「もう12月か〜、すっかりクリスマスムードね」
「あっはい」
冬になると陽が落ちるのも早いもので、あたりを影が覆い始めそれと同時に街の光がぽつりぽつりと灯り始める。
喜多ちゃんはそんな周囲を見渡し、イルミネーションが増えた様子にそう口にした。
「クリスマスかぁ」
俺は今までの人生で特段思い出のないその日に対して、吐き出すようにそう呟いた。
「感慨深い言い方ね……はっ、もしかして譲くん、クリスマスに悲しい恋の思い出が!?」
「えっえっえっ」
全く最近のJKはすぐに色恋沙汰に結びつけやがる。クリスマス=恋愛だなんて安直すぎる。強がりなんかじゃ無いんだからね!
それとひとりは何故かビクビクしながら奇声を発していた。いつもの発作です。
「恋の思い出はもちろん当然当たり前のように無いけど……マジでそれ以前に何も思い出ないなぁ」
「ほっ」
友達も居ないのでクリスマスパーティーなんてした事がない。だからと言って家族と団欒した記憶もない。いやほんと何も無すぎて辛い。
というかひとりは人の話を聞いて安堵するな。
俺の不幸がそんなにメシウマなのか。
「闇が深そうだからあまり触れないでおくわね」
「助かる」
クリスマス。
世間はいつもより浮かれた雰囲気を醸し出しているが、俺にとっては良い思い出もなければだからと言って悪い思い出も特に無い。
良くも悪くも、ほかの日と変わらない1/365だ。
だが、クリスマスの良い所として。
「冬休みも近いな」
「あっ、そうですね」
冬休みという単語にひとりは過敏に反応し、その瞬間だけクリスマスイルミネーションに負けないくらいの喜びの輝きを煌めかせる。
どれだけ待ち望んでいたんだよこいつ。
「冬休みもバイトと練習漬けだけど、クリスマスにはパーティーしましょ!」
「「クリスマスパーティー……」」
俺たちは喜多ちゃんの発したその馴染みのない単語を反芻する。
「あっ次は必ず場を盛り上げて見せます!」
そう言ってひとりは何処から取り出したのか、クソダサ星形サングラス(つけ髭付き)を装着する。
これ常備してんの? だとしたらヤバいやつじゃない?
……まあ、彼女がヤバいやつだと言うのは今に始まった事ではないか。
それにしても、クリスマスパーティーか。
正直な話、めちゃくちゃ楽しみだ。
大事な仲間たちとそうやって浮かれ気分に浸れると言うのは、一度も経験したことのない俺にとってはきっと素敵な事だろう。
恥ずかしいから、決してそんなことは口にしてやらないが。
などと考えていると、ピコンっ、と喜多ちゃんのスマホから通知音が聞こえた。
ちなみに俺はどうせ連絡来ないから通知は全部オフにしている。
「伊地知先輩からだ。なになに……12月24日新宿FOLT SICK HACKのワンマンライブに──」
・
時は流れて、本日はとあるライブの日。
クリスマスに新宿FOLTにて酒ねえ率いるSICK HACKのライブへの出演が決まったとの事もあり、みんなは気合の入った演奏をしていた。
ライブが終わると、いつものようにファン1号2号のお姉さん方が声をかけにこちらに来た。
実のところ、年上の女性ということもあり、俺の苦手意識がバリバリのため彼女たちと会話をした事がない(コミュ障)
「今日のライブも良かったよ! それと、新しいファンの子連れてきました!」
「えっ、ちょ……」
どーん、と。
ファン1号2号は初めましてのファン3号(予定?)の女の子を紹介した。
「みんな、つっきーちゃんにサイン書いてあげてよ!」
どうやら、つっきーちゃんと言うらしい。
なぜだかここ周辺の顔面偏差値は高いようだ。
「え〜サインなんて考えてないな!」
そう言いつつ虹夏先輩はさらさらと自分の名前を書く。
俺はそれを受け取り、小学生の頃から欠かさず練習をしているサインを書き殴る。
ちなみに自由帳一冊はサイン練習に使っている。
描き慣れてる。
男の子なら一度はサイン考えたことあるよね? あるよね?
「え、あっ、私もサインは特に……」
俺はひとりにCDを渡すと、彼女はそう言いながら無駄に入念に書き込む。
──ダサい。
小学生女子が考えたような鬼ダササインをデカデカと描いていた。
そして冷静になって自身のサインのカッコつけ具合に恥ずかしさを感じつつ、ひとりのゲロダササインの陰に隠れていること安堵した。
あっぶねー俺のサイン誰も触れてこなくてよかったー。さんきゅーひとり。
「あれ? 何か見たことがある気が」
リョウ先輩からはつっきーちゃんさんを見つめると、そう口にする。
「きっ、気のせいでは……」
じーっと見つめられた彼女は、あからさまにどきまぎしながら視線を逸らす。どこからどう見ても図星のようだった。
それに、確かにリョウ先輩が言うように俺も彼女に見覚えがあった。だけれども心当たりは全く無いわけで、くしゃみが出そうで出ない時のようなむず痒さを感じていた。
すると、焦りを隠せていないつっきーちゃんさんを尻目に、我が天敵が現れた。
「みんらぁ〜、今日もライブ良かったよ〜。特にあの4曲目! エモの塊〜」
腐れ酒カス姉さんこと廣井きくりだ。
「ちっ」
「え? あれ? 譲もしかして今舌打ちした〜?」
「舌打ちなんてしてませんし、今日は3曲なんで4曲目は存在しません」
「あれーそうだっけ〜? まあいいじゃんいいじゃん」
「何が良いんだよ……」
「あはは〜ごめんごめん。てか、まだ文化祭の時の事、怒ってんの?」
「ははははは、怒って無いですよ酒ねえ」
「怒ってるなぁ〜。あときくりでいいからね、何なのその酒ねえって」
「愛称ってやつですよ酒」
「短くなってない?」
いつものようにふらふらと現れては適当なことを言う彼女に対して、うらみつらみをぶつける。
すると、横から虹夏先輩がひょこっと現れて俺に耳打ちをする。
「譲って年上の女の人苦手だったんじゃ無いの?」
言われてみれば、虹夏先輩やリョウ先輩はもう慣れているので何ともないのだが、この酒ねえだけは度外視をして恨み言をぶつけることが出来た。
「なんでですかね、俺もわかりません」
「……なにそれ」
虹夏先輩はむすっとする。
何この可愛い生き物。
「というか、酒ねえは何でライブのゲスト誘ってくれたんですか?」
「だーかーらー、きくりでいいのに……。まあなんと言うか、朝起きたら何故か送信履歴に入ってたんだよね〜。魔法みたいなことをあるもんだ!」
「やっぱ適当じゃねえかこの酒臭いねーさん」
「でも! シラフでも結束バンド呼んでたよー!」
「ほんとかよ」
疑い深い。
疑い深いが、なぜかこの人は結束バンドを──特にひとりに肩入れしている気がするのだからあながち間違いでは無いのかもしれない。
まあ、どちらにせよ呼んでくれてラッキーだからどちらでも良い。
「でもでもー、譲がそんな態度取るなら取り消しても良いんだよー?」
酒ねえがちらりとこちらを見ると、ふざけた事をぬかしやがった。
当然俺は──脅しに屈する!
「きくりさん、ありがとうございます! 靴でも磨きましょうか!?」
「変わり身が早い!」
虹夏先輩はすかさずにツッコミをかます。
さすが結束バンドの常識担当。略して常担。
「やっぱり適当だったんじゃないですか……」
そんな様子の俺たちを尻目に、つっきーちゃんさんはまるで関係者のようなことを口にする。
「え? 大槻ちゃん?」
どうやら酒ねえのお知り合いだったようだ。
「え? いや違います!」
「絶対大槻ちゃんだって!」
謎の問答に、結束バンドのメンバーはぽかんとした様子で話に置いていかれる。
「──ッ、そうです、私が大槻ヨヨコ!」
な、何だと。お前があの大槻ヨヨコだと!?
ところで、その、大槻ヨヨコさんって──
「いや、誰?」
「ちょ、待って、着替えるから……わからないよね」
つっきーちゃんさんこと大槻ヨヨコさんは控室へと消えていく。
いきなり名乗られても当然分からない。
分からないのだが、大槻ヨヨコという名前には何故か聞き覚えがあった。
しばらくして出てきたのは、メタルな感じな服装に変わったツインテールの大槻さんであった。
「これで分かった?」
──どこかで見覚えがあった。
「シデロスの……何でここに……」
結束バンドの面々は知っているらしい。
しでろす? とやらは俺にはわからない。分からないのだが、この大槻ヨヨコさんには見覚えがあった。
「え〜大槻ちゃん、結束バンド呼んだのまだ納得できてない感じ〜?」
「そうです!」
「酔った勢いとはいえ私結構考えてるけどなー」
このしでろすの大槻さんは、何故だか結束バンドを敵視しているようだった。
大槻、敵視……?
「それとも何? 大槻ちゃんは私の目が節穴って言いたいの?」
酒ねえこっわ。
この人たまにガチの目するからやなんだよ怖い。
「そ、そんな意味じゃ……、帰ります! 結束バンド! 私と姐さんのライブを台無しにするのは許さないから!」
大槻さんはそう言いながら立ち去ろうとする。理想的な捨て台詞だ。
それにしてもどこかで見覚えが──
「あーっ!!」
脳の中のパズルが繋がった。
劇的アハ体験により俺は大声を出す。周りは引いてる。慣れてるから気にしなーい。
「大槻さんって、あの、中学の時よく分からないけどめっちゃ突っかかってきたあの、上級生の」
「え、あ──もしかして、あなた、大倉譲……?」
思い出した。
そう、あれは中学生の頃。
俺はピアノが凄かったので、学校でいつも表彰されたり特別なお休みをもらったり何かと優遇されていた。
その度に何故だか突っ掛かってかるメガネの上級生がいた。その人の名前は、大槻ヨヨコ。
「──ふん! 中学の時はいつもいつもみんなに一番注目されてたみたいだけど、落ちぶれたようね!!」
「相変わらず口悪いですね!」
そう。
この人は何故だか知らないが負けず嫌いで、一番を取れない事にプライドを持つ謎の人物だ。
先生方から優遇されていた俺に対して、常日頃から敵対心を抱いていた人だ。
「そう、そうね。結束バンド──特に後藤ひとりと大倉譲、あなたたちに負けないから」
バタン、と。
そう言い捨てて彼女は出て行った。
あーなんか見覚えあると思ったけど、メガネ無いし雰囲気変わってたから気が付かなかったなぁ。
「え、あ、私も……?」
そして何故か目の敵にされているひとりは困惑している様子だった。
俺も再び唐突にディスられ敵視されたことに困惑を感じていると、横腹のあたりをちくちくと突かれた。
「ふーん、また女の子。ふーん」
「え、虹夏先輩? なんですか」
「譲は男の子の知り合いは居ないのに、女の子はいっぱい居るんだね……」
「え、いや、だから俺コミュ障なんで別に男女問わず居ないですよ」
「でもさっき、中学の頃仲良かったって」
「仲良かったとは言ってないですし、なんかあの人に嫌われてるっぽいですよ俺」
「ふーん、ふーん……ふーん」
不満げな表情で俺の横腹を突くのをやめない。
「いや、ちょ、痛いです」
一体全体、何なんだ。
突かれている俺と困惑しているひとりを眺めながら、酒ねえは口を開く。
「いやーなんか面白くなってきたねー」
いや、何がだよ。
おしごとのストレスではげそう……