ぼっち・ざ・ぼっち   作:振り米

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三十一話 ドキ⭐︎水族館デート♡

 西から差す夕陽は、巨大な影によって遮られる。巨大な影は長く長く東へ伸びている。

 影を生み出す何某を見上げると、首が痛くて見上げきれない。天下に轟く電波塔、東京スカイツリー。

 

 ──墨田区押上。

 地下鉄のホームから地上へと続く階段を遂に登り切ったというのにまだお天道様を拝めていないのは憎々しい。真夏の1日であれば嬉しいのかもしれないが、季節は冬。周りを見ても上着に加えてマフラーだったり、手袋だったりとを用いて刺すような冷気から身を守っている。

 

 女の子って薄着だとエロく見えて厚着だと可愛く見えるよね。

 なんて男子高校生真っ盛りな想像をしてはあたりを見渡す。

 待ち人はまだ来ていないようだ。

 

 吐く息は白くかすみ、スマホをいじろうにも指先が冷えて痛くなるので仕方なく両手はポケットの中に突っ込む。

 

「──お待たせ」

 

 観光地の地下鉄出口という事もあり、俺以外にも誰かを待つ人々は幾人かいる。しかし、背後から聞こえてきたこの聴き慣れた声は間違えなく俺に向けられたものだろう。

 

「ほんと、待ちましたよ」

 

 俺は振り向き、ぶっきらぼうに言う。

 

「そこは、今来たところ、じゃないんだ」

 

「嘘はつけない性分なんで」

 

「よく言うよ、まったく」

 

 夕方。

 スカイツリーは光の化粧を始めており季節的にクリスマスが近い事もあってか、あたり一体は子供の頃にとっておきの宝物を詰め込んだおもちゃ箱のようなキラキラとわくわくに満ちていた。

 ライトアップにはまだ明るいのだが、それはそれで祭りの始まる直前のような高揚感を感じる。

 

 くすりと笑う彼女は、あたりの光景にも負けないくらいにきらきらとしていた。今しがた感じた高揚感も、彼女の存在が関係していたのかもしれないのだが俺自身答えはわからない。

 

「水族館」

 

「ん?」

 

「好きなんですよ、俺」

 

「そうなんだ」

 

「なので、行きましょう」

 

「脈絡が無いなー」

 

「世の中なんでも理由とか脈絡とかつけてたら窮屈になっちゃいますよ」

 

「お、なんか譲、ロックな事言うね」

 

「ロックバンドのキーボーディストですからね。誰かさんのおかげで」

 

「一体誰のおかげなの? 教えてみな?」

 

「さあ、誰でしょうか」

 

「わたしー?」

 

「ノーコメントで」

 

「ふふふ」

 

 取り繕うことはせずに、ただ頭に浮かんできた言葉を口にする。

 彼女の前で嘘をついたり格好つけるのは止めることにした。

 

 すみだ水族館へ向かう足取りは軽かった。

 プランも無ければ、気も使わない。前回の不義理に関する謝罪も兼ねて、そして結束バンドのメンバーとしての気持ちを伝えるために。

 

 押上駅からソラマチへ向かう道を歩く。

 

「この前は、変になっててすみませんでした」

 

「変になっててってどーゆーこと?」

 

「まあ、なんというか、考え事ばっかりしてて、一緒に出かけてるのに失礼でした」

 

「わ、私もこの前は急にごめんね。大人気ないと言うかわがまま言ってたから……」

 

「いえ、前回のは普通に俺が悪いです。なので、失態を取り返しにお誘い申し上げました」

 

「……ありがと。それで、前回上の空だった時のお悩みは解決した?」

 

 虹夏先輩はちらりとこちらを見ると、遠慮がちに尋ねる。

 

「してないですね」

 

「してないの!?」

 

 解決したから誘ったんだろ、と思っていそうなリアクションだ。実際に、楽しそうに見えない素振りをして自分のことばかり考えて悩んでいた事で彼女を傷つけていたのだから、改めて誘っている段階で何かしらの進捗があったのではないかと思う彼女の考えはもっともだ。

 

 ただ、解決しはしていないのだが。

 

「解消はしたかもです」

 

「どう違うの? それ」

 

「まあ、なんというか。俺、未確認ライオットに対してのモチベーションがみんなより無かったんですよね、正直」

 

「……うん」

 

「で、本気になるにはどうすれば良いのか、とか本気になれない理由はなんなのか、とか。結束バンドの邪魔しちゃってるんじゃないか、とか。そんなこと考えてました」

 

「譲が邪魔になるなんて、そんなことは絶対にないよ」

 

「ありがとうございます。でも、みんな優しいんで受け入れてくれると、本当に大事なときにきっと軋轢を生んでしまうと思うんです」

 

 そう言うと彼女も思い当たる節があるのか、何かを言おうとしてやめた。

 

「なので──考えないことにしました」

 

「は?」

 

 虹夏先輩の「は?」をいただきました。

 呆れた表情もかわいいですね。

 

「ちょ、ちょっと待って、それどう言う意味!?」

 

「悪い意味とかじゃないですからね!」

 

 スカイツリーのエントランスを歩く。

 そらまちを抜けて、すみだ水族館と書かれた看板を潜り抜けてエスカレーターを上る。

 チケット売り場に行き、1人分のチケットを購入してその場を後にする。

 1人分しか購入しない俺の姿に首を傾げた彼女に対して、俺はデュエリストのように手に持つカードを見せびらかす。

 

「ふふふ、実は俺、年パス持ってるんですよ」

 

「だいぶガチなんだね」

 

「さらに同伴者は10%引きです」

 

「おー! それは嬉しい!」

 

「感謝してくださいね」

 

「いやでも年パスの分、譲の方がお得じゃない?」

 

「文句あるなら年パス買えばいいんですよー」

 

 その言葉を聞いた虹夏先輩は俯き、頬を赤く染めながらそっぽを向いて口を開いた。

 

「か……買ったら、これからも一緒に行けるね」

 

「──え、あ、あはは、そ、そうっすね……」

 

 照れるくらいなら言わなければいいのに。

 不意打ちでぶつけられた言葉は、俺を動揺させるのには十分すぎるものだった。

 

「じょ、じょーだんだよ、照れてるなー譲は」

 

「照れちゃダメですか」

 

「い、いや、ダメじゃないけど……」

 

 そっちも照れてたくせに、なんて野暮なことは言わずに敢えてどストレートに返事をする。どうやら効果は十二分にあるようで照れのクロスカウンターに成功する。

 

 くだらないやり取りをしながら水族館の中に入る。

 

「わーペンギンだー! かわいい〜!」

 

「超かわいい、好き、癒される」

 

「譲の語彙力、急に死んだね」

 

 飛べない鳥ことペンギンたちは、よちよちと岩場を歩いたりすいすいと水の中を泳ぎ回っている。

 

「他の鳥みたいに飛べないのに、なんか自由でのほほんとしてるよねーペンギンって」

 

「わかります。ポジティブですよね生き方が」

 

「どのへんが?」

 

「ペンギン達って、飛べないんじゃなくて、飛ばない方がいいから飛んでないようになったじゃないですか。生存戦略ってやつですね」

 

 生きるために必要なものが選択されていくのであれば、結局のところ音楽を選んでいる俺も、生存戦略なのだ。

 こうして、水族館の生き物達を見ていると意味もない考え事が捗る。そう言うところが好きでもある。

 

「あ、みてみて」

 

 虹夏先輩が指さす方には、ペンギン達の相関関係が図示されていた。

 

「この子、ぼっちちゃんみたいじゃない?」

 

「え、どれですか」

 

「時々奇声を発する、ペンギン付き合いが苦手、でも超かわいいだって」

 

「ぷっ……くくっ、なんで真っ先にそれ見つけるんですかぁ……」

 

「あはは、譲笑いすぎだってー……あ、でもこの子なんか三角関係の中に居るみたいだよ」

 

「あ、ほんとだ」

 

 ボードを覗き込むと、メスのペンギン二匹とオスのペンギン一匹が恋のトライアングルを形成していた。

 

「ほんとですね。モテ男ペンギンもいるんだなぁ、羨ましい」

 

「……」

 

 俺がそう口にすると、虹夏先輩は無言で見つめる。いわゆるジト目と言うやつだ。

 

「あ、え、なんでしょうか?」

 

「べっつにー」

 

 前回みたいにまた何かやらかしてしまったのだろうか。

 そう思いチラリと彼女を見るも、どうやら本気で怒っていたりするわけではなさそうだ。

 

「そうだ、クラゲの方見に行きましょう!」

 

「くらげ?」

 

「ここのクラゲゾーンは幻想的で最高ですよ」

 

 俺は彼女を先導するようにクラゲゾーンへと向かう。

 

「ちょっとー、歩くのはやいよー」

 

「あ、すみません……」

 

 ここにいる時ばかりは子供の頃のようになってしまう自分に恥ずかしさを感じる。

 俺はあわてて彼女のペースに合わせようと振り返ろうとして、

 

「え、あ」

 

「これでいいから、行こ」

 

 虹夏先輩の手は、俺の上着の袖を掴んでいた。

 いつもドラムスティックを握り力強く叩く彼女の立派な手は、いつもより小さく感じられて、紛れもなく可愛らしい女性の手だった。

 

「あ、は、はい」

 

 ぎゅっ、と袖を握る彼女の手に力が入るのを感じる。

 自分の心拍数が上昇するのを感じる。

 火照る顔は、暖房のせいなのか。

 

 動揺を隠しつつ、ガラス床のデッキが広がる目的地へと辿り着く。

 足元には光があたり幻想的に揺れるクラゲ達だ。

 そんな彼らを見て、なんとか俺は冷静さを取り戻す。

 

「クラゲ見てると、落ち着きますよね」

 

「確かに、落ち着くね」

 

 彼女はそう言うと満面の笑みをこちらに浮かべる。

 明かりの少ないこの場所で、彼女の存在は何よりも明るかった。

 折角落ち着いて冷静さを取り戻したのに、またもやこちらの気持ちをかき乱しやがる。

 

「ここ凄くいいね。なんというか神秘的で幻想的な感じ」

 

「そうなんですよ。俺、水族館でクラゲ見るのが一番好きなんですよね」

 

「なんか、譲っぽい」

 

「どーゆー意味ですか」

 

「悪い意味とかじゃないからね!」

 

 にやにやと彼女はいたずらな笑みを浮かべた。

 

「なんか今日、譲のこといっぱい知れた気がする」

 

「恥ずかしいこと言いますね」

 

「だってさ、今まで知らなかった一面を見れた気がして嬉しいから」

 

 やはり恥ずかしいことを言っている。

 薄暗い水族館で、幻想的にふわふわと回るクラゲの非現実さから恥ずかしさのラインが曖昧になっているのだろう。

 浮かれている、とでも言うべきか。

 

「お、俺も、虹夏先輩と水族館に来れて、う、嬉しかったです」

 

「──っ、あ、ありがと」

 

 袖が強く握りしめられたのを感じる。

 

「そ、それにですね、お互いの事はこれから少しずつ知ってけばいいんじゃないですか?」

 

「……うん」

 

「俺もまだ、みんなのこと多分ほとんど知らないし、結束バンドのメンバーとして、これからみんなのことを知っていけるのも、なんか、楽しみなんです」

 

 俺が照れを隠すように後頭部を掻き、笑って誤魔化すと虹夏先輩は変わらず黙ったままだった。

 そして数秒ほどして彼女は口を開いた。

 

「結束バンドの、メンバーとしてだけ?」

 

「──え?」

 

 それは一体どう言う意味だ。

 

「なーんて、何でもないよ!」

 

 彼女はそう言って笑うと、握りしめていた俺の上着の袖から手を離した。

 ……勘違いしちゃうだろ。

 

「ね、ほら、あっちも見に行こうよ!」

 

「あ、待ってください先輩」

 

 そうして駆け出す彼女の後を追う。

 その後も、大水槽やチンアナゴ、金魚などすみだ水族館を大満喫した。前は失敗してしまった分、今回はそれを取り戻すかのように──いや、それ以上に最高に楽しむことができた。

 

 リョウ先輩のアドバイス、上手くいきましたよ。悔しいけど流石です。今度飯奢ってやろう。

 

 ・

 

「あー、楽しかったぁ!」

 

「良かったです、先輩も楽しめて」

 

 水族館を出た後、俺たちは外をふらふらと歩いていた。あたりもすっかりと暗くなっておりライトアップされたスカイツリーがきらきらと夜空に伸びていた。

 

「ありがとうね、譲」

 

「いえ、こちらこそ楽しかったので……俺のいきたい場所行っただけですし、ありがとうございました」

 

「あはは」

 

 彼女は笑うと、カバンをあさる。

 

「はい、これ」

 

「ん、なんですか?」

 

 手渡された紙袋を開くと、そこにはすみだ水族館で買ったであろうクラゲのキーホルダーがあった。

 

「ほら、お揃い!」

 

 じゃーん、と口で効果音をつけてもう一つのキーホルダーを彼女は見せてきた。

 青とオレンジのクラゲのキーホルダー。

 対になったその片方を彼女は嬉しそうに握る。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「譲はクラゲが一番好きだもんねー」

 

「──っ」

 

 素直に嬉しかった。

 俺が一番クラゲが好きだと言ったのを覚えていてくれたのだ。わざわざその場でなく、こっそりとキーホルダーを買って今渡してくれたのだ。

 それはきっと、俺を喜ばせるために彼女がそうしてくれたのだ。

 それがたまらなく嬉しかった。

 

「あっれー照れてるー?」

 

「て、照れてないです」

 

 いつもの調子を取り戻した彼女は、にやにやと笑いながらこちらの顔を覗き込む。

 

 タイミングは、ここしかないだろう。

 

 俺もトートバッグから荷物を取り出して、虹夏先輩に差し出した。

 

「?」

 

 ぶっきらぼうにそれを差し出すと、彼女は不思議そうにこちらを見つめて首を傾けていた。

 

「この前、迷惑かけちゃったのと、あと、クリスマス近いんで……その、前払い的な感じで」

 

「え?」

 

「いつものお礼と! この前の謝罪を込めた! 少し早いクリスマスプレゼントです!」

 

 俺は照れていた。

 今までの人生で一番照れていた。

 それがバレないように、上擦った声でそれを彼女に手渡した。

 

「え、あ、これ、私に?」

 

「あ、は、はい」

 

 彼女は俺の手渡した袋を握ると、俺とその袋を交互に見る。

 

「あ、あけてもいい?」

 

「どうぞ」

 

 彼女はその袋を開けて中の物を取り出す。

 

「これって──」

 

「リョウ先輩に聞きました、そのイヤホン欲しがってたって」

 

「〜〜ッ!!」

 

 彼女は暗がりでも分かるくらいに顔を真っ赤にしてプレゼントを握りしめる。そんなに強く握ると、壊れちゃいますよ。

 

「あと、ハンドクリームも入ってます。ドラムスティックをいつも使ってると、冬とか手が荒れちゃうのかなーって思いまして、その、いらなかったら良いんですけど」

 

 彼女はもう一つのプレゼントも袋から取り出して、愛おしそうに胸に抱えた。

 

「いる」

 

 感極まった様子の彼女はそう一言だけ口にする。

 

「ずっと、大事にするね」

 

「いや、ハンドクリームは消耗品なんで……」

 

「それでも、大事にする」

 

「あ、はい」

 

 虹夏先輩は二つのプレゼントを抱えたまま視線をそちらに向けていた。俯いているため表情は窺えなかったが、喜んでくれているのだろうか。

 

「あ、ありがとうね、譲」

 

 いつも通りの声音で彼女はそう言う。表情はやはり見えないが、普通に喜んでもらっているようだ。

 

「いえ、ほんと、今までのお礼みたいなものなので──、そろそろ帰りますか?」

 

「う、うん」

 

 気はずかしさを隠すように俺はそう口にする。相変わらず俯いたままの虹夏先輩からは表情が読み取れなかった。

 駅の方に向けて歩き出そうとした時。

 

「譲」

 

 彼女がぽつりと呟いた。

 

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 彼女の顔は、今までに見たことがないくらいに真っ赤になっていて、目元には涙すら滲んでいた。

 そんなに喜んでくれるとは、思っていなかった。

 

「──ありがとう!」

 

 彼女はそう言うと、全力の笑顔をこちらに向けた。

 それはあまりにも綺麗で、あまりにも魅力的で、自分の心臓が死ぬんじゃないかと思うほど高鳴っていて。悩みに悩んだ最近のマイナスな気持ちが、全部吹き飛んでいってしまうほど、それほど美しい笑顔だった。

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