あ。消えちゃった。
輝き駆け出していたほうき星の先を見つめて、思わずそう呟いた。
もはや何があったのかすら分からない瓦礫たちの中、見張り台の上にぽつんと建てられた小屋の中に、ひどく無感情な声が反響する。もしそれが自分自身のものでなかったなら、思わずその鼓動を確かめてしまうほどに無機質な、ひんやりとした声だった。
何気なく、どうしようもなく、ふと遠く離れた瓦落多の処分場の方を見てみれば、もう一つ、揺らめく火影。
どうやら今夜は、夜空が騒がしくなるらしい。だれとも知れぬため息だけが、憂いの影を落としていた。
――――――誰かが来たようだ。がたがたと音を立てて階段を登る音に、ぼんやりとしていた意識が引き戻される。
いつの間にか処分場の火は消えていて。寒々しい空に、光の雨は既に止んでいた。
今もなお空気を震わせる足音に急かされながら、淹れかけのコーヒーを急いで準備する。そしてちょうど準備が終わった頃には、足音はなりを潜め、ただ閑静だけが満ちていた。
こんばんは。扉を開けてそう尋ねる。
ぼうっと立っていたのは、一つの姿。見上げてしまうような長身に、夜に溶けてしまいそうな黒いガウンを羽織り、目深く被ったフードはその顔を隠している。
それは沈黙をもって答えを返すと、ゆらりと自分の脇を通り抜け、小屋の中をするする進む。やわらかな安らぎを与えるベットの横を、湯気と香りをたたせるコーヒーの隣を、ぎっしりとお菓子が詰まったバケットの向こうを、何にも見向きもせず、するする進む。
驚いた。すこし呆けてしまっていた。その黒フードを止めようと声をかけるが、まるで幽霊かのように虚しくすり抜けるばかり。業を煮やして腕を捕まえようとするが、空気を掴んだように手応えはない。
流石に不気味に思って遠巻きに様子を伺っていると、何かを見つけたのか、その顔をどこか一点に向けて微動だにしなくなる。
思わずそちらの方を見てみると、そこには見覚えのない、星が弾けたみたいに輝いている宝石が、まるで大切な友人の形見のように大切に飾られていた。
何だろう、それは。少しの間魅入っていると、いつの間にか黒フードの下の顔がこちらの方をじっと見つめていることに気が付いた。
何を思う暇もなく、その長身がゆらりとこちらへ向かってくる。
反射的にがたりと音をたてて足が引かれそうになるのを、なぜだろうか、意志の力で捻じ伏せていた。そうしているうちにもこちらへ近づいてくる黒フード。
ついに自分の目の前に来てその手を、伽藍堂のその腕をこちらへ伸ばし―――
―――どこに持っていたのか。空の袖から先程の石を取り出して、頭の上に載せてきた。
ずしりと感じる、頭の上の重み。しかしそれはすぐに軽くなっていった。ふと窓に映る自分を見てみれば、石を載せられていたであろう場所からは光の屑が吹き出していて、それはコーヒーの湯気に乗って空気の中に溶けている。
なにをしたのか。明瞭な問いをかけようとすると、途端頭の中に溢れ出してくる、朱、紅、赤線ばかりのものがたり。ツギハギだらけのそれはきっと、さっき空へと消えていったものなのだろうと、何故かそう思える。
それはくもりくもった鏡のように、砕かれ欠けたガラスのように、星の輝きを、かつての光の残滓を乱反射しているように思えた。
ようやく光を飲み下して、窓を覗く。いつの間にか夜は明けていたらしい。青空の中に太陽が一つ、雲に乗って佇んでいる。
瓦礫たちはまたいなくなってしまったようだ。石レンガと漆喰塗りの建物が立ち並ぶ中に、その姿は見受けられない。ただ往来に、人々の喧騒が満ちているのみ。
そのなかにひとつ、だれとも知れぬため息が、光の隙間に消えてった。
「あぁ。消えちゃった」
敬具。墜ちゆくわたしより。