「美雷ーーーーーーーー!!」
叫んだ時には、もう駆け出していた。
放物線を描きながら落下する
その落下予測点を目算し、千雨は飛び込む。
人ひとり分の衝撃を、千雨は自身の体で受け止める。
二人は図書室の床を転げるように減速し、やっと止まった。
「千雨……ありがとう……なんだぜ……」
「悠長にお礼なんか言ってる場合!? あんな無茶をして……!!」
対峙する戦車と
その光景を見て鳴神美雷はすぐに状況を理解した。
脚に力を込めて、迷いなく間に割って入ったのだ。
風花も傍らへと寄ってくる。
「鳴神さん!! 晴菜は!?」
「晴菜ちゃんなら……ケホッケホッ!! すぐにくると思うんだぜ……」
「こんな時でも桃ヶ崎さんの話なんて……!!」
非難の目を向ける千雨に、風花も悪びれず見つめ返す。
一触即発の状況の中、無限軌道の駆動音が無機質に響き渡る。
「フフフ……頼みの綱の鳴神美雷さんがそれじゃあ、あなた達にもう勝ち目はないわね」
余裕たっぷりのその調子は、まるで勝利宣言のようだ。
「もしも鳴神美雷さんが迷わず
(美雷が……私のせいで……?)
四天王の戦車は砲撃を連射できない。
発射の前後は移動が制限されるという縛りがある。
だが、それもしばらくのこと。
次は砲撃に頼らずとも、直接体当たり攻撃をしかければよい。
それに対抗できる美雷は魔法力を消耗し、いまなお起き上がることができない状況なのだ。
「これを敗北といわずして何と言うの? ずっと言ってるでしょう? 『祝福』はいつか『呪い』に変わる……。麗しき『友情』も美化されたものに過ぎず、いずれは『重し』となる!! ……鳴神美雷さん、あなたの存在は『呪い』でも『祝福』でもない……でも、あなたを取り巻く思惑は『呪い』でしかない……!! いっそここでTAIGAKU処分になった方が楽よ」
「何をワケのわからないことを……!!」
千雨にはそうやって悪態をつくのが精いっぱい。
美雷はまだ、腕の中で微かな呼吸音を上げるだけだ。
そんな二人の前で、淡雪風花は悠然と立っていた。
自分だけは何かを信じていると言わんばかりに。
「まだ……晴菜がいる!! 晴菜はお前になんかに負けたりしない!!」
「フフフ……淡雪風花さん、その桃ヶ崎晴菜さんは今どこにいるのかしら? 自信を喪失して逃げ出したんじゃないの? そもそもあなた達、そのことでケンカしてたんでしょ?」
「そ、それは……蒸し返すな!!」
「言ったでしょ? あなたの重苦しい『想い』は桃ヶ崎晴菜さんにとって『呪い』になっている。そして、その妄執的な感情を抱かせるという意味で……」
「桃ヶ崎晴菜さんの存在は、あなたにとっての『呪い』なのよ」
号令がかかったように戦車が進みだす。
その歩みは無機質で暴力的だ。
一方の魔法少女達と言えば、意気消沈と言った様子。
普通ならば魔法少女は声を掛け合い、励まし、互いの力を引き上げる。
だが、それらは四天王のバイオラの言動により封じ込まれたに等しい。
「晴菜……」
『呪い』と言われた。
お互いの存在がそうであると。
否定はできなかった。
桃ヶ崎晴菜がいなかった時の自分なんて想像はできない。
それはつまり、自分にとって『晴菜』の存在が大きくなりすぎているということ。
自己の存在に『晴菜』が入り込み、切り離せないものになっているということ。
人と人との関係も移ろいゆくものだ。
いつしかこの『愛』が『愛していた』という『呪い』に変わるのだろうか?
目から
それでも、少女は叫んでいた。
自分が一番好きな人の名前を――。
「晴菜ーーーーーーーー!!」
紫の戦車は少女へと吶喊し、そして――。
「待ちなさい!!」
止まった。
全員が視線を声の方へと向ける。
戦車を挟んで後方。
そこに腕組みをして立っていたのは、先ほどから大声で名前を呼ばれていた少女――。
「そこの紫色の戦車!! この最強の魔法少女……桃ヶ崎晴菜が相手をしてやるわ!!」
桃ヶ崎晴菜が、戦車に向かってビシッと指をさした。
●
戦車がその砲身を180度回転させた。
狙いは先ほど啖呵を切った少女、桃ヶ崎晴菜だ。
四天王からすれば、ほぼ戦えない状態の三人より勢いのある一人の方が相手にするに足る、ということだろう。
例えそれが空元気でも。
「フフフ……どうしたの、桃ヶ崎晴菜さん。大声なんて出しちゃって」
「……っ!! ナメてるのあなた!? この私にかかれば四天王なんて……敵じゃ、ないわよ!! 鳴神美雷には前に助けてもらったから今回は私が……!!」
「あなた、足が震えてるわ」
「……!!」
事実だった。
桃ヶ崎晴菜の足は、その意に反してビクビクと震えていたのだ。
まるで産まれたての小鹿のように。
「フフフ……隙ありよ!!」
キャタピラが魔法少女へ猛進する。
桃の魔法少女は、咄嗟にその背中から桃色の羽根を生やす。
エンジェルフォーム。
GAKUENで晴菜だけが成れるその形態は、自身が恒星フォームを編み出すまでは最強を誇っていた。
だが――。
「きゃああああぁぁ!!」
「晴菜ーーーーーーーー!!」
飛び立つ間もなく天使は戦車と正面衝突。
力負けして、あえなく後方に数メートルに吹っ飛ばされた。
あまりにもあっけなく
うめき声をあげる少女に、戦車が無慈悲に迫る。
「う……うう……こんなところで負けられないのに……私は最強で……風花が信じてくれて……魔法少女は絶対に負けなくて……」
「フフフ……桃ヶ崎晴菜さん、少し残酷だけどはっきり言ってあげる」
魔法少女に言葉が投げつけられる。
「あなたが言っているそれ、全部『呪い』よ」
「……何ですって?」
「言った通りの意味よ。最近は負けてばかりで『最強』からほど遠いこと、わかってるんでしょ? 風花さんの重苦しい『信頼』もあなたを逃げられなくしている。魔法少女としての『誇り』もあの変態忍者に負けてボロボロになったじゃない」
「そ、それは……」
鳴神美雷は言ってくれた。
チームで戦ったから、晴菜の負けではないと。
しかしそんな簡単に割り切れるものでもない。
プラスとマイナス――いや、『祝福』と『呪い』を据えた天秤は、いま片側に傾こうとしていた。
「これでわかったでしょ? 全ての『想い』はいずれ『呪い』になる……あなたはもう魔法少女としては終わりなの、桃ヶ崎晴菜さん」
唐突な宣告。
いつもの晴菜なら力強く反論していたところだろう。
だが、それは叶わない。
晴菜は床に突っ伏して、泣いていたのだ。
「はあ……ちょっと言いすぎちゃったかな。因果なものよね、この仕事……。じゃ、そういうわけで」
戦車が再び唸りを上げる。
今度こそ、魔法少女にトドメをささんと。
「終わりよ!! 桃ヶ崎晴菜さん!!」
「!!」
結論から言えば、桃ヶ崎晴菜は無事だった。
戦車の履帯部分を緑色の雪が絡まるように固定していたからだ。
晴菜の前には風花が立っていた。
「ここはボクが引き受ける!! 晴菜だけでも逃げて!!」
「ふ、風花……? 何をしているの!? 無茶よ!! あなたの魔法力じゃもって数秒よ!!」
「その時間で逃げてって言ってるんだよ!!」
風花に振り返る余裕などない。
全身全霊をもって戦車を足止めしている。
「さっき雨宮さんが逆切れしてたんだよ!! 呪いなんか知るかボケって!! それで目が覚めた!! 誰かが後ろ指をさして笑ったって……そんなの気にしなくていい!! そう言ってたのは晴菜じゃないか!!」
「……私が」
「そうだよ!! だからボクはもう気にしない!! 呪いだなんだの言われたってボクのやりたいことをする!!」
緑の少女が図書室のど真ん中で咆哮する。
「晴菜を守るってことを!!」
「……!!」
晴菜が、一瞬だけ涙をぬぐうとすぐに立ち上がる。
決意は固まっている。
逃げる?
そんなことするわけない。
立ち向かう。
でも、どうやって?
どうすれば目の前の
どうすれば――。
「『呪い』を『祝福』に変えるんだぜ!!」
はっと気づいて目をやれば、鳴神美雷が立ち上がっていた。
雨宮千雨に肩を持たれて。
「『祝福』が『呪い』に変わるんなら『呪い』を『祝福』に変えることだってできるはずなんだぜ!!」
そうか、と晴菜が桃色のその眼を見開く。
こんなにも簡単なことだったなんて。
あらゆる『想い』がその意味をなくし、形骸化していくなら――。
また意味を注ぎ込めばいいだけのこと。
「まったく……屁理屈だけは本当に得意なんだから……鳴神美雷!!」
桃色の結んだ髪を振り上げて、少女が立ち上がる。
その気配を察してか、紫の戦車から声が飛ぶ。
「フフフ……気づいたようだね。『祝福』と『呪い』のロジックに……。だが!! 桃ヶ崎晴菜に私の戦車装甲を破る術はない!! いかなる『想い』も今のあなたには存在しない!!」
「想いならある!! 今、目の前で私なんかのために体を張ってるバカを、守ってあげなきゃって想いが!!」
「晴菜から罵倒されてる……新感覚だよ……ひぃん……」
恍惚な表情の風花を脇に下がらせ、晴菜が立つ。
戦車がなんだ。
こちとら魔法少女だ。
手段なんていくらでもある。
「恒星フォームであんたを迎え撃ってあげる!!」
「はっ!! 何を言い出すかと思えば!! 前に暴走したフォームじゃない!! 周り全員を巻き込むつもり!? その力は『呪い』そのものよ!! 魔法少女そのものが『呪い』であることの!!」
「違う!! 私はこの力を使いこなしてみんなを守る!! この力は私にとっての最強よ!! 見てみなさい!! これが私の最強のフォーム……!!」
桃色の光が、集約されていく。
一人の少女の元へと。
「
光が瞬き、増幅され、広がっていき、そして次の瞬間――。
そこにいたのは、ただの桃ヶ崎晴菜だった。
「え……?」
遠くから見ていた千雨が素っ頓狂な声をあげる。
どう考えても、変身が完了する流れだった。
だが、桃の少女はセーラー服の姿のまま。
――変身失敗。
その一言が脳裏によぎる。
「フフ……フフフ……」
静かになっていたその空間で響くのは、戦車からの笑い声だ。
「傑作じゃないの桃ヶ崎晴菜さん!! あれだけイキがって、あなた『変身失敗』してるじゃない!! 自己肯定感がなくなってついに変身すらできなくなったのね!! 今、楽にしてあげる!!」
紫の戦車が桃の魔法少女へと吶喊する。
「晴菜ーーーーーーーー!!」
戦車と魔法少女が再び衝突し、そして――。
爆音と共に戦車の動きが止まった。