ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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デート回だわーい!


二十八話 自分が楽しまないと大抵相手も楽しめない

 

 ガタンゴトンと電車が揺れる。

 

 京王井の頭線。

 下北沢から渋谷へ向かう急行のたった4,5分間。

 

 私の好きな時間だ。

 隣にはいつも彼が座っている。

 

 でも今日はいつものような心地のいい沈黙は無くて、彼は今日あった出来事を彼は引きずっている様子だった。

 

「わ、私は。みんなと、結束バンドで、ガチでやりたい」

 

 その言葉を聞いて、徐に彼は口を開く。

 

 ぽつり、と。

 短く何かを呟いた。

 

 その音は電車の音にかき消されるほど小さくて、私の耳には届くことがなかった。

 

 ・

 

「未確認ライオット?」

 

 虹夏先輩は一枚のチラシを机の上に置いた。

 

「10代のアーティスト限定のロックフェス、ここからメジャーデビューする人もいるんだって」

 

 昨日、フリーライターから言われた「ガチじゃない」という言葉。

 その言葉は、俺だけでなく結束バンドのメンバー全員にささったものなのだろう。

 

 しかし、机の上に紙を広げた虹夏先輩の表情には既に迷いは無かった。他のメンバーもまた、同様だった。

 

「昨日は結束バンドを否定されて悔しかったけど、今のままじゃそう言われても仕方がないのかも……」

 

 だが、俺の心の中の迷いは晴れていなかった。

 本気になるのが、あと一歩だけ前に進むのがどうしても怖かった。

 

「だからこれに出てみんなの力をちゃんと証明しよう!?」

 

 テーブルを囲うようにして座る俺たち。向かい側の虹夏先輩はいつになく真剣な表情でそう口にする。

 机の上に置かれたそれは彼女にとっての本気の証明であり、結束バンドでプロを目指すことを求める契約書のようなものだった。

 今がずっと、続けばいいのに。

 心の中で何者かが囁く。

 

「じっ、実は私もその話を今日しようと思ってた所だったんです……」

 

「喜多ちゃん! ──じゃあリョウも!?」

 

「みんなが出たいならいいよ」

 

「空気読めないなこいつ」

 

 リョウ先輩は素っ気ない態度を見せているが、昨日の帰りに見せた珍しく悔しげな表情と、今の必要以上にポーカーフェイスを貫いてる状況を見れば皆んなと共に前に進むことを決めているのはよく分かった。

 それが意味するのは、皆で同じ目標──プロを目指すという方向性への結束。

 

「譲くんは、どう!?」

 

 虹夏先輩の真剣な瞳がこちらを捉える。

 俺は、どうなんだ。

 

「あ……あーうん、みんな出たいならいいと思う」

 

「そっか、よし! あとはぼっちちゃんだね」

 

 俺は怖かった。

 今のこの、楽しい結束バンドが、居心地の良い居場所が、大好きな彼女達が。

 遠ざかるのが、居なくなるのが。

 

 本当はここで楽に返事をしてはいけないのだろう。自分の意思で決めて、心から話さないその行為は彼女らにとってひどく不誠実で自己保身に満ちた口先だけの言葉だった。

 

「ひとりちゃんはこういうの嫌がりそうですよね」

 

「実際昨日の件はぼっちに悪い話じゃないしね」

 

 彼女たちは、少しだけ不安そうにそう口にする。文化祭の時も喜多さんの後押しがなければ踏ん切りがつかなかったという前例もありそう思うのはなんら不思議なことでは無い。

 しかし、昨日の彼女の発言を聞いていた俺はそうは思わなかった。

 昨日の彼女を見たら、いつもの彼女を見ていたらそう思うはずがなかった。

 

 俺を救ってくれた彼女は、怖がりながらも前に進む彼女はいつもいつも眩しくて。

 

「……ひとりは、大丈夫なんじゃないかな……と、思いマス」

 

 その姿は俺と違って。

 

 弱虫で怖がりな俺とは違って。

 前と同じように、怖い事の前で足がすくんで、現状維持に甘んじてしまう俺とは違って。

 

 噂をすればなんとやら、だ。

 ちょうどひとりがドアを開いてゆっくり階段を下ってくると、待ちかねていた虹夏先輩は口を開いた。

 

「あっ、ぼっちちゃん! 今みんなに未確認ライオットってフェスに出ようって──」

 

 階段から降りた彼女は、すでにその場にいた俺たち4人をしっかりと見据えた。

 本当に、眩しいったらありゃしない。

 いつも目が合わないくせに、肝心な時に限っていい顔をするのだから。

 

 本当にカッコいい、ロックな奴だ。

 

 ひとりもまた、虹夏先輩と同じビラを手に持っており、凛々しい顔でそれを握り左手をこちらに差し出した。

 

「結束バンドで……グランプリ取りましょう!」

 

 ・

 

 きっとそこがガチの差なんだろうなと、他人事のように俺は思っていた。

 虹夏先輩を含めて、メンバーみんながフリーライター襲撃の翌日にライブに出る覚悟を決めた。あまつさえ、ひとりに関してはただ出場することを伝えたのではなく「グランプリを取る」ことを口にしたのだ。

 口に出したものが全てじゃないのは事実だが、口に出しているからこそ彼女らの本気が伝わってきたのもまた事実だ。

 

 プロになるとの目標を口にするのは簡単だが、その道程を口にして共有して目指すことはまた別の話だ。本気で目指すことを決めた人だからこそ、そこまで具体的に話を考えるのだ。

 

 俺はそのレベルに達していなかった。

 

 彼女たちはガチでやるために、フェスへの出場、賞の獲得を公言したのだ。

 その発想すらしていなかった俺は、やはり本気度が違かったのだろう。

 

 俺もピアノを本気でやっていた時は、プロを目指していた時は、何を目指すだとか何をしたいだとかを漠然と考えるのではなく、もっと真剣になって何をすればそこに辿り着けるのかを考えていたはずなのだから。

 何をするか考えて、それを行動に移す事こそが本気の証明であり退路を断つための大切な強がりなのだ。

 

 雨だというのに、日曜日の吉祥寺駅は人で溢れていた。

 

 俺はもはや今日のデートへの意識はほとんどなく、先日起きた出来事への悩みが頭の中を嫌なくらいに占領する。

 井の頭線の改札出口すぐにあるス○バで、ほうじ茶ラテを傾けながら、約束の相手である彼女を──虹夏先輩を待っていた。

 

「──ご、ごめん! 待った?」

 

 待ち合わせの時間から10分ほど早い時間。

 虹夏先輩は慌てた様子で俺の前に姿を現した。

 

「あ、いえ。ほんと今さっき来たところで全然待ってないです……そもそもまだ待ち合わせの時間前ですし」

 

「えへへ、ありがと」

 

「……? 何がですか」

 

「ほら、待ち合わせで今来たところだーって言ってもらうの、なんかドラマみたいでいいなって」

 

「やめてください俺恥ずかしい人みたいじゃないですか」

 

「私は嬉しいからいいのー」

 

 俺はすでに冷めていたほうじ茶ティーラテを一気に飲み干して立ち上がる。

 本当は、早く家を出て考え事をしたいからもっと早く着いてたなんて言えるはずもない。

 

「先輩、前髪ちょっと切りました?」

 

「──え、わかる!? 大正解!」

 

 虹夏先輩は嬉しそうな表情を浮かべて、一歩俺に詰め寄った。俺はコミュ障全開でどもりながら「い、いいと思い、ます」と口にすると、照れた表情で彼女ははにかむ。

 

「……じゃあ行きますか」

 

「うん!」

 

 ──相変わらず虹夏先輩は綺麗だった。

 俺たちは店を出ると、駅構内の階段を降りる。

 

「虹夏先輩は何かしたいとかありますか?」

 

「そうだなぁ、まあ色々あるけど。えーっとね……とりあえずお昼食べよう!」

 

「りょーかいです」

 

 俺たちは吉祥寺駅の公園口を出ると、井の頭線沿いを下る。

 高校が下北沢ということもあり、俺はひとり遊びでよく吉祥寺に来ていたので割と美味しい店は知っているつもりである。

 

 こう見えても俺は、1人でお店に入るのは苦でないタイプのぼっちだ。そして、ラーメン、カフェ、レストランを巡るのは趣味と言っても過言ではない。

 ジャンクなラーメンから美味しいスイーツまで。なんでもござれの美食家なのである。

 

「ニューヨークピザって知ってますか?」

 

「なーにそれ?」

 

「すごいっすよ、めっちゃチーズたっぷりで。おすすめの店あるんですけど、お昼そこでいいですか?」

 

「お、いいねピザ!」

 

 南側に位置する公園口を出て数分ほど歩き大通りから一本横道に入ると、すぐに目当てのレトロな風貌のお店が顔を見せる。

 ぎいとドアを開けると、アメリカンで独特な内装が目を引く。休日の吉祥寺ということもあり、中は混雑していた。

 

「……結構人入ってるね、ちょっと待つのかな」

 

 虹夏先輩は興味津々という様子を見せつつも、混雑する店内に困り顔を見せる。

 

「あ、予約してた大倉です」

 

「え」

 

 俺は店員さんに声をかけると、スムーズに席まで案内された。俺は壁側のソファに座るよう先輩を促してから椅子に腰をかける。

 虹夏先輩は意外そうな表情でこちらを見ていた。

 

 メニューを手に取ると、おすすめのピザを伝える。

 虹夏先輩は意外そうな表情でこちらを見ていた。

 

 店員さんを呼び注文をする。

 虹夏先輩は意外そうな表情でこちらを見ていた。

 

「あ、あのー」

 

「ぅえっ、あ、どうしたの!?」

 

「いや、どうしたのはこっちのセリフですよ……」

 

 すると、複雑そうな顔を虹夏先輩は浮かべた。

 

「ああ、いや……なんか、慣れてるなーって」

 

「な、何がですか?」

 

「……譲ってさ、彼女居たことある?」

 

「え、いや、無いですけど」

 

「うーん」

 

 今度は突然考え込み出した。

 

「なんか、上手いしスムーズだよね……」

 

「それは、どうも」

 

 沈黙。

 いつもなら虹夏先輩を中心にもっとくだらない話をするのだが、俺を含めていつもと違う状況に照れや戸惑いを隠せなかった。

 

 ──そういえば、ひとりとの沈黙は慣れっこなのにな。

 そんな思考が浮かんできて、さらにバツが悪くなる。

 

「お待たせしましたー」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らでか、おばちゃんは見ているだけでお腹がいっぱいになるような、分厚いチーズの載ったニューヨークピザを卓上に置いた。

 気まずさを感じていた俺にとっては、目の前に置かれたそのピザが救世主にも思えた。

 

「とりあえず、食べましょう」

 

「そーだね」

 

 俺たちはピザにかじりついた。

 あつあつでドロドロのチーズに勢いよく噛みついたせいか上顎のどこかしらを火傷させてしまった、気がする。

 

 意識の大半をピザと上顎に向けていたため、会話の内容はあまり覚えていなかった。ただ、ピザを一口食べるごとに言葉のラリーをぼちぼち繰り広げていたと思う。

 

 いつの間にか空になったお皿を眺めて、彼女がお手洗いにと席を離れたタイミングを見計らってお会計を済ませる。

 

 彼女が戻ると同時に俺たちは店を出て「会計は?」と問われると「もう済ませました」と回答した。

 

 その後も俺はネットで調べたデートのこつだとか流れだとかを淡々と実行して、虹夏先輩をアテンドする。ウィンドウショッピングをしたりだとか、吉祥寺で有名らしいメンチカツを食べたりだとか。

 

 2時間ほどして、雨が止んでいるのに気がついた。数日前からチェックしていた天気予報通りだと俺は思った。

 吉祥寺と言えば、と彼女に伝えて井の頭公園へと向かった。

 雨上がりのせいか池は薄く汚れていて、カップルたちが乗れば別れるとうわさのスワンボートが一隻も漕ぎ出していない状況だった。

 

 用意してきた話題を投げかけながら、井の頭公園を歩く。

 

 池を渡る橋を真ん中にして、虹夏先輩は足を止める。

 

「譲はさ、今日楽しく無い?」

 

 今にも泣き出しそうな表情だった。

 

 雨はもう止んだというのに、天気予報によれば夕方前からの降水確率は下がっていると言うのに、頭上に広がる雲は重く今にも落ちてきそうだった。

 

 楽しいと言えば、嘘になってしまう。

 

 つまらないと言うわけでは無い。

 自分で言うのもおかしい話なのだが、心ここに在らずという表現が正しいのだろう。

 

 頭の中は別のことでいっぱいいっぱいで、インターネットで調べた上辺だけの完璧なデートを演出して取り繕っていた。

 待ち合わせは先に、だとか見た目の変化を褒める、だとかお店の予約とデートプランは予め決めておく、だとか行く場所の人気スポットや流行の場所は押さえておく、だとか。

 頭の悪そうな文字列がまとめられたWebページを見て、側から見ればカンペキなデートとやらを実行できていたかと思っていた。

 

 だが、目の前の彼女の姿を見て、それは正解では無いことを今となって思い知らされた。

 

「……すみません、なんか今日のプラン変でしたか?」

 

「ううん、予約してくれてたり、場所も決めてくれてたり、今日はなんかいつもより優しいし。考えてくれてたのかなーってすっごく嬉しかったよ」

 

 俺は胸を撫で下ろした。

 間違えてはいなかった。イッパンテキにセイカイなデートプランを完遂できていた。

 

「──でも」

 

 でも。

 その言葉の意味は、デモンストレーションとかデモクラシーとかデーモンの召喚とか、それらの略語では無いことはコミュ力の無い俺でもよく分かった。

 

「いつもの譲じゃない、よね」

 

 俺は言葉を詰まらせた。誰でも無い自分自身が、今日の俺はいつもの調子の俺じゃ無い事をよく分かっていたから。

 

「……妙にこなれてる感出すし、なんかずっと別の事考えてるみたいだし。私といるの、楽しく無い?」

 

 怒っている様子はない。

 顔に張り付けられた作り笑いからは、ただ純粋に悲しさだけが浮かび上がっていた。

 

「未確認ライオットのことさ、実は譲あんまり乗り気じゃないでしょ」

 

「そんなことは……」

 

 ない、とまで言い切ることができなかった。

 ニュアンス的にはそんな事ないと伝えるべく口が動いていたのだが、内心を見透かされていた恥ずかしさからその場凌ぎの取り繕いの言葉は意図せず歯切れの悪いものになっていた。

 

「今日一日ずっと考えてたんだよね、きっと。結束バンドのことを大事に思ってくれてるのも知ってるし、そうやって悩んでくれてるのは嬉しいんだけどさ……みんなも同じように悩んでるんだよ」

 

 責めるような口ぶりの彼女を見るのは初めてだった。

 冗談やボケに対しての厳しいツッコミはいつも見てきたのだが、今俺に向けられて放った言葉はそういうのとは違う。

 

「……わがままでごめんね、でも私は今日のこと楽しみにしてたんだ。だから、今日くらいは心の底から一緒に楽しんで欲しかったなぁ」

 

 彼女はそう言うと、表情を隠すように背を向けた。

 

「……あ、そろそろご飯の準備しないとだ。ごめん、私帰るね!」

 

「虹夏先輩、待っ──」

 

 その場から去ろうとする彼女の手を慌てて掴んだ。

 虹夏先輩のわがままなんかじゃないんだ。

 みんな悩んでる中で、もがいている。けど、それを他人に押し付けてはいけないはずだし、2人で出かけた日にそれを前面に押し出して良いはずがなかった。

 

 先輩もきっと、これから先の未来に不安や悩みを抱えている。

 だけれど、今日という1日を楽しみにしてきてくれて、いつものように明るく振る舞ってくれていたのだ。

 俺はそんな彼女の気持ちを踏み躙っていた。

 

「──っ」

 

 先輩の瞳には、涙が浮かんでいた。

 

 俺はそんな姿を見て──手を離してしまった。

 

「ごめんね、譲。また」

 

 そうやって去っていく彼女の背中を追うことができなかった。追いかけて、正面から話さないといけない事は分かっていた。

 でも、そんな強さがあるなら俺は今頃コミュ障でも無ければぼっちでもない。

 

 プライドだけは一丁前の、何もできない弱い人間が井の頭公園の真ん中で突っ立っている。

 

 雨が再び降り始めた。

 俺は何をするでも無く、駅へと歩みを進めた。




デート回でまともに楽しくドキドキデートをさせると思ったか!!
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