週末に非常に大事なデートの予定を控えた平日。
俺は何日も頭を悩ませながら、どこに行くかであったり何をするかであったりを考えていた。もう考えすぎてだんだん面倒になってきた。やはり人と会うという行為は俺に合っていないのだろうか。
スマートフォンでどこに行くかを調べながら、放課後の校舎から脱出する。帰宅する生徒の楽しそうな話し声と、どこからともなく聞こえてくる運動部たちの熱い声を背に受けながら足を動かしていた。
すると、校門付近にさしかかった時である。
完全に気配を消してスムーズに帰路を歩む俺に声をかける人物が現れた。
殺気を消した俺に声をかけることができる人間など、かくれんぼマスターかスカウターを装着している異星人くらいのはず……ッ!
「あのー、この学校に中国人留学生で軽音学部の呉なんとかさんって知ってますかー?」
しかし俺はプロぼっち。職歴十余年。華麗に聞こえないふりをしてスルーする。親父ギャグじゃ無いからね?
そもそも俺に声をかける人がいるはずないし、勘違いだとしたら恥ずかしいじゃあないか。
「えっ、無視? あのー、そこのギプスをつけたキミー!」
ちっ、やはり俺だったのか。しかも一度で懲りず二度も声をかけてくるだなんて。繁華街のキャッチかおのれ。
明確に指定された俺は、流石にそれ以上無視をすることができずに顔を上げた。
「え、あ……ハイ」
先ほどから俺に声をかけていた人物──声から女性であることは分かっていたのだが、その見た目はまさに俺の天敵そのものだった。
見た目はかなり幼い人物ではあるのだが、俺の年上のお姉さん苦手センサーがびんびんに鳴っている。
その上、ぱっつんの前髪と黒髪のツインテール、バツや十字をあしらったデザインの服にだっさい羽根の生えたリュックサック。役満だ。
俺はこーゆー女性が一番嫌いなのだ(偏見
「中国人留学生で軽音学部の呉なんとかさんって人を探しててー、知らないですかぁ?」
「は? え、あ、中国人留学生で軽音学部の呉なんとかさん?」
「そーですそーです! 知ってますか?」
「あ、いや、知らない、ッス」
「そーですかー、何か分かったら連絡くださ〜い⭐︎」
病み系おねーさんは大袈裟に手を振る。
俺はそんな現状から一刻も早く脱出するために足を動かそうとすると、突然何かを思い出したかのように彼女はこちらの顔をじっと覗き込んだ。
「あのー、お姉さん、なんすか?」
「うーん、キミどこかで見覚えが……」
「あ、いえ、無いですよ。では」
「うーん、最近見た気が……ってお姉さんって!? 私17歳(設定)なのでそんなに歳変わりませんよー?」
まるでナンパのような事を言われると、突然火を見るよりも明らかな大嘘をつかれる。
「い、いやー、あなた20は超えてますよね、通報しましょうか?」
何としてもこの面倒臭そうな人を引き離すために、俺はついに通報という脅しのカードを切る。これを言われれば流石に引くだろう。
俺はスマートフォンに再び目をやり、画面を触る仕草をする。
「なんで年齢バレた! というかすみません通報は許して……ほらこれ!」
落ち着きなくわちゃわちゃとしながら、どこからともなく名刺を取り出す。
その名刺は、お世辞にも立派なものとは言えずひらがなで「ふりーらいたー ぽいずん♡やみ 17さいだよぉ」と書かれていた。いや年齢大嘘。
それにしても、フリーライターとは胡散臭い職業ランキング15位(俺調べ)に位置する職業なのだ。ちなみに1位は聞いたこともないようなコンサル業。
外資とか上場企業のコンサルは死ぬほど年収高いのに、よー知らんやつがコンサル語って変な講演会開いた瞬間驚くくらいに胡散臭くなるよな。
受け取らずには話は終わらぬと思い、俺は仕方なく名刺を受け取る。すると、
「指ながーきれー」
名刺を受け取る俺の指に注目しているようだっだ。何この人指フェチ? 本格的に怖いので逃げよう。
そう思った時だった。
「……何か音楽やってそう……ピアノ? ぴあの、ギプス、イケメン高校生、最近見た──あ、もしかして!?!?」
右手を軽く握り拳にして、左の手のひらにポンと置く。漫画やアニメでしか見ないような、何かを思い出したときにする動きだ。あまりにも大袈裟なものだから、頭上に豆電球すら見える。
「最近バズってた、タキシード着てたストリートピアノの人だよね?」
「あ、いえ、人違いッス」
「えーほんとですかぁ? 私音楽系のライターやってるんですけど少しだけ話でも──」
俺は駆け出した。
それはもう、今なら陸上の世界記録でも更新できるかのスピードで。地平線に届くように限界まで振り切ってくれ。あいむざくーれすとどらいばーずはい。
年上かつ苦手な属性のおねーさんとこれ以上話を、ましてや胡散臭すぎるフリーライターのネタとして消費されることだけは死んでも避けたかったから。
「あーっ、ちょっと待──いや、速!?」
へいゆー! このびっぐましーんに乗っていけよ!
•
「えー、今日はライブの日ですが……その前にみんなに発表がありまーす!」
放課後、なんとか怪しいおねーさんを振り切った俺は駆け込むようにしてライブハウスに飛び込んだ。
本日のライブを控えた中、いつもよりもテンション高めに虹夏先輩は変な布にくるまっていた。
「じゃーん! 寒くなってきたのでバンドパーカーを作ったよー」
虹夏先輩は布をばっと脱ぎ捨てると、そこにパーカーを着た下北沢の天使が降臨した。
「おー、いいじゃん」
リョウ先輩もパーカーに袖を通す。
腹立つことにクソ可愛い。
ミディアムボブの子がパーカーを着ると、首筋が見えつつも首下のボリューム感があって死ぬほど似合うよね(性癖
「ほら、どーよ譲! 良い感じでしょ」
虹夏先輩は他の女子3人を抱き寄せて、こちらに感想を求めてくる。尊い。
この惑星には「可愛い子にはパーカーを着せろ」という言葉がある。多分。
「ハァ、ハァ、ハァ、み、みなさん、ハァ、最高に、ハァ、か、可愛いッス、ハァ」
「おーい誰か通報してー、性犯罪者予備軍がここにいるよー」
虹夏先輩は笑顔で残酷な事を告げる。
「えーと、1、1、9」
「リョウ先輩! それは救急です!」
惜しくはあるが流石に常識を逸脱したダイヤル捌きに、喜多ちゃんはツッコミを入れる。
「ハァ、ハァ、ままままま待ってください、ハァ、走りすぎて、ハァ、息がッ……」
俺は長距離走を短距離走並みのスピードで走ったため、まだ息が上がっているのだ。そのせいでパーカーを着たJK×4に興奮している変態が出来上がったというわけだ。
すると、ライブハウスの扉が勢いよく開かれる。
あれ、もう警察さんいらっしゃいましたのでしょうか。冤罪ですよ?
「こんにちは〜! バンラボってバンド批評サイトで記事書いてる者ですが、結束バンドさんに取材お願いしたく〜。あっ、あたしぽいずん♡やみ14歳で〜す⭐︎」
──先ほどの不審者ッッ! 一息に言い切りやがった!
そしてなおかつ、俺を息切れさせたせいで性犯罪者予備軍にさせた悪魔ッッ!
皆は変な人に慣れているのか、すんっ、としていた。
行け! 頼れる(?)STARRYの大人枠! PAさん! にこやかに攻撃だ!
「アポとか取ってらっしゃいますか?」
「ごめんなさ〜い取ってないです⭐︎ 下北沢で活動中の若手バンド特集記事を書こうと思ってまして〜」
入り方やテンション、コミュ力はさすが腐ってもライターと言うべきだろうか。ただ俺は騙せない。その目が、適当に口先だけで言葉を並べている時のものなのだ。
「私たちってそんなに注目されてるの?」
「あっ……ありがとうございます!」
「先輩すごいですね!」
だが、彼女たちはまんまと騙されたキャッキャしていた。
「じゃあ早速しつもーん! 今後の結束バンドの目標は?」
「メジャーデビュー!」
と虹夏先輩。
「エンドース契約してタダで楽器もらう」
とリョウ先輩。
「みんなでずっと楽しく続けることかしら」
と喜多ちゃん。
「あっ、世界平和……」
……。
いや結束感ねーな。
というかひとり、また変な嘘をついているな。
「そこの黒一点のキミは──あー! ストリート•タキシード•ピアノマン!」
「ちっ、変な名前つけやがって」
「キミも結束バンドのメンバーだったんだねー。だとしたら期待値爆上がりって感じ? で、目標は──」
「あ、もしもし警察ですか? 不審者が」
「はいストップ〜⭐︎」
「あ」
俺が流れるように通報をしようとするとスマホをはたき落とされた。不法侵入に加えて、暴行と器物損壊です。
「ちゃ〜んと後でストリートピアノの方の取材はするから⭐︎ 今は結束バンドの目標を教えて!」
「いや取材絶対受けないですし……まあ、俺は音楽で食べていければ良いのと──」
目標、か。
確かに明確に考えていなかった。ただ漠然と、きっとこのメンバーで音楽を続けること、続くことだけを夢見ていたのかもしれない。
だが、それだけではきっとダメだ。
だからこそ、恥ずかしいにせよ、唯一本心として答えを出すならば──
「みんなの目標を叶えることが、夢、というか目標です」
「一番結束感ある回答ありがとうございます〜」
「やっぱ今の恥ずかしかったんでキャンセルで」
今の俺の目標はきっと、みんなの目標を叶えることだろう。メジャーデビューも、みんなでずっと楽しく続けることも。俺は欲張りだから全部欲しい。
リョウ先輩とひとり? あいつらは知らん。その辺に埋めておけ。
「み、みんなもそんな感心した目で俺を見ないでください……1人だけガチ感がありすぎる回答で恥ずかしいでしょうが!」
特に虹夏先輩と喜多ちゃんは俺の回答に嬉しそうな反応をしていた。が、余計にそれが恥ずかしい。などと青春をエンジョイしていると。
「あっ! そういえばギターの方って少し前にダイブで話題になった人ですよね!」
「あっえっ」
今度はひとりに詰め寄っていた。
……やはり、と言うべきか。
彼女はライターとして、結束バンドに興味があるのではなくネタとして繋げるひとりのダイブについてのみ興味があるのだろう。だから俺の高校で張り込みをして、どこかで結束バンドの話題を聞いてここにきた。そんなところだ。
──流石に少し、腹が立った。
「あの」
俺は気圧されるひとりの手を引いて、彼女を隠すように前に出る。
「冷やかしならほんと、帰ってください」
俺は、後藤ひとりのギターを聴きに来たライターなら、結束バンドの音楽を聴きに来たのならどんなに胡散臭くても許せたと思う。
だが、俺に取って大事な居場所を、大事な人をネタとして消費するために来たのだとすればそれは受け入れ難いことだった。これは完全に俺のエゴだ。
「……みんなそろそろライブの準備しなきゃ! あとはライブ後でいいですか?」
「──あっ、はい」
そんな様子を見かねた虹夏先輩が助け舟を出してくれた。ぱん、と手を叩くと舞台の袖へと俺たちを引っ張る。
彼女も俺と同じく警戒の目線を例のライターに向けながらその場を去った。
控え室に俺たちは入ると、各々が準備を始める。俺も制服のワイシャツの上からパーカーを羽織ると、音も立てずに近寄ってきていたひとりが俺に声をかけた。
「あ、あの、譲くん、ありがとうございました」
一瞬だけ何のことだろうかと俺は思考を巡らせて、つい先ほどコミュ障なのに変な女の人の取材をされて顔面が崩壊していた彼女の前に割って入った事を思い出した。
「え、あ、ああ。いや、取材嬉しいだろうに邪魔してすまん」
「あ、あのまま続けても何も話せなかったです」
「だとしても目立てるかも知れなかったから、その機会奪っちゃったかもな」
「で、でも……私の前に出てきてくれた時、かっこよ……う、嬉しかったです」
フードを深く被ったひとりの目は、それでいて珍しくこちらを捉えていた。ほんとうにずるいやつだ。こーゆー時だけ美少女面しやがる。
素直に感謝を伝えられたこともあってか、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「い、いや……まあ、なら良かった……」
沈黙。
なぜ俺は後藤ひとりにドキドキしないとならないのだ。
いやでもやっぱりこうして見るとちゃんと美少女だし、なんかこう、甘酸っぱいドキドキも感じしまう。普段の態度が変人なため、まともに感謝されたりまともな顔で見つめられると堕とされちまうじゃあないか。
「……なーに2人で話してるの!」
そうやって端で2人で話をしていると、虹夏先輩が会話に割り込むようにして入ってきた。
これからライブだというのに俺たちが準備をしているように見えなかったからだろう。
「あっ……なんでもないです……」
ひとりはそう言うと、先ほどまでの素直な雰囲気はどこへやらいつも通りの雰囲気に逆戻りだ。反対に虹夏先輩はいつも通りの様子と異なり、何か言いたげな表情で俺たち2人を見つつ口を開くことはなかった。
……あれ? なんか今、もしかして気まずい?
俺は交互に2人の顔を見る。
なぜだか慌てた様子のひとりと、たははと笑う虹夏先輩がいた。
慣れてきたと思ったのだが、まだライブに緊張でもしているのだろうか。