ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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十七話 だから僕は音楽を辞めた③

 

 文化祭二日目。

 場所は体育館。

 

 舞台上の出し物は、盛り上がりを見せていた。

 

 俺は薄暗い舞台袖から、前のバンドの演奏を眺める。

 

 久しぶりの感覚だった。

 胸の奥から熱い何かが込み上げてくるようでいて、それでも頭の中は寝起きのいい朝のようにすっと鮮明だ。

 

 ──緊張はなかった。

 

 階段に腰掛けながら、舞台に立つ彼らの演奏に合わせるように右手の指で膝を叩く。

 トントントン、とメロディーに合わせるようにして。

 指は軽い。早く音を鳴らしたいとウズウズする。

 

 ──興奮はあった。

 

 俺は舞台の方に視線をやると、そのすぐ手前に結束バンドのメンバーはいた。彼女らは緊張しているのだろうか。

 少し離れた位置にいる俺には分からなかった。

 久しぶりに舞台に立つ俺を気遣ったのか、あえて何か声をかけてはこない。

 

 俺を除いた結束バンドの4人は、何度かライブはこなしていることもあり、堂々とした立ち振る舞いのように見え──

 

「ああっ! 緊張してきた」

 

 ……たのは間違えだったようだ。

 喜多さんは両手を握り顔元に寄せて、目をぎゅっと閉めた。

 

 悩み相談をした仲だ。少しくらい彼女の緊張をほぐす手伝いでもしてあげよう。

 

 俺はすくりと立ち上がり口を開く。

 

「たけのこ」

 

「たけのこ?」

 

 リョウ先輩は振り返り、俺の発した言葉に疑問符をつける。

 

「喜多さん、たけのこだ」

 

「……もう、ふふふ」

 

 それは昨日、気負っていた喜多さんにかけた言葉。少しだけ卑屈になっていた彼女にかけた、成長を表現するための共通言語だ。

 

「大倉くん、本番前なんだから冗談言わないの!」

 

「でもほら、どう?」

 

「どうって……何が?」

 

「緊張」

 

 彼女は目を丸くして、ため息をつく。

 

「……悔しいけど、ぶっ飛んだわよ」

 

「だろ?」

 

 俺はニヤリと笑ってみせると、喜多さんも釣られて優しく微笑んだ。

 

「え、なに今の? 二人で勝手に通じ合ってる?」

 

 その様子を見て虹夏先輩は困惑していた。

 

「なんて言うか、ねえ?」

 

 喜多さんに視線でパスを出す。それに対して、こんな局面でわざわざ話すことでは無いかと喜多さんも適当に口を開いた。

 

「うーん、大したことでは無いですけど」

 

 虹夏先輩は、先ほどのやりとりを当然理解できず俺と喜多さんを交互に見た。

 むーっと、頬を膨らませて俺を睨む。

 

「ふーん、喜多ちゃんにも手を出してるんだ」

 

「え、いや、ほんと何でも無いんで……ていうか『も』って何ですか」

 

 その言い方だとまるで俺が複数人の女性に手を出しているようではないか。まず前提として、喜多さんに手を出したわけでない。さらに言えば喜多さん以外の女性にも何かしたわけも無く不服に感じた。

 ……まあ、俺の場合だと何かした事ないのはもちろん何もされたことないんですけどね。ライブ前になぜこんな悲しいことを考えなきゃいけないのか。

 

「なんでもなーい」

 

 虹夏先輩はそう言い、そっぽを向いた。

 ぎこちなさが無くなったと思った矢先、今度はこのような態度が増えた気がする。嫌われてる……とかでは無いと思うのだが。

 

「……一体何を見せられているのだか」

 

 リョウ先輩は頭を抱えながら呟く。俺は何を見せてるつもりも無いのだが。

 

「痴話喧嘩するならライブ後にして」

 

「「痴話喧嘩じゃ無い!」」

 

 俺と虹夏先輩の魂の叫びは、コードのようなハモリを見せた。

 

「まったくもう……そういえば、ぼっちちゃんは大丈夫?」

 

 後藤は先ほどから会話に入らずに舞台を凝視していた。最初は少し心配していたが、いつものように縮こまった背中では無く、強さみたいなものを感じていた。

 会話する余裕がないほど緊張しているとかでは無く、アーティスト的な集中をしているのだろう。

 

「はい!」

 

 ──だから、きっと大丈夫だろう。

 

 ……だから、きっと後藤から聞こえてくる心音のようなbpmも気のせいだろう。

 

「このバンド、ドラムだけ異様にうるさいな」

 

「後藤さんも、落ち着いて!」

 

 もはや後藤に緊張するなと言うのは無理なので、俺は放置することにした。

 勝手にやらせておいても、どうせ大丈夫だろう。そんなにヤワな奴じゃないことは良く知っているから。

 

「……大倉くん、本当に演奏大丈夫?」

 

 虹夏先輩との間に存在したぎこちなさはもう感じなくなっているが、それでも俺の腕のことを心配している様子であった。

 

「さあ、やってみないと」

 

「……」

 

「聞いててくださいね、俺のピアノ」

 

「……うん!」

 

 そう、だからこそ俺は音で示すのだ。この程度の逆境はむしろチャンスであると証明するのだ。

 

「結束バンドさん、まもなくです」

 

 俺の頭上から声がする。

 文化祭の実行委員が、俺たちの出番を告げた。

 

 泣いても笑っても舞台の幕は上がる。

 

 あっという間だった。

 文化祭ライブに出ることを、結束バンドの一員になることを決意してからは。

 

 自信はある。

 ブランクはあれど、舞台に立つことも鍵盤を叩くことも慣れっこなのだから。それに、今までにないくらいの調子の良さを感じている。ハートは熱く、頭はクールに。

 

 左腕の骨折という大きな荷物を抱えているが、これは名誉の負傷だ。虹夏先輩の心配も一気に払拭させてやる。

 

「いよしっ! じゃあ円陣でも組んどく? あっ、手合わせてお〜ってやつしよっか」

 

 虹夏先輩はおーってやつを提案して左手の拳を力強く掲げた。

 

「いいですね、やりましょう!」

 

 さすが結束バンドのコミュ強陽キャサイドの2人だ。恥ずかしげもなくそんな提案をする。

 

「え"」

 

「暑苦しい」

 

 さすが結束バンドのコミュ弱陰キャサイドの2人だ。恥ずかしげな提案に速攻で待ったをかける。

 ……リョウ先輩は別に陰キャってわけじゃないけど。

 

 そして、同じくコミュ弱陰キャ陰キャサイドの俺は──

 

「いいですね、やりましょう」

 

 この熱にやられたせいか、心までもが浮ついていた。こうでもしないと、体の真ん中からふつふつと湧き上がる何かを抑えきれない気がしたから。

 それでも、地に足はついている。もはや、成功する姿しか目に浮かばない。

 

「え"」

 

 後藤は口を開いて目を丸くしている。

 

「な、なんか最近の大倉くんが眩しくて直視できないぃ」

 

 仕方がないだろ。

 友達は少ないし、コミュ力は無いが。

 ……でも、憧れていたのだから。

 

 信頼できる仲間と共に青春の舞台に立つことに。憧れて、遠ざかって、遠ざけて。触れることも諦めていたこんな舞台に。

 捻くれてクサいと斜に構えて眺めていた、こんな青春に。

 

 少しくらい、陽キャの真似事をさせてくれ。キャラじゃ無いのは百も承知で、せっかく後ろを向きながらも前に進めているのだから。

 

「みんな、左手……じゃなくて右手出して!」

 

「はいっ」

 

 虹夏先輩の右手に、真っ先に手を添えたのはやはり喜多さんだった。

 

「えー」

 

「いいからー」

 

 渋るリョウ先輩の手を、虹夏先輩は引っ張る。

 

「……よし」

 

 俺はその上に手を重ねて、

 

「ほら、後藤も」

 

「あ、はい!」

 

 5人全員の手を重ねる。

 

「じゃあ頑張ろう、楽しもう!」

 

 虹夏先輩の掛け声に合わせて、

 

「せーの」

 

「「「「「お〜!」」」」」

 

 俺たちは、右手を狭い天井なんか突き抜けてしまうくらい高く掲げた。

 

 ・

 

 俺は体育館の舞台に居座るグランドピアノに腰掛けた。こいつはいくつもの演奏をこなしてきた立派ですごい奴なんだろう。

 

 だから、敬意を払って今日は今までにないくらいの飛び切りの演奏をさせてやる。

 この学校で、過去1番の演奏を。

 

 一曲目は持ち運んだキーボードではない。

 やはりピアノパートがあるものは、電子音より楽器の共鳴を楽しみたい。

 

「続いてのバンドは、結束バンドの皆さんです」

 

 ぱっ、と。

 ライトが俺らを照らして舞台の幕は上がった。

 

 お客さんは文化祭ということもあり、多く入っていた。

 

「「喜多ちゃーん!」」

 

 舞台の下から聞こえてくるのは、喜多さんを呼ぶ声だった。さすが結束バンドの陽キャ担当だ。

 

「お姉ちゃーん! がんばれー!」

 

「ひとりちゃーん、頑張れー!」

 

 後藤にも家族とファンの人が声援をあげる。

 

「ぉおーい、ぼっちちゃーん頑張れ〜! あっ、見て見て、きょうは特別にカップ酒〜! えへへ」

 

 ……どうでもいいが誰か早くあの人を追い出せ。

 

「かっこいい演奏頼むよ〜、うぇーい!」

 

 周りの観客は、文化祭にふさわしくない酒臭いおねーさんの姿にドン引きしていた。当然舞台上に立つ後藤も他人のふりをしていた。あれほど自分のお客さんがいるか心配していた後藤ですら切り捨てるレベルとは……恐るべし。

 

 そ、それにしても。

 

(当たり前だけど誰も俺のこと見に来てねー!!)

 

 俺はあの後藤にすら負けた。真のボッチ王選手権の優勝者になったのだ。

 

「ピアノのやつ骨折してね?」

 

「大丈夫か?」

 

「あんな人学校にいたっけ」

 

 ……。

 ファンがいないどころか極めてアウェーだった。

 

「あれー、じょう君誰も見に来てないの〜? じゃあ応援お姉さんだけだね! えへへへへ」

 

 唯一俺を応援するファンがこんなやつなのか。

 おいマジで誰か摘み出せ。警備員呼ぶぞコラ。

 

「えー、私たち結束バンドは、普段は学外で活動しているバンドです」

 

 喜多さんの声と共に、観客席もざわめきが落ち着く。ボーカルをする彼女の声は、綺麗に透き通り体育館に反響していた。

 

「今日は私たちにとってもみんなにとってといい思い出を作れるようなライブにします! それでもし興味が出たらライブハウスに見に来てくださーい」

 

 喜多さんの堂々とした喋りに観客も湧く。場数を踏んで慣れてきたのか、今までのような硬さはなくまるで緊張を感じさせなかった。彼女にとってはホームグラウンドであるとは言え、会場の雰囲気は悪くなかった。

 

「それじゃあ一曲目行きまーす。ほんとは3曲ともオリジナルで行きたかったんですけど……まあせっかくの文化祭なので、みんなの知ってる曲で掴みを取りに行っちゃいまーす」

 

 お茶目に言い切った喜多さんの発言に、会場がどっと湧く。……ユーモアのあるMCも難なくこなした。

 

 俺は後ろをに目をやる。

 喜多さんと目が合った。ぐるりとメンバー全員を見回して、俺はピアノと向き合う。

 

 やあ、俺はまたお前を弾くことにしたよ。

 俺は音楽を辞めなかったよ。

 

「初っ端からかっこいいピアノが聴けちゃいます! ──"だから僕は音楽を辞めた"」

 

 歓声が聞こえた。

 みんなが知ってるメジャーな曲のタイトルコールは、やはり一発目としては強力だった。

 だからこそ俺はその期待を裏切らぬように右手だけを鍵盤に乗せて。

 

 虹夏先輩のドラムがスタートの合図を刻む。

 

 1、2、3、4。

 

 入りは雨の日の喫茶店で聞くようなジャズ・ピアノのように優しいタッチで入る。音圧や速弾きだけで魅了するのではなく、繊細なタッチでゆらゆら流れるように。屋根から雨水がゆるりと流れ落ちるように。

 

「考えたって分からないし 青空の下君を待った」

 

 左手がない分、音の厚みと複雑さが足りない。

 

 なら、技術と表現でカバーすればいい。

 手数なら、そんじょそこらのやつらには負けない。

 

 喜多さんは透き通った声でaメロを歌う。虹夏先輩のドラムは下支えする地盤を作るようでいて、彼女の性格のように優しく包み込んでくれるかのようだった。

 俺は鍵盤を見ることなく天井を見上げた。優しいタッチから、クレッシェンドで進める。

 

「──君の目を見た 何も言えず僕は歩いた」

 

 俺は喜多さんに少しだけ視線を向け、フレーズの終わりと共にピアノに視線を落とした。

 

 鍵盤を叩く。

 爆音を鳴らしたりインパクトで攻めるのではなく、したたかに、小雨が本降りになるかのように。

 俺の耳には彼女たちの音と──ピアノから響く音しか入らなかった。

 

 頭から俺が主役だ。aメロ間の演奏で、右手しか使えないピアニストから、右手だけとは思えないピアニストだと観客たちに、結束バンドのメンバーに、虹夏先輩に、殴りつけるかのように示した。

 意識はピアノにしか向いていないのに、頭の片隅では冷静になっていき、段々と周りを俯瞰しているような感覚になる。

 

 観客が息を呑む音が聞こえる。

 

 ギターもベースも完璧だ。文句のないリズムと音を鳴らす。

 

 ──でも少し固いな。喜多さんも流石にまだコードを追うので精一杯だ。後藤もまだまだこんなんじゃない。リョウ先輩は流石だが、もっと周りを見れるはずだ。虹夏先輩のドラムも追いかけている感じになってる。もっと引っ張っていいんだ。

 

「考えたって分からないし 青春なんてつまらないし」

 

 喜多さんの歌声が響く。

 その歌詞はまるで俺のことを歌っているようで、ピアノから響く感情の音は、その表現はとてもうまくいっている感覚があった。

 

「辞めたはずのピアノ 机を叩く癖が抜けない」

 

 考えることを放棄して、青春を恐れて遠ざけて、未練はたらったらで。1番嫌なのはその状況ではなく、その状況に甘えている自分自身だった。

 

 bメロに入る。

 

 流れは緩やかなまま徐々に音を強める。ギターの2人に音で声をかけるように強めのタッチに変えていく。

 ──この曲ばかりは俺が主役だが、遠慮はしなくていいぞと。

 

 喜多さんは流石に手一杯だが、後藤は俺の投げかけた音に呼応して主張を強くし始めた。

 昔みたいな1人の演奏ではなく、周りの音と会話をする後藤ひとりの演奏だった。

 

 サビ前のギター。

 俺の煽りに乗った後藤は力強く弾く。

 

 ──そうだ、それでこそ後藤ひとりだ。

 

「間違ってるんだ わかってないよあんたら人間も」

 

 雨はだんだんと強まっていく。

 それは自暴自棄になった感情の吐露。

 

「本当も愛も苦しさも人生も どうでもいいよ」

 

 情けない自分を認めることができなくて、周りのせいにする。言い訳にする。自分に言い聞かせるように。

 

 あいつらと出会わなかったら、そのまま意味もなく周りを憎んで勝手に壁を作っていた。

 

 だからこれは過去の自分への手向けの演奏。

 心の中に感情の猛獣を飼っていた少し前の自分への手向けの歌。

 

「正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ──考えたんだあんたのせいだ」

 

 まるで自分に問いかけるように。

 

 間奏のギター。

 あの日の俺を引っ張り出してくれた救いの音のままだった。

 

「将来なにしてるだろうって 大人になったらわかったよ 何もしてないさ」

 

 下支えするベースライン。

 俺はあえてピアノの主張の薄いこの部分で無茶をする。

 リョウ先輩に、俺のピアノが喜多さんのボーカルを殺さないように任せにきりにした。

 

 彼女の技術なら、リズムと音程を纏めてくれるはずだ。だからこそ、もっと俺のピアノとボーカルの音を聞いてくれ。

 

「幸せな顔した人が憎いのは どう割り切ったらいいんだ」

 

 俺のパスを受けたリョウ先輩に目をやる。

 彼女は不敵に笑うと、俺が多少動き回っても喜多さんを惑わさないようベースで道を作る。

 ……まったく、流石だ。

 

「満たされない頭の奥の 化け物みたいな劣等感」

 

 今度はドラム。

 ここまで完全に俺が1人で牽引するように弾いてきた。でも、結束バンドをを支えるのは他の誰でもない、虹夏先輩なんだ。みんなを引っ張るのは、俺じゃなくてあなたなのだ。

 

「間違ってないよ なあ何だかんだあんたら人間だ」

 

 俺に遠慮をするな。ドラムがピアノに気圧されるな。俺の背中を見るのではなく、先輩の背中を追わせてくれ。

 

「愛も救いも優しさも根拠がないなんて 気味が悪いよ」

 

 遠慮をしないで。俺の腕は気にしないで。

 そんな生半可な気持ちだったら、食っちまうぞ。

 

 俺は虹夏先輩と一緒に演奏するのが楽しい。

 だから、俺を気にした楽しまない演奏はやめてくれ。

 ──楽しんだ音楽でドラムスティックを振り回してくれ。

 

 俺みたいな口下手な奴は、そんな感情を音に乗せて虹夏先輩にぶつけることしか出来なかった。

 

「ラブソングなんかが痛いのだって防衛本能だ」

 

 虹夏先輩も俺の挑戦に呼応するように、リズムを、音を束ねて引っ張り始める。俺の台風のようなピアノを彼女は大きな川のように泰然として受け止めた。

 

 そうだ。それだ。

 これは俺のことを理解してくれている音だ。

 楽しんでいる音。

 俺たちは今、この一瞬。二度とあるか分からない高校生の文化祭という舞台を楽しむために来ているんだ。

 

 辞めない理由を探して続ける音楽から、楽しいからこそ続けられる音楽に変えるために。

 

「どうでもいいか あんたのせいだ」

 

 2番のサビも終わる。

 さあ、ここが俺の一番の見せ場だ。

 

「…………」

 

 俺は指を動かす。指だけじゃない、体全てで音を表現する。

 

 わざわざ作ってもらったピアノソロ。

 

 もっと速く、もっと速く、感情的で──

 

「…………っ!」

 

 ──いや、違う。

 

 今の俺が弾きたいのはネガティブに陥っただけの何かを辞めるための音じゃない。

 土砂降りの雨の中、空を覆う真っ黒で分厚い雲を吹き飛ばすような演奏だ。

 空を割って、青空をこの体育館に引き摺り出すのだ。

 

 ──俺は頑張っていたんだ。もがいたんだ。

 好きなはずな音楽を楽しめなくなってしまった時からずっと。

 

 恐れながらも楽しく、美しく、主張をやめない彼女のギターに惹かれて俺は進むことができた。

 

 きっとこの曲を聴いている人の中にも、結束バンドのメンバーも、好きで始めたはずの何かが段々と雁字搦めになって、いつの間にか楽しむことを忘れてしまった人達もいるだろう。

 

「っ!」

 

 だからこれは手向けであって──過去の自分の、過去のみんなを否定するために俺は弾かない。

 

 世界全てが敵に見えた、そんな誰かの唯一の味方になるための曲だ。

 

「考えたって分からないし 生きているだけでも苦しいし」

 

 ピアノソロを終える。

 無意識のうちに椅子から立ち上がっていた俺は、少し荒れた息を整えて座り直す。

 

「間違ってないだろ」

 

「間違ってないよな」

 

「間違ってないよな」

 

 あの日の俺たちは、自分が間違っているのが怖かったのだ。

 

「間違ってるんだよ 分かってるんだ あんたら人間も

 

 本当も愛も救いも優しさも人生もどうでもいいんだ

 

 正しい答えが言えないのだって防衛本能だ どうでもいいやあんたのせいだ」

 

 誰かに肯定されていなかった俺たちは、誰かを否定するしか無くなってしまう。

 

「僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな思いだ」

 

 違う。塵なんかじゃないんだ。

 

「何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかった」

 

 だからこそ感情は狭間で揺れて動かなくなって動きを止めてしまったのだろ。

 

「本当だ 本当なんだ 昔はそうだった」

 

 ──今の俺は。

 

「だから僕は」

 

 あの日の俺に伝える。

 

「だから僕は」

 

 だから俺は、

 

「音楽を辞めた」

 

 ──音楽を辞めない。




最終回みたいな雰囲気だろ?安心しろまだまだ続く
続くったら続く
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