皆様はご予定いかがですか?
私は2年連続クリスマスぼっちになりそうです。
みんなぼっちで過ごしましょうね。
クリスマスパーティーをそろりと抜け出す。
慣れてきたつもりだった。しかし人の性根は中々変わらないものであり、ああも大人数でわちゃわちゃしている空間というものにはいまだに苦手意識を感じていた。
半地下の階段を登り、店の前にぼけっと佇む。
大きく息を吸うと、痛いくらいに冷たい空気が肺を刺激した。
春先の運命的(諸説あり)なひとりとの出会いや、結束バンドメンバーと過ごした一年弱に思い耽る。
1年前の自分は、今の自分を想像できただろうか。
きっと、いや、確実に想像できない毎日だろう。
寒さに身を捩らせて、いつまでもこうしては居られないと戻ろうとした矢先の事だ。半地下の戸がガラリと開いた。
ピンク色のアホ毛がはみ出すのを見て、ひとりも一時退避のためゾンビのように地上へと這い出たのだと確信した。
「うぃー」
「え、あ、う、うぃー」
俺はポケットから右手を抜いて軽く上げる。
気怠い挨拶をすると、何故か彼女も真似をして気怠さを感じさせないぎこちない挨拶を返した。
そこは真似する必要ないだろ。
俺は再びポケットに手を突っ込む。
ひとりは何も言わずに俺の横に立つ。
「寒いな」
「あ、ですね」
「ジャージだからだろ」
「ですね……」
なぜこんな真冬にジャージ一枚なのかと言う疑問は、どうせ深く考えても無駄だと思いそっとしまう事にした。
「あ、でも、コートは着てきたので」
「そう言えば最近は着てるな。……ジャージの上に」
最近はコートとマフラーをつけている姿は目にしていた。そうやって遠目で見ると悪くないのだが、いかんせんピンクのジャージの主張が強すぎるせいで不思議な光景だった。
「あ、リア充」
ひとりは俯いた顔を少しだけ上げると、どんよりとした空気を纏わせる。
先程までは気がついていなかったが、やはりクリスマスの夜は恋人達がいつも以上に溢れていた。
店先から聞こえてくるのもクリスマスのラブソング。
『君が好きだ』と何度も聞こえてくる。
「……譲くん、モテるよね」
「は?」
「だ、だって、最近クラスでも女の子に声かけられてたり、ラブレターも渡されたことあるし、文化祭の時もいろんな人に声かけられてたし、に、にじ……結束バンドも周りも女の子だらけだし」
何を言い出すかと思えば、急に早口になる。
急に恋バナだなんてクリスマスソングに当てられたとしか思えない。
「いや別にモテないしモテた事ないし、なんならモテたいくらいだわ。……ひとりこそ顔良いし、あと、その、顔良いし……他にも、その、顔良いし………………あ、あとギター上手いし、それと……その、顔良いしモテるんじゃない?」
「ほ、褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてる」
「あ、ありがとう……」
危ない危ない。顔が良い以外にモテそうな要素があまり出てこなかったせいか胡散臭くなってしまった。
いやぁ、ね?
他にもエロい体付きしてるよねーとか内心クソほど思ってるけどそんな事本人を前にして死んでも言えないし言ったらパパ活おじさんと同レベルに落ちちゃう気がするから顔の良さとギターのうまさしか浮かんでこなかったんですよごめんなさい。
「譲くんは……」
「ん、ん?」
内心ドクズな事を考えていたのでリアクションが一瞬遅れてしまう。
「わ、わたしのこと、その、顔良いって思ってるの?」
改めて聞くな。
勢いとノリに任せてふざけて褒めるのと、本人を目の前にして真面目に褒めるのだとハードルが違いすぎるだろうが。
「……余裕でかわいいだろ」
死ぬ。
クリスマスソングに当てられたのは俺の方だったのかもしれない。
「──、ぅあわ、あ、あ、あ、ありがとうございますでもそんな滅相もない事言わないでください、あ、お世辞、お世辞ですよねははは真に受けてすみま」
「お世辞じゃねーよ」
「ぇう」
「まあ可愛いとか顔が良いとかなんてのは所詮さ、主観でしかないわけであって。とは言え俺の主観はそんなに現実離れはしていないと思うし、一般的に可愛いとか綺麗だとか言われる人は俺もそう思うし、そこに乖離はないわけであって……」
「???」
女の子を褒めることに慣れていないが過ぎるせいか、意味のわからない理屈を照れ隠しでこねる。
「まあその、なんと言いますか、主観的にもそう思うし、俺の美的感覚はそう一般とはずれてないと思いますし、一般的に見ても、その、か、かわいい方だろ」
「──っ」
ひとりは顔をいつも以上に俯かせた。
「そ、そんなに煽てても壺とか買いませんから……」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「一般的ではない人……」
そうまでして褒められているのを否定したいのか。
「じゃあいいや一般論は」
「ですよねやっぱり適当に煽てて私からお金を奪い取ろうと──」
「主観でかわいいと思ってるから」
ネガティブな発言を繰り返すものだから、ついポロリと口からどストレートな言葉を漏らしてしまい、慌てて引っ込めようとするも言葉というものは一度放り出されたら取り戻せるものではなくて。
俯いて顔のよく見えない彼女は、はっきりと耳まで真っ赤にしていた。
きっと、寒さのせいだろう。
何かに言い訳をするように心の中でそう呟いて俺は照れとよく分からないこんがらがった感情を誤魔化すように階段を降りる。
「あ、待っ」
彼女はそう言い慌てて振り返る。
「ど、どした?」
俺も慌てて振り返る。
今日は何年振りかの、めでたいホワイトクリスマスだ。
雪降る夜には魔力がこもっていて、きっと世界中の悩める少年少女達の背中を押す魔法がそこにはあって。
慌ててこちらを見る彼女の足元も当然のように滑りやすくなっている。
転倒注意、の雑な貼り紙が目に入る。
ふと、虹夏先輩が階段で転けた時のことを思い出す。
ここでまたぶっ倒れたらあの日の二の舞だと思い片方の手で手すりをぎゅっと握り足に気合と力を入れる。
新品の革靴の黄色いステッチが目立つラバーソールは、しっかりとグリップを効かせてくれて。
足を滑らす彼女をしっかりと抱えてもなお安定していた。
腰の後ろに回した右手。
彼女もグッと堪えて転倒するまでには至らなくて。
大丈夫だったろう。倒れてはないし、怪我もないし。
ただ、彼女の顔がこれまでにないくらいに急接近していて、転ばないようにと体の末端に意識を張り巡らせていたせいか今この瞬間まで気がつくことがなくて。
間違いなく唇に柔らかい感触がした。
直近で見る瞳は、いつもと違い淀みのない水色だった。
肩越しには雲間から顔を出すお月様と、まばらにちらつく雪が見えた。
そしてこれは──間違いなくファーストキスだった。
驚きと、神がかりのようなバランス感と、離れる事への少しばかりの名残惜しさと、理解できない状況へのフリーズと。
まあいくつもの要素が重なって、一瞬の間だけ永遠のようにフリーズする。
それはきっと、彼女も同じだ。
冷静さを取り戻して、ゆっくりと顔を離す。彼女のバランスを確認して身体も離す。
心臓がうるさいくらいに高鳴っていて、それが彼女に聞こえているのではないかと気が気ではない。
ひとり越しに見える街ゆく人々も、まるで熱々のカップルでも見るかのような笑みを浮かべている。
「……ぁ」
「わりぃ」
回らない頭とうまく開いてくれない口は、その3文字だけを絞り出す。
何を言えば良いのかわからない。
「先、戻ってる。悪い、事故だし気にしないでくれ。とりあえず、怪我なくてよかった」
今までに一度も対峙したことのない感情が胸を裂くように現れる。
スライムも倒したことのないレベル1の俺にとっては、いきなり出てきたラスボスのような感情に当然向かい合うことはできない。
選択肢は「にげる」しか選べない。
ただ一言上手い事を言えれば良かったのかもしれない。
でもそんな一言を言えるのなら、きっと俺はぼっちじゃないし。
ただ、閉塞されていた感情とか人生とかがやっとこさ解放されて、他人事にしか思えなかったラブソングの無味無臭な歌詞の意味だって、もしかしたら今ならわかるかもしれない。
俺は落ちるようにして階段を駆ける。
心臓が今にもはち切れそうだった。
あの場面の対処法なんて人生で経験したことがないから慌てて逃げ出してきたが──今考えると悪くない選択肢だったとも思う。
この感情は大事にしたいと思ったから。
雰囲気とか、ハプニングとかで、結論を出して良いとは思えなかったから。
もしかしたら、これは。
──俺は初恋とやらに落ちたのかもしれない。
・
な、何が起こったか説明しよう!
クリスマスパーティーから少しだけ席を外した彼を恨めしく思いながら、私もついでにと外に一時退避をすると街中にはカップルが沢山いてテン下げからの怪しいくらいに褒められてうぇへへへへへってなっていたらききききききすをしていた。
滑って転んだかと思った次の瞬間、イケメンの顔が目の前にあって、きききききすをしていたのだ。
これって陽キャ? でも事故だからノーカン?
わからない。
だいたい彼が何をどう考えているのかもわからない。いや、そもそも人様の考えていることが分からないと言いますか……。
でも、いつもは呪詛にしか聞こえないような、街に流れるクリスマスのラブソングも今だけは聖歌に聞こえてくる。
烏滸がましいのは分かっている。
高望みなのは分かっている。
私なんかが釣り合わないのは分かっている。
分かっているけど。
初めてまともに話をした男の子で。
不器用だけど優しくて。
私の事を、そのままの私を受け入れて、褒めてくれて。
苦手なはずの沈黙も彼とならいつも平気でいられて。
他の女の子と仲良くしていると胸が痛くなって。
こんな私を──認めてくれて。
好きになれない理由がなかった。
初めて他人を、本気ですすす好きになってしまった、のかもしれない。
「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「えと、ぼっちちゃーん」
「!?」
譲くんが戻ると入れ替わるようにして虹夏ちゃんが現れた。
「にににに虹夏ちゃん」
「あ、あはは」
混乱する私をよそに、明らかに引き攣った笑みを浮かべる彼女が目の前にいた。
「2人とも、付き合ってたんなら言ってよねー」
バシバシと私の背中を叩く。
付き合ってたんなら言ってよね?
「あの、それって、どう言う……」
「ごめーん、実は、さ。その、2人がキスしてるの見ちゃったんだよねー」
「……」
頭を少し前に飛ばす。
体勢を崩して、譲くんに支えてもらって、きききききすをしてしまって──
──いた。
あまりにも衝撃的過ぎる展開に頭が追いついていなかったが、彼の背中越しに虹夏ちゃんがいた。
「ちちちち、ちが、ちがちがくて」
「こっそり付き合うなんて寂しいじゃん! めでたい事なんだからさ……」
「あの、ほんとたまたま事故で私がこけてお見苦しいところをお見せしてしまっただけでぇ……」
「えっ!?」
虹夏ちゃんが顔を突き出す。私はしどろもどろになりながらも口を開く。
「あ、転んだ先でぶつかっただけですほんとに」
「な、なんだ〜」
そう言うと、虹夏ちゃんは明らかに安堵の表情を浮かべて──
私は気がついた。
きっと、今だから、彼に対して自身の好意を自覚してしまったからこそ気がついた。
虹夏ちゃんは後ろ手に、リボンのついた袋を持っていた。
それは、きっと私に渡すものでも、星歌さんに渡すものでも無いのだろう。
彼が外の空気を吸いに行って、私はお手洗いに行くと言って。
その状況であれば、虹夏ちゃんがここに出てくる理由など一つしか無いのは明白だった。
ここに1人でいるはずの彼に、その手に持ったプレゼントを渡すため。
ひゅう、と風が吹く。
冷たい風だった。
虹夏ちゃんも、彼のことが──譲くんの事が好きなんだ。
側から見てもお似合いだった。
冷静になる。
私なんかが、彼と付き合うなんて烏滸がましい考えだったのだ。
虹夏ちゃんの方が、私より可愛くて、明るくて、優しくて、社交的で、良い匂いするし、綺麗だし。
そんな彼女が──結束バンドに私を誘ってくれた大事な彼女が、彼の事を好きなのだとしたら。
熱が引いていくのを感じた。
耳まで熱っていたはずの体は、クリスマスの日にジャージで外に出ているのだから当然冷える。
私の初恋は、自覚して数十秒で終わったのだ。
「そ、その」
「んー? どうしたのぼっちちゃん」
「虹夏ちゃんって、譲くんの事、すき、なんですか?」
「え……えぇぇぇぇぇえ!?」
今考えれば、なんと分かりやすいリアクションなんだ。
女の私から見ても、可愛らしい反応だった。
可愛げのない私と比べると、天と地ほどの差を感じる。
「あ、あはは、いやーその好きって言うか……まあ当然バンドメンバーとしては好きだよ!? ただそれはみんなも一緒で──」
虹夏ちゃんと譲くん。
美男美女カップルだ。
お似合いだと思う。
寒く悴んだ指先が痛い。
でもそれよりも、胸の方が痛い。
「が、頑張ってね」
「え? な、何を!? ぼっちちゃん!?」
彼の隣にいる自分は一度も想像できなかった──した事すらなかったのに、彼の隣にいる虹夏ちゃんはとても鮮明に想像できた。
「ちょ、ちょっと早まらないで!!」
「あはははバンド内恋愛……あははははははははははははははははは」
「なんか怖いし、違うってばー!?」
こうして後藤ひとりは灰となった。
じょう→ぼっち
↑
ドリトス
見事な三角関係だろ?
なんと美しいのだ……