ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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文化祭編スタート⭐︎


十一話 だから僕は音楽を辞めた①

 夏休み明けの初日から、激動のスタートであった。

 私、後藤ひとりは放課後になり保健室を出るとバイトのためにSTARRYへと足を運ぶことにした。

 

 私の横の席の男の子、初めて出来た異性の友達である大倉譲は休みであった。

 

 ──無断欠席のようだった

 

(私は全身筋肉痛とやる気のない中で来たのにずるいよ大倉くん……!)

 

 そう、私は久しぶりの外出と歩行距離に全身が筋肉痛になっていた。それでも母親は私を学校に行かせようと妹のふたりをけしかけてきたのだ。

 学校に行きたくなかったのは事実だが、動けないくらいの筋肉痛だったのもまた事実である。

 そう思いながら下北沢駅近くの道を歩いていると、カフェの窓ガラスからふと見知った顔がいることに気がついた。

 

(お……大倉、くん?)

 

 シックな雰囲気のするカフェであった。どちらかと言うと「喫茶店」と言う方がイメージとしては合っているかもしれない。そして目線の先には、本日無断欠席をしていた件の大倉譲と、綺麗な女性が座っていた。

 

 ──大倉くんは制服だった。

 

 学校を休んでママ活!? 

 私はそう思った。

 

 大倉くんの向かいの女性は、年齢としては30代ほどだろうか。しかし、若く見えるその見た目と、落ち着いたような高級感のある身の回りにはギャップを感じていた。

 

 すると、なにやら口論を始めだした。大倉くんは、普段はあまり表に出さないような感情を出しているように見えた。わしゃわしゃと頭を掻きむしると、机に拳をぶつける。

 目の前の女性の制止を無視するようにしてそこから飛び出した。

 

「あ、え、出てきちゃう」

 

 早くここから逃げなければ。こんなところで覗き見していたとバレるのは絶対に避けないと。私はなんとかその場を去ろうとするも、感情的に店から出ようとする大倉くんの方が素早さは上だった。

 

「え、あ、ご……後藤」

 

「あ、お……大倉くん」

 

 見つかってしまい、お互い名前を無意味に呼ぶと、沈黙。

 大倉くんは、今にも泣き出しそうな顔で肩で息をしていた。

 

「と、とととりあえず……そ、そこ、入りませんか?」

 

 私はすぐ近くにあったハンバーガーチェーン店に指を差す。普段なら全くそんな行動できるはずもないのだが、大倉くんの焦りようと逃げ出していたその状況を見ていると、一度落ち着いてどこかに入った方がいいのではないかと思った。

 

「あ……ああ……」

 

 大倉くんは何を指しているか気がついていないのか、どこに目を向けるでもなくそう口にした。

 

 私たちは、黄色いMマークのハンバーガー屋さんに入り、席に着いた。

 

 いつもは基本的に大倉くんが話題を振ってくれることが多かったのだが、今日ばかりは全く口を開こうとしない。そのため、私は自分達のクラスの文化祭の出し物のこと、結束バンドで文化祭のステージに立つかどうか悩んでいる話をした。

 

「……ああ、後藤が出たいなら、出れば。どうせ俺はまだ弾けないし」

 

「え……あ、はい」

 

 いつも以上に暗い大倉くんは、当てつけのようにそう口にした。

 いつもちょっとしたイジリのような事はよくするのだが、こうやって嫌味のように不機嫌に、どうでも良さげに返された事はなかった。

 

 ──わ、私が何か不快にさせてしまったのだろうか。

 そうだとすると、せっかく出来た友達なのに、嫌な思いをさせてしまっているのでは無いか。

 嫌な思考が脳内をぐるぐると悪循環する。

 

 すると、大倉くんは再び口を開いた。

 

「悪い、今めっちゃ嫌な言い方してた俺。ごめん」

 

「あ、いや、全然。き、気にしないで」

 

 大倉くんはもう一度黙り込むと、ため息を一つついてからしっかりと間を取って口を開いた。

 

「さっきさ、久しぶりに母親に会ってた……厳密に言うと、あいつが無理やり会いに来た」

 

 大倉くんの母親。

 話には聞いていた。

 大倉くんにピアノを習わせていた人で、今からだと2年くらい前に離婚をしたという話だったと思う。

 そして大倉くんは父親と二人暮らしをしている。

 

「……あ、あー、楽しい話じゃ無いし、自分語りになっちゃうんだけどさ、ちょっと愚痴っても良い?」

 

「う、うん」

 

 正直、私は嬉しかった。

 生まれてこの方、誰かの悩み相談などを受けたことがなかったし、こうやって友人の感情の吐露を受け止められるのは嫌な気分ではなかった。

 しかも、大倉くんはいつも本心の弱い部分を曝け出さない人だった。気丈に振る舞って、ピアノを弾けない事だって冗談めかして面白おかしく話しているような人だったから。

 

「……今朝、さ。学校に行こうとしたら駅にあいつ……母親がいてさ。なんか高そうな店のランチに連れて行かれたんだよ」

 

「お、お母さん、若かったね」

 

「見た目とか持ち物とか、そーゆー表面上の物ばっかりこだわる奴だからな」

 

 大倉くんの表情は、苛立ちとか怒りだとかの感情が渦巻いていた。私は彼がこのような表情を見せるところを初めて見た。

 

「多分、待ち伏せしてたんだと思う。……どこからかさ、俺がピアノをまた始めたってこと聞きつけて、またやらないかって、私と来ないかって持ちかけてきた」

 

「……ぇ?」

 

「しかもあいつ今オーストリアに居るらしくてさ、こっちに来ないかって」

 

「お、大倉くん、おおお、オーストリアに行っちゃうの?」

 

「アホ、絶対ついていくわけないだろ」

 

 私は少し安心した。

 友達である彼が遠くへ居なくなる事は……やっぱり嫌だったから。

 

「俺が今日夏休み明けの最初の日だって言うのに、ぜんっぜんこっちの都合なんて考えちゃいなかった。自分中心で世界を回してるんだ」

 

 大倉くんは、いつもは私と目を合わせない(正確には私が目を合わせていないのだが)ながらも、顔は正面を向いて話してくれている。

 だが、恨み言を呟く彼は深く俯いており、私は辛い気持ちを感じた。

 

「あいつが求めてるのは俺じゃなくて、ピアニストになれる息子なんだろうな」

 

「……」

 

 ピアノが弾けなくなると去っていき、弾けるようになると都合よく戻ってくる。きっと、そう彼の目には映っているのだろう。

 

「師事していた先生も、ピアノを弾けなくなってから半年もしたら離れていったよ。家族も、家族同然の人も、俺じゃなくてピアノを見てたんだ」

 

 私には正直、彼の気持ち全てを理解する事はできない。

 だってそれは彼の経験で彼の人生だから、きっと生まれてこの方ひとりぼっちだった私には分かり得ない経験なんだろう。

 

「ごめん、暗い話して」

 

 私は彼にかける言葉を探す。

 でも、いつも雄弁じゃない口から何も出てこないし、会話に慣れていない頭も命令を出せない。

 私は彼の友達なのに、肝心な時に何も言えずにいた。

 

「じゃあ俺、今日は帰るよ。後藤は……バイト?」

 

「あ、うん……」

 

「じゃ」

 

 そう言って大倉くんは席を立った。

 この前おんぶしてもらった時は大きくて男の子なんだなと感じていた彼の背中は、今は何よりも小さく見えた。

 そして私は、結局何も声をかけられずにいた。

 

 私は彼の悩みと、自身の文化祭への悩みの二つをもやもやとかかえたまま、STARRYへと向かった。

 

 ・

 

「やっぱりだめだー!!」

 

 みんな、すみません。昨日は文化祭ライブに行けそうな気がしてたけど無理です。

 で、でも虹夏ちゃんも私が悔いがない方にって言ってくれたし。大失敗したら高校生活耐えられる気がしないし……ライブハウスの演奏も緊張してガチガチなのに文化祭ステージなんて……。

 

 うん。やっぱり無理! 

 

 〜〜

 

 巷で人気急上昇中! 

 『結束バンド』のメンバーをディグる! 

 

「高校時代と同級生、後藤ひとりさんが人気ギタリストになっていると知っていましたか?」

 

「えっ、まさかあの後藤さんがバンドしていたなんて」

 

「サインもらっとけばよかった〜」

 

 〜〜

 

 目指すのはこっちの路線で行こう。

 わ、悪くない。

 そう考えれば目指す道もはっきりしたし、悩みもひとつ解消された。

 

 もうひとつの悩みは──

 

「後藤さーん! おはよう!」

 

「お……おはようございます」

 

 教室に向かう廊下を歩いていると、後ろから階段を駆け登ってきた喜多さんに声をかけられた。

 

「体調はどう?」

 

「あ、大丈夫です……」

 

 昨日、私は生徒会室の前で個人ステージの届出を片手に行き倒れて頭を打っていた。

 そのため、大倉くんと会う少し前まで保健室にいたのだ。

 

「あっ、あと出しておいたからね!」

 

「えっ?」

 

「文化祭の個人ステージ! 結束バンドで出場するのよね!」

 

 ……。

 

 ……? 

 

 ……。

 

「へ?」

 

「もうすっごく楽しみ! 後藤さん間違えて保健室のゴミ箱に用紙捨てるんだもん! 文化祭ライブ頑張りましょうね!」

 

 ああ……あぁぁぁぁぁあ。

 

 ・

 

「ぼっちちゃ〜ん、どした? なんか心配事?」

 

 STARRYにはいつもの面々が現れていた。

 結束バンドのメンバーと俺、そして伊地知さんとPAさん。

 頼まれてもいないのに遅れてやってきて後藤の死体を覗き込むのは酒臭いおねーさんだ。

 

 昨日は学校を休んで自分の事ばかり考えていてしまったため、文化祭のことについてはほとんど何も知らなかったのだが、先ほど死んだ後藤の前で喜多さんから事情は聞いた。

 後藤からも、少しだけ相談を受けた記憶があるが、昨日の自分の精神状態だとまともに聴けずに流してしまっていた。

 

「文化祭のステージに、私が勝手に申し込んでしまって……」

 

 同じくして、体育座りの喜多さんは棺桶に眠る後藤を覗き込んだ。

 

「えっ何? ライブするって事?」

 

 お酒のおねーさんは相変わらず目を細めながら、嬉しそうな反応を見せた。

 そこで棺桶に眠る後藤は命を吹き返し、ゆっくりと上半身を起こした。

 

「む……無理です、私には。いつものハコより多い人の前でライブなんて怖くて……想像もできないし」

 

 俯きがちになりながら後藤はそう告げた。俺だけじゃない。彼女もまた、単純ではない悩みを抱えており、きっとそこにある葛藤に雁字搦めになっているのだろう。

 おそらく、出たくないわけではないと思う。

 自己顕示欲も人一倍強い彼女は、大勢に注目を浴びて讃頌されることは好きなはずだ。それに、結束バンドという大切な仲間たちとともに思い出に残る舞台は何物にも変え難いはずだ。

 ──それと同時に、きっと、怖いのだ。

 

 否定されることが。

 自身の事はもちろん、結束バンドのメンバーも。

 そして、同じ学校の生徒たちの前で演奏すると言う事は、今までのハコでの演奏とはまた異なる感覚になるだろう。

 相手は全員高校生、しかも直接の知り合いは少ないとはいえ──普段の後藤からすると、カッコいいギタリストとしての後藤ひとりを晒すことが怖いのだ。

 受け入れられなければ、それは彼女自身が否定されてしまうことを意味するのだから。

 

「ぼっちちゃん」

 

 すると、お酒のおねーさんはいつもより優しい声のトーンで後藤に紙を差し出した。

 

「これ、あげる」

 

「えっ」

 

「この前のお返し。今日うちのバンドでライブするんだけど、よかったら見にきなよー!」

 

「い……いいんですか?」

 

「もちろん」

 

 そう言うと、俺を含めた結束バンドのメンバー全員にもライブのチケットを手渡した。

 

「はい、君たちもどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 俺は咄嗟にお礼を言って、ポケットから財布を取り出す。

 

「チケット代はいいよ〜。あげるあげる」

 

「いや、でも……」

 

 虹夏先輩はその言葉に不安そうに声を出した。

 

「無理しないでください」

 

 今度は喜多さんがそう口にする。

 このおねーさんは高校生にお金に関する心配をされているようだった。

 

「えっ、君ら私のこと高校生から金巻き上げる貧乏バンドマンだとか思ってんの?」

 

「え、違うんですか?」

 

 その言葉に対して虹夏先輩は冷たい目でおねーさんを見つめた。

 

「くそー! 先輩! 焼酎ボトルで!」

 

「やるかバカ」

 

「……とにかく、君たち安心しなさい。私こう見えてもインディーズでは結構人気バンドなんだよ? チケットノルマなんて余裕だし物販でも結構稼いでるんだから!」

 

 リョウ先輩も首を縦に振り頷いている。

 おねーさんも胸に手を当てながらドヤ顔でそう言った。

 

「じゃあ何でいつも安酒ばっかり?」

 

「えっ……」

 

 先ほどから虹夏先輩のおねーさんに対する当たりがキツくなっているのは気のせいだろうか。

 この時ばかりはどことなく彼女の姉の姿を想起させる。

 

「シャワーもうちで浴びてくし」

 

「家賃払え」

 

 伊地知姉妹はここぞとばかりにおねーさんの金の無心さを責め立てる。

 

「この前の電車賃、まだ返してもらってない」

 

 リョウ先輩といいお酒臭いおねーさんといい、どうしてこう後藤から金を巻き上げていくのだろうか。

 

「やっぱり金巻き上げてるじゃねえか」

 

 伊地知さんは頭に青筋を立てながらそう言うと、酒ねーさんの首根っこを引っ捕らえた。

 

「あっあ〜、これには深い訳がありまして……毎回ライブで機材壊すから全部その弁償に消えてるの」

 

「自業自得じゃねか……ぼっちちゃん、他にこいつらから返してもらってないお金ある?」

 

「あ、いや、おねーさんからはもう」

 

 リョウ先輩は視線を逸らした。

 

「クズども、遅くなってごめんなさいと言え」

 

「「遅くなってごめんなさい」」

 

 やはり怖いおねーさんが怖いのは事実であるが、めちゃくちゃ優しい人なのかもしれない。俺と同じツンデレだと言う説も噂されているのではないだろうか。

 

「それじゃあ新宿へー、レッツゴー!」

 

 こうして俺たちは新宿にある酒のおねーさん達がホームとするライブハウスへ向かうことにした。

 

「ねえ、君」

 

 皆が階段を登る中、おねーさんは俺の背中をツンツンと指し声をかけてきた。

 

「君もなんか色々悩んでるっぽい感じ?」

 

「さ、酒臭いおねーさん……」

 

「呼び方! ……きくりでいいよぉ。何に悩んでるかわかんないけどさ、私たちにできるのはきっと、言葉じゃあないんだ」

 

 俺は年上のお姉さんに近づかれた恐怖から、一歩近づかれるたびにまた一歩と反対方向へと逃げる。しかしここは狭いライブハウス、ついに壁に囲まれてしまった。

 ふと顔を見上げると、いつになく真面目な顔のおねーさんがいた。

 

「私たちはさ、音で伝えるしかないんだよ。特に口下手な君たちはそう」

 

 音で伝えるしかない。

 それは、どの感情を? 

 

「酒臭いおねーさん……。でも、あれから俺まだピアノちゃんと弾けなくて……」

 

「だーかーらー、きくりでいいのに。別に弾けなくたっていいんだよ。それはそれで一つの答え、でも君はそれでいいの?」

 

 俺は、それでいいのか。

 頭の中でお酒臭いおねーさんの言葉がぐるぐると渦巻いた。

 

 ──口下手な俺は、その言葉に何も返すことができなかった。

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