戦車――。
上には、紫の光でできあがったたくましい砲身。
下には、これまた紫の光をまき散らすキャタピラ。
平べったい直方体を二つ重ねたようなデザイン。
その外殻を覆うのは装甲ではなく
そう、これは紛れもなく、魔法力でできた戦車だったのだ。
「忍者の次は戦車!? つくづくトンチキなGAKUENね!!」
千雨の絶叫も虚しく、戦車の砲身がくるりと回転する。
狙いは言わずもがな、魔法少女の二人。
「ひょえ!!」などと、いたいけな叫びを無視して、戦車の上の女性は不敵な笑みを浮かべる。
女性は大胆に胸元を開き、紫のローブを羽織ったような出で立ちだ。
「フフフ……私は四天王のひとり、紫錬金術師のバイオラ……。あなた達の敗北を錬金しにきたってところかしら……そう、『呪い』をね……」
(この変な笑い方に目立つ恰好!! 間違いない……!! こいつあの忍者の仲間だ!!)
やはり気になるお年頃なのか。
バイオラの胸元に視線が釘付けになる千雨の横で、風花が手を掲げた。
「どこ見てるのさハレンチ雨宮さん!! グリーン・グリモワール!!」
「は、ハレンチィ!? なんて言ってる場合じゃないわねレイニー・バトン!!」
風花の一言が
そう、既に戦闘は始まっている。
ならば先手必勝、攻撃あるのみだ。
戦車の上空で緑の雪が、塊となり降り注ぐ。
正面では青いバトンが高速回転をしながら飛びかかっていく。
「フフフ……その弱さは『呪い』ね」
戦車の上に優雅に腰かけていた女性が、体を沈ませる。
完全に紫の戦車の中へと隠れたのだ。
紫の装甲が少女たちの攻撃を弾く。
上からの緑の光も、正面からの青の光もあえなく霧散していった。
紫の戦車は、微動だにしていない。
「そんな……全く効いてないなんて……!!」
「逃げるよ雨宮さん!!」
「フフフ……『逃げる』のは『祝福』ね……これがどういう意味かわかるかしら?」
さっきからこいつは何を言ってるんだ。
そう思う時間も惜しいと千雨は足を走らせた。
来た道は戻れない。
ならば脇へ。
早くも息を切らす風花ともに本棚の間の狭い小道へ。
「大丈夫!? 淡雪さん……!!」
「ぜえぜえ……でもひと一人がやっとの狭い場所ならあの戦車は追ってこれない……」
「そうなの!? 私いまだに魔法力のことわかってないんだけど!! 魔法力で本棚が押せないなら貫通してくるんじゃないの!?」
「いやいや、地面に当たれば魔法力は爆発したりするでしょ? つまり魔法力の方が派手に消えていくんだよ。他の物質を押し退けるほどの魔法力なんてそうそう……」
キュラキュラキュラキュラキュラキュラキュラキュラ!!
「こ、この音は……!!」「まさか……!!」
「そのまさかだよ!!」
本棚が乱暴になぎたおされていく。
千雨と風花は、半ば倒れ込むように身を屈めた。
顔を上げれば、紫の砲身と目が合った。
「そ、そんな……!! ちょっと淡雪さん!! 話が違うじゃない!! 思いっきり来てるわよ!! 戦車!!」
「……きっとあの戦車は四天王と
そう、淡雪風花は良く知っている。
だって自分の一番好きな人が同じ原理を利用しているのだ。
少女一人が飛行することができる浮力を生むことと、周囲にある物質をなぎ倒すこと。
華美なドレスを身に纏い戦闘に赴くことと、戦闘用の車両に乗り込むこと。
それぞれ、両者にいったいどんな差があるというのか。
「変身型だ……!! この戦車は……錬金術師のバイオラの変身コスチュームという扱いなんだ!!」
「え、ええええ!? 無理がないそれ!?」
「フフフ……さすが、と言っておきましょうか……その回答は『祝福』よ」
(でもって合ってるんかい!! 相変わらず呪いとか祝福とかワケのわからないこと言ってるし……!!)
などと考えている場合ではない。
紫の砲身はなおも千雨と風花を目掛けて燦然と輝いてる。
これだけの装甲と機動力を持つ魔法力。
飛び道具だろうが、破壊力も想像するまでもない話だ。
唯一の救いは、砲弾はたやすく撃てないであろうことだ。
そうでないなら、今頃は千雨も風花も本棚とともに吹っ飛ばされている。
(とにかく……相手を刺激しないようにしないと……!! 怒らせて攻撃を誘発しないように……)
「お前なんて……怖くない!! 同じ変身型なら晴菜の方が強いもん!! 必ずボクを助けにきてくれる!!」
「ぶっ!! 淡雪さん落ち着いてーーーー!! 美雷ならいけるかもだけど、桃ヶ崎さんじゃ無理でしょ!!」
「なっ!! キミまで晴菜をバカにするのかい!? ハレンチ雨宮のくせに!! 」
「誰がハレンチよ!!」
――フフ……フフフ……。
一瞬、戦車が笑ったのかと思った。
もちろんそうではない。
中にいる四天王――錬金術師のバイオラが二人を嘲るように笑ったのだ。
困惑からか、二人は言い争うことを止めていた。
やがて、その意を説明せんと戦車の方から声がする。
「その桃ヶ崎晴菜への信頼は……もう既に『呪い』なのよ淡雪風花さん」
「な、なにを……!! ボクの晴菜への愛が『呪い』だなんて……!! そんな……!!」
(……せめて友情くらいにしてほしいけど、そんなこと言っている場合じゃないわね)
千雨の目からも風花の動揺は明らかだ。
それを狙っての言動なのだから、敵の妄言だと切り捨てるのが正しいのだろう。
だが、千雨にそれはできなかった。
――呪い。
その単語は頭にこびりつくように、妙に気になってしまったのだ。
二人に追い打ちをかけるように、四天王のバイオラは言った。
「そう『呪い』……。あらゆる『祝福』はいつしか錆び、衰え、崩れ去っていき……守らなければならないただの枠組みへと堕していく……。形骸化したモノに行動を律され、破れば罪悪感にさいなまされる……。それは『呪い』でなくて何なのかしら?」
「違う!! ボクはただ純粋に晴菜を……!!」
「『追い立てて焦らせていた』……それは『呪い』よ、淡雪風花さん」
「……!!」
風花の顔から色が薄らぐ。
彼女たちが、この戦いの直前に話していた内容。
図らずも思い出させることになったのだ。
戦車の中から響く声は、なおも少女を追いつめる。
「あなた達が変態忍者……じゃなくて橙忍者のオレンと戦った時に体現した『魔法少女は形のない想いを力にできる』、これは『祝福』かもしれない……。でも、『想い』というものが常に『プラス』であるなんて誰が決めたのかしら? 『想い』に形がない以上、『祝福』なんてたやすく『呪い』に変わってしまう!! そう、私だって今日は……!!」
(今日……?)
「……何でもないわ。さあ、淡雪風花さんは私の言葉で戦意を喪失した!! 雨宮千雨さん、オレンから受け取った鍵を渡しなさい!!」
「く……やっぱり鍵を狙ってたのね」
これは罠ではなかったのだろう。
あの橙忍者は校長や他の四天王を裏切り、千雨たちに鍵を託していたのだ。
千雨はふうっと、息を吸う。
安全だけ考えれば、渡してしまえばいい。
見逃してくれる可能性も1%くらいはあるのかもしれない。
ヘタすれば、頑張って抵抗するより見込みはある。
それでも――。
「渡せない……」
「……フフフ、あなた震えてるわよ? 砲身から弾が発射されればそれで終わり……わかってるんでしょ?」
バイオラの言う通り、戦車から伸びる砲身は千雨をしっかりと狙っていた。
いつ発射されても最早おかしくはない状況だ。
千雨の頭の冷静な部分は警鐘をガンガン鳴らしていた。
「……それでも!! 私は渡さない!! だってこれは美雷が頑張って、みんなのおかげでって言ってくれて、それで手に入れた物よ!! 私は……正直、大したことなんてしてないけど……」
青の少女が力の限り叫んだ。
紫の装甲を揺らすように。
「だったらなおさら渡せない!! 私ひとりで勝手にそんなことできない!!」
「雨宮千雨さん……その友情は『呪い』よ。今まで散々言っていたことが理解できなかったのかしら?」
「……その呪いがどうとかいうの、止めてくんない?」
「……何ですって?」
戦車の中でその姿は見えないが、四天王の一言は明らかに怒気を含んでいた。
風花が顔を上げて千雨に目をやる。
相変わらず体を小刻みに震わせている。
「雨宮さん……キミは……」
「ええい!! 毒を食らわば皿までよ!! 呪いだの祝福だの、その場のノリで言ってるだけじゃん!! 私は美雷に出会って、ちょっとずつだけど変わろうとしてる!! それを呪いだなんて言わせない!!」
少女はもう、止まらない。
「あなたの定義を押し付けられてもそんなの知らない!! 私は美雷の存在に助けられてるし、たくさんのことを教えてもらってる!! で、あなたは何? ぽっと出の人の言うことなんか聞く義理ねーーーー!! わかったら……その……向こう行け!! シッシ!!」
辺りが静まり返る。
本の山だけが見守るように存在感を放っている。
静寂を破るのは、戦車からの声だ。
「フフ……フフフ……」
「アーッハッハッハッハ!!」
「『祝福』……その開き直りは『祝福』よ……雨宮千雨さん……!! でも言ったでしょ!? それは『呪い』に変わる!!」
戦車の砲身に光が集まる。
(あ、まずいやつ……? まずいやつよね!? これ!!)
「この図書室は私のフィールド……!! なぜだがわかる? 本は言葉の集まり!! そして言葉は『想い』……つまり『呪い』の集合体なのよ!! そのイメージが、私の魔法力を高めて放つ!! 大量の『呪い』をその身に受ければどうなるか!!」
千雨と風花は動かない。
否、動くことができなかった。
高まり続ける紫の光に恐怖し、足も手も機能を忘れて静止する。
「『呪い』装填……照準良し……!!」
光が、瞬いた。
「発射!!!!」
「千雨ーーーー!!」
黄の光が、突如飛び込む。
千雨と風花、そして戦車の間に割り込んだその光は――。
そのちょうど中間で、紫の砲弾と衝突した。
(え……?)
千雨がやっと、何が起こってるか気づく。
自分の名前を叫んでいたのは美雷だ。
恐らくは戦闘の音を聞きつけて、回り道をしてここまで来てくれた。
その美雷が眼前へと飛び込んだ。
砲弾の軌道上に、身を呈して。
「……美雷?」
紫の砲弾を弾き飛ばしたのか、あるいは弾き飛ばされたのか。
鳴神美雷は無造作に放り投げされたように、後方へと。
その身が宙に舞っていた。
「美雷ーーーーーーーー!!」
少女の絶叫が、広い図書室を覆いつくした。