レイヴェル・フェニックスは生粋のブラコンである。
フェニックス侯爵家の令嬢として生まれ、幸運にも三人の実兄に囲まれて育った彼女がブラコンになるのは当然の帰結であった。
今の時代、男兄弟に囲まれて育つ妹という誰もが羨むシチュエーションにあったレイヴェルは、目の保養的意味でも、ズ◯ネタ的にも困る事はなかった。
ネタは毎度のこと、『妹に押し倒される兄』『兄に優しく◯下ろしする妹』『幼馴染の彼氏(兄)をNTR妹』等と、兄妹もののラインナップばかりで、時には私物をくすねて行為に走る事も何度か。
アブノーマルな性癖に見えて、この貞操観念が逆転した世界では至ってノーマルでポピュラーな性癖であり、レイヴェルは典型的な実兄を性的な目で見る妹であった。
そんな彼女にある転機が訪れる。
今や冥界で噂になっているリアス・グレモリーとその眷属と親密な関係を築いている人間の男の存在だ。
巷では『権力を笠に着て言う事を聞かせているでは?』などと呟かれており、多くの独身女性悪魔たちの嫉妬を集めているとか。
何にせよ、レイヴェルの耳にもその人間の男の情報が入り、新しい風が吹き込まれたような、新しい芽吹きを感じた。
さながら、新しく自らの性癖にも合致したオカズを見つけた時のような────。
────新しい刺激になるかも。
レイヴェルは、
別に、現状に不満はないしマンネリも感じていない。
けれども乙女の部分が、淑女の部位が、悪魔としての本能が求めて止まないのだ……鳴り交わす魂の響きに震う羽根を広げ、無限の彼方へさあ行けと。
「フェニックスは滅びない。何度でも甦りますわ」
◇◇◇◇
家族に内緒でお忍び観光と洒落込んだレイヴェルは、さっそく駒王町に来ていた。
だが困った事に、人間界の地理に詳しくなく、件の男子が駒王町に住んでいるという情報しか持ち合わせておらず、勢いだけで来日した彼女は当然だが途方に暮れた。
侯爵令嬢とは言えども所詮は思春期女子。性欲の思うままに動く姿はそこいらの
「くっ……人間界、手強いですわね。ですが私は諦めません!」
年頃の性欲を、エロの原動力を侮るなかれ。
エロ本一冊の為に遠出するお盛んな青少年の如く、不死鳥は迷子程度の困難には屈しないのだ。
────フェニックスは滅びない。何度でも甦るのだ。
とはいえ、迷子になったのも事実なので、一時的な休息を取るために公園のベンチに座った。
レイヴェルは冥界の赤い空とは異なる、人間界の青い空をぼーっと眺めながら妄想する。
嗚呼、どうしたら噂の男子との邂逅を果たせるのだろうか。エロゲや同人誌だったら、運命的で淫靡的で、組んず解れつ(意味深)な出会いが生まれていただろうに……と。
思考は煩悩に塗れている。ただし、そこは淑女教育を受けた御令嬢である。表にはおくびにも出さず、誰もが見ても純然たるなお嬢様だと考えるだろう佇まいをしている。
ある意味外見詐欺とも言えなくもない。
ひと時の休息を終え、お目当ての男子の探索再開である。
向かう先は、リアス・グレモリーの邸宅。何故その目的地なのか、理由は単純明快だ。
人間の男子は、リアス・グレモリーとその眷属と親密な関係になっているという噂。そこでレイヴェルはシームルグの如き叡智で思い至ったのだ……だったら彼女の近くいれば、いずれ邂逅を果たすのだと。
目標が定まったのなら、後は八咫烏に導かれるように進めばいいだけ。
いざ行かん。ビューティフルジャーニー!
「きゃっ」
意気揚々と歩き出したレイヴェルであったが、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
不注意で衝突事故とは悪魔として情けない限りだ。
従来のプライドを着飾ったような貴族悪魔であったのなら、相手に非礼を詫びさせ、地に這いつくばらせるのだが、レイヴェルは自身の不注意を謝罪できる、所謂「できる女」なので、御令嬢らしく謝ろうとする……が、ぶつかった際に相手に抱き止められていたので、それは叶わなかった。
────ふわっ。
レイヴェルの鼻腔に、女の本能を疼かせるような匂いが広がる。
これは、根本的な性別の違いを表わす男特有のフェロモン……!?
それに気づき、彼女はハッとして顔を上げる。視線と視線が合い、レイヴェルの網膜に心配そうな顔で見ている少年の顔が────兵藤一誠の顔が焼き付いた。
運命的な邂逅。
それはまだ性に目覚める前の、純粋な少女であった時に嗜んでいた、ロマンチックな男女の出会いを描いた物語。そしてこの瞬間、お気に入りの場面である主人公がヒーローに抱き留められるシチュエーションが、自身と重なったのが脳裏に浮かんだ。
「だ、大丈夫か?」
嫌悪も、厭忌も、悪感情が一切なく、ただ純粋に心配だけをしてくれている……そんな気持ちが伝わってくる。
まさか、もしかしなくとも、彼こそが自分が探し求めていた噂の男子なのではないのだろうか。
こんな短時間でエンカウントしてしまうとは、何という運命の悪戯か。
「は、はい。大丈夫ですわ」
レイヴェルが返答すると、イッセーは少し驚いたような表情を浮かべた後、「そっか。なら良かった」と言って抱き留めた体を離した。
どう見ても日本人ではないのに、流暢な日本語を話したのを意外に思ったのだろう。アーシアの件もあったので、余計にそう感じたようだ。
加えて、駒王町では見たことのない金髪のご令嬢だったのもあって、「うわっ、すげー可愛い子」と内心思ったのもあったとか。
「俺の不注意でぶつかっちまってごめんな?」
「いえいえ! 私こそ、淑女にあるまじき行いをしてしまい申し訳ありません。フェニックス家の長女としてお詫び申し上げますわ」
表面上は淑女として繕っているが、内心では歓喜雀躍していた。
自ら進んで謝罪してくれて、こちらの体調を気遣ってくれるなど、普通の男性であれば見られない姿勢だからだ。人間であれ、悪魔であれだ。
無論、礼儀正しく物腰の柔らかい男性もいるだろうが、そんな人物は既に囲われて接触不可能な希少種に等しい。例えるなら魔王たるサーゼクス・ルシファーとアジュカ・ベルゼブブが該当するだろう。
つまり、レイヴェルにとって親兄弟以外でこんなにも親しげにされた男子は初めてなので、嬉しさで締まりのない顔を晒さないように表情筋を必死に引き締めていた。
「そうですわ! お詫びとして、これからお時間をいただけますでしょうか?」
そしてこの不死鳥、三人の実兄に囲まれて育った影響か、男に対して物怖じせず、ぐいぐいと行ける
故に声もかけられず尻込みしている女たちを背に、同人誌の穴役ギャルの如きアグレッシブさが彼女にはあった。そして出遅れた女たちは脳を破壊され、血涙を流す。
「おう、いいぞ」
本来、貞操観念が逆転した世界の男性であればレイヴェルのナンパ染みたお誘いに乗ることは先ずない。
しかしイッセーは、この世界においては異物同然。普通ではない価値観で接せる為、気軽にお誘いに応じた。
────嗚呼、いとも簡単に釣れるだなんて、なんて罪深い殿方なのでしょう。こんなエロ同人の導入のような軽率さ……この男、スケベすぎですわ!!
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は兵藤一誠。イッセーって呼んでくれ」
「これは失敬。申し遅れましたが、私はレイヴェル・フェニックス。フェニックス家の長女ですわ」
赤龍帝(無自覚)と不死鳥の邂逅はこうして成された。
×××
彼らが向かった先は、高級感を漂わせるカフェ。
貴族の淑女たる者、その財力を駆使して異性を陥落させるべし。これぞ、女性貴族の間では暗黙のルールとされるノブレスオブリージュであった。
レイヴェルもその義務に則り、貴族の財力を以ってしてイッセーをもてなそうとしていた。
レイヴェル・フェニックスはできる淑女であった。仮にお誘いの申し出に成功した場合も想定して、事前に評判の良いカフェをリサーチしていたのだ。
そうしてヒットし、相引きの場所として選ばれたのが高級志向の客ばかりが集うこのカフェであった。
「どうぞ、何でも注文してくださいませ」
笑顔で奢る宣言をしたレイヴェル。
貴族たる者、淑女たる者、異性に貢がずして何とする。
彼女からすれば当たり前の感覚で嘯かれた言葉だが、イッセーからすれば途方に暮れるしかない言動であった。
────また、奢られてる、と。
さすがに少し慣れたので、表面上は萎縮も動揺も見せないが、ここのところ数回に渡って高い店で奢られる展開には困惑した。
無論、善意と若干の下心でご馳走しているのは理解している。ただ、元の世界の価値観故か、男の自分は支払わなければという感情もあって、イッセーは頭を悩ませていた。
ここで自分が支払うと言ったとしよう。しかしそれは、彼女たちの矜持を、プライドを傷つけてしまう行いになってしまうと、ここ最近の交友で気付いたのだ。
そう、元の世界の男と同じように……。
よって、イッセーは大人しく奢られなければならないのだが────。
────なんだかパパ活ならぬ、ママ活をしてる気持ちになるんだよなぁ。
そんな心境を抱いていた。
「じゃあ」
期待を込めた視線に促されるまま、イッセーは無難な一品を注文した。
一般家庭の感覚からすれば高価だが、カフェ内では比較的良心的な値段設定のものをである。
「まあ、ご遠慮なさらなくてもよかったですのに」
目敏い不死鳥は、イッセーが無難な価格の一品を注文したのに気づいていた。
しょうがない人……という顔をして、追加で高価な品を注文していく。財力強者のお嬢様の本領発揮である。
「いや、今日初めて知り合った子に、ここまでしてもらうのは……」
「いいえ。男子たる者、女性からの施しは素直に受け取るのが正解ですわよ。変に気遣って、こちらの財布を心配するような様子を見せたら……大変な事になりますわよ?」
性的に、と言わないのが淑女の気遣いである。
僅だが、彼との時間を過ごして分かった事がある。それは、余りにも女に対して隙がありすぎるとうもの。
無防備で、不用心で、おいお前私のこと誘ってんだろ? とオラつきたくなる程度に、兵藤一誠は隙だらけであった。
まさに絶好のカモ。ナンパ師や、飲み会のハンターなら真っ先にロックオンされる事間違いなし。
よもや、絶滅危惧種を超えた、生きた化石より希少な男子が存在するなんて、色んな意味で衝撃であった。
────
この時、レイヴェルにある感情が芽生えつつあった。
それは、先輩はしょうがないなぁ、と何処か抜けている先輩の世話を焼く後輩概念。
元来、複数の兄に囲まれているが故に甘える側であった彼女にはなかった感情。それがイッセーという激物と接触した影響で、世話焼き後輩属性が構築されようとしていた。
────淑女として、貴族として、彼を
異性に分け隔てなく接するだけでも優良物件なのに、女の欲望詰め合わせハッピーセットの男子を誰が放っておくだろうか。
今まで無事でいられたのも奇跡なのかもしれない。しかし、その奇跡がいつまで続くかも分からない。
このまま放置すれば……狩られる。彼は確実に世に遍く女の獣欲を煽り、
嗚呼、それはいけない。NTRもイケる口のレイヴェルだが、可哀想なのはヌけない
故に、イッセーが泣きを見る未来を許容できなかった。
絶対に
フェニックスの再生力を侮る事なかれ。性欲は勿論、生命のストックも無限に等しい不死鳥を、容易く滅ぼせると思うな。
そして、彼と並ぶのだ。
誰も隣に立っていない至高の位置。
悪魔も、天使も、神すらも。
だがその耐え難い隣の座の空白も終わる。
これからは────私が隣に立つのだから。
チキンレースのような刺激を求めて来訪した不死鳥は脳を焼かれ、世話焼き後輩バードへと変生し、決意を胸に灯すのであった。
しかし彼女は知らない。イッセーの背後に、拗らせに拗らせた性癖モンスターの群れが、色々な汁を垂れ流しながら虎視眈々と狙いを定めている事に。
そしてそれらが、三大勢力を……否、世界をも巻き込んで大惨事神話大戦へ発展させる事を、彼女はまだ知らないし、知る筈もなかった。
推しキャラだけど、元が真面目だから難産でした。なので藍染構文で無理やり畳みました。
ゴマすりクソバードにできなかった……。