──高校生活始めての友達が出来てこれまた数日。
俺のハイスクールライフは特に何も変わらなかった。
「あ、おはよう」
「おはよー」
挨拶を交わすと後藤さんは席に着く。
……以上。
以上なのだ。
仮にでも友達になったというのに、友達同士のくだらない話どころか、世間話もしちゃいない。
当然交換したロインも最初に交換できたかどうかを確認するためだけのスタンプを送っただけで終了している。
まったく、この先が思いやられる。
・
昼過ぎの音楽の授業。
クラシックの鑑賞などもあったりするが、そんな日は大抵の生徒は眠りに落ちていた。
当然俺は寝てなどいない。なぜなら、他の授業と休み時間の間の寝たふりで体力は温存されているからだ。
だが、今日の授業はいつもと異なり、楽器を取り扱う授業であった。
音楽室にあるいくつかの楽器を先生の指導の元自由に弾いてみる時間だ。
当然のように俺はピアノの近くに行き──端っこのパイプ椅子に存在感を消してちょこんと座っていた。
そして、気がつくと俺の視界の端にピンクのアホ毛が入ってきた。
「えへへ、そんな、うまいだなんて。みんなありがとう」
幻を見ていた。
右下に視線をやると、顔面の作画が明らかに普段と異なる後藤さんが地べたに体育座りで座っていた。
「おい、まだ何も弾いてないだろ」
「えへへ、そう、弾いてない……はっ」
「おはよう、元気にしてるか」
「あれ、私を取り囲むトモダチたちは……?」
なるほど。
この授業で颯爽とギターを弾きクラスメイトから注目を集める幻覚を見ていたのか。明らかに初期症状を超えている。誰かこいつにつける薬を持ってきてやれ。
「残念ながら横にオンリーワンだ」
「あ、大倉くん」
「てか後藤さん、せっかくなんだからギター弾かないの?」
「あ、いやその」
そう言って彼女が視線を向けた先には、ギターが数台あり、それを取り囲むように何人もの生徒が押し寄せていた。
「ふむ。つまりギターを弾こうと思ったが、ギターが人気すぎてクラスの陽キャに混ざる勇気もなければ演奏しているシーンを見てもらう勇気もないってことだな」
「あ、ううう……」
正解のようだった。
「俺レベルのぼっちになってくるとぼっちの生態系には精通しているからな」
でも、ほんとは弾きたい気持ちもあるんだろうな。
「かえりたい……」
訂正。
でも、ほんとは弾きたい気持ちも一厘くらいあるのだろう。
「お、大倉くんは何か弾かないの?」
「あー、俺?」
すると何を突然興味を持ったのか、今度は俺に対して質問をしてくる。
「……そんなことよりいつまで床に座ってるんだ。椅子貸してやるから座れ」
「あ、ありがとうございます」
俺は話を逸らすように、地べたに座る後藤さんに自身のパイプ椅子を差し出した。
「え」
「ああ、気にすんな」
代わりに俺が床にあぐらをかいて座る。きっとそのことを気にしているのだろう。
「わ、私みたいなミジンコのために大倉くんが床に座る必要なんてななないって」
「勘違いするなよ、女の子を地べたに座らせた横で椅子に座ってると周りの視線が気になるだけだ」
「……えへへ、これがトモダチ」
「いや恥ずかしいからそんなこと口にするな」
そうしてパイプ椅子に座る後藤さんと、地べたにあぐらをかく俺はその後は特に会話をすることなくクラスメイトが楽しそうに楽器を触る様を眺めていた。
(なんか、嫌じゃない沈黙かも)
俺は基本的に友達が居ない。
そんなぼっちにとっては、誰かと一緒にいる空間の沈黙は非常に苦手なのだ。気まずさを感じ、つい何かを喋らなければという気持ちになる。
だが、本当に今この瞬間は、彼女の横にいる沈黙はいつもの嫌いな沈黙ではなかった。
不思議な気分だ。
数日前に友達になって、何か会話を弾ませたわけではないのに、この沈黙は悪くない気分だった。
きっと、ぼっち同士だからこその沈黙の共有なのだろう。
ぼっち同士は引かれ合う、のかもしれない。
「大倉さん」
そうやってぼーっと辺りを眺めていると、そんな俺たち2人が心配になったのか音楽の教師が声をかけてきた。
「大倉さんと後藤さんは何か弾かないの?」
「ああ、今何弾こうか考えてたんです」
「あ、はい」
教師としての優しさなのかもしれないが、逆にぼっちとしてはそうやって気を遣われるのは辛い。いやほんと先生は悪くない。俺たちが悪いんだけども。
「私、こんなのでも音楽の先生だから知ってるのよ?」
「……何をですか?」
「大倉さん、ピアノとーっても上手いんでしょ!」
「……」
「え、大倉くんも音楽やってたんだ」
「いやまあ別に隠してたわけじゃないですけど……前にやってただけで今は弾けないですよ?」
隠していたわけじゃない。
それに、今は本当に弾けないのだ。
「そんなこと言っちゃってー。大倉くん、ちょっとだけでいいから先生に聞かせてよ」
まあ、辞めてから一年半くらいだろうか。もしかしたら弾けるかもしれない。
「わかりましたー。でもあんま期待しないでくださいね。弾けなくても成績下げないでくださいねー」
「テストじゃないんだから下げませんよ〜」
促されるようにして俺はグランドピアノの椅子に腰掛ける。
背筋をピンと伸ばして目を瞑る。一つ、深呼吸をして指を動かす。一年もやっていなかったからか、昔よりも全然動かない。
なぜだかクラスは静まり返り、視線はこちらに向いていた。
いや、なんでみんなこっち向いてるの。ぼっちが急にしゃしゃり出てピアノなんか弾こうとしてるから? まじごめんなさい。
そうして俺は鍵盤に指を置いてみて──
「すんません、やっぱ弾けませんー」
ずこっ、とクラスメイトが倒れる音がした。
「あと、ちょっと体調悪いので保健室行ってきていいですか?」
俺はこの注目されたぼっちにとって地獄のような状況から逃げるためになんとかそう口にした。
「ごめんね、大倉さん。私の勘違いだったのかも……」
「ええ、先生。きっと勘違いです」
「……?」
そんな俺たちの会話を聞いて、後藤さんは首を傾げた。
クラスメイトの視線を浴びる中俺は教室を出る。やだ、こんなにクラスメイトに注目されることないから恥ずかしいわ。照れちゃう照れちゃう。
・
保健室のベッドに横たわる。
先程は音楽室から逃げるようにしてここに来たのだが、体調が悪いのは本当だ。これに関しては全く嘘などではない。
「あーあ、ぼっちなのに無欠席で全ての授業を受け切るという俺の野望が……」
思った以上に体調が悪く、残りのもう1限も出れそうになかった。
授業中の保健室は静かだった。
保健室の先生は、事情を説明するとベッドで寝かせてくれた。
どうやら俺の心は悔しさと寂しさに溢れてしまっていた。
布団の上で体を横に向けて、深くため息をついた。
「お、大倉くん」
「うわっ!」
すると、背後から声量を間違えた声が聞こえた。
「後藤さんか、どうしたんだ」
おそらく正面を向いていない人への声の掛け方を忘れてしまっていたのだろう。場違いな声を出してしまったのは。俺もぼっちだからよくわかる。
「大倉くん、だ、大丈夫ですか?」
「あー、ありがとう。心配してくれたのか」
「と、ともだちだから……」
そう言うと、普段は無駄に超絶美少女な癖に気持ち悪い笑顔でニヤニヤする。
「大倉くん、ピアノ弾けるの?」
「いや、目の前で弾けないの見てたでしょ」
「う、うん。そうなんだけど」
まったく彼女は何を見ていたのだ。何を勘違いしたのか先生に前に担ぎ出されてクラスメイトに嘲笑されると言う最悪な経験をしたのだ。体調だって崩してしまうに決まってる。
「そうなんだけど、だって、姿勢とか、構えとか、すごく良かったから……」
おお、さすがギタリスト。
できる奴は楽器を鳴らす前からそいつの上手さがわかると言うやつか。
なんて、バトル漫画じゃないんだからその人が上手いかどうかは弾いてみないとわからないだろうに。
「形から入るのって大事じゃん?」
「そ、そんな理由で……」
「まんまと騙されたな。今の後藤さん、音楽わかる奴みたいでかっこよかったよ」
煽るようにして言葉を返す。すると先ほどの言動が恥ずかしくなったのか、後藤さんはスライムみたいになった。
……え?
いやほんとに、比喩じゃなくてスライムみたいになった。「みたい」もいらない。スライムだ。
「そう言えばさ、俺後藤さんとなら友達になれる気がする」
「え"」
スライムから変な音がすると、さらに小さくなる。
「ああ、いや、別にもう友達なんだけど、そうじゃなくて──」
そうじゃなくて。
きっと今は体調が悪くて、体調が悪い時は大体精神も不安定であって、寂しかったり変なことを口走ってしまう。
病は気から、と言うが逆もまた然りだ。病が気に影響を与えることもごまんとある。
……まったく、ぼっちでツンデレの王である大倉様の珍しいデレタイムだ。喜んで受け取りな。
「俺、ぼっちだから沈黙とか苦手なんだよ。なんか話さなきゃって気になるし」
「あ、それ私も……」
「でも今日の音楽室で後藤さんと話した後の沈黙さ、あれ、悪くなかったわ」
「え?」
「意外と居心地よかった……はい、終了」
「え?」
液体になったスライムがだんだん固体に戻り人間の形をうねうね形成していく。いや、キモ。
「わ、私も!」
「だから声量考えろって」
突然大きな声を出すからまたびっくりした。
「わ、私も、嫌じゃ、なかったって……」
「……お、おう。そうか」
まったく、突然弾けないピアノを弾かされそうになるし、体調を崩して保健室に行くしで今日はあんまり良いことがないなと思っていたのに。
やるじゃないかラブコメの神様。
保健室で美少女と2人きり。お互いぼっちでパーソナルスペースは人数倍でかいが、なんか距離が縮まった気がする。
こんな甘酸っぱい経験は残りの人生で一生スルメのように噛み締めることができるだろう。
ぼっち同士だからこそ共感できることもあるのだろう。
……やっぱりぼっち同士は引かれ合う、のかもしれない。