木場祐斗は復讐者である。
何としてでも成し遂げなければならない使命があり、今は亡き同胞たちの無念を晴らさなければ生きている意味がない。
そんな怨讐に憑かれた
青春の謳歌なぞ必要はなく、恋愛にうつつを抜かす余裕なぞ殊更ないだろう。
そこまでの覚悟と誓い、そして復讐の願いをもって彼女は悪魔に転生したのだ。
けれども、最近そんな彼女を惑わせる要素が現れてしまった。
ただの同学年の少年で、同級生であっても同じクラスの生徒ですらない彼。
しかれども、偶然出会ってしまった事で彼女は乱されてしまう。
只々話すだけで、一緒の空間にいるだけで、距離が近いだけでも心地よくて復讐心を忘れてしまいそうになる。
ダメなのに、誓った筈なのに、仇討ちよりも彼と共にありたいという想いが上に来て、優先順位を塗り替えられるような気が……そんな錯覚に陥ってしまう。
でも抑えられない。初めて抱いて気持ちに蓋をする事ができない。
浅ましい女の反応だと自嘲するけれど、決して手放したくない大切な想い。
嗚呼、どうしてこんなにも心の天秤が彼に傾いてしまったのだろうか。
出会いは偶然。自分にとっても、おそらくは彼にとっても日常の一ページが偶々重なっただけに過ぎない巡り合わせ。
そんな彼────兵藤一誠との邂逅は────。
◇◇◇◇
深夜。
悪魔として召喚者の願いを叶える日課の帰り道。
本来であれば魔方陣の転移で即帰宅できるのだが、今日ばかりは夜の風を浴びたくなって徒歩で帰路についている祐斗であった。
月を見ながら考える────未だ、
それも仕方ないだろう。生き永らえる為に悪魔に転生した時から、祐斗は聖剣……言い換えるなら『教会』と敵対する陣営となったのだから、相手側の情報がそう簡単に流れてくるとはならない。
寧ろより秘匿化され、入手は更に難しくなったまでもあるかもしれない。
「……いくら寿命が長くなったとはいえ、時間をかけ過ぎるのも」
良くない、と独り言ちる。
復讐心とは、年月をかけるごとに深く色濃くなっていくか、あるいは色褪せ摩耗していくかのどちらかだ。
自分の場合は分からない。人間的にも、悪魔的にもまだまだ若造であるし、歳月をかけての妄執を語るにもまだまだ程遠い。
不安になる。仮に後者であったのなら、心に誓ったかつての同胞者たちの無念を晴らす想いも、時間と共に不透明になっていって消えてしまうのではないのか。
「考えても仕方ない。勝手に浮かぶのは悪い予想ばかりだし」
溜め息をついて、視線を月から地上へと下げる。
月は狂気を象徴するとも言われているので、先程までのネガティブな思考はきっと月のせいだと思い込むようにした。
気づけばコンビニ近くまで来ていたようで、店の照明がテラテラと少し眩しい。
どうせなら、立ち寄って何か買っていこうかと、コンビニの入口に近付いた祐斗は見た。
「そこのおにーちゃん」
「ななな、なんすか」
「ノーパンですか?」
コンビニの入り口で
セリフはどこかで聞いたフレーズかもだが、意味合いはセクハラと変わりない。
これはよろしくない。
「君たち────」
そう言って助け舟を出す。
過去にも何度かやったやり取りだ。復讐者と言えども良心を捨てた訳ではなく、老若男女問わず困っている誰かを見かければ助けてきた。
また、年頃の男子を見捨てたとなれば主人の評価も悪くなってしまう。
よってこれは良心と利欲を兼ねた行為でもあった。
「ああ?
「無駄にいいその面をズタズタにしてやってもいいんだよ?」
「……はあ」
嘆息する。
呆れて声も出ないとはこういう事で、目前で粋がっている不良に哀れみの目を向ける。
そんな態度が心底気に障ったのか、不良二人は一斉に立ち上がって祐斗を睨め付けながら臨戦態勢に入った。
既に殺る気である。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺のために争わないでくれ!」
少しだけ現状の空気にそぐわないセリフが男子の────セクハラされていたものの蚊帳の外になっていた兵藤一誠から口から飛び出る。
言葉では困っている感を出しているが、その表情はどこか嬉しげである。
この男、実はこのシチュエーションを楽しんでいるのだ。
「余り君たちのような相手に暴力沙汰は起こしたくはないんだけどね」
その一瞬、一誠を一瞥した後「やむ得ないけど……」という言葉を零して同じく臨戦態勢に入った。
×
結果は不良二人の惨敗で終わった。無論、手加減した上である。
悪魔たる祐斗に技能的な意味でも、能力的でも劣る彼女たちでは手も足も出ないので仕方ないとも言えるだろう。
覚えてろよ、と三下の悪役のようなセリフを吐き捨てながら逃亡する姿を見届けた後、祐斗は件の騒動の発端となった少年に向き直る。
「君も、そろそろ帰った方がいい。こんな時間帯に外を出歩いていれば、またああいった手合いの標的にされるだろうからね」
「お、おう。そうだな。じゃあ、コンビニで目当てのモン買ったらすぐに帰るわ」
そう言って一誠はコンビニの中に入り、暫くして出てくる。
片手に商品の入ったであろうビニール袋を引っ提げられている事から、お目当てのものを無事購入できたのだろう。
「ほい。これさっきのお礼」
差し出されたのは一本のアイスバー。
突然の事だったので、一瞬ポカンとしてしまう祐斗であったが、“お礼”というワードを耳にして意識を戻し、断りを入れる。
「あれは当たり前の事しただけだから、お礼される程のものじゃ……」
「いいから受け取れって。これは恩義を感じたから渡してるのに、受け取られなかったら俺の気持ちはどうなる?」
「それは……」
そう詰められると弱る。男子からの気持ちを無下にしては騎士の名折れだ。
という訳で、これ以上は何も反論せす素直にお礼を受け取った。
「じゃあ俺はこれで────」
「待った。さっきみたいのに絡まれないとは限らないし、これも何かの縁だ。君の家まで送っていくよ」
「そ、そうか? 俺的には別に大丈夫だと思うんだが……」
「……この際ハッキリと言っておくけど、君は余りにも無防備過ぎる。楽観的過ぎる。そんな心構えじゃ、また似たような連中に絡まれるよ?」
説教染みた、やや強い言葉を言い放つ。
年頃の男子であれば、同年代の女子からの説教なぞ顔を顰める行為に当たるだろうが、祐斗は別に気にしなかった。
恋愛沙汰にうつつを抜かす余裕はないのだから、喩え異性に嫌われようとも彼女は心に変化はない……まあ、それは相手が嫌悪の反応を示した場合だが。
「お前、優しいんだな。じゃあ少し申し訳ないんだけど、一緒についてってもらえないか?」
「────」
まさかの返しに、祐斗は硬直した。
予想していた反応と真逆で、嫌悪どころか好意的な反応。
そちら方面の回答を用意していなかった彼女は、しどろもどろになりそうな自分をできるだけ抑え、簡潔な、咄嗟に出た言葉を発した。
「よ、喜んで」
こうして彼らは夜の帰路につく。
コンビニで購入したアイスバーを味わいながら月下を歩く。
(……よくよく考えてみれば、男の子から初めての貰い物)
ポーカーフェイスを気取る祐斗であったが、内心は一誠から貰ったアイスで浮き足立っていた。
別に恋愛ごとになんて今は余裕ないし? などと宣っていた決意は
しかし決してチョロい訳ではない。ただ単に、一誠のような手合いの男子に対する耐性と対応力がなかっただけの事。つまりはクリティカルヒットである。
因みに、一誠の放った会心の一撃はこの世界の大半の女子にヒットする。
「そういえば、名前はまだ言ってなかったよな。俺は兵藤一誠」
「え、ああ。僕は木場祐斗」
「え!?」
名前を聞いた瞬間、一誠は驚愕の声と共に祐斗へと向き直る。
まるで、あり得ないものを見たような。信じがたい事実を目の当たりにしてしまったかのような反応だ。
彼は祐斗の顔をじっと見つめる。凝視、またはガン見と形容できる程の眼力を以って。
「あ、あの……兵藤くん……?」
さすがの
「ああ、悪ぃ! ちょっと知り合いに似てたからさ。思わず見つめちまった」
「そうなんだ」
合掌しながら謝り倒す彼を見て、祐斗は少し平然を取り戻す。
こんなにも「気に障ったなら謝る! このとーり!」と謝罪してくる男子も珍しいし、見ていて何故か微笑ましい気持ちになる。
そして程なくして歩き、一誠の自宅に到着しようとしたところ、ふと自分と似ていると言っていた彼の発言が気になって一瞥する。
そこには────祐斗から視線を逸らすように目を背けて、若干頬を紅く染めている一誠の姿が。そして────。
「やべぇ、めちゃくちゃタイプ……」
ボソッと、常人であれば聞き取れない程度の独り言。
けれども悪魔の聴力を有している祐斗には全て筒抜けであった。
(え、えぇ────────!?)
この日、木場祐斗は眠れない夜が続いた。
木場祐斗
聖剣計画の実験体の生き残り。復讐を誓い、それが為されるまで女としての幸せを捨てるなど覚悟が決まっていたが、一誠と出会いで亀裂が走る。
男装をしている訳ではないが、制服ではスカートではなくズボンを着用している。
容姿は実は一誠のドストライク。