橙の忍者は相変わらずプールの水面で不敵な笑い声をあげていた。
どうやら、普通なら不敵な笑みを見せるところを橙装束で顔が見えないため笑い声を上げてアピールしているらしい。
対照的にその腕に抱えられた少女、トロッコのナツの舎弟はびえんびえん泣いている。
あの分だと、彼女に自力で逃げてもらうのは期待できそうにない。
「私が行くわ」
言い放ったのは桃色の魔法少女――桃ヶ崎晴菜だった。
いつもなら力強く一歩を踏み出すところだが、前回の件を踏まえてか直立したままで。
「そんな!! ひとりじゃ危ないんだぜ!! 」
「晴菜が行くならボクだって!!」
「私もえーっと……うん、危ないと思うわ桃ヶ崎さん!!」
心配をする黄、緑、青、三人の少女を抑えて桃の少女は言い放つのだった。
「あなた達はそもそも飛べないでしょ。……私がエンジェルフォームで一気に距離を詰めて、あいつを倒す」
(私はあの距離だとほとんど火力が出ないし、淡雪さんの特性も近場に大きめの魔法力を固定だから届かない。美雷なら水の上を走ったりできるかと思ったけど、さっき普通に泳いでたわね……)
そう、忍者が水の上に陣取っているのは鳴神美雷の神速移動への対策でもある。
忍者は賢い。
そんな意図は知ってか知らずか、当の鳴神美雷は晴菜への説得を続けていた。
しかし晴菜は応じない――。
「しつこいわね!! 魔法少女に必要なのは最強であること!! 絶対に負けないことこそが魔法少女の存在意義なの!! だいたいあの人質の子、あんただってよく知らないでしょ!?」
「確かにそうだけど……。あの子がナツさんの友達なんだったら、いなくなったらナツさんが悲しむんだぜ……。晴菜ちゃんだって友達がいなくなったら悲しいはずなんだぜ!!」
「……!! 私は……私は……」
晴菜の背中、水着の上から桃色の羽が幾重にも生える。
その姿、まさに天使――。
「ひとりで最強になるんだから!!」
「晴菜ちゃん!!」
桃色の光が加速する。
水面の上、橙の忍者に向かって。
遠く離れていくその姿に、千雨は愚痴のようにこぼした。
「ひとりずつ戦ったら結局、前と同じじゃない……!! あれじゃあ桃ヶ崎さん、また忍者に負けちゃうわ!! 特訓で何も得られなかったし……」
「……特訓でわかったことがあるんだぜ」
「え?」と千雨が美雷へと視線を向ける。
あの短い時間で何を?
はからずもそういう疑問がこもっていた。
ちなみに淡雪風花は「言ってみ?」と後方腕組で美雷に先をうながした。
自分が晴菜の一番の理解者という自負があってである。
こほんと美雷が咳払いをする。
「晴菜ちゃんが使っていたの、エンジェルフォームなんだぜ!! 本当に手段を選ばないなら恒星フォームを使えばいいんだぜ……」
「あ……!! 確かに!! 上手く使える自信がなくなったから、とか……?」
風花から千雨へとチョップが飛んだ。
「晴菜は自分で制御できるようになるまで恒星フォームは封印することにしたんだ……周りに迷惑をかけないように……」
歯噛みしながら言う。
それはつまり――。
「やっぱり晴菜ちゃんはみんなのことをどうでもよく思ってないんだぜ!! 自分が不利になっても、私達やナツさんの舎弟さんに危険な目に合わないようにしてるんだぜ!!」
それを聞いた風花は満足げに、そしてほんの少し寂しげに言った。
これが答えだと言わんばかりに。
「……そうだよ、晴菜は口では強いことを言ってても、いざとなれば情を捨てれないんだ。……私はそんな晴菜が好きだけど、揺れる天秤のようなその想いが晴菜を苦しめている……!! 今回だって人質のことを気にしないんなら人質もろともビームでブッぱなせばよかったんだ!!」
(そ、それはどうかと思うけど……)
「行くんだぜ……晴菜ちゃんを助けに!!」
「鳴神さん……ありがとう。プール横を全力で走ろう!! ボクも走るのは苦手だけど……」
「プールサイドは走るもんじゃないけど……なんて、無粋なこと言ってる場合じゃないわね!! 行きましょう!!」
美雷が二人の手をきゅっとつかんだ。
「……美雷? 一体なにを……?」「そうだよ、ボクらは早く行かないと……」
「私が二人の手を引っ張って行くんだぜ!! そうしたらあっという間だぜ!!」
「え?」「え?」
二人分の驚きの声が重なる。
もちろん、鳴神美雷が本気を出した時の足の速さは知っている。
だからこそ、「お前は何を言っているんだ?」と目で訴えている。
「それじゃあいくんだぜーーーー!!」
「ひょわああああぁぁ!?」「うわああああぁぁ!?」
非難する間もなく二人分の叫び声がプールに響き渡る。
黄の光を巻き上げながら、鳴神美雷が疾走する。
手を取っていた二人は半ば宙を舞うように引っ張られる。
プールの奥では、既に戦いが始まっていた。
●
水面は相変わらず太陽の光を反射していた。
人の
プールの
四天王を名乗る橙の忍者。
人質である不良集団の黄の魔法少女。
そして、少し離れたところに桃色の魔法少女。
左右対称、計六枚の桃色の巨大な羽根が弧を描く。
GAKUENで神々しさすら漂うその強化
「キキキ……水着で変身とは……。無粋にもほどがあるでござるなあ……」
「うるさいわね!! 前は少しだけ油断してたけど……今度はそうはいかない!! あんたなんか私ひとりで十分なんだから!!」
「キキキ……いいのでござるかあ? こっちには人質がいるでござるよ?」
「……。ふん!! このGAKUENでは弱い魔法少女は脱落していくだけ!! 恨まれる筋合いはないわ!!」
晴菜が勢いよく啖呵を切る。
まるで自分自身に考える時間を与えないように。
だが、これですんなりと話は進まない。
人質になってる彼女にも、発言権はあるのだから。
「ええええ!? 助けないんすかーーーー!? 魔法少女失格っすーーーー!! 最強を名乗るんならどうにかしろっす!! この自信過剰の口だけ女ーーーー!!」
晴菜のこめかみがピクピク震える。
よもや、人質からここまで煽られるとは。
「隙ありでござる!!」
「!!」
片腕でがっちりと人質をホールドしたまま。
もう片腕で横に払うようなスローイング。
投げられたのは、橙の手裏剣。
「ちっ!!」
晴菜は瞬時に飛び上がっていた。
人質である少女が感嘆の声を上げる。
「おおーー!! さすが口だけじゃなかったっすね!! 私に危害が加わらない程度にやっちまえっすーーーー!!」
「キキキ……反応できたのは
ちっ、と晴菜が舌打ちをする。
「キキキ……魔法少女の力は想いの力などと言われるが……それが良い方向に働くとは限らぬ!! 一度トラウマを抱えればこの通り脆くも崩れてしまう……!! 合理の元、鍛え上げられた我がニンジュツには無力!!」
「そんな……鳴神美雷に負けて株がダダ下がりだったとはいえ、あの桃ヶ崎晴菜が……? っす」
晴菜が空中で静止する。
まるで二人を見下ろすように。
「ふん……。確かにしょうもない罠が張ってあるかもね。触れてから発現するタイプなら肉眼で確認するのも不可能。発動前は魔法力も極小で発光もほとんど見られないもの……」
一段と晴菜の羽が、輝きを増した。
「ま!! 私には関係ないんだけどね!!」
そして、桃色の光をまき散らす晴菜の羽は――。
辺り一面にまき散らされていく。
「うおおおおぉぉおおおおぉぉ……!!」
唸り声とともに晴菜は背中から羽を生やし、また散らし、また生やし、また散らす。
「変身型の魔法少女がその象徴たる羽を散らす……!? これは……!!」
忍者ですら予想できなかった現実。
視界一面。
既に桃色の羽で覆われている。
「これが私の最強必殺技のひとつ……エクストリーム・エンジェル・フェザー!!」
いくつかの桃色の羽が、橙の光を帯びる。
否、発見したのだ。
握りこぶし程度の橙の光球。
忍者を守るように、周囲に7つほど。
どの方向から攻められてもいいように無造作に。
力業にもほどがある索敵。
攻略不能かと思われたニンジュツに対して、最強を自負する魔法少女はやってみせたのだ。
これこそが魔法少女の戦い方だ、と。
息つく間も与えまいと、桃の少女が急降下する。
空中に固定された橙の光をかいくぐり、ついに忍者の正面を取る。
視界に入った
意に介さず、桃のステッキを振りかぶる。
狙いは一点。
橙色の派手な忍者の側頭部――。
「――というのも、読めていたでござる」
何を負け惜しみを。
耳にした瞬間の思考。
だが、何が起こっても攻撃を止めるつもりはなかった桃ヶ崎晴菜の手は止まっていた。
忍者は人質を
近場にあった橙の光に向かって。
もしもそれが宣言されていたなら、晴菜は少しの思考の後、見放すという選択肢を取れたかもしれない。
しかし急の事態だったからこそ、選択肢は彼女の思考ではなく本能にゆだねられた。
桃ヶ崎晴菜は人質を助けるため、態勢を崩した。
「ちいっ!!」
ステッキを放り捨てる。
そのまま両の腕でいたいけな叫び声をあげる人質をキャッチ。
かばうように全身で。
人質と衝突するはずだった橙の空中機雷を、桃ヶ崎晴菜は全身で受けることになった。
「ぐ……」
橙の閃光が空中で破裂する。
すぐに態勢をなおすべく、忍者の方へと――。
「もう、遅い」「!!」
橙の手裏剣が無数に晴菜へと突き刺さる。
桃色の羽で包むようにガードするも、完全に防戦一方。
神々しき天使は、いまやサンドバックと化していた。
「く……こんな、こんなことで……魔法少女は絶対に――」
手裏剣が、羽根を突き破った。
「きゃああああぁぁああああぁぁ!!」
決壊してからは早いものだった。
桃色の羽が無残にも舞い散る。
先ほどは魔法少女の自ら行ったその現象が、今度はその意志と関係なく。
後には水面に仰向け浮かぶ桃ヶ崎晴菜と、必死に呼びかける人質だった少女。
そして勝ち誇った笑い声をあげる忍者が残されていた。
――桃ヶ崎晴菜は敗北したのだ。