ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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ごめんあそばせ!


三十話 冬とココアとあなた

 

 ワンコール、ツーコール。

 携帯に反応はない。

 呼び出し音が長々と続き出ない。

 

 ……。

 

 もう一度電話をかける。

 ワンコール、ツーコール。

 やはり電話に出ない。

 

 すると数秒ほど時間が経ち「どうしたんですか」とのメッセージが。

 

 俺は既読だけつけて再度電話をかける。

 ワンコール、ツーコール。

 ついに通話に出た。

 

「あっもしもし……」

 

「やっぱコミュ障は電話嫌だよな、分かる」

 

「あっいや、急だったから」

 

 ──コミュ障にとって電話は辛い。

 

 実際に会って話をする時も当然死ぬほど辛いのだが、多少なりともこちらの意図が通じやすく相手の意図も察知しやすい。だが、電波を介しての会話となると何を話していいのかが余計に分からず、うまく会話をこなす事ができない。

 

「今家にいんの?」

 

「あ、はい」

 

「金沢八景に来たから琵琶島神社集合ね」

 

「あ、え?」

 

「んじゃ待ってるわ」

 

「ちょ、まっ──」

 

 俺は有無を言わさずにスマホの通話終了ボタンを押す。

 

「これでよし、と」

 

 はいかいいえで聞けばまず間違えなくいいえで返ってくるだろう。であれば初めから選択肢を与えなければいい。

 

 この時期は陽が沈むのも早く、辺りはすでに夜の暗さに染まっていた。

 片方の耳からは海がざあざあと鳴る音が、もう片方からは駅に集まる人の喧騒と車の音が聞こえてくる。

 あったか〜い、のボタンを2度押して出てきた缶のホットココアを両手で握り暖を取る。

 辺りは暗いが、少し離れた明るさがせめてもの光をこちらに届けていた。

 

 十数分ほど待つと、相変わらず奇妙なピンクのジャージを身に纏ったぼっち少女、後藤ひとりが顔を出した。

 

「ごめんな、急に」

 

「あ、いえ、暇だったので……」

 

「何時も暇だろ友達いないし」

 

「う"っ……」

 

「それ見越して呼んだんだからな」

 

 図星を突かれたひとりは虫を踏み潰した時に出るような濁点のついた音を口から出す。

 

「で、でも譲くんも友達いないよね」

 

「う"っ……」

 

 ドヤ顔で言い放った俺に対して、ひとりは華麗なカウンターを決め込む。

 恥ずかしいほどに特大なブーメランだった俺のセリフは受け身を取れずに突き刺さり、ひとりと同様のリアクションをしてしまう。

 

 そんな俺の様子がおかしいのか、彼女はくすりと笑った。

 あたりの暗さと前髪の長さから彼女の表情は全く見えないのだが、ちゃんと笑っているのだと思う。

 

「ほい」

 

 俺は右手を温めてくれたあったか〜いココアの缶を1人に放り投げる。

 

「あ、……あ」

 

 慌てた彼女はそれを受け取り損ねて地面に落とした。やはりギター以外の才能は無いらしい。神に愛されているのだか嫌われているのだかよく分からないやつだ。

 

「わりい」

 

 とは言え割と暗い状況で、いきなり缶を投げられて取れなくても仕方がないだろう。

 俺はひとりが受け取り損ねた缶を拾うと、左手に握っていた落ちていない方のココアを彼女に手渡す。

 

「あ、ありがとう」

 

「こんな寒い夜に急に呼び出しちゃったからな、捧げ物です」

 

「ココア一缶分なんですね……」

 

「求めすぎると己を滅ぼすぞ」

 

「そ、そこまでの話……?」

 

 俺は缶についた砂を軽く払い缶を開ける。

 ぱきりと小気味のいい音が鳴る。

 

「あ、どうしたんですか? 急に」

 

「ああ、いや、そのさ」

 

 俺は気恥ずかしいのを誤魔化すように首の後ろに手を当てる。

 

「ひとりって良い作詞するよな」

 

「やっぱり急にどうしたんですか……?」

 

「褒めてるんだから受け止めてよ恥ずかしいなあ」

 

 ココアの缶を傾けて喉の奥に流し込む。

 寒い中暖を取るために使っていたせいか、ほんのりと温かい。

 

「……ひとりの作詞ってさ、やっぱり本音とか心の底の感情を書いてるの?」

 

「え、あ、いやーその」

 

「まあそれ言うの恥ずかしいよなー。でもリアクション的にそうっぽいからいいや」

 

「アウウ」

 

「ひとりはギター好き?」

 

「あ、はい」

 

「じゃなきゃ毎日6時間もできねーよな」

 

「でも譲くんもピアノ好きですよね」

 

「おう、大好きだ」

 

「ですよね、ふふっ」

 

「なーに笑ってんだよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ひとりはカッコいいな」

 

「あ、あの、さっきからほんとどうしたんですか。そんなに褒めても何も出ないよ……」

 

 そんな事は知っている。

 こいつを褒めたって何かが出てくるわけじゃない。

 それ以前に、たくさんのものを彼女からもらっている。

 

「前にさ、電車の中でさ」

 

「あ、はい」

 

「ガチでやりたい、って言ってたじゃん」

 

「……はい」

 

「俺は正直その時、そんな覚悟も気持ちもなかったんだよね」

 

「あ、そんな気はしてました……あんまり乗り気じゃないのかな、って」

 

「俺さ、今楽しいんだ。めちゃくちゃ楽しいんだ。これまでにないくらい満たされてる」

 

 俺が本気に──ガチになれないのは、多分一言では語れない程たくさんの理由があるのだろう。

 一つの悩みだけで自分の意思が決定されるなら、人間なんて簡単に前に進める。その一つの悩みを克服すればいいのだから。

 でも、世の中の大半の人間はそう上手くいかない。なぜなら悩み事は複雑怪奇なほどの感情と現状が雁字搦めに絡み合っているのだから。

 

「他にも色々、俺でもわからないくらい色々考えが頭の中にあって、本気になれない言い訳探してた」

 

 それを一つ一つ解いてくやり方だってあるのだろう。

 だが、そんな器用な真似ができるほどの人間ではない。不器用で、どうしようもない人間だ。

 ……大体、今日だったら友達もいるだろうし。

 

「──んで、あなたの歌詞に心を打たれました」

 

「ぅえ"っ?」

 

「相変わらずどこから出してんだよその声」

 

「い、いや、だってその、そんな面と向かって言われると、て、照れる……」

 

「照れろ照れろ」

 

 あわてる彼女の姿を見て、いつも通りだなと嬉しく思う。

 いい意味では彼女は変わっていて、いい意味で彼女は変わらない。

 

「俺はほんと、助けられてばっかりだな」

 

 そう言うと彼女は頭上にはてなマークが浮かんで見えるほど、理解できていないことが丸わかりな表情を見せた。鈍感系主人公ここに極まれりだ。

 

「なんとなくの一歩を踏み出すだけさ、だろ」

 

「忘れてやらない、の歌詞ですか?」

 

「そう」

 

 彼女は両手で缶を持ちながら寒そうにココアを口にする。種を齧るリスみたいで可愛い。

 全く、なんでこんな寒い日になんでピンクジャージだけなんだよ。最近は学校行く時に上着とかマフラーしてただろ。

 

 俺はコートを脱ぐと乱雑に彼女の方にかけた。そっけなくやったのは、照れ隠しなんかではない。

 

「──っ、あ、ありがとぅ」

 

「ま、まあこんな時間に呼んだからな」

 

 沈黙。

 いつもの沈黙ほど心地よくなかった。

 でも、嫌な沈黙でもなかった。

 

「と、とにかくさ。俺、ごちゃごちゃ考えすぎてた。この前電車でさ、本気になれないとかプロになる理由がないとか今に満足してるとか……色々言ったじゃん」

 

「はい」

 

「もう考えないことにした!」

 

「はい?」

 

「ごちゃごちゃ考えないで、とりあえず動く!」

 

「あ、はい」

 

 突然の俺の宣言に、露骨な程に「何言ってんだこいつ」という顔をする。

 

 まあ、色々考えたけど、彼女のように無我夢中になって考えないほどに前に進むのもありなのかな、なんてことを思った。

 

「なんとなくの一歩を踏み出すだけさ、だよな?」

 

「──うん」

 

 結束バンドに入った時も、ピアノを再び始めた時も、そして今こうやってこれからのことを悩んでいる時も。

 俺は全部、彼女に助けられていた。

 

 だから、ごちゃごちゃ考えるのをやめて前へと一歩踏み出す。

 それが今の俺にできる、俺なりの恩返しなのだから。

 

 ・

 

「で、虹夏と仲直りしたいと」

 

「そうなんです、助けてくださいリョウ先輩」

 

「普通に謝れば良い」

 

「コミュ障ぼっちの俺が普通に謝るだけ謝って通じるか不安です」

 

 翌日。

 いつもより早くSTARRYに到着した俺は、珍しくいつもより早くSTARRYに到着していただーやまことリョウ先輩に泣きつく。

 

「まず、なんで喧嘩したの?」

 

「喧嘩ってわけじゃないんですけど、虹夏先輩と出かけた時に、上の空で接してしまって……」

 

「最低」

 

「はい」

 

 この人は変人だけど変に良識あるし、変人だけど金にがめついし、変人だけどクズだし、あれ、良いところある? 顔面が強いくらい? 

 ……と、冗談はおいて虹夏先輩のことならこのリョウ先輩に聞けばなんとかなるだろうという腹積りで、最近虹夏先輩と気まずくて仕方がないことを相談した。

 

「なら今度は、誠心誠意をもって出かければ良い」

 

「でもどこ行けば……」

 

「譲の好きな場所でいい。あと最後にちょっと高いプレゼントとか貢げば完璧」

 

「最後が不穏ですね!! ははっ!! でも、確かに何かプレゼントくらい渡すのありですね」

 

 意外と真面目にいいアドバイスをしてくれた。

 確かに、前回の失敗は同じ条件で取り戻さなければならない。

 高いプレゼントを貢ぐ、なんて言い回しはさすがリョウ先輩だなとは思うが、考え方としてはそれほど間違っているものではないだろう。

 

「ありがとうございます! ちょっと考えてみます!」

 

「金額大事」

 

「はーい」

 

 ・

 

「まったく、なんで私が恋愛相談なんて……」

 

 譲の気持ちは、正直言ってわからない。虹夏に対して好意を持っているのかどうか。好きか嫌いかで言えば好きなのだろうが、それがlikeなのか loveなのかは不明だ。

 ぼっちとは最初から仲が良いし、最近は郁代にまで手を出しているように見える。

 ……実は真面目そうなツラして女を侍らすタイプのクズなのかもしれない。

 

 彼の方はさておき、虹夏の方は付き合いが長い分わかりやすかった。

 

「まあ、確かに譲は顔良くて音楽できるし……たまにポンコツなところも虹夏好きそう」

 

 ただ、きっとそれだけではないだろう。

 

 虹夏と譲は、どこが似ているのだ。

 

 自分1人で抱え込んでしまうこと、そしてその精神性を作った家庭環境のことも。

 中身は違うが、2人とも母親を失った経験がある。虹夏は、そんな境遇から最初は彼に興味を持ったのだろう。

 そしてそこから、段々と内面に惹かれていったと言うところだろう。

 ……あくまで仮定の話だが。

 

 ぼっちについては分からないが、最近の譲とぼっちの距離感は前より縮まっているようにも見えた。それに、郁代も元から面喰いと言うのもあり学校も同じ彼と2人きりで出かけたり行動しているのを割と見かける。

 

「……もしかして、気がついてるの私だけ?」

 

 結束バンド内、恋愛禁止にしてやろうか。

 

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