ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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最終回みたいなタイトルだけど終わりません


十八話 ぼっち・ざ・ろっく!

 

 割れるような拍手と声援が体育館を反響する。

 

「……はぁ……はぁ……っ」

 

 俺はそんな客席を呆然と見つめていた。うるさいくらいに体育館は熱狂を見せているが、俺には自分の整わない息遣いしか聞こえなかった。

 

 心臓がはち切れんばかりの速さで脈を打つ。

 

 俺は客席をぐるりと見回した後、結束バンドのメンバーを見た。

 

 みんな驚いた表情でこちらを見ていた。

 俺はピアノを弾き終えてから震えて止まない右手の拳を強く握りしめて、高く上に持ち上げてそれに応えた。

 

 虹夏先輩はそんな俺の右手を見て、瞳を潤ませた。

 ──だが、その口元は確かに笑っていた。

 

 リョウ先輩は前を見ろと伝えてきた。

 俺はもう一度客席をゆっくり見渡すと。

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」」」

 

 今度こそは、その歓声が確かに耳に入った。

 肌がピリピリする程の熱量だった。

 

「やべえええあんな上手いピアノ初めて聞いた!」

 

「本当に片手で弾いてたの!?!?」

 

「結束バンドうめぇぇ!」

 

「大倉くーんまた執事やってー!」

 

「きゃーっ!!」

 

 初めての感覚だった。

 クラシックピアノでの、大人たちに囲まれたスタンディングオベーションとはまた違う心地よさだ。

 

「……はぁっ、ふっふふふっ、ははははっ」

 

 簡単なことだったんだ。

 俺が探していたのは、こんなシンプルなものだった。

 

「それじゃあ次の曲の前に、結束バンドのリーダー。ドラムの伊地知虹夏先輩です!」

 

「皆さんはじめましてー! 盛り上がってますか〜?」

 

 その声掛けに、観客たちは思い思いの歓声で応える。

 拍手とぐちゃぐちゃに混じった歓喜の声が舞台の上に届いた。

 

「えー、うちのベースの山田リョウいわく、結束バンドはMCがつまらないそうでして……どの口が? って思うんですけど、面白いトークできるようになるまでライブ告知だけにしときますね〜」

 

 自虐的なボケに会場からも笑いが漏れる。

 虹夏先輩のMCも文化祭ブーストがあるとは言え順調だ。

 

「って……まだ次のライブの予定はないんですけど、もし気になるーって人がいたらボーカルの喜多ちゃんか──」

 

「喜多ちゃーん!!」

 

「ギターのぼっ……あっ後藤ひとりちゃん! それとキーボードの大倉譲くんに今度声をかけてください!」

 

 わああと歓声が上がる。

 

 いやいや待って、さっきの演奏前の舞台袖から演奏中、そしてつい先程まであんなに自分に酔いしれて格好つけていたから忘れてたけど、俺コミュ障だからね? 

 あんまり学校でそんな告知しないでね? 

 話し出したら評判下がるんだから、話しかけられないミステリアスなクールボーイのままでありたかったよ。

 

「それと先ほどのヒーロー大倉くんからひとこと!」

 

 え? 

 は? 

 あ? 

 いやいやいやいやいやいや待ってくれ。

 俺は何も準備をしていないぞ。

 何も準備をしていないのに同じ学校の人の前で、それも舞台の上で何を話せと言うんだ。いや、準備しても話せないのだが。

 

「はい、大倉くん!」

 

 虹夏先輩にマイクを向けられる。

 

 ──考えろ。

 今俺は何か下手なことを話すとせっかくの会場の盛り上がりを、リーマンショック時の株価くらい急暴落させてしまう。

 つまり俺は口を開いただけで景気悪化が確定。

 

 だがこのまま沈黙を続けるのも悪手。

 

 どうする、どうする。

 

 俺は俯く。

 すると、俯いた先には鍵盤が。

 

 これしかない。

 

 俺は一言も話さぬまま鍵盤に向き合うと、星座に慣れたらのイントロ部分をジャズアレンジにして弾く。

 跳ねるように、ポップでキャッチーかつシックでクールに奏でる。

 俺は数秒だけピアノを叩き、格好つけて姿勢を正したまま真上を見上げる。なんかこういう体勢って天才っぽくないか? そんなことないか。

 

 そして気になる観客の反応は。

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁあ!!」」」」

 

 おーけーミッションコンプリート。

 俺は無言のまま、ドヤ顔隠しのためのすまし顔で客席にペコリとお辞儀をする。

 

「それじゃ、次の曲行こっか」

 

「はい!」

 

 虹夏先輩がそう告げると、再び喜多さんは前を向く。彼女たちがMCで場を繋いでいる間に、俺はグランドピアノを離れてシンセサイザーの元へ向かった。

 現状、結束バンドの曲には当然ピアノパートはない。だから目立ちたがりになってしまうグランドピアノではなく、あくまでシンセサイザーの音で曲に合わせるようにコードやメロディーを奏でる。彼女たちをサポートすることがメイン業務だ。

 

 それにしても──

 

(後藤の顔が晴れていない……)

 

 一曲目で観客の心をかなり掴んだと言うのに後藤の顔は不安そうなものだった。

 

「それでは聴いてください! 二曲目で"星座になれたら”」

 

 虹夏先輩のカウントで曲が始まる。

 

 イントロ部分の演奏を顔を見合わせながら行う。

 喜多さんの歌声も入り、曲は順調に進んでいく。

 

 ……後藤のギターを除いては。

 

 全体として聴いていればそれほど違和感がないのだが、やはり音楽経験者であれば気がつく違和感。

 チューニングが合っていないのか? 

 

 俺はシンセサイザーでギターのコード弾きをサポートする。目立たないように、しかし右手で三和音を押さえながら曲全体に全員の楽器(特に後藤のギター)が馴染むよう音とリズムを合わせる。

 

 曲はサビを迎えた。

 やはり後藤のギターは何かしらの不調を抱えているようだった。このままではギターソロを迎えてましまう。

 

 そして、

 

(1弦が切れた……!)

 

 サビの途中にアクシデントが起きたのだ。

 演奏中のギターの1弦が弾けて切れた。確か彼女はあのギター1本だけを所持していたのではないか。つまりこのバンドには予備用のギターが一本もない。

 このまま弦の切れたギターでこの後の演奏に臨むしかないのだ。

 

 なんとか合わない2弦のチューニングだけでも、と後藤はしゃがみ込む。

 俺はそのままシンセサイザーで後藤の代わりにギター音を奏でる。左手が逝ってしまったせいでルートの音は出せないが、シンセサイザーの音源をギター音に切り替える。やはり取って付けただけのハリボテギター音だと圧倒的に劣るのは事実だが仕方がない。

 

 もうすぐギターソロだ。

 

 どうする、後藤。

 彼女は俯きながらギターをなんとか弄っているが、完全に間に合わない。

 流石にギターのソロパートをシンセでやるのは無理があるぞ……! 

 

 1番のサビが終わる。

 後藤はしゃがみ込んだまま対応が間に合わず──

 

(喜多さん……!)

 

 異変を察知した喜多さんが後藤の代わりに間奏を繋ぐ。完璧なアドリブだった。

 

 何が平凡だ。

 

 始めて数ヶ月でこの局面に、仲間のトラブルに気がついて堂々とアドリブを挟める奴はもう立派なギタリストだ。

 

 後藤と喜多さんは顔を見合わせる。

 その瞬間、後藤は足元に落ちていたカップ酒を手に取った。

 その顔には、いつものふにゃっとした覇気のない表情では無く、緊張感を感じつつも誰にも負けないくらいの力強い表情が浮かんでいた。

 

 ──そして、後藤のソロ演奏が始まった。

 

 合わない2弦のチューニングと切れた1弦を前に、カップ酒のボトル瓶を左手に構える。

 

 おいおい、化け物かよあいつ。

 彼女は咄嗟の機転でボトルネック奏法を行った。

 

 たしかにチューニングがずれているのだから擬似的にボトルでフレットを作ることは理論的に可能だ。可能ではあるのだが、この土壇場で練習もなくその発想にすぐ至りそれをソロ演奏にまで昇華させていることを考えると、凄いの一言に尽きる。

 

 観客もその異様な光景に、理解はできずとも「何か凄い事をしている」という事実は感じ取ったようだ。

 

 咄嗟の判断で後藤はギターソロを終えた。

 会場のボルテージもとどまることを知らずに突き抜けていく。

 

 ──2人の機転で、舞台上のトラブルを乗り切ったのだ。喜多さんと後藤の高度なアドリブ力は、出来て間もない高校生バンドにしては立派なもので合った。俺はその2人に対して、嬉しさと少しばかりの悔しさを感じた。

 

 ……まったく、先ほどのピアノで目立ったつもりだったのだが、これでは後藤に負けてしまうな。

 

 後藤は残りの弦でなんとか演奏を続け、無事に2曲目を終えた。

 

 演奏を終えた後藤はゆっくりと顔を上げる。

 目前に広がるのは、彼女の演奏にボルテージが最大の観客達の声だった。

 わかるよ。

 俺もつい先ほど、同じ感情を抱いたのだから。

 

 演奏を終えた俺たちにかけられるその歓声は、鳴り止むまでに少々の時間を要した。

 少しして会場を包む声の波は落ち着くようにして引いていった。

 

「ああ〜、えっと……ホントは続けて最後の曲いくところなんですけど」

 

 虹夏先輩はそのタイミングを待ってから興奮を隠せないまま徐に口を開いた。

 

「これだけ言わせてください! ──きょうは、本当にありがと〜!!」

 

「「「いえ────────!!!」」」

 

「この日のライブ、みんなが将来自慢できるくらいのバンドになりまーす!」

 

「「「いいぞ──!」」」

 

「武道館行っちゃえ〜!」

 

「ご……なんとかさんも良かったぞー!」

 

 ふん、先ほど俺は「大倉くん」と名前付きの黄色い歓声をいただいた。

 後藤! 貴様はまだ名前を覚えられていないようだな! 俺の勝ちだ! 

 

「弦切れたのに頑張ったねー!」

 

「あ……」

 

 結果として想像以上となった観客席から後藤にかけられる声援に、彼女は呆然としていた。

 

「ほら、後藤さん。一言くらい何か言わなきゃ!」

 

 南無。

 一曲目の後は俺が犠牲になりかけたところでキャンセルをかましたが、今度は喜多さんの純粋な分タチの悪い陰キャキラーが発動した。

 

「えっ?」

 

 喜多さんはそんな後藤の様子を気にせずにマイクを口元に持っていく。

 こ、これで演奏で逃げるという手も無くなってしまったッ! しかも喜多さんは楽しそうに笑ってる。それは天使の顔をした悪魔だった。

 

「ああ、あっ、ううう……」

 

 頑張れ後藤、負けるな後藤、俺は何も手を貸さない。死ぬのは君1人で十分だ。

 

 口を半開きにし、ワナワナと震える。

 

「何か面白いことしなきゃ何か面白いことしなきゃ、何か面白いこと……」

 

 薬物でも決めたようにバキバキの眼球が、酒臭いおねーさんを捉えた。

 

 ──まずい。これは絶対にまずい。

 

 コミュ障センサーがびんびんに反応する。

 追い込まれたコミュ障が何か面白いことをしようとすると120%空回りするのだ。ちょっとつまらないくらいなら構わないのだが、空気に合わない奇天烈なことをして総スカンを食らうのまでが定型文だ。

 

 彼女を止めなければ。俺が立ち上がった時にはもう遅かった。

 

 後藤は酔っ払いのような足取りで観客席の元へと歩みを進める。

 そして──

 

 ──彼女は鳥になった。

 

 そして、ぼっちがろっくになった瞬間でもあった。

 

 ごすっ、と。

 おおよそ文化祭のバンドステージでは聞こえない音が体育館に鳴り響いた。

 先ほどまでの歓声はどこへやら、辺りは沈黙が支配していた。

 

 どんまい、後藤。

 骨くらいは拾ってやるよ。

 

 うつ伏せの後藤は、ピクリとも動かなかった。

 

「「きゃー!」」

 

「後藤さん!?」

 

「ぼっちちゃん、大丈夫!?」

 

 その様子に真っ先に喜多さんと虹夏先輩は心配の声をあげる。

 だが彼女の親愛なるぼっち友達として一つ言わせてくれ。

 そこまで追い込んだのは、あなた達なんですよ……。

 

 俺は彼女を止めに行こうとした足をそのまま、放置しては行けないと思い舞台下へと向かう。と言うか誰か助けてやれ! 

 

「お前は伝説のロックスターだ」

 

 相変わらずリョウ先輩は最低だった。

 

「はははー! ぼっちちゃん最高!」

 

 おそらく原因その②である酒ねえも笑っていた。いいから少しは心配しろ、お前ら。

 

「少しは心配しろ!」

 

「ホントだよ!」

 

 伊地知姉妹だけはまともだった。

 伊地知(姉)は相変わらず怖いけど良い人なのかもしれない。

 

「おい後藤、大丈夫か!?」

 

 誰も手をつけず放置されてる彼女を救うために、俺は後を追うようにして舞台からジャンプする。

 観客は俺が助けに降りるのを察知してその場を少し開ける。

 舞台から飛び、地を足につけた瞬間の話だった。

 

「ぅえ?」

 

 最初に着地したと思った左足が、つるりと大きく蹴り上げるように真上に上がる。

 

 そういえば聞いたことがある。

 タキサイキア現象、と言うらしい。突発的な危険状態に陥った際に、周囲がスローモーションのように感じることがある。

 例えば交通事故の時。見ているものが全てゆっくり動いて感じる経験をしたことがあると言う人もいる。

 

 例に漏れず俺も、この瞬間をスローモーションに感じた。

 

 仰向けの体からは、左足と観客と天井と──巻き上げられたカップ酒だけが視界に入った。

 

 あの糞酒臭最低女、次会ったらぶっ殺す。

 

 俺は背中から大きく床に落っこちると、後頭部に強い衝撃を感じて意識を失った。

 

 ……まったく、いつだって俺の青春は締まらないというのか。

 ぼっち2人がろっくな感じで舞台から落ちて気絶する。

 最高にロックだ。

 1人はうつ伏せで、1人は仰向けで。

 

 俺と後藤のぼっち・ざ・ろっくは、まだ始まったばかりらしい。




文化祭編は次回でラストです。

あとみんな誤字報告と感想ほんっっっっっっとにありがとう。毎回誤字報告してくれる編集長の方々には頭が上がりませぬ。
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