ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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満たされた時代の現代病だね承認欲求
承認欲求なきゃ文字列ならべて人に読ませるなんてしねーもんな


二十五話 承認欲求•モンスター

 

「20マン消えた……20マン消えた……」

 

「ひとりちゃん元気出して!」

 

 後藤ひとりは定位置(ゴミ箱)に入りながら、何やら不穏な単語を呟いていた。

 ストリートピアノデビューから数日、いつもの面々イン・ザ・ライブハウスにてそんな不思議な日常が目前に広る。

 

「え、20万消えたって何」

 

「20マン消えた……20マン消えた……」

 

 流石に尋常ではない金額に俺は驚いてそう問いかけるも当人はそれ以上に心がやられているようであり、壊れたおしゃべり人形のようにインプットされた一つの文章をただただ読み上げるだけの物体になり変わっている。

 

「私じゃないからね、一応言っておく」

 

 とリョウ先輩は言う。

 いやまあ流石にリョウ先輩でも後輩の高校生から20万を奪い取るなんてことはしないとは思ってますよ。ほんと。

 ……え、流石にしないよね? 

 

 何はともあれ流石にいつもと違う様子のひとりを、俺たちは囲むようにして眺めていた。

 

「みんな、おはよ〜!」

 

 そんな折、虹夏先輩が元気な声で階段を駆け降りてきた。

 目前に広がる異様な光景も相まってか、天使が降臨したのかと思いました。

 

「ひとりちゃん、元気出して! 過ぎた事をいつまでも悔やんでてもしょうがないわよ」

 

 と、喜多ちゃん。

 

「また働いて貯めろ」

 

 と、伊地知さん。

 

「やーいざまーみろー」

 

 と、俺。

 

「え、ちょっとどうしたの? 事件?」

 

 と、虹夏先輩。

 ひとりは確かにいつも変なのだが流石に尋常じゃない様子と、UFOを召喚する儀式でも始めるかのように彼女を取り囲み慰めの言葉を投げかける俺たちを見て「いつもより変だな」と察したようだ。

 

「よく分からないんですけど、20万消えたとかずっと呟いてて……」

 

「え"っ!?」

 

 虹夏先輩の登場に、ひとりは顔を上げてついに「20マン」以外の言葉を発するべく口を開いた。

 

「マイニューギアしたくて全部使ったんです……」

 

 うへへ、と気味の悪い笑みを浮かべる。

 そのセリフに虹夏先輩は何かピンときた様子で声を張った。

 

「あほだー! エフェクターこんなに要らないでしょ、店員さんに何か言われなかったの!?」

 

「あの時はハイになってて……」

 

 ……どうやらひとりの20万円は中国人観光客の爆買いよろしく大量のエフェクターを買って消えたようだ。

 虹夏先輩はスマートフォンを取り出し、慣れた手つきでアプリを開く。

 

「あれ、でもフォロワー1000人行ってるじゃん!」

 

「あ、ギターヒーローファンの人たちが気づいてくれて」

 

「へー、良かったね。いいねも結構ついてるし、リプライもたくさん──」

 

 ギターヒーローとは何ぞや。

 俺は聞きなれない単語と、フォロワー1000人増加って結構すごいことなんじゃないのかと頭の中で考えながら虹夏先輩の横から顔を出してリプライを覗き込む。

 

『そんなにエフェクターあってどうするんですか!?』

 

『写真ばっか上げてるけど練習しないの?』

 

『演奏動画あげてください!』

 

「あっ、あぁ」

 

 後藤ひとりの20万円は疑問を持たれる以外には、誰にも興味を持たれていなかった。

 20万円を課金しても、承認欲求を満たせなかったのである。

 

「ど、どんまい……」

 

「ざまあないな」

 

「アゥゥ」

 

 後藤ひとりは静かに息を引き取った。

 

「勝手に殺すのやめようねー……」

 

 虹夏先輩に心を読まれた。

 

「というか、譲はなんか今日ひとりちゃんに当たり強くない?」

 

「ぅえあ? あ、いえ、20万とか大金なんで心配してたのに、こんなSNSで承認欲求を満たそうとした結果の自業自得じゃないですか?」

 

 心を読まれた直後に突然ご指名を受けたせいでオート設定にしているコミュ障が発動してしまった。嘘だ。ほんとは未だに虹夏先輩の名前呼びになれていないだけである。

 

「ふ、ふふふ、そう言う譲くんは、トゥイッターのフォロワーは何人いるの……?」

 

 俺の安い挑発に乗ったひとりは、ゆらゆらと幽霊のように立ち上がりSNSマウントを取ろうとしてくる。

 

「ち、ちなみに私の戦闘力(チャンネル登録者数)は8万です」

 

 彼女が動画投稿サイトに何をあげているのかは全く知らないが、たいした数字ではないか。

 

「俺そもそもトゥイッターやってないし……基本見る専だからなあ」

 

「な、なら、私の勝ち──」

 

「あ、譲くんのストリートピアノ動画がバズってますよ!」

 

 ひとりにマウントを取られて初の敗北を味わってしまうのか、と思ったその時。喜多ちゃんが声を上げた。

 

「ほら、見てください。この前私と2人で動画を撮りに行ったんですけど、既に50万回も再生されてます!」

 

「「「え?」」」

 

 喜多ちゃんがスマホの画面をこちらに向けると、確かに動画投稿サイトに俺の演奏する姿が映っていて、確かに50万回再生というアホみたいに大きい数字が刻まれていた。

 ……というか、

 

「いいいいや、それアップされるって聞いてなかったんだけど!」

 

「え、でも私動画撮ってたからアップする以外の選択肢無いわよね!」

 

「言われてみれば確かになぁ!?」

 

 喜多ちゃんが動画投稿サイトにアップすると口にしていなかったのもまた事実なのだが、それはそれとして「バズる」ために撮影をされていたのだから動画が何かしらの媒体にアップロードされるのは明白なのではないか。

 

「てかだめだめだめ、恥ずかしいから消してくれ喜多ちゃん」

 

「えー! でもほら、コメントも肯定的な意見ばかりで嬉しくないの!? ほら、『かっこいいですね!』とか『タキシード姿でギプスつけてる……あり』とか」

 

「演奏を褒めてねぇ!」

 

「でもこれで下手ならコメントもつかないだろうし……好意的なコメントでいっぱいじゃない」

 

「俺はそこに転がる承認欲求モンスターみたいな残念な人間には堕ちたくないんだ!」

 

「でも、これ私たち結束バンドのPRも兼ねているのよ?」

 

「うぐっ……それは……」

 

 こんな俺でも結束バンドには多分に感謝をしており、知名度向上に繋がるのであればNOと言うことが出来ない。

 

「じゃあ問題ないわよね?」

 

「は、はいぃ……」

 

 いつもの喜多ちゃんスマイルには、有無も言わせぬ迫力があった。これが陽キャの圧ッ!? 

 

「ひ、引き分けと言うことで……」

 

「お前はいつまで数字にこだわる気だ……」

 

 さすが承認欲求モンスター。

 目立つのが苦手なくせに妙にSNSの数字にこだわってきやがる。

 

「ひとりちゃんの方も大変なことになってますよ!?」

 

 喜多ちゃんは俺を論破すると、今度は別のサイトの画面を開きながら大きな声を出した。

 

「この前の文化祭ライブ、ダイブのところだけネットに流出してます!」

 

 スマホの画面を覗き込むと、インターネットのまとめサイトやトゥイッターにまで流出していた。しかも、そこそこのコメントといいねの数がそれにはついている。

 

「結構バズってんのな……」

 

「ま、まあこんな話題すぐ忘れられるよ、大丈夫!」

 

 虹夏先輩は落ち込むひとりの肩に手を置く。

 が、どうやら彼女が落ち込んでいる理由はインターネットの海に醜態を晒したことではないようだった。

 

「いいね数負けた……!」

 

「いやこれもぼっちちゃんだから!」

 

 そうして後藤は落ち込みながら「20万が譲くんとダイブに負けた……」と延々と呟く。

 ……まあ、いいか。こんなギャンブル依存症みたいな承認欲求の塊やろうは多少痛い目見て学ぶべきだろう。

 今後の浪費を考えれば、きっと20万は安い買い物だ。

 

 俺は輪から外れて椅子に腰をかける。

 楽しそうに騒ぐ彼女たちを見ながら「良い加減練習はじめねーかな」と思いつつペットボトルのコーヒーを口元に運んだ。

 

 すると、そんなこちらの様子に気がついた虹夏先輩も輪から抜けて俺の方に歩み寄った。

 

「なーに黄昏てるの」

 

「いや、もうSNSはいいからそろそろ練習しないかなーって思って」

 

「なら自分で言えば良いじゃん」

 

「ふっ、コミュ障舐めないでください。楽しそうな雰囲気ぶち壊してまで自己主張ができるわけないですから」

 

「ほんっと、譲ってめんどくさい性格してるねー」

 

「そんな自分も嫌いじゃないんで」

 

 彼女も俺の横の椅子に腰掛ける。

 そして、俺のワイシャツの左肩あたりをちょいちょいと引っ張る。

 ライブハウス自体の照明は明るいわけでもなく、彼女自身は正面を向いているため表情はうまく読み取れない。

 

「……喜多ちゃんと2人で出かけたんだ」

 

「え、あー、はい。まあ拉致られたみたいな物ですけど」

 

「他のメンバーとは、2人きりで出かけたことはあるの?」

 

 何故だか機嫌の悪そうな彼女は、まるで俺のことを糾弾するかのようにいじわるな質問を繰り広げる。

 

「いや、無いですよ。たしか今回が初めてだったかと思います」

 

「……ふーん、初めて、なんだ」

 

「い、いや、その、別に手を出してるとか狙ってるとかそーゆーのじゃ無いですからね? 俺が男だからって疑うのはよして下さい……ほんと、今の結束バンド好きですし」

 

 きっとバンド内の女の子を狙う悪いクズ男とでも勘違いしているのだろう。残念ながら俺にそんな甲斐性は無いし、喜多さんが俺を選ぶだなんて億が一にも起こり得ない事象だ。天文学的数字なレベルだろう。

 なんとか釈明するためにそうやって口を開いたのだが、コミュ障も合間ってか余計に怪しい言動になってしまう。

 

「私と出かける約束はどうなったの?」

 

「え、あー……」

 

 はい、すみません。完全に忘れていました。

 文化祭最終日、虹夏先輩に言われた「今度買い物一緒に行かない?」という言葉を思い出す。

 普段から友達に誘われることのない俺は、当然のように脳内の記憶媒体から摘出して大忘れをぶちかましていた。

 

「じ、じゃあ今週末とかどうですか?」

 

「──日曜日」

 

 俺はなんとかミスを取り返そうと、直近の空いている日(いつも空いてるとは言わせない)を伝えると、虹夏先輩は食い気味で日曜日を指定してきた。

 

「あ、はい。日曜日で」

 

「どこ行く?」

 

「えーっと、何か買いたいものとかあるんですか? というか何か目的あるんですか?」

 

 どこに行くか。

 女の子と2人きりでどこかに行く経験が乏しい俺にとっては、東大受験や超絶技巧練習曲を弾くことよりもハードルが高い難問であった。

 

 なので俺は、まず彼女が何故俺を誘ったのか、何か買いたい物でもあるのか、その目的を探ることにした。

 

「目的ないと、会っちゃダメなの?」

 

 ぐわぁかわいい! クリティカルヒット! 

 こちとら虹夏先輩であれば目的無くともいつでも会いに行きますとも。なんなら住み込みで働かせてください。週休完全4日くらいのフレキサブルでお願いします。有給もめっちゃください。え? 住み込みで働いてるって言えないって? 

 いつでも会いに行くとは言ったが俺みたいなぼっちは1人きりの時間がないと干からびて死ぬのです。

 

「いや、そーゆー事ではないですけど」

 

「じゃーあ、お任せで!」

 

「は?」

 

「私が楽しめるプラン、考えといて!」

 

「いやいやいやいや、俺そういうの苦手ですって」

 

 そこでまさかの一番苦手な「おまかせ」をオーダーされてしまう。

 他人を巻き込まない、スケジュールと自分だけを拘束する物事に関しては自分でも他人より秀でていると思うのだが、他人が関わるとてんでだめだ。

 

「これはねー、約束忘れてたのと、喜多ちゃんと2人きりで勝手に出かけてたバツだから」

 

「約束忘れてたのは認めますけど、喜多ちゃんと出かけたのは何のバツになるってんですか!?」

 

 びしっ、と虹夏先輩はこちらに人差し指の腹を向けた。

 確かに約束をすぐに果たさず忘れていたのは事実であるのだが、喜多ちゃんと2人で出かけたのにはどんな因果関係があると言うのだ。というか、出掛けたというよりはストリートピアノを弾かされたという表現が正しくはないか? 

 

「そーやって全部聞いてる男はモテないぞー。デートプランも、女の子の発言の意図も、自分で考えること」

 

「は、はい……えっ、今なんて──」

 

「よーし、じゃあ練習開始っ! ほらみんないつまでぼっちちゃんで遊んでるのー!」

 

 さあ、ここからはみんな大好き「思わせぶりはNG! 恋愛ワードコーナー」のお時間です。

 本日の単語はこちら「デートプラン」です。

 

 デート【date】

 読み方:でーと

 [名](スル)

 1 日付。

 2 恋い慕う相手と日時を定めて会うこと。「遊園地で―する」

 3 時計の文字盤に付属するカレンダーで、日付だけを表示するもの。→デーデート

 

 デジタル大辞林より。

 

 本件では、それに「プラン」を付け足した単語でありんすでございまする(動揺)

 つまり、1番の意味では日付の計画や日付の予定。ううむ。ギリギリ意図が通るだろうか。その日の予定を立てると言う意味で捉えれば十分に成立する。

 3番の意味は今回の件では論外だろう。

 問題は2番だ。

 2番の場合だと、「恋い慕う相手」と「日時を定めて」会うこと、らしい。

 

 つまり、だ。

 これは、本当にあの、伝説のデートとやらになるのだろうか。

 

 拝啓、ラブコメの神様。

 あんたたまには良い仕事してくれるじゃねえか。

 非モテの悲しい俺に、温情でデートをしてくれた虹夏先輩との楽しい思い出は一生忘れません。まだどこにも行ってないけど。




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