「なあ喜多ちゃん」
「はい?」
「なんで俺はここにいるの?」
「うーん、なんでだっけ」
相変わらず喜多ちゃんの目はキラキラしており直視するのはハードモードだ。
ここはバンドマンの聖地でもある下北沢。我らが学校も、我らがライブハウスも当然この下北沢に存在している。
だから、俺たちがここにいること自体は全く不思議なことではないのだが──
「なんでだっけじゃないでしょ」
俺はなぜかストリートピアノに腰掛けており、スマートフォンをこちらに向ける喜多ちゃんの姿があった。
「確か遡ると──」
時を戻そう。
確かそれは今日のお昼休みとかそのくらいの時間だった。
俺は颯爽と一人飯へ向かおうとしたところ、行動力とバイタリティの鬼である喜多ちゃんに遭遇、無事に拉致されて彼女のクラスに引き摺り込まれていた。
彼女の机に昼飯を並べて向かい合って二人で食べている光景というのは、彼女のクラスメイトにとっては十分に目を引く光景であったため奇異の目に晒されていた。
「あのー、喜多ちゃん。めっちゃ見られてるんだけどなんで俺は拉致られたの?」
「文化祭の時に私たちが仲良かったのみんなが初めて知ったみたいだからじゃないかしら?」
キターンと相変わらずのちゃん喜多スマイルを見せるも、絶対そんな簡単な話ではないだろと心の中でツッコむ。
人気者の美少女喜多ちゃんの前によー知らん男が座り二人きりで昼飯を食べているのだから、恋愛ごとに脳内を埋め尽くされた年中発情期の高校生どもにとっては昼飯のいいツマミとして興味を持たれているのではないのだろうか。
……それに、喜多ちゃんが知っているかは分からないのだが、文化祭の一幕でタキシード姿の俺が喜多ちゃんの手を掴み駆け出したシーンがそこそこ広まっているみたいで、付き合っているのではないかという噂さえも流れていたのだから。
俺は超絶イケメン無口クールキャラであり、そのような噂が立ってしまうのは仕方がないのだが、どうにも興味を浴びるのは慣れない。
なんでそんな噂を知っているかって?
寝ているふりをしながら情報収集を欠かさないのがぼっちの日常なのだ。
いつも悪口言われてないからびくつきながら寝たふりをしているわけじゃないんだからね!
「あのー、喜多ちゃん。拉致られた理由については聞いてないんですけど」
「そうよその事でお話があったの! 今日の放課後、STARRYに行く前に少し時間あるかしら?」
「あ、いや、ないです」
「あるのねー、良かったわ!」
「もしもーし人の話聞いてますかー」
「だっていつも最初は断るくせになんやかんや付き合ってくれるじゃない」
こいつ、俺の習性を理解していやがる……!
結束バンドのひねくれツンデレ枠である私こと大倉譲は、誘われてもとりあえず断るのだがその後も押されると断れないのだ。
「なら確認する必要なくね? てかお昼一緒に食べる必要なくね?」
「たまにはいいじゃない!」
「たまには、ねぇ」
「そう、たまには」
「一度きりにはならない、と」
「そういうことよ」
キターン、と喜多ちゃんスマイル。うわ眩しい溶けちゃう。
というかなぜわざわざお昼を俺と一緒に過ごすのだ。ひとりも居るし、そのほかにも仲のいいクラスメイトもいるはずだろうに。なに、俺のこと好きなの?
「まあいいや……んで、放課後何するの」
「もちろん──バズりに行くのよ」
「バズ、何を言っているんだ、俺たちはオモチャじゃないか」
「バズ・ライトイヤーのほうじゃないわよ……というか知っててボケてるでしょ!」
「俺からボケを取ったら何が残る」
「えーと、ピアノの上手なコミュ障ぼっち?」
「惜しいね。ピアノの上手なイケメンコミュ障ぼっちでした」
「自分で言うかしら普通……」
昼休みの教室で、机向かいに喜多ちゃんとくだらないやり取りを繰り広げる。
そうすると、俺はこのクラスの男子から熱い視線を浴びていることに気がついた。そっちの気は無いよ? 異性愛者だよ俺。
ちらり、と横目に男子達の熱い視線に目を向けると、その視線は決して愛だの恋だの酸いだの甘いだのではなく、明確な殺意であった。
その視線に命の危機を感じた俺は、この場から早く立ち去りたい一心で早弁する野球部の丸坊主さながら弁当箱をかきこみ、選ばれしペットボトルのお茶で無理やり流し込む。
ぷはっ、と地上にいながら窒息死しかけると、とっとと話題を終えて少なくともこの場からは立ち去ろうと思い口を開いた。
「で、バズりに行くってなにするの? TikT○kみたいな頭の悪そうな踊りはパスだけど」
「それ全女子校生を敵に回す発言よ……ちょっと、これを見て」
そう言うと、彼女はスマートフォンの画面をコチラに向けながら俺の真横に移動する。
「この動画なんだけど」
彼女はイヤホンの片方を許可も取らずに俺の耳に入れる。突然の行動に俺はびくりと跳ね上がりそうになるが、その様を見られる事はどうしてか嫌なので極めて冷静をアピールした。
「いくよ」
郁代ちゃんだけに? なんちゃって。こんな事言ったら嫌われちゃうから心の中だけにしとこうね。
そう言って彼女は動画の再生ボタンを押す。
──息がかかる。
肩と肩が触れ合って、動画を見るどころでは無い。
なんかいい匂いするし柔らかい(童貞感
頭の中はパンクしそうで仕方がなかったが、なんとか動揺を隠しきる。
スマートフォンに映し出されていたのは、どこか建物の構内で人に囲まれながらピアノを弾く人物の姿だった。
そして、動画の再生が終わると彼女はスマートフォンをホーム画面に移し──
「ん?」
彼女は驚くほどの勢いでスマートフォンの画面を黒くした。
「み、見た!?」
「なにを?」
「見てないならいいんだけど、さ」
「ホーム画面のこと?」
「み、み、見たの?」
「いや、一瞬スーツっぽいのが見えただけ」
「あはは、ならよかった」
そんなに見られたく無いものなのだろうか。
アイドルを壁紙にしている奴など男女問わずごろごろ居るだろうし、そんなに気にする事は無いだろう。
好きな奴の写真、とかだろうか。
だが少なくともこの学校でスーツを着ている生徒などいないし。だとしたら先生とかだろうか。
それ以外だと、俺が最近タキシードを着たくらいで……。
まさか。
「ないな」
「な、なにが!?」
だとしても、俺のタキシード姿の写真を喜多ちゃんが待ち受けにする理由もなければ、そもそも俺がタキシードを着ている時に撮られた写真は、変な顔になってしまった時リョウ先輩にシャッター押されたものである
一瞬だけ、まさか俺の写真が? という痛々しい妄想が頭をよぎってしまったのだが、俺は高校生なのだ、自意識過剰くらいたまにはならせてくれたっていいじゃあないか。
「ともかく、譲くんのストリートピアノで結束バンドをアピールするのよ!」
「……えぇ〜」
デートかな? と少しでも期待した俺が馬鹿でした。別に喜多ちゃんとあま〜いTikT○k(笑)動画を撮ってもよかったのに。可愛いJKと一緒に踊りたかったなぁ、捻くれなければよかったなぁ。
・
「で、冒頭に戻ると」
「冒頭?」
「ああ、こっちの話」
ということで俺は、下北沢駅の東口側からここ最近ずっと工事してる小田急線線路跡あたりを越えて、おしゃれなテナントビルに設置されたストリートピアノに腰掛けているというわけだ。
「あとさ」
「なーに?」
「なんで俺は制服からタキシードになってるわけ?」
「それはね、内緒よ!」
「バズるためなら俺がどうなろうと構わないということか」
「まあ半分くらいはバズるためっていうのもあるけど……」
「じゃあ残り半分は?」
「言ったわよね、内緒よ!」
「企業機密じゃねーんだから」
などとくだらないやり取りをしていると、美少女カメラマンとタキシード姿の超絶イケメンが様になった感じでピアノの前に腰をかけている状況にインパクトがあったのか、ちらほらと人が増えてきた。そんなに沢山いるわけではないのだが、タキシード姿はバズりに有効なのかもしれない。
「それじゃあ、みんな知っててバズりそうでクソ難しいと言えば──みんな大好き偉大なるショパン大先生のエチュード、木枯らしで」
クソ難でかっこいいからという理由で幼い頃から練習しまくったこの曲で俺は喜多ちゃんの企画に乗ることにした。
まあ当然死ぬほど両手共に難しいのだけれど、比較的この曲は右手の方が重いため、まだ左手にギプスのついた状態の俺は木枯らしを選ぶ。元々幼い頃から練習し続けてきた曲であり、未だに100点満点で弾くことができない曲でもある。
え? ならもっと簡単な曲を選べって?
全てはドヤるために決まってるだろうがどあほう。
冒頭は右手だけで短音を弾く。
ほんとここだけなら簡単な曲なのになぁ。
そして、5小節目からは右手で主旋律を奏でる。
やや長めかつ音が濁流の如く多いため、相当な気合と集中力が必要だ。あと右手が単純に速い。
正直言って、自分ではひどい演奏だったと思う。左手もブランクも言い訳にできるわけでは無いが、はっきり言って人前でドヤるレベルでは無いと思う。
曲を弾き終えるころには、集中していたため全く気が付かなかったが大勢の聴衆が周りにいた。あれ、また俺なにかやっちゃいました?
と、冗談はさておき。
曲には負けたが、正直曲に助けられたところがでかい。音の速い非和声音はわりと雰囲気でやっても初心者にはバレないため、聴衆からは大きく失敗しただとか変な曲だとかには聞こえなかっただろう。
不本意な出来とは言え、最低限レベルだったのはまた事実だ。
俺は立ち上がると無言のままスマホをむけて呆然とした喜多ちゃんに声をかける。
「……行こうぜ」
聴衆は静まり返り、驚嘆の表情を浮かべていた。その中で俺は一度ぺこりと周りに頭を下げた。
直後、わっと響いた歓声と拍手の音。
俺たちはスタコラサッサとその場を後にした。
・
俺たちは下北沢のテナントビルから奇跡の大脱出を遂げると、STARRYに向けて歩みを進めた。
……のだが、誘っておいたくせに張本人である喜多ちゃんは浮かない顔をしていた。
「やっぱり、ひとりちゃんもそうだけど、譲くんも持ってるよね」
「今カバンくらいしか持ってないけど」
「そうじゃなくて、……ううん、なんでもない」
普段はクソ明るいくせに、たまにこうやって自己評価低い時があるな。
隣の芝は青いとは言うが、まったく、どうして人はみんな自分のいいところに気がつかないだろうか。
「10年」
「え?」
「10年かかって、まだ俺も満足できてないよ」
今日の演奏、自分として認めることはできなかった。しかもそれを、ブランクと左腕のせいにしている自分をが余計に認められない。
だが、俺は彼女の悩みだとかどうとかをきっと解決することはできないだろう。カウンセラーでもなければ、無力で小さいただの16歳の生き物なのだから。
というか、自分から今日の状況に持ってきたくせに勝手に落ち込みやがるな!
「それに比べりゃ喜多ちゃんはタケノコだよタケノコ」
「ほんと、譲くん好きだよね、それ」
「喜多ちゃんにしかこのフレーズは使ってないよ」
「ふふっ、なんかその言い方……ズルいね」
「……なんというか、まあ、とりあえず10年やってみてだな」
「長いわよ、10年って」
「一瞬だよ、10年なんて」
「なんか、おじさんみたい」
そう言って、彼女は笑った。
おじさんとは失礼な。男が女に言われて傷つく言葉ランキング26位だぞ(俺調べ)。ちなみに1位は「つまらない」、2位は「臭い」です。25位は「電車とか好きそう」。実際に電車好きな方はごめんね。
恨むならそんなことを言うこの世全ての女性を恨んでね(暴論
……それに、俺にしてみれば今のこの結束バンドで過ごす一瞬は、確実に今までの10年と同じかそれ以上の価値を感じているのだから。
「だいたい、もし私が10年間バンドやり続けたとして、良い年になって恋愛も仕事も疎かにしてたらどう責任取ってくれるのよ」
「そん時は……まあ、うちに来なよ」
俺がそう言うと、喜多ちゃんはフリーズする。
みるみるうちに顔を赤らめて、慌てて口を開いた。
「えっ、そそそそれって一体どう言う──」
「俺両親アホみたいに稼いでるから、贅沢しなきゃ一生ゴロゴロして生きられるからな」
「ソウヨネ-」
言ってから気がついて慌ててボケにつなげたが、たしかに先ほどの会話のみを切り抜いたらすげえ大胆なプロポーズをしている奴になっていたぞ俺。
大胆なプロポーズは男の子の特権よ♡
「あーあ、ドラマの中のイケメンヒーローなら、もっと格好良く責任取ってくれるのになー」
「悪かったな、イケメンしか合ってなくて」
「相変わらずの自己評価よね……」
そう簡単に誰かの責任なんて背負えるわけがない。それに、喜多ちゃんなんか一番大丈夫だろう。凡人が世の中で役に立つ能力は、人に好かれる能力とコミュ力と、あとは見た目なのだ。喜多ちゃんは全部持ち合わせているではないか。
でも、まあ。
「困った時くらいは、ちょっとだけ助けてやるよ」
「え?」
「責任は取れないけど、まあ、その、なんというか。く、腐れ縁くらいは続けたいと思ってるし……」
「……うん」
俺にとって、この結束バンドは大事な居場所なのだ。だからきっと、友達の少ない俺だとしても、彼女達とのつながりが途切れる未来だけは嫌だと思えた。
照れながらも俺はそう口にすると、喜多ちゃんも恥ずかしそうに頬を赤らめて頷く。
なんとなく、気まずい雰囲気になってしまった。そんな状況を打破するべく、俺は軽口を叩いた。
「それに喜多ちゃんなら、責任取ってくれるいい男なんてそこらへんから拾ってこれるでしょ」
確か、こう見えても喜多ちゃんは恋愛経験がほとんど無いらしい。世の男は何を見ているのか、いや、それとも彼女のハードルが高いだけなのだろうか。
「こう見えても私、モテるんだからね。そんじょそこらの男の子じゃあだめだわ!」
「だろうな」
「急に素直になったわね……ツッコんでくれないと恥ずかしいじゃない」
彼女のハードルが高い方なのかな、と思ったらボケだったようだ。
いやでも実際、俺が喜多ちゃんみたいな美少女だったらそう適当に彼氏は作らないな。将来有望そうな奴適当に捕まえてキープに走るかもな。なんちゃって。ほんと、冗談だから。
「まあ実際、喜多ちゃんの彼氏になれる奴は羨ましいよ」
「……そう、かな」
「みんなそう思ってるだろうよ」
「譲くん、も?」
「ああ、コミュ力抜群見た目最高スクール上位の彼女とか、いるだけで俺の格が上がるからな」
「最低ね!」
その代わりに俺と付き合った女の子は格が下がる。俺は呪いの装備です。
などと、軽口を叩き合いながら、道を歩く。
そう言えば、STARRYの面々と恋バナをした事は無かったかもしれない。……ひとりと俺に関しては恋バナ以前に恋愛と縁がないだけなのかもしれないが。
もしかしたら、みんなはそこを気にして話題に出していなかったのだろうか。
「譲くんは、さ。ひとりちゃんのこと好きなの?」
「──ぅえ? なに急にどしたの」
「そうなのかな、って。ちょっと思ってたから」
彼女は歯切れが悪そうにそう言った。
もしかして、周りからそう見られてる可能性があるってことだろうか。
「あ、い、いやいや、あいつはそもそも彼氏なんてもっぱら考えてないだろ──なんなら俺の事とかマジで友達にしか見てないと思うし」
慌てて俺は否定し、それと同時にふと彼女から他人のラブレターを受け取った日のことを思い出す。
俺はあの時、もしひとりからラブレターをもらっていたらなんて返事をするつもりだったのだろうか。
「じゃあ、伊地知先輩は?」
「虹夏先輩と俺とじゃ釣り合わんし恐れ多いって……」
「リョウ先輩は?」
「何これ、全員聞くの?」
「それなら──……、ううん、ちょっと意地悪しただけ」
「流石に俺も結束バンドの居心地いいと思ってるし、この大事な場所を無くしたくないから変な波風立てる気ないから安心しろって。大体そんなハーレム漫画みたいな出来事が起こるわけないんだから、起こってから心配しろってのに」
そう、そもそも意味のない仮定をしたところで、読んで字の如く当然無意味なのだ。
俺が仮にもっと性格が悪くて、コミュ障じゃなくて、沼らせる才能があるのならば『ぼっち・ざ・ろっく! 〜結束バンド! どろどろバンドクラッシャー編⭐︎〜』が始まっていたかもしれないが、そんなにモテるほどの甲斐性は俺に無い。
それに、彼女達は眩しいくらいに魅力的で、だからこそこのメンバーで居る事はみんなにとっても居心地がいいはずなのだから。
「そうだよね、わかってるよ。でも、たまには妄想したくなるじゃない。高校生よ、私たち」
喜多ちゃんは寂しそうに笑ってそう言った。しかし、俺たちの間に流れる空気は少し微妙なものになっていた。
「高校生、か」
愛だの恋だの、もっとしている年齢であることに間違いはない。
──だがもし、今この瞬間に誰かと恋をするとしたら。
ちらり、と横を歩く女の子の横顔を見る。
彼女達と付き合えるやつは、相当な幸せ者だろう。
それは俺が保証するよ。
「特権階級か何かと勘違いしてないか。それに、俺はまだ恋愛に時間を割く余裕はないからな」
俺は笑いながら答えた。
喜多ちゃんは、俺の言葉に少し安心したようで、小さな笑顔を浮かべた。
「まあ、譲くんもそう思うよね」
俺は彼女の言葉に頷き、気まずかった雰囲気が少し和らいだような気がした。
そういえば、今日は練習の日だ。
「ま、そろそろ行こうか」
「うん、行こっか」
なんとなく、少しだけいつもと違う雰囲気のまま、俺たち二人はSTARRYへ向かう足を早めたのだった。
喜多ちゃんかわいいよ喜多ちゃん