ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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十三話 人間万事塞翁が馬

「え〜、じゃあ文化祭のセトリ決めするよ〜」

 

 場所は変わってファミリーレストラン。

 先程のきくりさんたちのライブの余韻冷めやらぬまま、文化祭ライブについての話し合いは始まった。

 俺もまた、今度こそ結束バンドの一員として。

 

「喜多ちゃんによると(ぐぅ〜)持ち時間が1バンド15分(ぐぅ〜)だから大体3曲くらいかな?」

 

「あ、あの……」

 

 喜多さんは虹夏先輩の話を遮ると、その横にいる人物に目線を向けた。

 先ほどから合いの手のように(ぐぅ〜)というお腹の音をリズミカルに鳴らすのはリョウ先輩だった。

 

「り、リョウ先輩に分けちゃダメなんですか?」

 

「ダメ。ぼっちちゃんにずっとお金返してなかったんだから少しは痛い目見るべき」

 

 虹夏先輩はやっぱり虹夏先輩だった。

 江ノ島で郁代ちゃんに乗り換えたけど、今度はまた虹夏ちゃんに乗り換えるよ。にじかわいい。

 

「リョウ先輩、その音次のライブで使えませんか?」

 

「その前に空腹で死ぬ」

 

 リョウ先輩のお腹の音セッションはあっさりと却下されてしまった。

 

「郁代ぉ〜」

 

 今度は喜多さんに向けて、捨てられた子犬のように目をうるうるさせながらな飯をせがむ。

 喜多さんは唸り声をあげながらその食べ物を差し出そうとしていた。

 

「喜多ちゃん、ダメなバンドマンに引っかからないで。彼氏にしちゃダメな3BのBって、ベーシストベーシストベーシストのことだから」

 

 全部ベーシストじゃねーかよ。いやまあ、確かにバンドメンバーで女癖が悪い奴は大体ベーシストな気がする。

 

「もう絶対お金借りません」

 

 嘘である。俺でもわかる。

 

「……じゃあ、これだけあげる」

 

 そう言って虹夏先輩が差し出したお皿の上には、フライドポテトが一本だけ乗っていた。

 鬼畜か。

 

 しかし、リョウ先輩はその一本のポテトを大事そうに手に取ると。

 

「虹夏、優しい、好き」

 

「ちょっと、ガチで感謝されると胸が痛むじゃん! もう〜たくさん食え!」

 

 結局虹夏先輩はちょろかった。

 この人こそ年上大学生のクズベースに1番引っかかりそうだ。小汚い5畳くらいの薄暗くてタバコの染みた部屋で、世話を焼いている姿が目に浮かぶ。

 

「虹夏先輩、ダメな男にひっかからないでくださいね」

 

「ひっかからないから!」

 

「もしバンドやってる人と付き合うときは俺たちが面接しますからね」

 

「一体私を何だと思ってるの! というか何でそんなことしなきゃいけないの!」

 

 俺は頑固親父だ。どんな奴が来ても「娘を──虹夏を貴様にはやらん!」と言わなければならない役目がある。

 

「セトリなら決めてある。文化祭出るかもって聞いてからずっと考えてた」

 

 リョウ先輩……先ほどまでは後輩にたかるクズ乞食ベーシストかと思っていたのだが、やはりやる時はやる女だ。

 

「あ、あの」

 

「大倉、どうした?」

 

「リョウ先輩にセトリ決めてもらって申し訳ないし、完全に俺のわがままなんで却下してもらっていいんですけど。一曲だけ、コピーバンドやりません?」

 

「……」

 

 図々しいし、わがままだというのは分かっている。そもそも、俺を含めたこの4人は、まだ本当に俺が弾けるようになっているのか分からないのだ。

 

「お、俺、絶対弾けるようになってると思うので、初めてのライブでピアノの目立つ曲やりたいんです。多分現状だと、キーボードパートないので、アレンジでサポートするって形になると思うので……」

 

「いいよ」

 

「え?」

 

 しかし、思った以上にすんなりとリョウ先輩はOKサインを出した。

 

「虹夏もいいよね」

 

「うん、だって今回の舞台は秀華高校なんだよ? ぼっちちゃんと喜多ちゃんと──大倉くんが主役なんだから!」

 

「──ありがとうございます!」

 

 俺は勢いよく頭を下げる。

 弾けるようになったか分からないと心配しているのは、俺だけのようだった。

 先輩達は、いや結束バンドのメンバー達は俺のことを信用してくれているのだと気がついた。

 

「それなら、一曲目に大倉のコピー曲を入れる。文化祭だから知ってる人もいてつかみは良いと思う。で、二曲目にはぼっちのギターソロ入れる」

 

「ぅえっ?」

 

「ボッチの見せ場。さっき虹夏も言ってたけど、3人の文化祭でしょ?」

 

 そうだ、今回の文化祭の主役は俺たち三人なのだ。

 でも。

 

「確かに、今回は俺たちが目立つ構成にしてくれるのはほんとありがたいです。──でも、3人の文化祭かもしれないですけど、5人の舞台ですからね」

 

 そう言って俺はそっぽを向く。

 

「大倉のツンデレ、久しぶりに見た」

 

「つ、ツンデレじゃないですから」

 

「というか加入したてなのにぐいぐい来るね」

 

「あ、あのそれは本当にごめんなさい」

 

 リョウ先輩はたじろぐ俺の姿を見ては微笑ましそうに笑った。

 

「ううん、別に。──5人でがんばろ」

 

「……っ、はい!」

 

 リョウ先輩クールビューティーマジ女神卍。

 郁代ファンはもう終わりにします。今日からはリョウ先輩の時代です。ATMでも何でもいいので一生ついて行かせてください。

 

 ・

 

 文化祭の数日前、俺は一足早くSTARRYに来ていた。

 

「こんにちはー」

 

 今日は雨がひどく、背負っているケースも少しだけ濡れてしまった。

 

「大倉くん、いらっしゃーい」

 

 手をひらひらと揺らして出迎えてくれたのは虹夏先輩だった。

 

「あれ、リョウ先輩はどうしたんですか?」

 

「リョウはね、今日の小テスト酷かったから補習」

 

「……相変わらずですね」

 

 俺は背負っていたものを下ろすと、肩をぐるぐる回した。

 

「あれ、それ何?」

 

「ふふふふ、気がついちゃいましたか虹夏先輩」

 

 俺はわざわざ聞いてくれと言わんばかりに背負っていたそれをアピールしたのだ。

 自慢げにそのケースを開き、中のものを取り出す。

 

「じゃじゃーん、持ち運びシンセでーす」

 

 そう、俺が今日持ってきたのは先日購入したばかりの、持ち運びができるタイプのシンセサイザーだった。

 

「おおーすごい! 結構高かったんじゃないの?」

 

「親金持ちなんですよー」

 

「わー堂々と言っちゃうんだー」

 

 まあ、子供の頃からピアニストを本気で目指している家庭は大体金持ちだ。出費は結構重なるし、お金に余裕がないとそんな事はできないから。

 

「よし、虹夏先輩。ちょっと聞いてください」

 

「え?」

 

「キーボードの基礎は叩き込んできましたよ。いやー、コード進行とか初めてやったんでメロディー弾く以外のはまだまだですけどいい感じですよ」

 

「──いやいやいやいやちょっと待って」

 

「はい?」

 

「弾けるの?」

 

「弾けなきゃ家で練習できないじゃないですか」

 

 そう言うと、虹夏先輩は目元をうるうるさせて。

 

「弾けるようになったなら最初に教えてよー!!」

 

 がっしゃーんとドラムを叩きつけて感情を表現した。

 

「え、いやサプライズと思って」

 

「もう、本当に心配してたんだから……バカ」

 

 そして俺は手際よくシンセを組み立てる。

 STARRYにはピアノは置いてあるのだが、シンセはあるかどうか分からなかった。どうせならと俺は、今後も使うだろうし割と高くていいやつをノリと勢いで購入してしまったのだ。

 

「──じゃ、やってみます」

 

 家ではもう鍵盤に触れて音を出せるようになっていた。だけど、人前で披露するのは初めてだった。初めてピアノコンクールに出た日を思い出す。あの時もこれくらい、緊張していたっけか。

 でも、今日は1人の観客だ。

 

 不安や緊張とは裏腹に、簡単に音は出た。

 もはや、俺を縛るものは何もなかった。

 久しぶりの人前での演奏は、虹夏先輩だけが観客の物寂しいものであったが、俺にとっては十分だった。

 

 ──十分に楽しい空間だった。

 

「ふう、やっぱいいなー音楽って。……って虹夏先輩?」

 

 虹夏先輩は俯きながら肩をフルフルと震わせていた。

 

「……うまい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「上手すぎてムカつく──!!!」

 

「なんでー?」

 

 ムカつかれてしまった。

 

「なんだかなー、きっと上手いとは思ってたけどこんなに上手いと自信無くすわー」

 

「天才ですから」

 

「……もう、そんな冗談ばっかり言ってると、メンバーに入れてあげないよ?」

 

「ウソですすみません……でも虹夏先輩もそんな冗談言わないでくださいよー」

 

 本当はメンバーに入れないなんて気は一切ないくせに。

 

「なんか言った?」

 

 ぎろり、と。

 きくりさんを見る時のような目つきでこちらを睨みつける。

 

「たまに虹夏先輩は伊地知さんみたいに怖い時ありますよね」

 

「もうっ」

 

「それに虹夏先輩のドラム、俺好きですよ」

 

「急に素直にならないでよ……まったく」

 

「俺、ツンデレなんで」

 

「自分で言うかー普通」

 

 虹夏先輩もまあ、とても接しやすい人だった。

 最近は関わる機会も多く、俺のコミュ障も鳴りを潜めていた。

 

「……ぷっ」

 

「どしたの大倉くん」

 

「ははは……なんか、楽しくて」

 

「ふふっ、まあかく言う私も楽しい」

 

 こうして2人で無駄話をする時間は、とても居心地が良かった。本当にこの結束バンドのメンバーは、皆いい人ばかりだ。

 

「あ、そうだ。私ちょっと買い物があるんだった」

 

「そうなんですね」

 

「さくっと買って来るから待っててー」

 

「はーい」

 

 虹夏先輩はそう言うと、財布だけ持って階段へと向かった。

 傘を忘れて。

 

 まったく、こんな土砂降りの中で傘を持たずにどこへ行こうと言うのだ。そう思った俺は傘を掴み、虹夏先輩の後を追うように階段を登る。

 

「虹夏先輩、傘」

 

 そう声をかけると、虹夏先輩は勢いよく振り返って、

 

「あー、そういえば今日は雨だったねぇ……っうわぁ!!」

 

 雨で濡れた階段で、思いっきり足を滑らせた。

 

「ぇ、あ、え?」

 

 俺は傘を放り投げると、階段から落ちてきた虹夏先輩を思わず抱き止める。

 

 ──が、アニメのようにその場で華麗に受け止めて「怪我はない?(キリッ」とは上手くいかなかった。足場が悪い中、女性とは言え人一人分の落下を止められるほどの筋力は俺には無かった。

 

 そして、俺もまた同じように足を滑らせてしまう。

 

(やばっ!)

 

 せめて、虹夏先輩だけは守らなければ。

 俺は彼女を強く抱きしめると、物理法則の任せるがままにした。

 何度か鈍い音を立てると、階段の一番下にようやく到着したようで、なんとか終点にて停止を果たした。……やべえ腕めっちゃ痛え。

 

「……っ、虹夏先輩、大丈夫ですか?」

 

「あ、あ、あぁ、ありがとう」

 

 虹夏先輩は俺の腕の中で顔を真っ赤にして、いつもの後藤みたいにどもりながらそう口にした。てか、顔近。

 

「そ、それより、大倉くん大丈夫!?」

 

「ああ、全然。大丈夫で──っつ」

 

「やっぱりどこか痛めたよね?」

 

 虹夏先輩は顔を青ざめさせながら俺の顔を覗き込んだ。

 

「いや、ちょっと腕が痛いだけで、全然マジで大丈夫です」

 

「で、でも!」

 

 そう言って虹夏先輩は俺の腕の制服を捲る。

 するとそこには、

 

「グロ」

 

 真っ青になった左腕があった。

 

 ・

 

「いやーははー、全治2ヶ月だって」

 

「「「ええ〜〜〜!」」」

 

 あの後俺は結局すぐに病院に行くことにした。結果、腕の骨が折れてました⭐︎

 

「だ、だだ、だ大丈夫ですか!?」

 

「うん、全然へーき。ちょっと折れたくらいだから」

 

 後藤は俺の腕を心配そうに眺めていた。

 まさかこんなタイミングで骨折されるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「文化祭ライブはどうする……?」

 

 リョウ先輩も、珍しく俺のことを気遣ってくれたようだ。

 

「それなんですけど──1曲目以外は別に右手だけでメロディー合わせたりコードを弾いて軽く合わせるくらいならなんとかできます」

 

 そう、右手だけでもキーボードは出来ないこともない。左手の役割分は完全に死んでしまうが、あくまでギターや他楽器のサポートだけだと割り切ってしまえば最低限の仕事はこなせる。ただ。

 

「……ただ、一曲目のコピーバンドのピアノは普通に難易度高いですね」

 

 そう言うと、皆一様に黙り込んでしまう。

 その曲の練習をしていたのも当然あるし、それ以上に俺の唯一の目立ちどころが消えてしまうと言うことでもあるのだ。

 

「一曲目はさ、大倉くんに負担かけないように別のオリジナル曲でいこう」

 

 虹夏先輩は俺に気遣ってそう口にする。

 

 ……だが、だからこそ、俺はやる。やらなければならない。

 

「虹夏先輩、やらせてください」

 

「……っ、ダメだよ! だって腕、私のせいで」

 

「別に先輩のせいじゃないです」

 

 俺がそう断言すると、虹夏先輩は瞳にじわりと涙を滲ませた。

 きっと責任を感じている。

 

 俺たち三人が、一応主役の文化祭なのだ。その舞台で、しかも俺にとっては復帰後初の舞台という事もあり、きっと大事な舞台なのだろう。だから失敗は許されない。──どうせそんな事を虹夏先輩は考えているのだろう。

 

 考えすぎだとも思うし、舐めるなよとも思う。

 俺はもうやるのだと決めたから。出来る出来ないじゃなくて、やると決めたのだから。

 

「ご……ごめん、ちょっと……」

 

 虹夏先輩はそう言い、席を立った。

 きっと涙を見せるのが嫌だったのだろう。

 

「大倉、泣かせた」

 

 リョウ先輩は俺の顔をニヤニヤと眺める。意地悪な笑顔だ。

 

「す……すみません」

 

「虹夏のこと、許してほしい。虹夏がやらないって言ってるのは、大倉のことを考えて言ってると思うからだから」

 

 ──2人の信頼関係は強固なものなのだろう。

 だからこそ、こうやってリョウ先輩は俺にフォローを入れてくれ、虹夏先輩のことを暖かく見守っているのだ。

 正直言って、羨ましいと思う。

 おそらく今の俺ではまだ、2人のような信頼関係を結束バンドのメンバーと築けていないと思うからこそ。

 

 それでも俺は、弾きたかった。

 俺は、虹夏先輩のために弾きたいのだ。久しぶりの舞台、文化祭、初めてのライブ。それは自分のための舞台ではなく、楽しんでやる事──そして周りの人をも楽しませるためにやるのだ。

 きっと虹夏先輩は自分のせいだと気にしてる。それはきっと、楽しくない事だと思う。

 だから俺は、彼女を楽しませてやりたいだけだった。

 

「やらせてください」

 

 俺は頭を下げた。

 後藤と喜多さんは目を丸くしていた。

 ──リョウ先輩は、相変わらず不敵に笑っていた。

 

「俺は口も上手くないし、虹夏先輩に何を言っても優しさとか慰めとしか受け取ってくれないと思うんです」

 

 人は自分の都合のいいように解釈してしまう生き物だ。だから、思考が固定されてしまった時に言葉で覆すことは容易ではない。

 特に俺は、そんな優れた話術を持つ人間ではないのだ。

 

「世の中はきっと言葉にしないと分からないことばかりだと思います。でも、俺は弾いて虹夏先輩に伝えたいんです。気にしなくていいよって、俺はただ、文化祭の舞台でみんなと楽しく演奏したいんだって」

 

 文化祭の舞台で楽しく演奏がしたい。

 でもそれは、面白おかしくとかではなく真剣にやって、本気になって何かを達成したいという青臭い考えだ。

 

 でも、俺のその言葉にみんなは嬉しそうな表情を見せた。

 

「俺は、音で伝えるしかないんです。口下手でコミュ障なんで」

 

 きくりさんの受け売りの言葉だ。

 まだ何も伝えられていない俺にとっては薄っぺらい言葉かもしれない。でも、今はまだ薄っぺらいこの言葉すらも、俺は音楽で覆す、証明する。

 

 ──音で伝えるんだ。

 

 リョウ先輩はその言葉を受け止めると、ゆっくりと口を開いた。

 

「私は最初からそのつもり。セトリも変えるつもりない」

 

「リョウ先輩……!」

 

「ただ、自分でそこまで大見得切ったんだから──期待はさせてもらうから」

 

「──はいっ!」

 

 無口で無表情で、変人で。

 捉えどころがなくて不思議な先輩は、きっと誰よりも虹夏先輩のことを、俺たちのことを考えてくれていた。

 

 まったく、どいつもこいつもロックでクールな奴らばかりだ。




数日投稿開く可能性あり
というか5,6日で投稿頑張ったから疲れちゃったよ…
それよりも仕事が疲れちゃったよ…
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