中学1年生からの話
うちの名前は市杵島瑞葉(いちきしまみずは)。家は、芸能関係者なら誰でも知っている伝統のある京都の神社だ。小さい頃から神社の仕事を手伝っており、そこには様々な人達が来る。成功を祈る者達、失敗しないように祈る者達、誰かの為に祈る者達。男、女、子ども、老人、沢山の人がうちの神社に集まる。そんなある日のこと、うちの神社に来ている制服を着た女の子が生徒手帳を落としていった。うちと身長がほとんど同じで、金髪の長髪で、緑のリボンを付けていた少女だ。うちは、それを拾い上げ、彼女に渡そうとしたとき、親に声をかけられてしまう。話を終えて彼女を追おうとしたときには、すでに彼女は立ち去っていた。
神社の仕事が終わって部屋に戻り、ゴロゴロと寛いでいると、彼女の落とした生徒手帳のことを思い出す。勝手に見てごめんと思いながら開くと、学生証が挟まっていた。名前は長谷川実(はせがわみのり)。3月1日生まれ。クラスは違う。住所は…結構近い。明日学校で会った時に渡そうと思いながら、それを学生鞄に入れた。
翌日。学校に着いて早速長谷川さんに会いに行こうとしたけど、友人と話をしていて、話しかけようにも話しかけられなかった。次の休み時間にしようと思っても、また誰かと話をしている。またダメかと思いながら教室に帰ろうとすると、彼女達の話が聞こえてくる。
「私とアイドルしない?」
「いや、その遠慮します」
「素人でも大丈夫よ」
「ご、ごめんなさい。他当たってください~」
話を聞いていた彼女達は、長谷川さんを避けるように走り去ってしまった。長谷川さんは溜息をついて、どこかに歩いていった。
私の通っている中学校は、必ず部活に所属しなければならない規則がある。運動部でも、文化部でも、生徒会でも、何か1つ入らないといけない。長谷川さんが言っていたアイドルに関係があるとすれば、謡舞踊部(ようぶようぶ)だろう。この部活は簡単に言うと歌って踊る部活だ。つまりアイドル部とそう変わらない。ただ部員がなんとなくの人達が多く、練習をサボる人達が多い。うちもそこに所属している。入部するときは、長谷川さんもいたのだが、いつの日か来なくなっていた。
彼女は2年生、3年生にもっと真面目に練習しようと発言したことがあるのだが、先輩達はそれを拒否した。長谷川さんは説得をするも、先輩達は全員拒否。同学年の子達にも説得したが、全員なぁなぁにしていた。事実上の拒否だ。うちも拒否した。そこまで本気でやろうとは思えなかったからだ。中途半端に参加して辞めるとか揉めそうだし、神社の仕事を考えると、本気で部活をするのは疲れると判断したからだ。
そんな状況でも、ああやって誰かとアイドルをしようと懸命に声を掛けている姿は、応援したいと思う。思うけど、実際に彼女の為に何かしたかというと何もしていない。ただ、頑張れとしか思っていない。うちは薄情なのかなと思いながら教室に戻った。
放課後になり部室に向かうと、そこには先輩達と同級生がいた。適当に挨拶を済ませ、適当に椅子に座る。先輩達は制服姿のまま、だらけていた。誰も練習する気がない。うちは、その場の雰囲気に流されて、自分もだらける。話をしていると長谷川さんの話になった。今でも1人でアイドルをしないかと勧誘している姿が話題となり、大抵の者は馬鹿にした。
「そんなにアイドルしたけりゃ、稀星学園の芸能化に行けって話よね~」
他の皆もそうだそうだと言っている。稀星学園とは、様々な分野を高水準で学べる学園で、うちが通っている高尾校とはレベルが違う。稀星学園を卒業した人が、現役で活動している人もおり、中学からここに通ってプロを目指す人も大勢いる。
適当に話を切り上げて、部室を出る。あそこにいても、特に楽しいとは思えなかった。違う部活に入ろうかと考えたが、時期はもうすぐ夏休みで、今から入るのも少し気まずい。溜息をつきながら校舎を出る。
神社に頼まれていた買い物をするために、秋葉原に来ていた。秋葉原とは、日本屈指の電気街として知られている。電気製品やIT製品の店舗が数多くあり、ゲームや漫画・アニメなどのサブカルチャーの拠点でもある。そこで、買い物のメモに書かれた呉服店に行って買い物を済ませる。
このまま帰るのも味気ないと思い、適当に街を歩いてみることにした。道にはパフォーマンスを披露している人が大勢いる。楽器を演奏したり、歌を歌ったり、曲芸を見せたり、お笑いをしていたりと。そんな中、見知った人を見つける。
長谷川さんだ
彼女はとても小さな舞台で、ラジカセから音楽を流して歌を歌っている。しかし、誰も彼女を見ていない。誰も彼女のパフォーマンスを見ていない。彼女はそんな状況でも、パフォーマンスを続け、ラジカセの音が途切れると、当たりを見渡し少し落ち込んだ顔をしていた。学生証渡すならここかと思い、彼女に近づく
彼女は近づいてくるうちに気付くと
「…市杵島さん」
「こんにちわ~、長谷川さん。ライブ見ていたで?」
「揶揄いに来たの?」
「そんなつもりないでー? たまたま通りかかっただけや~」
「そう」
彼女はうちと話をしたくないようで、手際よく片付けを始めている
「もう終わりなん?」
「もう暗くなるしね。じゃあね」
「あー、待ってーな。次はいつやるん? 見に行きたいと思ってなぁー?」
「…明日もやるつもり」
「そうなんや~。時間はいつやー?」
「…5時くらい」
「じゃあまた来るでー。それとこれ、落としていたものや」
「! どこにあったの? ずっと探していたんだけど」
「うちの神社や」
「神社…あそこの。え、あそこの人なの?」
「そやで~。お参りしているところもばっちり見てたで~?」
「…届けてくれてありがとう」
「どういたしましてや。ほなまたー」
その日は彼女と別れた。
それから彼女のパフォーマンスを何度も観に行く。うち以外誰も彼女を観ない。時々足を止めて彼女を観る人がいるが、すぐに歩き出してしまう。彼女もそれに気付いていたのだろう。パフォーマンスの途中で表情が崩れるのが見えた。
うち以外に観る人は現れなかった
彼女のパフォーマンスを観るようになってから数か月が経つが、誰も彼女の前に足を止めない
彼女はまたライブをするが、誰も足を止めない
彼女のパフォーマンスを終えるとうちは拍手した。パチパチを小さな音しかしない。うちが拍手しても、他の誰も彼女を拍手しない。こっちを見てすらいない。
定期試験も終えて、そろそろ夏休みに入る。長谷川さん以外にも、学生の人が大勢いるため、競争率が上がる。このままでは今まで以上に人を引き付けるのが難しくなるだろう。それは彼女も把握しているのか、ある日うちに顔を俯かせうちにこう聞いてきた
「私に何が足りないの?」
「…分からん。うちはエエと思うけどなぁ~」
「曖昧な返事はいらないの。本当に何が足りないのか教えて。ここで数か月私のパフォーマンスを見てたでしょ?」
「本当に分からないんよ~」
「…そう。素人にも分からないくらい酷いパフォーマンスなのかな」
彼女の頬に涙が流れる。抑えようとして彼女は目を手で覆うが、頬から流れ、地面に水滴が出来る。鼻水を啜る音も聞こえる。うちは無言でティッシュを渡そうとするが、彼女は受け取らない。無理やり持たせようとすると、力強く腕を振るってきた。
「きゃ!」
うちは尻もちをついてしまう
「ご、ごめん!」
彼女は目に当てていた手を私に伸ばした。その手は、涙と鼻水で濡れている
「あ」
それに気付いた彼女はすぐに手を引っこめようとしたが、うちはすぐに彼女の手を握る
手にぬちょという感触がしたが、それが嫌ではなかった
彼女と向かい合う
目は赤く腫れており、鼻水が足れており、今にも崩れそうに身体を震わせている
「なぁ」
「?」
「夏休み、時間あるか?」
「…ある」
「なら」
うちは彼女の目をはっきりと見て
「うちは長谷川さんのライブ手伝いたいんや。だから、その、夏休み、一緒に活動せえへんか?」
「…遊びじゃないのよ。私は本気で」
「もちろん遊びで長谷川さんの手伝いをするわけじゃないで。本気で長谷川さんの活動を助けたいんや」
「全く人を惹きつけることもできず、誰にも相手にされない私の活動を本気で助けたいの?」
「ここに1人おるで。長谷川さんのパフォーマンスを見て足を止めて拍手をして毎回来て声をかける人。長谷川さんのファン一号や? それでも信じられん?」
「…本当に?」
「本当や。ほな、今日は引き上げるんか?」
「う、うん」
「なら着替えて、その辺でお茶でもしよか。ほら、いくで?」
「わ、分かった」
こうしてうちこと市杵島瑞葉は長谷川実さんの活動を支えるために、これからの予定を考えることにした。
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