「ぼっちちゃんの様子が変?」
「そうなんです。ここ数日目は虚ろで会話もままならなくて」
虹夏先輩の問いに、喜多さんはそう答える。夏休みも後半どころか最終盤。野球で言うと9回、サッカーで言うと後半アディショナルタイムだ。
「それいつも通りのぼっち」
俺と全く同じ感想をリョウさんは口にした。
「いやぁ、そんなことは……」
虹夏先輩はそう言って一度口を止める。そうして何かを思い出すような仕草をすると。
「あるか」
「ないです! だって、泣き始めたかと思えば、急に陽気になってサンバを踊り始めるんですよ」
「それはやばいわ」
くそ、何だその光景は。俺の見ていないことで新種の後藤が発見されているとは。
それにしても喜多さんは後藤の解像度が無駄に高いな。本当に無駄な技術ではあるのだけれど。
……というか。
「……あの、なんで俺居るんすか?」
半地下に建つライブハウスSTARRYの屋内。ここは空調もガンガン効いていて外とは隔絶された涼しさだった。
そこには、結束バンドの後藤を除いたメンバー3人と──なぜか俺がいた。なんで?
「それはね、未来のキーボード候補だから!」
虹夏先輩は元気にそう言う。
「まだ未確定じゃないですか……」
「あはは、いいのいいの」
いいんだ。
「というか、キーボードに触れたらゲロ出す男がガールズバンドに混ざってるのヤバくないですか?」
「確かにやばい」
「ぁゔ」
リョウさんは何も包み隠さずどストレートに言う。自分から自虐的に振っておいたのだが、いざストレートに返されると心が痛い。センチメンタルでガラスとハートなのだ。
「虹夏が入れたがってたから仕方なく」
「ま、ま、待って! みんな賛成って言ってたよね!?」
虹夏先輩マジ天使。こんな俺を誘ってくれるだなんて本当に大天使だ。しかも照れてるリアクションかわいいし。にじかわいい。
「おーい、ちょっとぼっちちゃんにあれやめさせてくんない?」
すると、伊地知さんが入り口から気だるそうな顔をしてこちらに声をかけた。
「あれ?」
その言葉に、俺たちはライブハウスの外に出て暑い夏空の下に晒されに行った。
そこには、負のオーラを発しながら砂遊びをする後藤がいた。あまりの空気の悪さに、ここだけ湿度は何倍にも感じられ夏の暑さも余計に強調されてる気がした。
というか夏に長袖ジャージは見てるこっちも暑苦しいからやめてくれ。
「朝からあの調子で、ライブハウス前にセミのお墓作り続けてるんだよね」
「限界すぎる! 何で変になってんの?」
虹夏先輩のリアクションは一般人からしてみると当たり前であった。
──だが、俺にはわかる。
同じぼっち仲間としてよく分かってしまうのだ。
「先輩たち、ライブ以降後藤と会いましたか? もちろんバイト以外で」
「えっ?」
「あいつとこの前話した時、予定は開けてるって言ってましたよ。いやもちろん予定がないだけだと思うんですけど」
俺の問いかけに、皆はなにかバツの悪そうな顔をしていた。
「誘おうとはしてたんですけど……ここにくる日以外は全部予定埋まってて。知らない子いたら後藤さん萎縮しちゃうかなって……」
おいまて喜多さんは今なんて言った。
夏休みだぞ? 何で全部予定埋まっているんだ。それじゃあ休めてないじゃないか。
そういえばどこかで聞いたことがある。陽キャの休日は、基本的に外出に費やすと。まさか嘘だと思っていたのだが事実だったのか。恐るべし。
「い、伊地知先輩は……?」
「れ、練習の日以外は家片付けたり、ここでバイトしてたから……」
やっぱり虹夏パイセンマジ天使。
お家のことをやりつつ働きにも出ているだなんて。結婚しよう。家事はちゃんと半分こでやろうね。先輩のためなら俺は社会の荒波に立って頑張ってお給料稼いでくるよ……。
「り、リョウ先輩は?」
「2人が誘ってると思ってた」
「大倉くんは──ってなんで後藤さんの写真撮ってるの」
そうか、こういう場合流れ的に次は俺のターンだったのか。一切気にせずに、夏限定のレアな後藤を記録に収めるべくスマホで動画を撮っていた。
「あ、写真じゃなくて動画です」
「いや余計タチ悪いから!」
「俺は、ライブ後に一回たまたま会ったんですけど──そういえばそれ以降わざわざ誘ってないですね」
「え、じゃあつまり」
「「「誰もぼっちちゃんと遊んでない」」」
「お前らもうバンド名変えろよ」
正論である。こやつらどこも結束していないじゃないか。
それにしても伊地知さん、怖いけどやっぱまとも説があるな。さすが虹夏先輩の姉だけある。
「ごごご後藤さん! 遊びに行きましょう!」
「ドコサヘキエン酸、エイコサペンタエン酸」
「戻ってきて!」
喜多さんが壊れた後藤に向かって勇猛果敢に誘いをかける。さすがコミュ強の陽キャだ。
「そうだ! みんなで今から一緒に海に行きましょうよ、江ノ島とか!」
「もう泳げないと思うけど海の家はまだあるはずよ!」
「しらす丼食べよ! それで海見たり!」
「うっ海……?」
後藤を誘うために続けられた文字列たちは──それでいて彼女に対しては追い討ちの言葉だった。
「トロピカルラブ……」
「後藤さん!?」
「……フォーエバー」
「なんでそうなる?」
夏の海とか言う最強の陽キャワードに後藤はセミよりも儚いその命をついに燃やし切った。かく言う俺も。
「ひぃぃぃぃ海、夏、陽キャ、海、夏、陽キャ、海夏陽きゃぁぁぁぁぁあ」
「大倉くんもなんか壊れたんだけど!?」
「なんか2人に追い討ちかけちゃいましたけど」
「んー……よし、また2人が暴走する前に江ノ島に急ごう!!」
・
そうして俺たちは、下北沢駅に向かうと小田急線の藤沢行き快速急行に乗り込んだ。
俺は夏の海への恐怖感から震えが止まらず、後藤は涎を垂らしながら長い瀕死状態が続いていた。
「ここは、ブラックホール……」
「こんなになるなんてよっぽど学校嫌いなんだね」
後藤は宇宙について語り出すとブツブツと呪詛のようなナニカを呟き続けていた。
「校則厳しいとか?」
リョウ先輩はいつも通りに俺と喜多さんに質問した。
「いえ、比較的自由な校風だと思いますけど……文化祭とか盛り上がりますし!」
「え、なんで喜多さん文化祭知ってんの?」
俺たち一年だよね?
「それは、去年受験する前にうちの文化祭行ってみたんですよ〜」
「ぐわぁぁぁぁあああ」
「え、大倉くんどうしたの急に」
喜多ちゃんパワーは台風のように突然やってくる。高校の文化祭に行ける中学生なんてそれだけでもう陽キャなのだ。
自分の学校の文化祭ですらまともに参加できていなかったと言うのに、他所の文化祭に、しかも一回り上の人達がいるところに混ざるだなんてできるはずがありゃしない。
「ちゃんと関わってみると大倉くんとぼっちちゃんが友達になれた理由わかるよね……」
虹夏先輩は呆れ果てた顔をしている。
「似たもの同士」
……リョウさんは相変わらずである。
「私らの学校結構厳しめだから文化祭はお堅い感じなんだよねー」
「そっか……下北沢高校って進学校ですもんね。じゃあ、二人とも頭いいんですね!」
リョウ先輩と虹夏先輩は下北沢高校であり、俺と喜多さんと後藤が通う秀華高校は死ぬほどバカ……と言うわけじゃないが下北沢高校と比べると流石に劣る位置にいた。
「いやぁ〜別に私は普通だし、リョウは……ね?」
「え?」
「この前のテスト全部赤点だったよね」
「うん」
「ぇえ?」
まさかリョウ先輩、こんな顔と性格してお馬鹿キャラなのか……? どちらかと言うと天才肌タイプで何をやってもうまく行く人間だと思っていたから、意外と驚きだ。
というか、全教科赤点なんてギャグ漫画みたいな奴はしっかりと存在するのだな。
「私と同じ高校選んだ理由、家から近いからだもんね」
「そう」
「でも、それじゃあどうやって受験合格したんです?」
「リョウは完全に一夜漬けタイプだからね」
やっぱり天才タイプだった。
一夜漬けで進学校行けるやつは地頭と要領が死ぬほどいいと相場は決まっている。
「まさかリョウ先輩ってミステリアスで思慮深い訳ではなく……」
虹夏先輩はリョウ先輩の頭の上に手を載せると、左右にゆっくりと揺らす。
(カランコロンカランコロン)
すると、電車の揺れと同じリズムで、空っぽの容器に小さいガラス玉を転がしたような頭の悪い音が聞こえてきた。
「いやぁ! 脳みそが小さくて頭の中で転がる音がする〜!」
「この音、新曲で使えるかな?」
「虹夏先輩のドラムと一緒に取り入れられますよ。知らんけど」
喜多さんがリアクション担当に回り虹夏先輩がボケ担当に回ると、ツッコミ不在のカオスな環境になる。なので俺も大人しくボケ側に回ることにした。
いつもは後藤が生きながらボケ続けているわけであり、虹夏先輩がツッコミに回ることが圧倒的に多いのだが、後藤が死んでいる時は虹夏先輩のボケ独壇場であった。
……そう考えるとこのメンバーと後藤は相性がいいのでは?
さすが結束バンド。ボケもバンドも四人揃って上手く回るね! MCは寒いけど!
「やめて! 私のイメージを壊さないでぇ!」
「電車の中ではお静かに」
誰のせいでこうなっていると言うのだ。
「じ、時空が歪む」
「で、ぼっちちゃんには何が見えているの?」
今度は突然後藤がいつもの奇行を始め出した。
ツッコミ不在環境だとぐっちゃぐちゃになるなほんと。
えー、なのでツッコミは私の心の中でさせていただきます。ってなんでやねーんっ!⭐︎
「学校でぼっちなの不思議、こんなに面白いのに」
「虐められてるとかでは無いと思うんですけど、後藤さんが引っ込み思案なのもあってみんな接しづらいと言うか……どう扱っていいか分からないって感じですかね?」
「それは違うよ!」
「大倉くんが急に元気になった!?」
そう、それは違うのだ。
ぼっちの俺にはよくわかる。ぼっち友達、略してぼっ友である後藤が、クラスで俺以外の友達ができない理由が。
「いいですか、こいつはそもそも挙動が変で慣れないと会話のキャッチボールが出来ないんですよ。引っ込み思案も確かにそうですけど、根本的に人付き合いができない人種なんです」
俺はオタク特有の早口言葉で、ぼっちのぼっちによるぼっちのためぼっちの理由を熱弁する。
「あと無駄に可愛いけど変人っぽいから男も近寄れない! 上位カーストの女子もこんな奴入れたら格が下がるから入れないし、下位カーストの奴もこんなの入れたら悪目立ちするから仲間に入れてないんです!」
「大倉くんは本当に後藤さんの友達なの……?」
喜多さんは明らかに引いた顔で俺にそう問うた。
やめてあなたみたいな性格のいい陽キャ美人に引かれるのほんと傷つくから。オタクに優しい陽キャのままでいてくれ……。
「友達だからこそ、同じボッチ仲間だからこそ俺は誰より後藤を理解しているんだ」
「歪な愛の形だよ……」
虹夏先輩もドン引きしていた。
ええい、もういくらでも引け! 歪なのは愛の形じゃなくて俺がひねくれ者だからなんでも歪なだけなんだ!
「それこそ大倉くんはなんで友達いないの?」
虹夏先輩は、心底不思議そうになんの嫌味もなく純粋な視線でそんなことを聞いてきた。
悪意のない攻撃こそ1番の火力が出ることを知らずに。
「い、いやぁ、コミュ障なんで」
俺は大ダメージを喰らいながら、なんとか自虐で受け身を取ることで致命傷で済ませた。どう転んでも死ぬか致命傷なので、名誉の傷みたいなものだ。あれ、涙が出てきちゃう。
「大倉くんは私たちと一緒の時とか後藤さんと一緒の時は雰囲気柔らかいけど、1人の時はなんかすっごい近寄りづらい雰囲気出てるんですよね」
おいそこ。本当にやめてくれ。
それは単純に「俺は一人になってしまったのではなく、選んで一人でいるんだけどなんか文句ある?」という風に周りに見てもらう為の自己保身の結果なのだ。
コミュ障ぼっちと思われたくないから、そのようなスタンスに見せようと頑張って取り繕っているだけなのだ。
その事実を客観的に指摘されるのは非常に恥ずかしいから頼む本当にやめてくれ。
「でも〜、意外と女子人気あるみたいですよ〜?」
「え、マジ?」
「あー、ちょ、ちょっと話盛りました!」
なん……だと?
今の俺の「え、マジ?」って反応ガチ感ありすぎて恥ずかしすぎるではないか。なんと言う公開羞恥プレイ。
しかもそのあと予想以上に食いついたから喜多さんが俺の期待値を下げるべくハードルを下げに行ったではないか。
「大倉くん嬉しそうだね〜」
「リアクションのガチ感がすごい」
立て続けに虹夏先輩とリョウ先輩がイジってきた。ちゃんと俺のリアクションを拾わなくていいだろうが。あーゆーのはスルーしてくれないと俺のミジンコみたいななけなしのプライドがボロボロにる。
「でも、大倉くんの評判聞いてみたら、無口なミステリアス系男子って説も割と……いや、ちょっと、というかほんの少しだけ出てました!」
「よし、夏休み明けからは中身がただのコミュ障ひねくれ野郎だってバレないように生きよう」
段々と数を減らされていった気がするが、俺は気にしないことにした。まるで、冗談で言ったつもりが本人が割と喜んでしまったため収拾がつかなくなってしまったようにも見える。でもやはり、気にしない。
目指すんだ。
モテモテ⭐︎ハイスクールライフを。
「でも確かにぼっちちゃんも大倉くんも顔立ち悪くないもんね。そーゆーところが逆に近寄り難いのかもね」
虹夏先輩に顔立ちを褒められた、だと。
もうそれだけで俺は救われた。江ノ島なんかに行かなくてもいい。十分すぎる。
「大倉が死んでる」
「え、いやなんで!?」
俺は本日2度目の死亡を経て、小田急線に揺られながら町田駅あたりで意識を失った。