貞操観念逆転世界の赤龍帝   作:グレンデル先生

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塔城小猫の場合

 塔城小猫は恋愛ごとに余り興味を示さない。

 寡黙な性格がそうさせるのか、気まぐれな性質が影響しているのか、あるいは未発達気味な体型がそこまでの情緒に至らせない為か。

 とにかく、彼女は花より団子。利のない色より、味蕾とお腹を満たしてくれるお菓子の方が優先順位は高かった。

 しかし、そんなお子様な彼女にもようやく春が到来したようで、日に日に思考の割合がお菓子から“彼”に偏り始めている。

 

「イッセー……先輩」

 

 切なげな声には、意中の人の名前。

 兵藤一誠────彼の名前を呟くだけで身が火照り、情動が湧き上がってしまう。

 つい最近まで興味すらなかった自家発電は、覚えたての猿のように繰り返し盛り、その間に自分でもどうかと思う程の媚びた牝の声を漏らす。

 酷い時は、一日中盛りに盛って翌日寝不足になるレベルだ。

 意中の彼を想いながらの独楽はそこまで快楽的で、興奮の坩堝から抜け出せない程のものだった。

 ────嗚呼、私……卑しい牝猫になってます、という独白を零す程度には。

 

 そんな内なる性を開花させた出来事を、小猫は発情の真っ只中、巻き戻されるビデオテープのように回顧する。

 

◇◇◇◇

 

 今日は厄日だ。そう呪いたくなる程に現在の状況はすこぶる良くなかった。

 巷で話題となっていたクレープ屋に並んでいた時、突然男が割って入ってきたのだ。

 おそらく小猫の体格が小さかったが故に暴挙に出たのだろう。

 しかし花より団子の小猫にとって、この横暴は到底許せるものではなく、割り込みをした男に対してハッキリと苦言を呈した。

 

「ルールは守ってください。それが人として最低限のマナーです」

 

 棘のある諫言。

 だが、列に問答無用で割り込むような男だ。その言葉で機嫌が一気に悪くなり、苛立ちを含んだ声音で捲し立てる。

 

「はぁ? 君ねぇ、男性に列を譲るのもマナーなんだよ? その貧相な体に栄養が行き渡っていないと思ったら、頭にまで回っていないみたいだね」

「そういう事は関係ありませんし、男尊女卑なんて今時時代遅れです。後、他人の身体的特徴をあげて扱き下ろすのは人としてどうかと思います」

 

 逆ギレに対し淡々と返す小猫。

 どちらも譲る気はなく、口論はドンドン激化の一歩辿っていく。この光景は、マイクを武器として用いてラップバトルを繰り広げる某アニメを連想させる。(ただしラップはしない)

 並んでいた他の顧客も少し距離を取り、関わらないように遠巻きにする。

 

(嗚呼、面倒だ。こういう手合いは、こちらが何を言っても呑み込まない……暖簾に腕押しの、かつての主を彷彿とさせます)

 

 言い合いはしつつ、思考は極めて冷静に、冷酷に男にそのような評価をくだす。

 小猫にとっては最低最悪に値する評価であり、口論に発展したからには絶対に言い負かされたくない類いの相手。

 故に口撃の手を止めない。楽しみにしていたクレープ屋に割り込んだばかりか、こちらに失礼な言葉を投げかけたのだから、相応の報いを受けてもらわなければならない。

 そうして口論は続けられる。しかし、ややヒステリー気味で沸点の低い男は頭に血が上り、遂には手を上げた。

 

「あーもう、うるさいんだよ」

 

 という言葉と共に男は小猫を突き飛ばす。

 別に容易に避けられた挙動。けれども相手は非力な一般人且つ男性だ。敢えて受けた方が騒ぎになりにくいだろう。

 そんな考えのもと、わざと突き飛ばされてやる小猫……だが、後ろへ倒れる事はなかった。

 

「おい、アンタ」

 

 誰かに体を支えられている。

 悪いものから庇うように手を添えられている。

 

「聞いてる限りじゃアンタが間違ってるだろ?」

 

 どこか包容力さえ感じるこれに対し、一体誰なんだろうと僅かに視線を後ろにやれば、そこには駒王学園の制服に身を包む男子生徒の姿────一誠の姿が。

 まっすぐと対峙している男を見据え、怒りを含ませた声をあげている。

 

「なんだ君は。いきなり出てきて、関係ないだろ」

「ああ無関係な通行人だがよ、俺もこのクレープ屋に用があったんで来てみれば……なあ、アンタ皆んなの迷惑になってる自覚はないのかよ?」

「────」

 

 声を詰まらせる男。

 小猫には強く出れていたのに、援護するように現れた一誠には口をくぐもらせるだけ。典型的な異性に強く、同性には弱い男尊女卑思想持ちの人物であった。

 周囲を見渡せば、遠巻きにしているものの非難的な視線を向けている民衆。

 男女問わずの針のむしろに居心地が悪くなった男は舌打ちしながらこの場を去った。

 

「あ、あの……」

 

 一連の騒動が終結したところで、未だ体を支えられていた小猫はオズオズといった感じで声をかける。

 

「助けてくれてありがとうございました」

「いいって。ああいうの見ててイラっときたし、何より君みたいに可愛い娘をほっとけなくてな」

「か、可愛い……ですか?」

「おう! 可愛いぞ!」

「あ、ありがとうございます。そんな事を男性の方に言われたのは生まれて初めてです」

 

 同性から愛らしいという評価は何度も聞いたが、異性からの初めての賛辞にドキッとする。

 何だろうか、彼の言葉を聞いて体が徐々に熱くなっていく気がした。

 

「さ、買おうぜ。君もクレープを食べに来たんだろ?」

「はい。あ、そういえばお名前……」

「名前か? 俺は兵藤一誠。駒王学園二年生だ」

「兵藤……先輩。わ、私は搭城小猫と申します。駒王学園一年です」

「という事は後輩か! よろしくな小猫ちゃん! ああ、俺の事は苗字じゃなくてイッセーって呼んでくれると嬉しいな」

「な、名前ですか……分かりました。よろしくお願いします、イッセー先輩」

 

×

 

 公園のベンチで購入したクレープを二人は味わっていた。

 一誠はメイプルバターで、小猫はチョコレートである。

 

「美味いな。噂通りだ」

「はい、美味しいです」

 

 味蕾から感じ取れる確かな甘味。お菓子好きな小猫は花丸をあげたいくらいの評価だ。

 クレープを頬張りながら、ふと一誠を見やる。厳密には彼が食べているクレープと、無意識に目が行ってしまう口元。

 

「もしかして、食べたい?」

 

 彼女の視線に気づいた一誠は、何となく訊いた。

 

「ふぇ!? いえ、あの……」

 

 いつも冷静な彼女らしからぬ動揺。

 欲を言えばめちゃくちゃ食べたい。別味を試食するという意味でも……別の意味でもだ。

 しかし、それを自分から告げるのははしたないし、いくら食べたいと聞かれても素直に頷いたら卑しい女と思われるかもしれない。

 

(あれ?)

 

 そこで小猫は、疑問を覚えた。

 どうして彼から評価を気にしているのだろうか?

 食べたいなら食べる。そう素直になって齧り付くのが塔城小猫であった筈なのに。

 異性の目など気にも留めなかった筈の、彼女の心からの疑問。

 けれどもそこに────。

 

「はい、どうぞ」

 

 考える暇すら与えない。一誠から差し出されたクレープに小猫は硬直する。

 

「い、いいんですか?」

「いいっていいって。あ、その代わり、小猫ちゃんのも一口くれよな?」

「も、もちろんです!」

 

 まあいいや、と先程までの思考を脳の片隅に追いやり、交換条件にあっさりと食いつく。

 

「で、でも、ここは礼儀としてイッセー先輩からどうぞ」

「別にそんな事しなくてもいいのに、ありがとうな。じゃあ失礼して……あーん、んぐ、美味い。チョコレートもいけるな」

 

 ゾクリ、と一誠が自分のクレープを齧った瞬間身震いする。

 

「じゃ、次は小猫ちゃんな」

 

 目の前に差し出される異性からの、()()からのクレープ。

 ドクンドクンと心臓の鼓動が忙しなく鳴り、全身の血管の脈拍が早くなっていくのが分かる。

 今までにない高揚感。おそらく、自身の顔は真っ赤になっているだろうと、おかしな分析をしてしまうくらいには冷静さを欠いている。

 けれども、今はそんな事どうでもいい。

 今大事なのは、この一期一会とも言えるシチュエーションに、全力で向き合わなければならない事だけなのだから。

 

「あ、あーん」

 

 一口、齧り付く────瞬間、小猫の全身に電撃が走った。

 嗚呼、ダメだ。これは劇薬過ぎる……悪魔以前に、猫又としての牝の部分が反応してしまう。

 一瞬にしてジワリと()の部位が湿り気を帯び、絶頂さながらの痙攣に見舞われる。

 

「え、小猫ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

 

 心配そうに声をかけてくれる彼。

 そんな姿勢が嬉しくて、一誠の尊顔を見ようと目を向ければ……どこか照れているような様子に小猫は再度()を熱くさせる。

 分かってしまった。悟ってしまった。理解してしまった────この人こそが、己の番なのだと。

 冒頭の厄日という言葉は撤回しよう。今日は小猫のとって吉日であり、自身の運命と出会えた記念すべき日であると。

 

 ────絶対に逃しません。いっぱい営んで、たくさん家宝を作りましょうね♡




塔城小猫
目覚めてしまった牝猫。卑しい猫。自身の体型と、後輩という肩書きを利用して番と定めた一誠に迫る卑しか女ばい。
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