「千雨ー!! 足元に気を付けるんだぜ!!」
「……」
「GAKUENにこんな場所があったなんてね……ヨイショ。そこ足場が悪いから別ルートの方がいいかも……。風花、疲れてない? おぶるわよ?」
「晴菜……!! ありがとう……こういう細やかな気遣いもできるのが晴菜の『良さ』なんだよなあ……ふへ……ふへへ……おわあ!?」
淡雪風花が
あわや大惨事かと思われたがそこは魔法少女。
瞬時に駆け付けた鳴神美雷が、風花の手を取っていたのだ。
カラカラと音を立てて、木片が奈落へと落ちていく。
「大丈夫なんだぜ!? 風花ちゃん!?」
「……別に。助けてもらわなくても魔法力を下側に集めて軟着陸はできた。……ボクを助けるのは晴菜だと相場が決まってるのに」
風花が憮然として本棚によじ登る。
美雷はにこにこ笑顔から一転、しょんぼりしてしまった。
晴菜も短く息を吐くだけで、それっきりだ。
千雨はというと――。
「そもそも、なんで
少女の絶叫が図書室――そう名前のついた巨大な迷宮にこだまする。
切り立った本棚にある踊り場のような場所に、四人はいた。
●
GAKUENの図書室は魔法少女に必要な教養、知識を網羅するために造られた。
近代魔法少女や魔法力に関する文献ももちろんだが、それだけではない。
古代の遺跡や人々の暮らしについて書かれた本、またそれらにまつわるオカルト雑誌。
広範な分野をカバーした学術書、錬金術が研究されていた時に用いられていた真偽不明の挿絵本。
偉人をまとめた辞典や言葉をまとめた辞書、そして小説といった文章媒体の物語、アニメの特典についてるような特典冊子……。
GAKUENの図書室は、あらゆる知識に線を
全てが魔法少女の糧になるという理念のもと、蔵書は増えに増え、その度に改築増築が行われてきたのだ。
「その結果がこの登山の最難コースみたいな図書室ってワケ!? 少しは利便性を考えろやボケ~~~~!!」
「千雨、落ち着くんだぜ」
「これが落ち着いていられるかっての!! というかそのうち落っこちるわよ!? ったく、あの変態忍者……!! こんな鍵だけ渡して何がしたかったのよ……!!」
四天王である忍者が戦いの後、渡した鍵。
スピーカーから校長の「鳴神美雷に1000点!!」という声が響き渡る中、いったんプールサイドに集まった四人は忍者からそれを受け取った。
――このGAKUENには秘密がある。だが、それを解き明かすのは君たちが自分の手でやらないといけないんだ。だからこれを渡す。興味があるなら図書室のどこかにある扉を探すといい。
忍者はそれだけ言い残すと、次の瞬間にはGAKUENの校庭を飛び回りどこかへ消えていった。
(半裸のまま)
千雨はいぶかし気に手にした鍵を見つめるのだった。
「どうせ他にやることもないし、罠にしては指示がふんわりしてるから来てみたけど、図書室がこんな場所だなんて予想外じゃない……!! あの変態忍者……美雷に上半身を見せつけるなんて!! こちとら毎日いっしょにお風呂に入ってるっつーの!!」
「千雨とのオフロ、ぽかぽかなんだぜ」
嬉しそうな美雷を見てわずかに顔を紅潮させる千雨。
気取られないように顔をそらしたのを誤魔化すように、思考する。
これで罠の可能性はますます減った。
自分達をおびき出すにしては確度が低すぎる。
千雨たちが「こんな面倒なことやってられっか!!」と投げ出したらそれだけで破綻するのだ。
だとすれば、これは忍者の独断行動。
校長への反逆行為――。
「はあ、まったく……せっかくの晴菜とのお出かけなのに……せめて静かにしてほしいね、雨宮さん」
そう言い放つ風花を千雨がむっとにらんだ。
「淡雪さん、イヤなら二人だけで行動すればいいんじゃない? 誰も一緒に来てくれなんて頼んでないんですけど? 私だって美雷と二人っきりが……おほん、何でもない」
「別にそうは言ってないでしょ? 他の四天王がいつ襲ってくるかわからないし。奴ら、晴菜と鳴神さんを狙ってるみたいだし一応は協力するってことで話がついたじゃないか」
「一応って何!? だいたいあなたは桃ヶ崎さんのことを考えすぎじゃないの!? もうちょっと周囲のことを……!!」
「す、ストップなんだぜ~!!」
美雷が二人の間に割って入り、口論は収まった。
風花はべーっと舌を出して、少し前を行く晴菜の隣を陣取った。
(は、腹立つーーーー!! 淡雪さんはもっと大人しい子かと思ったら全然そんなことなかったわ!!)
千雨の内面などどこ吹く風。
風花は「ふわあっ」と間の抜けたあくびをした。
「無駄に言い争いをしたら疲れちゃったな……ねえ晴菜、久しぶりに背中、いいかな……?」
「……」
「……晴菜?」
「え? ああ、今晩のおかずはブリの照り焼きとかがいいかしら……」
「……!! ブリの照り焼きって……!! ボクの話を聞いてなかったの!?」
「……ごめん。上の空だった」
「……晴菜まで!! 晴菜だけはボクの味方だと思ってたのに!! もういい!! ひとりで先に行くもん!!」
ぷんすかしながら緑の少女が先を行く。
いつもなら桃の少女も追いかけたのだろうが所在なさげに手ち尽くすだけだった。
千雨と美雷はどちらからともなく、相談するのだった。
(あんまり大きな声でするのもよくないかしら……)
「ねえ……美雷は……どうすべきだと……」
「決まってるんだぜ!! 風花ちゃんを追いかけて!! 晴菜ちゃんにも元気がない理由を聞くんだぜ!!」キンキンキンキン!!
(み、耳がキンキンするーーーー!! 本当にこの子は……!!)
まあでも、そういう思いきりの良さが美雷のいいところだと千雨は思う。
これまでの戦いでもそういうところは十二分に出ていた。
魔法少女の強さを想いの強さとするなら、やはり美雷は特別な魔法少女なのだろう。
(別にそれだけじゃないけど……私も助かってるしね)
風花を追いかけて、晴菜と話してみる。
当然、ひとりで一度にはできない。
分担は自然と決まった。
晴菜と美雷は何かとよく話している。
対抗心を燃やすことはあっても、根本的にノリが近いのである。
なので、必然的にへそを曲げて先を行った少女を追う役目は千雨になるのだった。
(さっき口ゲンカしたばっかなんだけどな~。あ~あ……)
調子に乗って言いすぎたかもしれない。
億劫な気持ちに負けて後ろを振り向けば、こちらを見てにこやかな笑みで見送る美雷と目が合う。
――お互いに頑張るんだぜ!!
きっとそう言いたいのだとわかった。
(まったく……あんまり期待されても困るけど……)
それでも悪い気はしない千雨であった。
●
「晴菜ちゃん!! どうしたんだぜ!! 黙ってたらわかんないんだぜ!! あ!! でも話したくなかったら話さなくて大丈夫なんだぜ!! でもでも!! 晴菜ちゃんが」
「う……」「う?」
「うるさーーーーい!! ひとりで考え事してたのにベラベラしゃべってんじゃないわよ!! この天然ワンコ系魔法少女ーーーー!!」
「めちゃくちゃ怒られたんだぜーーーー!? ……でも良かったんだぜ!!」
「何がよ!? 私がこめかみピクピクさせてるのがそんなに良かったって言うの!?」
「は、晴菜ちゃんが思ったより元気そうで良かった……って言いたかったんだぜ。ごめんなんだぜ……」
「……。ふん、別に謝らなくてもいいわよ。そういえば前にも似た流れがあったわね。あんたって本当にマイペースよね」
「まいぺーす? よくわからないんだぜ……。あ、そんなことより!!」
「……。そういうところがよ。で、何?」
「もしかして……風花ちゃんのことで悩んでたんだぜ?」
「……そうよ。よくわかったわね」
「魔法少女の勘だぜ!!」
「はあ……こんなやつに負けてたのね、私。ま、いいわ。せっかく言い当てから話してあげる。あの子と私はこのままでいいのかなって急に不安になったのよ」
「……不安? 困っていることがあるんだぜ?」
「そんな顔しなくていいわよ。すぐに解決できることじゃないし……。あの子は私のことを慕って、いつでも応援してくれる。『最強の魔法少女は晴菜だ』って……」
「それのどこがダメなんだぜ? 友達のことを応援するのは、とっても良いことなんだぜ!!」
「それが――」
「それが呪いになってるんじゃないかって思うの。あの子も、私も……」
●
千雨は本棚と本棚の間の小道へと入った。
さながら山にぽつんと佇む洞窟。
順路が合っているか、などとは今更考えない。
この空間は全てがあべこべだ。
視界を覆いつくす本、本、本……。
まるで自分たちが
(それもいいのかもしれないわね。毎日、突っ立ってればいいなんて……でも)
雨宮千雨は
(人形なら何も悩みなんかないかもしれないけど、表情すら変えれないのよね……。真顔のままは怖いし、笑顔にしたってずっと張り付いた笑顔になるワケね。おーこわ)
千雨は開けた場所に出た。
そこだけは本棚がなく、広場のようだった。
その中央で、立ちすくむ緑の少女を見つけたのだ。
(美雷にあんな風に頼まれちゃ行くしかないわよね……。あー、何て話しかければいいんだろ)
とりあえず、ターゲットを観察することにした。
微かな音。
それが鼻をすする音と気づくのに時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっとあなた!? 泣いてるの!?」
「グス……ズズ……ボクが泣いてるわけないだろぉ……」
消え入りそうな声に、千雨も慌ててハンカチを差し出した。
「念のため言っておくけど鼻はかまないでね……!!」
「うん……ありがとう……チーン!!」
「案の定!!」
軽いデジャブを感じつつ、千雨は風花の背中をさする。
落ち着いてきた風花に控えめに理由を尋ねることにした。
「いや、まあ、私も感情的になっていたというかキツい物言いもあったかなー何て思ったけど……これからはもう少し優しい言い方を心がけようっていうか……」
「雨宮さんとの口論のこと? そこは関係ないから気にしなくていいよ」
「あ、そう……」
千雨の非難のこもったジト目を無視して、風花は話し始めた。
ぽつりぽつりと。
雪が積もっていくように。
「まず大前提として、ボクは晴菜のことが好きだ」
「うん、それは知ってる」
「そりゃどうも。……そんな晴菜が大好きなボクだけど不安に感じることもあるんだ」
「ふうん、自分の変態性の高さに?」
チョップがさく裂する。
気を取り直して話は進む。
「ボクが不安なのはボクの想いが晴菜には重荷になってるんじゃないかってコトだよ。……晴菜は強さの中にも気高さがあり、それでいて優しくて、ふとした時に年相応の可愛さもみせる魔法少女の中の魔法少女……雨宮さんも知ってると思うけど」
「アッ、ハイ」
「でも最近の晴菜はその……どちらかといえば
「よく負けてるわよね、桃ヶ崎さん」
二度目のチョップは、やや強かった。
「とにかく!! ボクには応援することしかできないけど、それが晴菜を追い詰めていってるんじゃないかって……そう考えたらボク、急に不安になってきて……」
それで泣いていた、というわけだ。
合点がいった千雨は短く息を吐いた。
今度は茶化さない。
自分に何ができるかわからない。
自分がどうしたらいいかわからない。
似たような悩みだ、と思った。
「よくわかんないけど、そのままでいいんじゃないかしら」
「そのままって……ボクがけっこう本気で悩んだってわかってる?」
「うん、わかるわ」
だからこそ、だ。
「自分の気持ちなんて、自分でもコントロールできないものでしょ? だったらその抱えた気持ちとどう向き合うかなんじゃないかしら」
「……どう向き合うか」
「そうよ、桃ヶ崎さんが嫌と思ってるかはわからないし。これから考えていけばいいのよ……きっと」
私達が人形だったら何も悩まなかったんだろうけどね、と千雨は最後に肩をすくめてみせた。
きっとこれは、自分の心に言い聞かせる言葉でもあった。
普段この手のことを「くっさ~」と忌避する千雨としては会心の一言。
だが、それが相手の心を打つとも限らないわけで――。
「これからなんて言ったって……晴菜が無理してて、その間に何かあったら大変じゃないか!! ボクは今すぐ答えがほしい!! 雨宮さん!! そんな感じでもう一回……いや、十回くらいやって一番いいのを採用する!!」
「私の一言をガチャ引き直しみたいなノリで言うな!!」
『ハッハッハ!! 魔法少女諸君!! 今日も日常を謳歌しているかね!! 人によっては口ゲンカ、いざこざ、すれ違い……そう、魔法少女の日常に対立であり反目はつきものなのだ……!! ハッハッハ!!』
(……!! この見てきたように断定して押しつけがましい持論を展開し、スピーカーを通して耳障りな笑い声をあげるこの男は!!)
『さて、現代の校長にはスピーディーさが求められる。というわけで本日のレイドバトルだ!! 四天王の二人目が図書室へと出現する!! 腕試しをしたいものは戦いを挑み、校長ポイントを稼いでほしい!! 例え敵わないと思うものも果敢に挑戦してほしい!! 魔法少女とはそういうものなのだ!! ハッハッハ……!! ちなみに四天王の二人目は……』
「……雨宮さん!! 引き返そう!!」
その一言で千雨は弾かれたように振り返る。
ピンポイントで自分達を狙ってきたことだとか、胸ポケットに入った鍵とかは後回しだ。
(とにかく、美雷と桃ヶ崎さんに合流しないと……!!)
まるで魔法の森で木々が動いて、通せんぼするみたいに。
(そんな……!! 来た道が……!! 美雷……!!)
「晴菜……!! クソっ!! ビクともしない!!」
「が、頑張れば無理……かしら? 私達一応、魔法少女だし……」
「魔法力と魔法力は干渉するけど物質に直接動かしたりはできないんだ……!! 完全にボクらを孤立させるための仕掛け……!!」
広場のような空間で、千雨と風花が取り残される。
しかし、状況は二人にたじろぐ隙さえ与えない。
来た道とは反対側、奥側の通路から地響きのような音が聞こえてきたのだ!!
ゴゴゴゴ……!!
「な、なんなのこの音は……!!」
『そう二人目の四天王の紹介がまだだったな!! 名は錬金術師のバイオラ!!』
――聞いてたよ。『呪い』と『祝福』の話。
「……!!」
聞こえてきた女性の声に千雨と風花が身構える。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
――どんな『想い』もいつかは『呪い』に変わる。甘ちゃんの魔法少女にわからせてやらないとね。
通路から紫の砲身がのぞいた。
紫のキャタピラが唸りを上げながら進撃する。
紫の装甲と砲身を持つ車両。
あれは――。
(せ……戦車ぁ!?)
『そう……四天王の二人目は錬金術師のバイオラ、またの名を――』
『紫戦車のバイオラだ』
「さあ魔法少女達……今からは『呪い』の時間だよ」
中世の魔法使いを思わせる恰好、かつ大胆に胸元を開いている。
二人目の四天王であるその人物が、紫の戦車の上で不敵に微笑んだ。