アーシア・アルジェントは激怒した。
感情的な昂りの激怒ではなく、蜜壺が苛ついて沸騰するような────要するに、◯ん◯んがイライラするの女性バージョンである。
必ず、かの妍姿艶質なる彼を分からせなければならぬと決意した。
アーシアは敬虔な信徒である。故に性に対する興味なぞ……あるにはある。年相応に、思春期で考えられるレベルには。
しかしそれを表には出さない。教会の人間として己を抑制し、色欲に溺れないようにしているのだ。概して言えばむっつりである。
そんな敬虔で、謙虚で、篤信である筈の彼女が、細かく言えばアーシアのマリア様が激おこプンプン丸なのは、とある少年が起因している。
◇◇◇◇
アーシアは幼少期から教会で育った。故に教義を大切にし、神に感謝しながらの生活を送っていた。
しかしある日、発現した
曰く、悪魔の少年に魅入られてしまったのだとか。
曰く、その
曰く、合法的に見目麗しい男に触れられた事が羨ましいなんて、ちっとも思ってないんだからねだとか。
理由は様々だが、要は異端の烙印を押されてしまったという事である。
確かに、邪な気持ちがなかったと言えば嘘になる。
これでも思春期真っ只中であるし、性に関して興味がある年頃なのだ。脳内に浮かべるなというのが無理である。
だがそれでも、純粋に困っている人を助けたかったのも事実だ。助けた相手は悪魔だったが、救いの手を欲していたら種族関係なく助けるのがアーシアの美徳でもある。
アーシアは後悔はしていない。結果として、魔女と罵られて追放されようとも。
こうして以前の所属先を追放されたアーシアは、新しい所属先へと転属すべく駒王町に来訪した。
しかし悲しいかな、従来の彼女は鈍臭いのに加えて迷子になりやすい
ああ、これも神の試練なのでしょうかと内心嘆き、公園のベンチに座り込むと、不意に声をかけられた。
「あー、アーユーオーケー?」
拙い英語。けれど精一杯振り絞り、こちらに歩み寄ろうと試みている温かさを感じる声。
そして何より、女のそれとは異なる低い声に、アーシアはガバッと頭を上げて、声の主を見やる。
少年がいた。龍を連想させる髪をした、好青年と言えるだろう彼────兵藤一誠を視界におさめた。
「ハ、ハイ……! ダダダイジョブデシュ……!」
自分の知らぬ内に男子に接近され、あまつさえ心配して声をかけられた事が驚きで、アーシアは丁重な返答を心がけようとして、しどろもどろの答弁をしてしまった。
外国人が日本語で話しかけたのに、下手くそな英語で返してしまう日本人を想わせる図である。
ああ、失敗した。カッコ悪いところを見せて目の前の彼から白眼視されないだろうかと、戦々慄々とする。
しかし彼は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、クスッとおかしそうに笑ったのだった。
嘲笑の気配はなく、只々おかしいものを見て笑ったかのような様子。
(よ、よし。男性の方から笑顔を引き出せました)
笑われるより、笑わせた。これは好感度アップかもしれないと、シスターにあるまじき思考。だって歳頃の女の子なんだもん。
その後、ちょくちょくとジェスチャー混じりの片言英語と日本語で会話し、一誠はアーシアが何を求め、どこへ行きたいのか把握する。
「成る程、教会ね。……やってる教会なんてあったか? あるとすれば、廃教会しかなかった筈……」
「ミスターイッセー?」
「ああ、ソーリー! えっと……レッツフォローミー!」
正しい英文ではないが、「ついてきてほしい」というニュアンスは伝わる。
アーシアは一誠の気遣いに心が温かくなるばかりだ。
見ず知らずの、しかも言語も国籍もまったく異なる女の自分に、誠実でまっすぐなコミュニケーションを取ろうとしてくれる姿勢に、心底救われる思いだった。
だが同時に心配にもなってしまう。ここまで誠実な男子は逆に珍しく、悪い
もしも自分の懸念通りの事態にあったのなら、恩返しとして彼を救わなければと、悪い方向へ妄想を膨らませていく。
アーシアの脳内で、推定悪い
(え!? イッセーさんが、私の手を……!?)
一誠が、アーシアの、手を掴んでいるのである。
なんという事でしょう。神の試練だと思っていたものは、実は神からのご褒美だったのかもしれません。
優しく、それでいて力強さを感じる彼の手はアーシアの敬虔で謙虚な女の部分を大いに刺激した。
ああもう、これ絶対に誘ってんでしょ聖槍ぬらぬらの刑に処す……などという、アーシアの心の奥底に眠る黒い欲望がうっすらと漏れ出る程に。
そんなモヤモヤどころではない感情を胸に抱きつつ、一誠に連れられて目的の場所まで案内してもらう。
────嗚呼、イッセーさん。あなたは……。
道中、一誠から甘物を奢ってもらったり、食べさせ合いっこしたり、周囲の女性たちから羨望の眼差しを受けたりと、役得の境遇を受けたアーシア。
一度漏れ出したモヤモヤは次第に肥大化し、彼女に初めての独占欲と、とある別感情を湧き立たせた。
それは怒りである。
ただし、教会の七つの原罪に起因する憤怒ではなく、淫欲的で、獣欲的で、性欲的な、どこまでも身勝手で堕落一直線な欲望の渦。
そんな優しげな表情、対応で、どれだけの女性を引き付けたのだろうか。惑わしたのだろうか。
まるで今や空想上の淫魔たるインキュバスだ。悪魔や堕天使すら惹きつけてやまない、全女性の理想とするスパダリだ。
わからさなければ。これ以上、他の女性たちを勘違いさせる前に、
ぐつぐつと煮えたぎる怒りの使命が、敬虔で謙虚なシスターをまんまん亭へと人知れず変貌させていた。
×
己の新しい所属先に到着し、既に一誠に御礼と
「ようこそ、アーシア。随分と遅かったわね?」
堕天使。欲望に溺れた……つまるところエロに負けた天使の成れの果て。
何やら大物感を醸し出しながら登場した堕天使────レイナーレも、その例に漏れず純愛派がNTRの沼に嵌ったが如く、堕落してしまった敗北者である。
「道に迷ってしまいまして……
親切な人物に案内してもらったという説明事態に、何ら不可解な点はないし、概ね事実である。
ただ、アーシアは全てを語らず一誠の存在は伏せておいただけの事。性に興味津々だなけで純朴だった少女が、初めて悪知恵を働かせた瞬間であった。
「ふ、ふーん? 親切な方に、ねぇ?」
しかし堕天使の嗅覚を侮ってはいけない。
アーシアにこびり付いているであろう一誠の
そう、筒抜けなのである。
たかが人間が堕天使を、それも
アーシアもそれが分かっているだろうに、涼しい顔をして惚け、これ以上の追求を逃れようしていた。
────だって、あの方は私が……神の信徒として私が
兵藤一誠の運命や如何に。
アーシア・アルジェント
教会のシスターだったのだが悪魔な美少年を神器で癒した結果、教会から追放された哀しき経歴持ち。しかし一誠との邂逅を機に激怒した。
シスターだけど性に興味津々。悪魔の男子より助平。