「後藤さーん、来たよー!」
文化祭初日。
秀華高校は、賑わいを見せていた。
廊下には自分達の出し物を宣伝する秀華校生達が闊歩し、友人の出し物に顔を出す者、とりあえずとぶらぶら回っている者、恋人や友達同士で回っている者など、いつも以上に楽しさが最高潮といった雰囲気だ。
もちろん、学外から訪れる人も多くいる。
他校の生徒から、中学生。OBに加えて保護者の方達。
なにはともあれ、文化祭に相応しくお祭り騒ぎな様子だ。
私もこの空気と雰囲気は大好きである。
そして、私が真っ先に向かったのは後藤さんのクラスであった。
彼女のクラスはメイド・執事喫茶を出し物として行なっている。
──つまり、後藤さんの美少女メイド姿が見られるのではないか。
そしてもう一人、新しく結束バンドに加入したメンバーである大倉くん。
彼もよく見るとちゃんとイケメンである。
後藤さんと同じように、見た目はいい癖にクラスに溶け込めないでいる2人を冷やかしがてらに見物しに来た訳だ。
そんな邪な思いから私は教室へと飛び込んだ。
すると、真っ先に目に飛び込んだのは教室の中に広がるいくつかのテーブルの中に、私の高校だけでなく他校も含めた女子高生が集まる場所だった。
何か出し物でもしているのか、そう思い近づいて見ると──
「あのー、お名前なんて言うんですか?」
「よかったらロイン交換してください!」
「こんなイケメン学校にいるだなんて知らなかったー!」
女の子達の黄色い声が上がっていた。
そして、その真ん中にいるのはよく知る顔であった。
「……え、大倉くん……?」
複数の女子に囲まれながら、無言でキメ顔をする大倉譲がそこにはいた。
ただ、いつもと異なるのは彼の服装だろう。
いつもは目元にかかる程度に無造作に伸ばした髪の毛も、今日ばかりは2:8くらいの位置で分け目を大きくかき上げて左右にウェーブするように流している。
光沢と高級感のある黒いタキシードの胸元には、真っ白なポケットチーフが綺麗に形造られ顔を覗かせていた。
シャツは真っ白のプリーツが入ったもので、首元には真っ黒な蝶ネクタイ。
そして、細く長い指先にも滑らかな白手袋。
元々背丈は170の後半もあり、今の彼の格好はすらりとした体型に驚くほど馴染んでいた。
そう言えば、文化祭の前に話をした時に「家にタキシードはあるから執事っぽそうな格好できるかも」と言っていたが、元々数年前まで様々な舞台に立ってピアノを弾いていた男だ。高級感も着こなしも抜群であった。
……ただ、骨折のために腕だけ三角巾をつけているところは不思議であった。いや、むしろ腕の折れた寡黙な執事という属性は強いものなのでは……?
ワイシャツは中で袖をまくっているのだろうか、タキシードに関しては骨折を固定するギプスがパンパンになってはいるがぎりぎり収まっている様子でだった。
ハーレム状態で、いつものようにテンパっているのかとも想像したが、今の彼はアダルティな雰囲気を纏った寡黙で静かな執事のようにしか見えなかった。
「い、一体何があったの……?」
ポツリとそう呟くと、タキシード姿の彼は先程までのハイライトもない真っ黒な瞳に、突然光を宿してこちらを見る。
目が合った。
同時に嫌な予感がした。
「……喜多さん」
彼はそう言うと、周りを取り囲む女子達を優しくかき分けて、まっすぐ私の方へ歩いてきた。
無駄にイケボでいつもとのギャップのせいで、心臓が高鳴る。今ばかりは少女漫画の主人公の気分だった。
「お、大倉くん、おはよう」
「……」
彼は無言のまま私の前に来ると──
「!?」
突然私の腕を掴んで、少しだけ強引に引っ張るようにして教室から出ていった。私は突然のことに驚き、無抵抗のまま引きずられるようにして同じく教室を後にした。
女の子に囲まれる寡黙なイケメン執事が、他の女の子に目もくれず腕を掴んで強引に連れ去る。
私は、少女漫画の読みすぎなのだろうか?
これは現実ではなく夢なのではないかと冗談でなく疑った。
・
「わああああああきたさんんんんんんこわかったよおおおおおおお」
無言で私を引きずり、人気のない階段下に連れ込まれた時は正直かなり焦った。
友達とは言え、いつもと違い決め込んだ彼はこの学校でも類を見ないほどのイケメンであり、そんな彼に無言のまま少しだけ強引に人気のないところに連れ込まれたら変な想像をしてしまうのも仕方ないだろう。
もしかしてこれって──恋?
──なんてことを一瞬でも考えた私が馬鹿でした。
先ほどまでのキリッとした顔から打って変わってのび太がドラえもんに泣きつくような顔で突然大声を発する彼を見て、私はなんとなく事情を察した。
「ひっく、この格好で、ひっく、うちの出し物に出たら、ひっく、突然知らない先輩達に囲まれて、ひっく」
彼は年上女性が苦手だと公言していた。
……そもそも、人が苦手で異性もさらに苦手なタイプなのだ。結束バンドの面々は、それこそもうそこそこの付き合いにはなるので自然体で接してくれているが、未だにSTARRYのお姉さん方にはまともに顔を見て話せていないような男だ。
彼の表情はキリッとしていたのではなく、完全にフリーズしていたのだろう。
「はいはい、こわかったねー」
「俺もう帰りたい……」
「せっかくなんだから楽しもうよ?」
「ミトコンドリアになりたい……」
「何を目指してるの一体……」
折角のバッチリ決まっている正装だというのに、こういうところは相変わらずだなと思う。
「……お、落ち着いてきた……落ち着いてきたら、き……喜多さんに泣きついてたの恥ずかしくなったからごめん喜多さんあなたの記憶を消します」
「いやほんとに落ち着いて大倉くん! ほら、立って深呼吸」
彼はまだ混乱しているのか、いつも見たいな捻くれた返しもなく大人しく私の言うことに従った。すくっと立ち上がると大きく息を吸って吐く。
私はちょうど良さげなタイミングを見計らいスマホのシャッターを切る。
(いい写真ゲット)
私はその写真を結束バンドのロイングループに上げようとして──
──やめた。
無駄によく取れているその写真は、タダで誰かにあげてしまうのには少しだけ勿体無い気がした。
別に、深い意味はない。
すると、開いたままのロインのトーク画面にメッセージが一つ追加された。伊地知先輩からだった。
『ぼっちちゃんも大倉くんもいないんだけどー! どこ居るの?』
私は少しだけ名残惜しさを感じながら、ロインに返信をした。
・
「ほら、いましたよ後藤さん」
俺は文化祭の開始と共に人に囲まれて注目を浴びるという効果はばつぐんな技を食らってから、朧げな記憶なまま喜多さんと合流していた。
その後、逃げた後藤を探すと言うことで虹夏先輩とリョウ先輩とも合流をすることになった。
ただ、俺は未だに思考は定まらずふわふわした感覚がある。あの数分間で三年分くらいの他人からの注目を浴びた気がするのだから仕方がないだろう。
「わ"あ"っ!!」
「お〜」
後藤は忍びのようなスピードで跳ね上がると、こちらに向かい直して正座をした。この運動神経をどこかで活かせないものなのだろうか。
「ぼっちちゃん、クラスの子心配してたよ?」
「あっ……っ……」
お母さんに怒られている子供のようなリアクションをする。ちなみに俺も飛び出してきたので今回ばかりは後藤を責めることができない。なんなら味方だ。手助けはしないけど心の中だけで応援してます。
「本当にナメクジのいそうな場所にいた」
リョウ先輩が口を開く。
俺はついやっと意識を取り戻したばかりなのだが、後藤を探す際の選択肢がまさか「ナメクジのいそうな場所」とは。この子あまりにも可哀想過ぎる。……実際に正解だったのだが。
「ゴミ箱とかタンクの中を探した甲斐がありましたね!」
ええ、ゴミ箱とタンクも探してたの?
……いや、待てよ。
後藤はSTARRYにいる時ゴミ箱に入っているシーンをちらほら見かけたような。
「全く人探ししてる気分になれなかったけどね……ほら、早く戻ろう」
「……はい」
・
「そういえば、ぼっちも大倉も似合ってる」
後藤を逮捕した後に、一行はクラスへと戻るべく行脚を始めた。
先頭には他校の美少女が2人、その後ろには人気者の喜多さん、メイド服が抜群に可愛い後藤、そして超絶怒涛の最高級執事風イケメンの俺がいる事によって周りからの視線を浴びていた。
他校の美少女2人と人気者さんは普段から注目を浴び慣れているのか、全く気にしていない様子であった。後藤もその三人に溶け込んで喜多さんと話をしていたので気がついていないのだろう。
俺はと言うと、この状況によるストレスと心労で禿げそうだった。
……こんなことなら気合い入れて準備してこなければよかった。
久しぶりに袖を通したタキシードと、舞台に立つ時に使っていたヘアワックスで格好良く決めるのがついつい楽しく120%全力を注いできてしまった。
しかも、いつもなら気にしないのだが、学校の中でこれほどの美女4人に囲まれてるとなると、男子からも嫉妬の視線を向けられる気がしてしまいなんとも居心地が悪かった。
(ごめんみんな……楽しくないわけじゃないけど……今日ばっかりはつらいよぉ)
俺は4人から絶妙に距離をとりつつ背後を追いかけていると、お化け屋敷の出し物の前にたどり着いた。
「4名様ですねー。そしたら2人ずつで入ってください!」
「いや5人ですよー! って大倉くんがあんなに遠くに……」
受付をしている女の子に人数の訂正を入れる喜多さん。俺は彼女らと無関係を装い遠くでぬぼーっとしていた。
「ペアかソロで入るやつでしょそれ。俺いたら奇数になるだろ」
「遠すぎて何言ってるのかわからない!」
俺は正論を叩きつけたつもりだったが、理論が正しくても物理的な距離が足りなかったらしい。剣道のようなすり足歩行で距離を詰めるともう一度口にする。
「ぺ、ペアかソロで入るやつですよね? 俺いたら奇数になるかなーって」
ここで新しい発見だ。
俺は人との距離が近くなる程コミュニケーションを取る難易度が高くなるらしい。
距離が遠いと声が届かず、距離が近いとコミュ力がデバフされる。割と詰んでいる様子であった。
「じゃあグーチョキパーを一斉に出してペアを作りましょう!」
喜多さんはキラキラお目々でそう告げる。
「いや、俺驚く系やると腕痛そうだからやっぱやめとくわ」
別にお化け屋敷系はそれほど苦手ではないし、骨折なんて関係なくただの口実にすぎないのだが。……これで俺以外の女子が一人ぼっちになって、俺が誰かと組むってなったらよっぽどそっちの方が気まずい。
だが、俺は骨折を言い訳にしたことを後悔した。
4人に目をやると、虹夏先輩と一瞬だけ目があい、すぐさま逸らされてしまった。
俺が無理を言ってセトリを変えないと言ってから、虹夏先輩はどこかよそよそしかった。俺や後藤みたいなコミュ障ではないが、きっと距離感を測り損ねているのだろう。俺もまた、同じだった。
「うーん確かにそうね。じゃあちょっと行ってくるね!」
喜多さんは残念そうな顔を見せるも、そのまま後藤達を引き連れてお化け屋敷に入ってくれた。
中から虹夏先輩と喜多さんの楽しそうな叫び声が聞こえてくる。
リョウ先輩の叫び声は当然聞こえてこなかった。聞こえてきたらイメージが崩れるからやめてほしい。
……意外なことに後藤の声は聞こえてこなかった。
俺はお化け屋敷の外の廊下で、窓側を背にもたれかかっていると突然声をかけられた。
「あ、あのー、どこのクラスの出し物なんですかそれ?」
俺はフリーズした。
停止した思考の中で、極めて冷静に努めて論理的になんとか組み立てようと脳みそを働かせた。
なぜ俺はお化け屋敷の前にいるのに、なんの出し物をしているのか聞かれたのだろうか?
その答えはおそらく、俺がこんな格好をしているからだろう。彼女らも「それ」と言い俺の着ている服を指し示している様子であった。
ではなぜ声をかけたのか。
きっと執事喫茶に行きたかったのだろう。
だが待て、俺は彼女達にクラスだけを告げて場所がわかるのだろうか。
見たところ、うちの学校の制服ではない。
しかし、俺に初対面の女性に対して道案内をするという高等技術は持ち合わせていない。
そうすると何だ、何がある。
俺は無言のまま脳内で思考を動かす。
──現実世界ではおそらく5秒ほど。
俺は徐にポケットからパンフレットを取り出すと、パラパラめくり各階の案内のページを開く。そして、一年生のフロアから俺たちが出し物をしている教室を指差した。
──オッケーパーフェクトコミュニケーション。
俺は一言も話さずに任務を達成した。
よし、あなた達は早くその教室に向かいなさい。
「へー! ここなんですね〜。お兄さんは何時ごろ接客してますか!?」
「あ! それ気になる〜」
気にするな!!!!
「……あ、分かんない……っす」
この一瞬で緊張で喉がカラカラになっていた。最近は結束バンドのメンバーとかなり仲良くなったからコミュニケーション能力が上がったと思ったのだが、あれは慣れだったのだ。慣れたから話せるようになっただけで、初対面の現実はこうだ。
「なんかお兄さんクールでカッコいいですね! ロイン交換しませんか〜?」
「私も私もー! というか腕すごいですねー。大丈夫なんですかー?」
彼女はそう言うとスマホを取り出した。
え、嫌だ。ものすんっごい嫌だ。
だって交換して何話すの? 何か話しかけられるの?
俺はそもそも仲良くない人とメッセージを重ねる時に「ほんとにこの文面でいいのか?」と1時間くらい悩んで返信する生き物なのだ。そんな奴と交換しても楽しくないだろうし、俺も疲れてやる気がなくなるだけで何も良いことはない。そして、未読無視やブロックなんてもってのほか。そんな事して嫌われたらどうするんだ。もう会うことはないけど。
さらに、ここで断るのはどうだろう。
俺みたいな奴に断られた彼女達の立場はどうなる。折角ご厚意で話しかけてきてくれているのに、そんな塩対応をかましたら傷つけてしまうのではないだろうか。
俺はこの思考に3秒ほどかけて結論を出す。
……とりあえずロインだけ交換してこの場をやり過ごそう。
そうしてスマホを取り出して、アプリを開く。最近は結束バンド関係でロインを追加したりしているので追加方法は手に取るように分かっている。これって陽キャ?
助けてーみんな、だずげでー!
そう祈ると、お化け屋敷から虹夏先輩と喜多さんが出てきた。
俺は目で合図を送ると、虹夏先輩も目が合った。
彼女は俺の様子に驚いた表情を見せると、少し考え込み、悲しそうな表情をほんの一瞬だけ浮かべてそっぽを向いた。
……え、いやなんで?
見捨てられた?
ああ、そうか。一応俺たちなんかちょっと気まずい的な雰囲気だったのか。でも虹夏先輩、今はそれどころじゃないんです。
そして喜多さんはなぜか全くこっちに気がついていなかった。このポンコツちゃんめ!
俺はその間も、ロインの友達追加方法が分かっていないようなふりをして時間を引き伸ばしていた。
今度は後藤とリョウ先輩が出てきた。
またもや目で合図を送ると、リョウ先輩はニヤリと悪い顔をしてこちらを見ているだけだった。
頼む──後藤。
頼れるのはもうお前だけ──
と考え目線を向けた頃には、後藤がこちらに向かっていた。
「えー、追加慣れてないんですかぁ? 私やりますよー」
「私も私もー」
そう言って俺のスマホが強奪されそうになった瞬間。
「あ、ぁああああのー!」
後藤が精一杯の声を振り絞った。
──つもりなのだろうが、実際は蚊の鳴くような声だった。
「わ! メイドさんかわいい!」
「どこのクラスなんですかー?」
「え、いや、あ、ああ、あああ」
後藤は萎れていった。
水分が抜けていった野菜のようだった。
「き、きゃー! 人が萎れてるー!」
「きゃー! ミイラよー!」
俺たちにとってはあまり珍しくない後藤の様子を眺めたその2人は一目散に逃げていった。
「ご、後藤」
俺は萎れた後藤の肩を揺すり、待っている間に買ったオレンジジュースを飲ませると完全復活した。
「お、おお、お大倉くん」
なんと俺は、後藤に助けられたのだった。
……え、いや。
というか文化祭のこのようなイベントって、普通男女逆じゃね??
そう思ったが時代はダイバーシティと言うことでこれも多様性の形ということにしておいた。
それにしても、
(ご、後藤が可愛すぎて直視できない!!)
俺は折角助けてもらったのにも関わらず、後藤のあまりの可愛さに口がうまく回らなくなっていた。コミュ障の完全復活だ。
妙に緊張して心臓もバクバクしている。
勇気を振り絞ってもう一度後藤を見る。
ぎゃあああああかわいいいいいい。
目に毒だった。
可愛すぎて目に毒だった。
俺は両目を閉じたまま、万華鏡写輪眼の使用後のような血涙を流して後藤に感謝の言葉を告げた。
「後藤、いろいろありがとな」
「い、いろいろ……? う、うん。お……大倉くん困ってそうだったから……」
この子はやはり女神か。
女神を超えて次は何になる気なのだ。全知全能の神的な立場か? それとも唯一神か?
「あ……あと、ちょっと嫌だったから」
「な、何が?」
「わ、わからない」
なんだこのもどかしくてドキドキする感じ。
俺は胸を掻きむしりたくなる謎の衝動に駆られるものの、片腕が動かないのでやめることにした。
そしてゆっくり立ち上がると、また虹夏先輩と目が合った。
今度はすぐに逸らされてしまった。
……やはり、避けられているのだろうか?
ふはははは!筆が乗った!もうマジで2,3日くらい投稿できない!たぶん!