西暦1995年、モンスターの存在が確認。
世界各都市への無差別な攻撃、混乱。
人類の既存の兵器、一切通用せず。
西暦1998年、『魔法少女』(魔法力に覚醒した人間の総称)の存在が各地で認められる。
戦況を覆すほどではないものの、モンスターに対抗できる唯一の力として注目され、研究に総力があげられる。
また、魔法少女に関する法整備、組織化が進められていく。
そして西暦2023年。
人類とモンスターの戦いはまだ続いていた。
魔法少女は――。
『きゃああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!』
薄赤色に照らされた一室に、少女の悲鳴が響く。
モニターには華美な青い
対峙していた四足歩行の漆黒の獣が、なおも少女に迫る。
前方にいくつか並んだ計器の前で男性が声を張り上げた。
「西部戦線!! 魔法少女ムーンベア、苦戦中!!」
「南部!! 魔法少女による陽動作戦失敗!! 各個撃破されています!!」
「北部!! 魔法少女師団80人中67人が変身解除!! 壊滅的被害を受けています!!」
読み上げる男の声は、状況に負けず切迫したものだ。
たまらずといった風情で後ろを振り返る。
「司令!! 指示をお願いします!! このままでは魔法少女達が……!!」
「……」
「し、司令……?」
司令と呼ばれた男は何も答えなかった。
スーツに身を包み、口ひげを携えたその男性は、モニターに映った魔法少女たちの様子を眺めているだけだ。
生気のない、真っ黒な瞳で。
「司令!! お願いです!! 指示を……撤退の指示を……」
「……君、魔法少女とは、いったい何だと思う?」
今度は、先ほどまで声を張り上げていたその男性が黙する番だった。
ややあって、再び声を上げる。
「司令……こんな時に一体何を……!?」
「究極の魔法少女には究極の日常が必要……そう思わないかね?」
「え……?」
獣の咆哮を思わせる低音が響く。
声の主は司令と呼ばれた男だ。
壊れたスピーカーのように笑い声は響き続けた。
まるで少女たちの悲鳴をかき消すように。
オペレーターの男性はその様子にたじろぐばかりだった。
底知れぬ恐怖と茫々とした何かを胸に抱えて。
魔法少女GAKUEN
晴天の下、電車が走る。
ガラガラの車両には、シートに背を預ける少女がぽつんとひとり。
少女の髪は青色だ。
瞳の色は……目をつぶっているため確認できない。
電車が揺れた。
少女の体がびくっと跳ねる。
髪色と同じ青色の瞳をこする。
気の抜けたあくびをした後に、青の少女はつぶやくのだった。
「GAKUENなんて誰が作ったんだか……はあ……」
この一言を理解するには、彼女のことを知らなければいけないだろう。
彼女について特筆すべきことは、ただひとつ。
魔法力に覚醒した『魔法少女』であること。
この世界に脅威に対抗する唯一の力。
ただし救世主……なんてキラキラしたものではない。
少なくとも彼女にとっては。
「魔法少女なんて面倒だし、怪我したら危ないし、人助けなんてガラじゃないし……あー、自分の人生、自分のためだけに使いたかったなー」
青の少女が誰に向けてでもなく言う。
それはこの世界そのものへの不満だったのかもしれない。
電車が止まる。
扉が開く。
青の少女は不平を言うのをいったん止めた。
彼女なりに納得したからとか、そんな殊勝な理由ではない。
人が入ってきたのだ。
黄の髪に、黄の瞳の背の低い少女が。
世界への怨讐を垂れ流す青の少女とて、一般常識は持ち合わせている。
電車で他の人がいるのに、でかい独り言なんて、そんなことは――。
「るんるーん♪ らんらーん♪ 今日からGAKUENたのしみだぜ~。あ、席が空いてるぜ!! 座るぜー!!」
(なんやこいつ……)
「シートが固いぜ!! 新築のタタミみたいでテンション上がるぜーーーー!!」
(いや、本当にこの子、なに? ってか席は腐るほど空いてんだから隣にくんなーーーー!!)
「タタミの話はよく考えたらどうでも良かったぜ……GAKUENのしおりを確認するぜーーーー!!」
(う、やっぱり魔法少女……。魔法少女にはアレな人が多いって聞くけど……あー、憂鬱になってきた……)
「……? そんなに困った顔してどうしたんだぜ? あ、髪と瞳の色が青いんだぜ!! あなたも魔法少女なんだぜ!?」
「……違います。魔法少女なんてクソめんどうなコト、やりたくありません」
「??? よくわからないんだぜ……。よくわからないから一緒にしおりを読むんだぜ?」
「何でそうなるの!?」
厳しい口調もどこ吹く風。
黄の少女がA4サイズの小冊子を取り出した。
GAKUENのしおりと書かれていたそれは、ボロボロになっていた。
開かれたページには書き込みもかなりされていた。
……汚い字で。
「……ずいぶん読み込んでいるじゃない。ヒマだったの? 読むとこそんなないでしょ。それ」
「書いてあることがわからないから、何度も繰り返し読んだぜ!! それに……」
「……それに?」
「魔法少女になれるって考えたら嬉しくて、肌身離さず持ってたんだぜーーーー!!」
「ふう、何それ、もう……」
「あ、良かった!!」
「……何が?」
黄の少女が青の少女へと、満面の笑みを見せた。
「やっと笑ってくれたんだぜ!! なんだか元気のない顔をしていたから……」
「……」
元気のない顔をしていた。
その通りだ。
この少女が入ってくるまで、青の少女は世に対する恨み言ループに入っていたのだから。
隣に座ったのも、自分を元気づけるため。
見ず知らずの自分を。
青の少女の中で、静かに何かが鼓動していた。
電車が止まる。
「あ、着いたぜ!! GAKUEN前……駅の名前、ちゃんと覚えてたんだぜーー!!」
「ちょっと!! そんな急いで行く必要ないでしょ!? コケるわよ!?」
黄の少女はゲートが開かれた競走馬のごとし。
いくら何でも慌てすぎだろ。
これがゲームなら軽快な効果音と共に「掛かり」と表示が出るところだ。
電車から飛び出た黄の少女は手を振って振り向くのだった。
黄の少女が声を発する。
ものすごい勢いで遠ざかりながら。
「GAKUENまで競争なんだぜ!! 私は……絶対に……の……になる!! だから……で……し……を……だぜ!!」
「いや、距離ありすぎて何を言ってるか全然わからないんだけど……」
最後に大声で一言。
「GAKUENでまたよろしくなんだぜーーーー!!」
「いや、あなた名前は……行っちゃった……」
黄の少女の姿は、もう見えない。
青の少女は決して追いかけることもなく、その姿を眺めていた。
変なやつ。
変なやつだ。
でも、悪いやつじゃなさそうだった。
(まあ、名前すら聞けなかったわけだけど……)
青の少女は重い腰を上げた。
不思議と爽やかな気分になっている自分に気づく。
そのまま電車を降りて、目的地へと向かった。
確かに魔法少女にはアレなヤツが多い。
でも、悪いやつばかりじゃないのかもしれない。
自分が構えすぎていたのだろう。
GAKUENに着いたら、案外たのしいGAKUEN生活が待っているのかもしれない。
そうGAKUENに着けば――。
――GAKUEN、門の前。
『ぎゃははは!! おらおら私はスーパーフォーム持ちだぞ!! 手持ちのカネ出せよおらあ!!』
『うわああああん!! 私が大事に取っといたプリンがああああ!! もう全部消えちゃえーーーー!!』(桃色のドーム状爆発)
『どけどけー!! 今から校庭は黄の魔法少女軍団のモンだ!! さからう奴は容赦しないよぉ!!』
(よ、予想以上にヒデーーーー!!)
至る所から轟音、悲鳴、たまに必殺技を叫ぶ声。
全四階建て程度のその建物は、窓ガラスからカラフルな光が溢れ、屋上ではいくつもの爆発が巻き起こっていた。
魔法少女の持つ魔法力はモンスターにしか基本的には効果がなく、人体や建造物には無害である。
(だからってこれはあまりにも……クソ治安ってレベルじゃないわよ……)
千雨は溜息を吐きながらGAKUEN入り口付近の巨大なレインボー妖狐像(尻尾が7つあってそれぞれ別の色に塗られている)にもたれかかった。
この像も大概だろ、と思いつつ。
(さすがに校舎に入るのは危険すぎるわよね……校舎が危険って意味不明だけど。寮に直行しようかな……確か部屋番号は495号。4階なんだろうけど何部屋あるのよ……。さ、厄介なことに巻き込まれない内にさっさと移動を……)
『元気かね魔法少女達ーーーー!! はっはっはっはーーーーー!!』
「きゃああああぁぁ!?」
千雨は前のめりに倒れていた。
どうやらGAKUEN内の放送であるらしく、あちこちのスピーカーから同じ声が聞こえているようだった。
真後ろの妖狐像からも発せられたらしく、不意の音圧が少女を襲ったというわけだ。
(元気なワケあるか、心臓に悪すぎる……)
そんな悪態をついてる間、なおもスピーカーは野太い男の声を発していた。
『全員!! 至急!! 校庭へと集まるように!! 私もすぐに行く!! ワクワクとドキドキの重大発表をさせてもらうぞ!! はーはっはっは!!』
(テンションたかあ……。絶対、気が合わないわ……。嫌な予感しかしないし行きたくないー。でもこれ偉い人、よねえ……。初日から目を付けられるのもヤバいかなあ……)
そう考えている間に、GAKUEN内の喧噪は収まっていく。
どうやら多くの者が一時休戦し、大人しくスピーカーの指示に従っているようだった。
さっきまで無節操に暴れていた連中が、だ。
(……。長いモノには巻かれろ、か)
千雨は諦めたようにバッグを抱えると、校庭へと向かうのだった。
●
校庭には200人程度の魔法少女が集まっていた。
桃、赤、橙、黄、緑、青、紫……。
髪と瞳にそれぞれの『色』を持つ少女達。
こうして一箇所に集まると壮観というか、シュールと言うか……不思議な感じだ。
ある者は自信満々に、ある者はオドオドと落ち着かない様子で。
校庭の隅に固まっている黄色の魔法少女の一団は、心底面白くないと言った様子で全方位にメンチを切っている。
(……考えてみれば自分以外の魔法少女を見るの自体初めてね。……いや)
正確には、朝に会った。
電車の中で、黄色の髪と瞳を持ち、背の低く、やたら独り言がでかい魔法少女と。
ふと、思う。
あの子もこの中に混じっているのだろうかと。
あの様子だとGAKUENまで真っ直ぐたどり着けたのか不安だが……。
「全員、集まっているようだね!! 初めての人もいるだろうから自己紹介をしよう!! 私はこのGAKUENの校長である!!」
(あいつが……)
校庭に置かれた小高い台の上で、白スーツに髭の男がマイクを片手に挨拶をした。
白髪の多いその頭を見るに、還暦は既に迎えているだろう。
自己紹介なのに名前すら名乗っていないが、まあささいなことだろう。
ここはGAKUENなのである。
驚いていたらキリがなさそうだ。
魔法少女達の視線が集まる中、校長がご満悦といった様子で口を開いた。
「さて、魔法少女の諸君。君たちは思わないかね……?」
「究極の魔法少女には究極の日常が必要だと!!」
静まり返る一同。
ある者は意にも介さないといった様子で、ある者はその意図をはかりかねて黙っていたに違いない。
雨宮千雨にとっては――。
その一言は、妙に引っ掛かった。
「そのために諸君のGAKUEN生活を彩る新システムを導入することとした!! その名も……『校長ポイント』を!!」
(え……それって……)
一同がざわめく。
……これは『校長ポイントって何!?』という興味津々のざわめきではない。
『校長、さっきまで有名な学園ファンタジーでも見てたのか……?』のざわめきである。
「ルールは簡単!! 私が気に入った行動を取った者に、気に入った数だけポイントを入れる!! そして、ある期間までにトップだった者の望みを何でも叶えてやろう!! この画期的なシステムにより魔法少女達のGAKUEN生活はより刺激的なものになるだろう!!」
(た、ただの横暴じゃない……? このGAKUENにしてこの校長ありって感じね……)
「ではまずは軽いデモンストレーションから始めよう……」
校長がマイクを手にしたまま、まっすぐに手を伸ばす。
「合図をした後にこのマイクを放す。取ったものには校長ポイントを90……うーん、100? 100を与えよう!!」
(今、明らかにその場で考えたわよね!? さっそくテキトー臭さが出てるんですけど!?)
しかし千雨の思いとは裏腹に、周囲の空気は一変していた。
やはり彼女達も魔法少女ということか。
ある者はマイクを取る算段を考えている素振りで、ある者は既にいつでも駆け出せるように構えを。
そして、またある者は――。
興味もなさそうに立っているだけだった。
(……? どうして?)
考えてから気づく。
校庭に集まった魔法少女たちは、興味なさそうにしているものが大半であることに。
そして感じる。
彼女たちに広がる、一様な思考に。
――どうせ自分には取れない、と。
思考が伝搬するように、千雨の意識を揺らす。
どっちだ。
ちらつかせられた希望に一筋の光を見出して必死に前へ進むのか?
そんなことはカッコ悪いと、冷めた笑みとともに眺めているのか?
校長の笑みが濃くなった気がした。
「では……!!」
マイクを握った手が、開かれようとした。
スローモーションのようにゆっくりと。
「始め!!」
手が開いた。
支えを失った一瞬、マイクは静止しているように見えた。
私は――。
刹那、地面に稲妻が走った。
続いて、魔法少女たちの驚きの声が上がる。
稲妻はもちろん比喩だ。
誰かが、千雨の遥か後方から駆け抜けていったのだ。
背の低い、黄色に帯びた魔法力を持った誰かが――。
マイクは、静止したままだった。
校長が手を放した瞬間、別の人間が手に取ったのだ。
瞬時にそこへと移動した黄色の魔法少女が。
校長が魔法少女にねぎらいの声をかける。
そして促す。
この場に集まった魔法少女への挨拶を。
(ん……あの子って……!?)
その様子に面白くなさそうな者、興味のなさそうな者。
全部の不満を蹴っ飛ばして。
黄の少女は満面の笑みをこちらに向けるのだった。
「私、
(や、やっぱり朝の独り言がやたらデカかった女ーーーー!!)
「はっはっは!! 大変に元気がある!! 校長ポイントを10点おまけして110点としよう!! 美雷クン、他に言いたいことはあるかね!?」
んー、と少し悩んだ素振りのあと黄の少女が朗らかに答えた。
バカでかい声はマイクで拡散され、GAKUEN全体に響き渡った。
「私には夢があるぜ!! その夢は……!!」
ある者は呆気にとられ、ある者は眉をひそめ、ある者は露骨に悪態をついた。
私は――。
なぜだかその姿に、目を奪われた。
黄の少女の夢、それは――。
「究極の魔法少女になることだぜーーーー!!」
静寂。
そしてざわめき。
今日び、夢を語り出すだけでアレなのに。
究極の魔法少女ときた。
鼻で笑われてもおかしくない、その一言を。
黄の魔法少女――鳴神美雷は言い切った。
「ちょいとお待ち!!」
校庭の奥でくすぶっていた一団から声が上がった。
その中の一人が、勢いよく走り込み校長と美雷のいる台へと飛び乗った。
「私はナツ!! ここで黄の魔法少女のアタマを張ってるもんさ!! アンタも黄色の魔法少女だろお!? 困るんだよねえ、アンタみたいなシャバい魔法少女がデカい顔すんのはよお!!」
(ヤ、ヤンキーみたいなノリの奴が乱入した!?)
さすがはGAKUEN、ということだろう。
校舎は荒れ放題。
校長は横暴。
ケンカなど日常茶飯事。
普通なら今すぐ帰りたいと思っていたところだ。
でも、普通じゃないやつがいた。
悪いやつでは、なさそうだった。
雨宮千雨の青い瞳は、乱入者にも笑みを浮かべる黄の少女をとらえて離さなかった。
少しの期待と熱く燻る何かを胸に抱えて。