日本喰種   作:モッティ

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あんていく

 

 

「──あんていくに行くか」

 

 

 訓練が始まって早一週間が過ぎ、最初は弱音を吐いてばかりだった金木も、少しずつ体の動かし方が身に付いてきた。

 だがやはり元一般人のもやしっ子であるため、習得速度はかなり遅い。

 

 金木曰く、そもそも争いを好まない性格の金木がクインクス化施術を受けたのは、C.C.Gが金木の保護者である叔母にクインクス化施術の対価として与えられる恩恵のことを伝えた結果、金木の恩恵に乗っかろうと画策した叔母が強引に金木をC.C.Gに引っ張ってきたかららしい。

 当然だが、如何に保護者が賛成しているとはいえ、当人の意見を聞かずに施術する訳にはいかない。

 

 叔母抜きで真意を問うた結果、『叔母と離縁させてくれるなら受けます』という半分投げやり半分本気な返答を貰ったC.C.Gは、お安い御用と言わんばかりに叔母と交渉を開始した。

 金と引き換えに離縁することを約束させたC.C.Gは、金木を役所に連れていき離縁届を提出、返す刀で金木を再度勧誘し、覚悟を決めた金木は言われるがまま契約書にサイン、晴れてC.C.Gクインクス職員となった──というのが大まかな流れらしい。

 

 金木は金木で何か事情があるらしく、やる気自体は高かった。

 だが根を詰めすぎても逆効果だ。

 諸々の事情を鑑み、ここは一つ休息を与えるべきかと思い至り、俺は金木に休憩の誘いをかけた。

 

 

「はあ、ッ、はぁ……あん、ていく、ですか、教官」

「おう、親父がやってる喫茶店のことさ。前々から親父がお前を気にかけててな、いい機会だし、コーヒーブレイクも兼ねて顔合わせといこう」

 

 

 休息の申し出に、金木は露骨に笑顔を浮かべ、気絶した。

 緊張の糸が緩んで一気に力が抜けたか。

 動きが良くなってきたとはいえ、腕を飛ばしたのはやりすぎたかもしれん。

 

 赫子による治療を行いながら、俺はあんていくまで金木を担いでいった。

 

 

「いらっしゃい──おいおい、華音」

「紹介するぜ親父、件の金木研少年だ」

 

 

 空いているテーブル席に金木を下ろし、反対の席に座る。

 

 

「また派手にやったな、初っ端から飛ばしすぎたんじゃないか?」

「まさかここまでへなちょことは思いもよらんでな、これでも配慮はしたつもりだが。

 骨は使ってないぞ」

「見ればわかる。

 ……しかし、まずいタイミングで入ってきたな」

 

 

 珍しく額に汗を流して親父は言う。

 

 

「なんだ、誰かお偉いさんでも来てんのか?」

「偉いと云えば偉い、我々の家族内のヒエラルキーの中で言えばね」

「……まずい、今日だったか、急いで金木連れて──」

「──オヤジ!!」

 

 

 背後からの強襲に急いで立ち上がり、両腕を目一杯広げて叫んだ。

 横たわる金木を遮るように。

 

 

愛音(アイネ)!」

「オーヤージー!」

 

 

 満面の笑みで飛んでくる愛娘を、熱い抱擁で迎える。

 親父の言った通り、まずいタイミングだった。

 もうすぐテストがあっからヒナミをあんていくに連れてって一緒に勉強すんだ!──そんなことを愛音が言っていたのを思い出し、俺は冷や汗を抑えながら、しかし平静を装って愛娘に笑いかけた。

 

 

「何だよオヤジ! 今日早く帰んならそう言ってくれりゃ良いのに! 

 オレとヒナミのテスト勉強手伝ってくれよ!」

「いやあ、本当はまだ仕事中なんだ、今も親父に用があって来ただけでな、すぐに戻るんだ」

「……んだよ、つれねーな」

 

 

 不満げな表情で地面に降り立つ愛音。

 その目は俺の首筋を見つめ、次いで親父の額を見つめ、最後に女性店員の目を見た。

 スン、と鼻から息を吸い、据わった目で俺を見た。

 

 

「オヤジから、オヤジ以外の血の匂いがする。

 ジイちゃんは困ってる時の汗の匂い。

 で、トーカはさっきからオヤジの後ろの方を見てる。

 ……オヤジ、誰隠してんだ?」

「お前の勘の良さは愛支そっくりだな……」

 

 

 付き合いでキャバクラ行ったのを見破った愛支と同じ目をしている。

 鼻の良さと顔の良さは愛支譲りだ。

 

 

「まあ、あれだ、俺の部下みたいな奴でな、美味いコーヒーが飲みたいってんで、連れてきてやったんだよ」

「オヤジさっきジイちゃんに用があるっつったろ」

「愛音や、華音も仕事なのだからお前もそんなに怒らずに」

「ジイちゃんは黙ってて。

 オレは今オヤジと話してる」

「はい」

 

 

 へこたれてんじゃねぇぞ親父! 

 俺をぶん殴って矯正してた威厳ある親父はどこに消えた! 

 

 

「分かってきたぜ、オヤジの影に隠れてんのは、オレとオヤジの時間を奪ってるカネキケンってヤローだな? 

 どけよオヤジ、そんなにカネキを強くしたいってんならオレが代わりにキョーイクしてやっからさ」

「駄目だ、お前が出張ると碌なことにならねぇ」

「何でだよ! オレに信用がないって言いたいのか!」

「小学校入学式から速攻上級生ボコった奴の信用なんか地に落ちてんだよ、俺が親御さん連中にどんだけ頭下げて回ったと思ってるんだ」

「どいつもこいつもオヤジの舎弟共なんだから良いだろうがよ!」

「面子を潰されるこっちの身にもなれ! 

 ったく、いい加減お前のその暴力性も治さなきゃならねぇな、誰に似たんだか」

「入学式で全生徒を締め上げたお前の遺伝だな」

「親父は黙ってろ」

「ジイちゃんは黙ってて」

「はい」

「……あの、教官」

 

 

 まずい、声からしてカネキが目を覚ましたようだ。

 俺の娘である愛音は、金木研という男に対して強い嫉妬と怒りを向けている。

 こいつからすれば、本来なら出張を終えて実家で自分と遊んでくれる筈だった父親を金木に奪われたという思いらしく、遅くに帰る俺に、いつも不満げに抗議してくるのだ。

 

 娘に好かれてるってのは父親としてはめちゃくちゃ嬉しいが、愛音の性格からして、金木に暴力を振るうのは間違いない。

 更に困ったことに、こいつには力がありやがる。

 末は両親を超えるだろうとまで噂される素質を持つこいつなら、今の金木程度、ものの一分で達磨さんにしてしまうだろう。

 腕を飛ばすくらいなら俺もやるが、死にかねない状況にまで追い込むことはない。

 だがこいつはやる。

 なんなら最悪殺してしまう。

 それはまずい。

 

 

「おう、テメーがカネキケンだな?」

「え、ああ、うん。

 ……教官、この女の子が教官の娘さんの?」

「そうだ、愛音ってんだ。

 近寄るなよ、腕を飛ばされても知らんぞ」

「そんな……ていうか、教官も僕の腕飛ばしてるじゃないですか、今更ですよ」

「あ、おい!」

 

 

 金木は愛音の目の前でしゃがみ、愛音の顔を覗き込むように見た。

 

 

「初めまして、愛音ちゃん」

「……なにガンつけてんだ、殺すぞ」

「別に睨んでるわけじゃないよ。

 愛音ちゃんは、寂しいんでしょ?」

「はあ? はああ!? 

 別に寂しくなんかねーよ!」

「嘘だ、お父さんに自分だけを見てもらいたいんでしょ? 

 教官からはいつも娘自慢をされてるからね、君がどれだけ愛されてるかは分かるつもりだ。

 羨ましいよ、家族から愛してもらえて」

 

 

 金木は、早くに父を亡くし、C.C.Gの内々の調査によれば、母親からの家庭内暴力を受けていた可能性も示唆されていた。

 恐らく金木の発言は本心だ。

 だからこそ、鼻の良い愛音も何も言えなくなっていた。

 

 

「ごめんね、君のお父さんが僕に付きっきりなのは、僕が弱くて未熟なせいだ。

 一人前になるまでは、ずっと君に寂しい思いをさせることになるかもしれない。

 けど、約束する。一刻も早く力をつけるよ。

 君に寂しい思いをさせないように」

 

 

 どこか影のある、しかし確かな微笑みを見た愛音は、赤みがかった顔になって俯いた。

 

 

「あ……う、うん。

 少し……うん、少しだけなら、待ってやるよ」

「ありがとう、愛音ちゃん」

 

 

 今度は暖かく笑った金木に照れ笑いした愛音は、従業員の休憩室につながる階段へと駆けていき、寸前で止まって振り向いた。

 

 

「オヤジ! 条件だ! 

 カネキに時間とるのを許すから、これから毎日カネキをあんていくに連れて来ること! 

 絶対な!」

 

 

 一段飛ばしで駆けていった愛音。

 愛音、愛音……え? 何あの照れ顔。

 オヤジと結婚するって言ってた時とおんなじ照れ笑いしてたけど? 

 え? 惚れた? 初恋? このヒョロヒョロへなちょこ軟弱野郎に? 

 許さんぞ? 

 お父さん許さんぞ? 

 

 

「分かるよ華音、私も通った道だ。

 だが恋する乙女は例え金等喰種でも止められないものだ、愛支の愛を受けたお前なら分かるだろう?」

「止めるなら力づくになるぞ親父殿、まだ棺桶には入りたく無かろう」

「やはりお前は私の息子だよ……やれやれ、氏よりも育ちとはよく言ったものだ」

「あの、2人とも、どうしたんですか……?」

 

 

 こうして、不本意だが、全くの不本意ではあるが、俺たちは最大の山場を乗り越えたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「なるほど、つまり金木君は、本来ならば人と争うことには不得手なわけだね。

 C.C.Gにも困ったものだ」

 

 

 テーブルに座る俺と金木に、調理場から親父が声をかける。

 今は談笑や近況報告の途中、話題が金木の事情に移ったところだった。

 親父は苦笑いを浮かべて天井を見やる。

 俺は合わせるように口を開いた。

 

 

「強引だとは俺も思うが、渡来喰種の侵入に対抗するには人手が足りんからな。

 しかし嘉納先生も、そう言う事情なら言ってくれりゃよかったのにな」

「恐らく嘉納教授も知らされていなかったのだろう。

 クインクス化施術に関しては既にマスコミも報道しているからね。祝すべきクインクス化施術成功者第一号が施術を強制された被害者とあっては、一大スキャンダルになる。そうなれば与党の政権支持率にも響くだろうし、C.C.Gの責任問題として追及を受けるのは確定だ。

 金木君、君が受けた契約書には、その情報について他言しないという項目も含まれていたのではないかな?」

「あ……すいません、多分、そうだと思います」

「契約書は細部まで丁寧に確認することだ、このことがバレれば君の立場は悪くなる、以降は控えるようにね」

「はい」

 

 

 縮こまる金木に微笑みを溢す親父。

 その目は出来の悪い息子に向けるようでもあり、教師が教え子に向けるようでもあった。

 親父に拾われてすぐの頃は、俺もこんな目をされたものだ。

 尤も、すぐに目線は頑固親父のそれへと変わったが。

 

 

「しかし、聞くところによれば金木君は中々に有望だそうじゃないか」

「いや、むしろ悪いと思いますよ、一週間たっても、教官に指一本触れられていません」

「体術はこれから学んでいけばいい、私が言っているのは赫子のことだよ。

 君の鱗赫はとても高い攻撃力を備えているようだ」

「え?

 僕、初日に教官の赫子にかすり傷程度で押し返されちゃったんですよ?」

「それがすごいことなんだ、華音の甲赫の硬さは他の追随を許さない。

 相性が良い羽赫だろうと悪い鱗赫だろうと、生半可な攻撃では傷一つつかない。

 掠り傷だけでも快挙と言える、まして喰種初心者の元人間が借り物の赫子を使った結果であればね。

 ……赫胞提供者はどんな人物だったのだろうか」

「そこんとこだが、嘉納先生もよくは知らないそうだ。

 上から渡来喰種の赫胞だと言われて用意されていた赫胞を、そのまま使ったらしいぜ。

 他の情報源も使ったが結果は同じだ、身元不明の渡来喰種に行き当たる。

 素性の知れん赫胞使うくらいなら、親父の赫胞使ったほうが確実なのにな。宣伝効果も高かろうに」

 

 

 上の考えることは分からん──俺と親父の共鳴した声が喫茶店に響いた。

 金木は眉を寄せてそれに続く。

 

 

「あの、多分、元の赫子の持ち主は日本喰種だったか、もしくは日本語が堪能な東アジア系の渡来喰種の、女性だったのだと思います。

 時々夢に出てくるんです。

 自由になりたい、幸せになりたいって、日本語で語りかけてくるんですよ」

「……赫胞から残留思念でも流入したってのか?

 専門外だから分からんが、人間が臓器提供を受けると元の臓器の持ち主の性格に寄っていくって話は眉唾だって聞いたことがあるんだが」

「私もそう思う。だが、後天的な喰種ともなれば話は変わってくるのかもしれないよ。赫子の形態と精神には深い関わりがあるとされるからね。

 もし気になるようなら、嘉納教授に相談すると良い」

「はい、そうしてみます」

 

 

 悩みを粗方吐き出してスッキリしたと見える金木は、息をついて珈琲に口をつけた。

 砂糖とミルク多め──クインクスとなって赫子が使えるようになったとはいえ、赫胞を特殊なフレーム構造によって覆うことで完全な喰種のように味覚が変化することはなく、金木は人間の頃のように珈琲の注文をしていた。

 羨ましいもんだ。

 一度でいいから、俺もまともに人間の食事をしてみたい。

 

 

「コーヒーのおかわり、いかがですか?」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 金木の珈琲が無くなった直後に、女性店員は素早く声をかけた。

 再び満たされていく茶色がかった黒の液体を、金木は美味そうに啜り、不意に親父に声をかけた。

 

 

「……彼女も喰種ですか?」

「そうだ、霧島董香ちゃんと言ってね、この喫茶店の看板娘だよ」

「煽てても何も出ませんよ、店長」

 

 

 董香ちゃんは口に手を当てて笑う。

 この子は甲冑型クインケ量産の立役者である霧島新さんの娘であり、現在居住区内の高校に通っている。

 基本的に各居住区内には小・中・高等学校は必ず一つは開設されている。

 居住区設立当時は無かったものだが、金等喰種第一号である親父の説得と、喰種への思想教育が重要視されていく中で開設されたものだ。喰種に金を使い過ぎるなと反発の声もあったそうだが、親父たちや先人の貢献もあって最終的には認められた。

 人間と同様、全ての喰種は学校に通うことが義務づけられている。

 卒業後はC.C.Gに入るか居住区内で働くかが選べ、後者を選んだ者は高校に通うかどうかが選べる。

 だがやはり金はかかってしまうもので、居住区内の少ない稼ぎでは到底賄えないため、大体の生徒は親がC.C.G職員だ。

 

 C.C.Gに入らなければ──家族の未来を考えればそう思うのは当然だ。

 それはC.C.Gが仕組んでいることでもある。

 思想教育に散々浸かり、渡来喰種への差別意識と侵略への危機意識が高まっている日本喰種に、金バッジという餌をちらつかせ、C.C.Gへ誘う。

 霧島家はそんな差別意識を持たない数少ない家だ。

 だからこそ、董香ちゃんのような心優しい子供を育てられるって訳だな。

 弟の方はヤンチャで困るが。

 

 

 そんなことはさておき、俺はどうも金木研という男が女を寄せる誘蛾灯のように思えてならない。

 この野郎、この期に及んで董香ちゃんにまで目をつけてやがる。

 

 

「おい、てめえ、愛音を誑かしてその舌の根も乾かねぇうちに、今度は董香ちゃんまで毒牙にかけようってのか?」

「これはこれは、金木君は恋多き男なのだね。

 だが2人を泣かせるようなことがあれば、私は実力行使も吝かではないが?」

「え、あの、何で2人とも赫眼が出てるんです……ていうか別に、可愛いなって思っただけで──あ」

 

 

 ほれみろ、言わんこっちゃない。

 あーあー、董香ちゃん、すっかり顔赤くしちゃってまあ。

 新さんには見せらんねぇなあ……。

 

 

「か、かわいいって、あ、すみません、あまり言われ慣れてなくて」

「そんな、すごく可愛らしいですよ、ホントに」

「……ふふ、ありがとうございます、金木さん」

「決めたぜ親父、俺はもう金輪際金木をあんていくには連れて来ねぇ」

「ベストな選択だ。

 うちのお姫様は烈火の如く怒るだろうが」

 

 

 後日、愛娘から『キライになるよ?』という殺し文句をいただきヤケクソになった俺と親父は、何とか修羅場だけは起きませんようにと祈りつつ、金木をあんていくへと迎え入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渡来喰種集団『赤舌連』襲撃に伴い、俺の率いる『赤備え』とともに金木が出陣するのは、その1ヶ月後となる。

 

 

 

 

 




金等喰種→金バッジ喰種
銀等喰種→銀バッジ喰種
銅等喰種→銅バッジ喰種
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