「──ハァッ!」
「重心が後ろに寄ってるぞ、蹴り足の反対の足でしっかり踏ん張れ」
スタミナが切れるまでノンストップで続く金木の攻勢を、その場で改善点を言いながら避けていく。
いつもの訓練、いつもの風景だ。
最近は打撃が良くなってきて、たまに命中する時もある。
こいつは体術の才能もあったようだ。
普通は初回である程度は分かるもんだが……こいつは上限を超えて成長してやがる。
面白れー奴だ。
「単細胞はすぐ死ぬぞ」
それはそれとして戦術が単調だ。
4本に増えた金木の赫子の刺突を躱し、ハイキックで2本、手刀で2本切り落とす。
赫子の本数を増やそうと考えるのは、新人にありがちな発想だ。
格下相手なら通用しても、同格や格上相手には悪手だ。
連発してもすぐに対処されて、結果スタミナ切れを誘発する恐れがある。
赫子のゴリ押しができるのは、赫胞の数が多いやつに限る。
「赫子を増やしすぎるな。
自分の動きを把握できないなら1本か2本に絞ったほうが効果的だ。
太く長くできる」
目で頷いた金木は、1本に絞って太くした赫子をもう一本の腕のようにして格闘戦を挑んできた。
手数の多さに体術を合わせた喰種の格闘スタイルで、金木は逃げ回る俺を追い詰めていく。
「頃合いだな」
俺も合わせるように赫子を出した。
両腕に纏わせ、棍棒のようにしたそれを、金木の身体中にマシンガンのように撃ち続けていく。
金木の顔に驚きの色が露わになる。
いつもの訓練では、俺が治療以外で赫子を出すことは無かったからだ。
「オラァッ!」
トドメの一撃を鳩尾にぶち込まれ、金木は腹を抱えつつも後退する。
今にも吐きそうになり、足にガタが来ても、赫子を出したまま臨戦態勢を取り続ける。
「良くできたじゃねぇか。
今の感覚を忘れるなよ、帰り道でも風呂の中でも飯食っててもシコってても夢の中でも反復して思考しろ。
それがお前の糧になる」
「うっぷ、了解、です」
訓練の終わりを告げ、2人で居住区へと向かう。
今日の訓練は午前中のみで、午後は喰種居住区を見学する予定になっていた。
愛音も同行したがっていたのだが、学校終わりにお袋の見舞いに区外の病院に行くことになっていたので、今日はいない。
憂那のお袋も、最近は病気がちで長く顔を見てないな。
……今度見舞いに行ってやるか。
「あんていくは居住区東側ゲートの目の前にあるから、居住区の中は詳しくみたこと無かっただろ?」
「はい。
今日はよろしくお願いします」
「つっても、特に見どころもない街だがな」
平日の大通りを進んでいく2人。
まず居住区に車が通っていることから驚いている金木に呆れつつも、俺は各所施設を案内していった。
「ここが小学校で、隣が中学校。
少し離れて向こう側にあるのが高校だ」
「体育館が大きいですね」
「赫子の制御も授業に含まれてるからな、傷つかないように防護性能は高いぜ」
「教官、見間違いかもしれないんですけど、あの国旗大きくないですか?」
「学校ならあんなもんだろ」
「こっちはベッドタウン、皆大抵はここに住んでる」
「学校にも飾ってありましたけど、ここにも日の丸が……しかも旭日旗の方が多い」
「ここが配給施設。
半月に一回肉を受け取りにここに来る。
昔は量が少なかったが、今では十分な量の肉が供給される。
飯を食わねぇと力も出せないからな」
「日の丸……まあここは政府施設だし」
「居住区の中はそこまで外と変わるもんでもない。
飲食店がないだけでな。
床屋も本屋も雑貨屋も家電屋も、居住区内で働く人間用の施設だってある」
「……あの、教官」
「大体察したが一応聞いてやる。
何だ?」
「今日祝日じゃ無いですよね?
何であんなに国旗が掲げてあるんですか?」
「そりゃお前、洗脳だよ。
思考誘導って言った方が正しいがな」
「……え?」
日の丸、日の丸、たまに旭日旗……紅白だらけの街を眺めながら言う。
「日本喰種は学校で思想教育を受けて育つ。
日本に生まれ、日本に生き、日本の為に死ぬ──そんな糞みてぇな定義のせいでな。
そのせいで、この街は……というよりか、全国の居住区ではみーんな右に寄ってんだ、思想がな。
親父はどっちかっつーとリベラルだから、その影響でこの居住区はまだ暴走はしてない。
……そうだ、一応注意だけはしておくか」
俺は金木の顔をまっすぐ見た。
「いいか金木、人間の世界と喰種の世界が違うのは言うまでもなく承知してんだろうが、最も際立った違いを挙げるとするなら、排外主義の根強さだ」
「排外主義……ですか。
しかし、僕の見た限りでは、喰種の皆さんは皆人間の人達と変わらず話してますよね?」
「人と喰種の間の話じゃねぇ、『外』と『内』の話だ。
人間社会では違うが、喰種社会では外国的な特徴を持つ奴を酷く嫌う。
外見、文化、宗教、言語、価値観……これらの中で所謂『日本』的でないと判断されるものを、日本喰種は蛇蝎のごとく嫌う。
レイシズム的で、極右思想が蔓延ってんのさ。
特に、髪色なんかは分かりやすいから、俺も子供のころは苦労したもんさ」
「え、それ地毛だったんですか?」
「おう、生みの親が渡来喰種だったみたいでな。
親が殺されてベソかいてるのを親父に拾ってもらって、大きくなるまでは親父と親父の部下が傍に付きっ切りでよ」
「そうだったんですか……それは大変でしたね」
「全くだ、やり返そうにも見張られてるから出来なくてな、夜中こっそり襲撃して、それがバレて親父に大目玉食らったもんだ」
「ああ、だいぶ逞しかったんですね……」
俺は鼻を鳴らしてボヤく。
「それでも、今よりかは昔の方が緩かったんだ。
近頃は過激思想が蔓延してるし、ヤバいところだと日本語が上手く喋れない時点で村八分にされたり、なんてこともある。
親父が上から押さえつけてこれなんだ、親父のいない居住区なんか……目も当てられん。
親父に拾って貰えなかったらと思うと、今でも怖くなることがある。
……さ、次はC.C.Gだ」
案内の最後、俺たちはC.C.G居住区支部へと足を運んだ。
喰種職員の黒コートに身を包んだ警備員が守る入り口に入ると、警備員が一斉に声を張り上げた。
「お疲れ様です、華音さん!」
「よお万丈、元気か?」
「はい、華音さん……そいつが、例の?」
「クインクスの金木研だ。
金木、こいつはここの職員で万丈数壱ってんだ」
「初めまして、万丈さん」
「おう、よろしくな」
職員たちと簡単な顔合わせをして中に入る。
「あら華音さん、お疲れ様です」
「お疲れさん、微さん」
受付や事務方とも挨拶し、俺たちは廊下を進んでいく。
「微さんも元気になってよかった。
左腕飛ばされた時はどうなるかと思ったが」
「お知り合いですか?」
「家族ぐるみでな。
渡来喰種に殺されそうになってるのをうちの嫁が助けて以来、家族ぐるみの付き合いだ。
微さん、うちの嫁を妹みたいに可愛がっててな、夫の呉緒さんに嫉妬されるくらいさ。
本局にも事務仕事なんか溢れてんのに、俺たち日本喰種に恩を返したいってんで、わざわざ居住区支部にまで来てくれてんだ。
新人の指導もやってくれるから、ありがたい話さ」
勲章や賞状が飾られる部屋に着き、俺たちは腰を下ろして休憩した。
記念写真を眺めながら、缶コーヒーを啜る。
「これは金等捜査官の山田さんで、肩組んでるのは特等捜査官の篠原さんだ」
「仲が良さそうですね、こっちにも肩組んでる写真がありますよ」
「昔は山田さんの方がバチバチでよく突っかかってたそうだがな、命を救われたのをきっかけに無二の親友になったんだと。
篠原さんの愛刀『オニヤマダ』も、山田さんの赫胞で作ったクインケさ。
人間だろうと喰種だろうと、死線を越えれば戦友だ」
無言になり、部屋が静寂に包まれる。
微笑みながら、金木が口を開いた。
「人と喰種は分かり合えるんですよね。
正直、ここに来るまでは喰種のことはあまりよく知らなかったんです……その、やっぱり自分たちとは違う存在なんだって思ってて。
でも違った。
人も喰種も変わらない。
ただ、ここに生きているだけなんだ」
最後の一言がやけに胸に刺さって、俺は暫く目を閉じた。
やがて、思い出したようにあるセリフを呟いた。
「この世界は間違っている」
「え?」
「新人捜査官に言われた台詞さ。
そいつは孤児院で育ったんだが、そこの神父が渡来喰種でな。歪んだ幼少期を過ごしたらしい。
そのセリフの後にこう続いたよ、この世界を歪めているのは喰種だってな」
亜門鋼太郎。
人間の新人捜査官の中でも高い戦闘力を持つその男は、喰種に育てられた。
詳しい事情は知らないが、愉快な話じゃ無いことは確かだ。
渡来喰種だけでなく、喰種全体に対して蟠りを持っているその男の、絞り出したような言葉からは、複雑な感情が読み取れた。
だからといって、言われっぱなしで終わるような俺ではなかった。
「俺はこう返してやった。
正しい世界とは何だ、ってな」
「もしも喰種がいない世界の方が正しいとして、その世界は今よりも美しく素晴らしい世界になるか?
争いは無くなるか?
貧困は無くなるか?
答は否だ。
人間が人間である限り、問題は付きまとう。
こんな世界だのあんな世界だの、どれが正しいなんて誰にも分りゃしねぇ」
俺は笑いながら金木に言った。
「大事なことを教えるぜ。
捜査官の本分を忘れるな。
渡来喰種を牢屋にぶち込む。
抵抗するなら皆殺し。
これだけ分かっていればいい。
考えすぎて怖くなりゃ、マスかいて寝りゃ解決だ。
単純明快──気楽に行こうぜ、金木」
「──はい!」
随分と打ち解けられたもんだ。
こいつ、意外と可愛いとこあるし、根性もあるし……まあ、もうちっと強くなりゃ赤備えに入れてやってもいいかもな。
愛音は絶対にやらないが。
「大将」
金木をゲートまで見送った俺は、背後からの声に振り向いた。
黒コートに赤い刀の描かれた腕章を付けた少年が、夕日を背に立っていた。
「絢都」
「随分仲がよろしいんですね」
「それがどうした」
「まさか、身内のコネで赤備えに入れるつもりじゃないよな、と思いまして」
赫眼を露わにし、歯を剥き出して笑う。
「てめぇ、随分と偉そうな口をきくようになったじゃねぇか、絢都よぉ?」
「お怒りは承知してますが、赤備えは雑魚に入れるような甘い部隊じゃない。
身の程を知らない雑魚は、洗礼を受けるべきかと愚考する次第です」
「……雑魚、ねぇ」
笑みを深くした俺は、絢都の肩に手を置き、耳元で囁いた。
「そこまで言うなら確かめてみろや。
ただし半殺しに留めろよ、北関東がきな臭いからな」
「……赤舌連ですか。
分かりました、善処しましょう」
路地裏の闇に消えた絢都を見やり、煙草を蒸す。
「死ぬ前に止めてやるかあ……」
加減を知らないヤンチャ坊主が言いつけを守るとも思えず、俺はそう呟くのだった。