぁ。
死ぬのは普通に御免こうむるし、死ねないとは言っても、身体が「停滞」しているから、不老でもある。関節も元気だぜ。
老化による身体の衰えもなければ、病気に苦しむこともない。飢えや渇きでさえ、その身体は「停滞」させ、生命活動を最低限に保ち続ける。
なのに胡桃サンには「死ぬべき人」認定をされました。どぉぉしてぇぇぇ!!(サカナクション感)
嫌じゃ死にとうない!
死にたくない理由? 死にたくないからじゃ!!
あ、鍾離先生だ。門前で、いつものように茶をすすっている。
「鍾離先生。shiiiで。胡桃寝てるんで」
俺は胡桃を背負ったまま、鍾離先生に声をかけた。彼はゆっくりとこちらに視線を向ける。
「そうか。...難儀なものだな、燈実。まさか幼い頃から面倒を見ていた胡桃から、命を狙われるとは」
鍾離先生の声は、いつものように落ち着いていた。
「ホントですよ。何が悲しくて、死ななくちゃならんのか。俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに」
「とはいえ、彼女の考えを押し付けるわけではないが...。向こうで待っている人もいるにはいるのでは? お前の生は、それほどまでに長きにわたったのだ。多くの者たちが、既に先へと旅立っているだろう」
「...」
確かに。両親やら、親友やら、魔神戦争で俺と一緒に呪われた奴らも、皆、向こうで待ってるのはあると思う。正直、逢いたいと思うことは、たまにある。彼らが、今、どんな顔をしているのか。俺がいなくなった世界で、どんな風景が広がっているのか。
ただ、それだけで「死にたい」と思うのは、
「それは、今を一生懸命に生きている全ての生命に失礼だと思うので。俺が死を望むことで、彼らの生が、無価値なもののように感じられてしまう気がして。この璃月で、人々が幸せに暮らしているのを見るのは、何物にも代えがたい喜びですよ」
俺の言葉に、鍾離先生は目を細めた。
「...寂しく思うことはないか? お前が見送ってきた数多の友や家族を、今、この場では、もはやお前以外の誰も知らないのだぞ」
「ふふ...。鍾離先生がそれ聞きます? 確かに仲のいい人たちを見送るのは寂しいですけど、だから、とはならないですよ。彼らが残したものは、この璃月の景色の中に、人々の営みの中に、確かに生き続けている。それが分かっているから、俺は大丈夫です」
「そうか。お前らしいな」
「そうです」
「...」
鍾離先生は再び茶をすすり、静かに沈黙した。その琥珀の瞳は、遠い昔を見つめているようだった。
「ま。殺せるもんなら殺してみろやって感じですね、しばらくは。どうせ痛いだけですぐ傷も塞がるし、流した血も補充されるし。脳天ぶち抜かれようが、心臓止められようが、即座に再生するんでね。身体が停滞しているから、何度傷つけられても、元の健康な状態に戻るだけだ。トイレ行ってきますわ」
俺は胡桃を往生堂の私室に運び入れ、そっと布団に寝かせた。その足で、トイレへと向かう。身体が不死でも、生理現象だけはきっちり訪れるのだ。
「...」
燈実さんがトイレに行って、鍾離先生は寝ているフリをしている私に話しかけた。彼の視線は、私の寝顔をじっと見つめている。まるで、私の心の内を見透かしているかのようだ。
「聞いていたのだろう。彼の言うとおり、彼が死ぬ時は、つまり彼が死ぬ覚悟を決めた時だ。むやみやたらに殺そうとしても、彼の気持ちは揺らがないだろう。彼を縛る魔神は『停滞』の能力を持つ。彼の肉体は常に健康な状態に『停滞』させられ、傷つけられてもすぐに元の状態に戻ってしまう。ゆえに、並大抵の攻撃では、彼の意志を揺るがすことはできない」
私はまだ寝たフリを続ける。あまりに聞きたくないお説教だ。彼の「死ぬ覚悟」が、一体どこにあるというのだろう。
「懸命に生きることだ。彼にこの人と一緒ならと思わせるほど、彼の生に対しての執着や、死に対する恐怖を打ち消すほど、強く惹かれるなにかが必要だ」
それでも私は寝たフリを続ける。鍾離先生の言葉は、まるで重い岩のように、私の胸にのしかかる。
彼が惹かれる要素ってなんだろう。
彼が持つ執着ってなんだろう。
彼が抱く恐怖って一体なんだろう。
彼が持っている、生命の価値観は独特だ。
『命は輝くからこそ美しい。ただ、そこに貴賎はない。平等なんだ。生命はどこかで輝く瞬間が来る。いつかは分からない。それこそ生きている内ではないかもしれない』
「.........ブス-...」
彼は一体何を言ってるんだろうか。何回聞いても似たような事しか言わないから、理解するのは半ば諦め気味だ。
━━━━━━━━━━━━━━━
「...ぜェ...ハー......ふぅ。...胡桃、ベッド空いてる?」
燈実さんが、大きく息を吐きながら言った。そのシャツは汗でぐっしょり濡れている。まるで、激しい運動をしたかのようだ。
「棺桶なら空いてるよ」
私はいつもの調子で答える。
今、目の前で行われていたのは、燈実さんと旅人の手合わせだった。なんでも鍾離先生が旅人に、「コイツ魔神戦争の時から生きてっから強いぞ。お前も強くなるなら、彼の力はいい経験になるだろう」と焚き付けたらしい。まったく、あの人は人が苦しむのを見るのが好きなのだろうか。
旅人は歴戦の強者だ。近くで見たこともあるから間違いない。魔神や、それこそ神様と戦ったこともあるらしいから。旅人は鍾離先生の話を聞いた瞬間に、目の色を変えて、ギュルンと振り向いて攻撃を仕掛けていた。私もあの一連の動きには少しびっくりした。だって、少なくとも人間の動きじゃなかったよ。首の動きとか、もはやフクロウだったし。
それを燈実さんは、柳のようにしなやかに受け流すだけで、最終的には旅人の懐に誘い込み、渾身の突きをカウンターで鳩尾に一撃。あっという間に気絶させてしまった。
隣で見てたけど、鮮やかすぎる一撃だった。突きで前傾姿勢になった旅人の腹に、垂直にグーパンでアッパー。まさか拳一つで気絶させるとは。まるで武侠小説の登場人物のようだ。
...一般人だったって本人は言ってるけど、絶対ウソだよね。
「容赦なさすぎるぞ!!」
パイモンが、のびている旅人の傍らで叫ぶ。
「容赦したら俺が死ぬンだわ」
燈実とパイモンが軽口を叩いているが、肝心の旅人は完全にのびている。うわ、白目むいちゃってる。せっかく可愛いのに。
生命が最も輝く瞬間は、生死の狭間にある。
私がそういう考えに至ったのは、だんだんと押されていく燈実さんを見ていたからだった。
旅人は基本的に、相手が気絶する、あるいは絶命するまで攻撃の手を緩めない程の戦闘狂だ。特に燈実さんがほぼ不死の存在と知ってからは、彼の身体をサンドバッグのように扱い、ひたすら攻撃を繰り返していた。まるで、底なし沼に足を踏み入れたかのように、いつまでも終わらない戦いを繰り広げている。
燈実さんもはじめは旅人の攻撃を軽くあしらっていた。時には、その攻撃を利用して、自分の身体がどれだけ再生するかを確かめているようにも見えた。だが、旅人は経験と学習の天才だ。徐々に対応され、真正面からの攻防を余儀なくさせられた。旅人の動きは洗練され、攻撃はより的確に燈実さんの急所を狙うようになった。
ただ、戦いの年季が違うのか、旅人の攻撃は燈実さんにほとんど届かなかった。彼はまるで、空気そのもののように、旅人の剣や拳をすり抜けていく。時々、私も混ざって一突きしてみても、スっとかわされて旅人と頭ゴッチンしちゃった。その度に、燈実さんは呆れたようにため息をついていた。
「......キュウ」
頭を打った旅人が、小さくうめき声を漏らす。
「...ほんまコイツ...仕掛けておいて気絶したら俺が運ばないとダメやんけ」
燈実さんが、気絶した旅人を抱え上げながらぼやく。その光景は親が子供を抱えているようだ。
「...燈実さーん。私もー。おんぶー」
私は手を伸ばして、おねだりしてみた。
「お前は元気だろうが。気絶した旅人が優先だ」
「ぶーぶー!!」
「......(#^ω^)」
私は知ってるよ。それでも燈実さんが、ちゃーんとおんぶしてくれるってこと。口ではなんだかんだ言いながらも、優しい人だから。
...あったかくて、大きな背中。その背に揺られれば、すぐに眠くなっちゃうのも仕方ないよね。彼に背負われるたび、心が安らぎ、子供の頃に戻ったような気分になる。
━━━━━━━━━━━━━━━
その日は唐突に訪れた。
旅人が燈実さんの胸を刺し貫いたのだ。私はすぐそばで見ていたが、完全に剣先が燈実さんを貫通していた。しかし、燈実さんは表情一つ変えなかった。まるで、それが当たり前のことであるかのように。
「......やるじゃねぇの」
燈実さんの口元には、薄く笑みが浮かんでいた。
「とった!」
旅人の瞳には、達成感が宿っていた。彼女は、ついに燈実さんに有効な一撃を与えられたことに満足しているようだった。
「バカ言え。ここからだ」
燈実さんの言葉に、旅人の表情が硬直する。そして、私も。
私は、本気になった燈実さんを初めて見た。
というか、燈実さんが旅人を目に見えて殺しにいっているのを初めて見た。
彼の身体から、これまで感じたことのない異質なプレッシャーが放たれた。それは、岩王帝君が持つ威厳とも、魔神が放つ混沌とも異なる、底知れない、静かな威圧感だった。
私も護摩の杖を持って、旅人と肩を並べた。二人じゃないとヤバいと本能的に感じた。燈実さんの身体から放たれる圧倒的な力が、肌を刺すように感じられたからだ。
「『生命の祝福よ』」
燈実さんの声なのに、どこか違うような気がした。彼の声は、まるで古の言霊のように響き渡る。見れば、彼の胸の傷が、ゆっくりと、しかし確かな速度で塞がっていく。それは、彼の**「停滞」の能力**が、全力でその効果を発揮している証拠だった。だが、ただ再生しているだけではなかった。彼の身体を巡る元素の力が、異常なほど活性化している。
「『不死の呪怨よ』」
次の言葉は、雷のように耳朶を打った。目の前に立っている人から、渦の魔神オセルと同等か、それ以上の、得体のしれない圧を感じる。まるで、太古の混沌が、今、目の前で形を成しているかのようだ。彼の瞳は、深く、そして無感情に輝いている。まるで、人間としての感情が一切排除された、ただの「システム」のように。
「『廻り、逆巻き、絡みつけ』」
その言葉が紡がれると同時に、大地が震え、彼の周囲から無数の草のツタが荒々しく伸び始めた。それらは、ただの植物ではない。鋼鉄のように硬く、意志を持ったかのように、旅人と私を捕らえようとする。
「
「...!」
旅人が素早く身を翻し、ツタの攻撃をかわす。だが、その動きはどこか精彩を欠いていた。彼が放つプレッシャーに、怯えているのだ。
「胡桃!?」
パイモンが叫ぶ。その声は、恐怖に震えている。
これ以上、燈実さんが燈実以外の存在になるのがイヤで、私は護摩の杖を構え、一直線に彼へと突進した。
私が知ってる燈実さんは、優しくて、暖かくて、いつも私のイタズラに付き合ってくれる人。まるで、璃月港を包む穏やかな陽光のように、私の心を温めてくれる人だ。ずっと一緒にいたい人。
彼と同じ日に産まれて、同じ時を過ごすことができたなら、私は飛び跳ねて喜ぶだろう。だが、それは叶わない夢だ。
しかし、時がそれを許さない。燈実さんと私の間には、数え切れない程の年月の狭間があって、どんなに手を伸ばしても、決して届かない。彼の時間は、あの「停滞」の魔神の呪いによって、止まっている。だが、私の時間は、確かに流れている。いずれ、私だけが老い、死んでいく。
...許さない
彼の存在を歪める、その魔神を。
「胡桃!?...胡桃?」
燈実さんの声が、どこか遠くから聞こえた。彼は、私の突進に驚いているようだ。
......許さない
私より長く生きるなんて許さない。
私を置いて生きていくだなんて許さない。
死ぬ覚悟ができてるクセに私を避け続けるのはもっと許せない。
彼の背中は、いつも私を受け止めてくれた。だが、その背中が、私から遠ざかっていくのは耐えられない。
なにより、
「見えてるよ!! 燈実さんの心臓からでてけ!! クソ魔神!!」
私の叫び声は、奥蔵山に響き渡った。怒りと、憎しみと、そして、彼への深い想いが入り混じった声だった。
「は!? なに!? どういうこと!?」
旅人もパイモンも、私の言葉に驚きを隠せない。無理もない。誰も、まさかこんなことが起こっているとは思わないだろう。
燈実さんは、魔神の呪いによって不死の存在だった。それは皆が知るところだ。だが、まさか、物理的に心臓に停滞の魔神が取り憑いていたとは。彼の健康な身体、若さが保たれているのは、全てこの魔神の力だったのだ。傷が再生するように見えていたのも、彼が健康な状態に「停滞」させられているから。みみっちい事を考える魔神もいたものだ。まるで、彼の肉体を檻のように閉じ込めていたのだ。
燈実さんの胸から発せられる異様な力の源。それは、まるで透明な影のように、彼の心臓を貪っていた。その影は、彼の心臓の鼓動に合わせて脈打つように、僅かに、しかし確かに揺れ動いていた。
...やっぱ、優しい人だなぁ...。
魔神戦争の生き残りである燈実さんが、なぜそこまで死を恐れるのか。なぜ、ここまで人々の平穏を望むのか。
死ぬのが怖いのは、魔神がどんな影響を与えるのか分からないから。この魔神が完全に目覚めてしまったら、彼自身の意識が乗っ取られるかもしれない。あるいは、この魔神が暴走し、璃月に大きな被害をもたらすかもしれない。
璃月の発展に手を尽くしたのは、何かあった際の償いのため。万が一、自分が制御不能になった時、少しでも人々が生き残れるように、力を貸してきたのだろう。
往生堂に居たのは、何かあったらすぐそばに鍾離先生が居るから。唯一、自分の存在を理解し、受け入れてくれる神の側にいることで、心の平穏を保っていたのだ。
全ては、平穏な人々の生命を守るため。
死の覚悟が見えるのは、対処法が分かったからだろう。彼は、この魔神を完全に引き剥がせば、自分もまた「死ぬ」ことができると理解したのだ。そして、その死は、彼がこれまで見てきた、安らかな死の訪れになるだろうと。
つまり、
燈実さんは、
今、この瞬間に、
「旅人! 燈実さんを終わらせる! 復活の間もなく連続で叩き込んで!!」
私は叫んだ。彼の心臓に巣食う魔神を引きずり出し、彼を呪いから解放する。そのために、彼を「殺す」。
「...っ。分かった!」
旅人も、私の言葉の真意を悟ったようだ。その瞳に迷いはなく、剣を構える。
「分からないぞ!! やりすぎだって!」
パイモンが、必死に止めようとする。だが、もう止まらない。
「黙ってパイモン! 燈実さんの覚悟を無下にしちゃダメ!」
燈実さんは動くでもなく、ただそこに立っていた。その顔には、苦痛と、そして、どこか安堵したような表情が浮かんでいた。自身の身体に巣食う魔神が、今、まさに引き剥がされようとしていることを悟っているかのようだ。
私は迷いなく心臓目掛けて、護摩の杖を一突きした。
ぐさり。
肉を穿つ感覚。
そして、護摩の杖の先端に、ヌルリとした異様な感触があった。
引き抜くと、鮮血の中に、やはり何かいる。透明な影のようなものが、激しく蠢いているのが見えた。そして、傷の修復が始まる。魔神の「停滞」の能力が、その本領を発揮し、一瞬で傷を元に戻そうとする。
「はぁっ!」
傷が塞がる前に、旅人が斬撃を加える。その剣は、魔神の影を狙うように、正確に燈実の胸を切り裂いた。修復されかけた傷は、再び大きく広がって、鮮血が舞う。
その間、燈実さんは何をしているのかと言えば、
「『絡みつく蔦の王』、俺の四肢を拘束しろ」
自身の能力で、自身を拘束していた。身体中にツタが巻きつき、まるで十字架に磔にされているかのように身動き一つできない。痛苦に顔は歪み、身体の中を這い回る異物に何度も胃の中身がひっくり返りそうになるが、胡桃と蛍にぶっかける訳にもいかないので、彼は必死に我慢していた。彼の額からは、脂汗がとめどなく流れ落ちる。
そして、何度も斬撃や刺突を繰り返す内に、胡桃は違和感を覚えた。それは単純に「何かが間違っている」という違和感。私自身に危険が及ぶとか、そういうのじゃない。
視界には肋骨や内臓がぐちゃぐちゃになった燈実さんの身体。その中で蠢くクソ魔神をぶっ殺さんと槍を振るうも、再生する燈実さんの身体に阻まれている。まるで、無限に続く悪夢のようだ。
「出てこいクソ魔神!! 燈実さんの人生をめちゃくちゃにしやがって!! 絶対ここで殺す!!」
自分の口からありえないほどの暴言を吐きつつ、隣で躊躇する旅人を尻目に、私はおそらく肝臓と思われる臓物を穿いた。多分4回目。
それでもスルリスルリとかわされて。いつになったら攻撃が当たるのかと、足腰に疲労を感じた頃。
私の違和感を、旅人が言語化してくれた。
「燈実さん! 生きてる!?」
旅人の言葉に、燈実さんは呻くような声で答えた。
「...いぎ、...で、る゛」
ここまで体内をボロボロにしてなぜ声を出すことができるのかは一旦置いといて、旅人は剣を持たない左手をズボォと燈実さんの体内にねじ込んだ。
「...っ!掴んだ!」
どうやら旅人は魔神を捕らえたらしい。
よし!そのまま引きずり出してくれれば...
「...旅人?」
「ば...がっ!...掴んだらッ、
今の数瞬で既に燈実さんにつけられた傷はほぼ完治している。
ただ旅人は掴んだ状態で静止している、なら
「とりゃっ!」
「うぐっ!?」
ローリングソバットで燈実さんを蹴り飛ばしてやれば、
「さぁ、ようやくお見えだねぇ。クソ魔神。燈実さんをめちゃくちゃにした責任、死んで償ってね」
旅人の左手はそのまま魔神が握られていた。なんとも言えない見た目をしている。無理やり例えるならヒル、ヘビ?みたいだ。
オセルみたいに分かりやすく「私悪役です」みたいな見た目をしてくれれば良かったのに、と胡桃は思った。
護摩の杖を横薙一閃、案外あっけなく魔神は霧散した。
そもそも本体ではなかったのかもしれない。魔神は魔神。多分どこかで眠っているのだろう。
「...ぷはぁ!!ひゅー!やっと呼吸できる...」
「え!?停まってる時って呼吸できなかったの!?ゴメンね!」
旅人は動きだした。停滞の呪いから解放されたのが目にみえて分かる。
「そんな事より!燈実さんは!?」
そうだった。私は振り返ると、そこには無傷でただ佇む燈実さんがいた。
「あぇ...?生きてる?」
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力強い拍動を自分の内側から感じる。
巡る血脈は酸素を必要としている。
停滞していた全てが動きだした。
停止していた心臓が動き、血は流れ、人間に戻った実感が湧いてくる。
これからはおそらく普通の人間として生きていく事になるのだろう。
脳がもっと酸素を寄越せと煩いのでひとつ、大きく深呼吸をした。
「...はじめまして、テイワット。...いやはじめましてはおかsグボォ!?」
鳩尾に衝撃を受けて尻もちをついた。
鈍い痛みが臀部から広がる。痛い。痛てぇよ。治らねぇ。痛みが引かない。
見れば胡桃が頭から突進してきていたらしい。腹に頭を埋め、両手は背中に回されていた。
どうすればいいのか分からなくて、とりあえず胡桃にいつもしていたように頭を撫でてみた。
「...心臓の音がする」
「動きだしたからな」
「...暖かい」
「血が巡って体温が上がったんだろ」
「...死んじゃうかと思った」
「お前俺のこと殺そうとしてなかった?」
「だめ。燈実さんは私と一緒に死ぬの」
「こわ」
腹辺りに頭を埋める胡桃は細かく震えている。俺の体温よりよっぽど暖かいなにかが服を濡らしている。
おそらくこの子もこの子なりに覚悟していたのだろう。親しい人を自らの手で終わらせようとしたら、その覚悟をへし折らんとばかりに生きていた。
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鍾離先生にもびっくりされた。
ただ心底安堵した顔で「よかった...本当によかった...」と言ってもらえた時は、年甲斐もなく涙が溢れそうになった。
爪や髪も伸びるようになった。
爪切りとか触るの久しぶりすぎて危うく深爪になるところだった。
髪は胡桃に切ってもらうつもりだった。胡桃の好きにさせたら、あまり手をつけずに「伸ばした方が好き」と言われたので現在進行形で伸ばしてる。
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あれから5年。まさか身長が伸びるとは思わなかった。あそこから少しばかり背が伸びて、鍾離先生と変わらない程度になった。いぇい。
胡桃も背が伸びて、大人の魅力を纏う女性になった。天真爛漫な性格はそのままに酒を呑むものだからアチコチで男を引っ掛けてはフッているらしい。可哀想に。南無三。
「まな板...」
「なんか言った?」
ちなみに胡桃の一部は成長しなかった。
本人のかなりショックだったらしく、そこをイジると半殺しにされる。勘弁してくれ。もう治らねンだわ。
「じゃあ今燈実さんに傷をつけたら一生モノ...?」
「恐ろしい事を言ってんじゃないよ」
ちなみに胡桃の一生モノは俺が頂いた。
どうにも胡桃はこの手の快感に弱いらしく、身を捩らせて逃げようとするので、蔦で拘束する事にした。
「や、だぁ゛...っ♡おぐぅっ♡や゛なのぉ゛♡」
「はいはい。もっと気持ちよくなろうねー」
「いき゛ぃ♡だめ゛♡だめ゛ぇ♡」
ただ絶頂した時に蔦を引きちぎる勢いでビクビクし始めたのにはちょっとびっくりした。
「はーっ♡はーっ♡…んちゅ...大好き♡…」
「俺も愛してる。ずっと生きてたいな」
この甘さに時間も溶けてしまえばいいのに。
人間として生きる以上、ありえない事ではあるけど。
だからこそ今を生きるこの時間を大切にしようと思う。
晴れの日も雨の日も、嵐だろうと、その時にしかできないことってあると思って、刹那主義。
あっという間だった、と笑える人生を。
充実した、と誇れる人生を。
もう死んでもいい、と後悔しない人生を。
歩んで、走って、駆け抜けた。
なに?燈実さん。今更後悔してるの?
いやまさか。お前のおかげで充実した人生だったよ。
ふふ...そっか。嬉しいね。またこうして会えるなんて。
そうだな。さ、いこう。向こうでも待ってる人がいる。
投稿が遅れた理由?
読書です。(言い訳)
世紀の名作と呼ばれる著書を漁って、語彙力をつけようかなと思いました。
ただね。書こうとした頃には「あれ。この表現に使える単語あったよな...」って忘れちゃうんですよね。っぱ人間って欠陥だらけですわ。
ちなみに最近読んだのはボードレール著『惡の華』です。
これめっちゃ面白かった。
皆さんも感想欄に面白いと思った小説書いてってくださいな。