『諸君!! 私だ!! 校長だ!! さあ、今日はとびきりのニュースがある!! そう、桃ヶ崎晴菜君が新フォームを編み出し、四天王のひとりを撃破したのだ!! 拍手!!』
だだっ広い図書室でも、その音はよく鳴り響く。
どこからともなく聞こえてくるそのアナウンスは、今日の主役をたたえるものだった。
千雨は小さくため息を吐く。
「あの校長も懲りないわよね……こっちはTAIGAKUがかかっているってのに。だいたい『今日は~』ってさっきも放送してたでしょ」
桃ヶ崎晴菜の新フォーム、真・アルティメット・クェーサーフォーム(またの名を桃色ピチピチスーツ)。
その鮮烈なるデビューにて、四天王の一人、紫戦車のバイオラを撃破した。
それはまあ、喜ばしいことなのだろう。
しかし、それはそれとして――。
(結局、この鍵はなんなんだろう……)
千雨はポケットの中で冷たい触感を確かめる。
紫戦車の狙いは橙忍者から受け取った鍵だった。
この鍵が四天王――というより校長にとって、都合の悪いものであることは間違いない。
『……であるからして、諸君らも研鑽に励むように!! おっと、忘れていた!! 桃ヶ崎晴菜君に校長ポイント1000点!! ワッハッハ……』
雨宮千雨、本日二度目の溜息。
鍵の正体を語ってくれる……なんてことはさすがに期待しないが、シラを切りやがって……くらいの悪態はつきたくなる。
「雨宮さん」
「ひゃあぁ!! 淡雪さん、急に話しかけないでよ!! あと耳に息を吹きかけるな!!」
「なんだか味をしめちゃった。ゴメンゴ。……そんなことより、雨宮さんも校長を怪しいと思ってるの?」
「いや、あのおっさんを怪しいと思ってない人、いないでしょ」
「そういう話じゃないよ……。ボクには校長が、何かよからぬことを企んでいるじゃないかって気がするんだ……。四天王ですら、手駒でしかない。そんな雰囲気を感じるよ」
「ま、勘なんだけどね」と風花は最後に付け加えた。
千雨にも風花の言わんとしていることはわかる気がした。
「そうね、美雷とかは小難しいことを考えられるタイプじゃないし……私達で警戒しておくのはアリかもね」
「あっさり信じてくれるんだ?」
「読書家でしょ、あなた? そういう人の勘ってバカにならない気がするわ」
「ふふ……何だよ、それ」
風花が目を細めて笑う。
年相応の笑顔に、千雨もつられて笑う。
普段はぐっすり寝てたり、言動がバイオレンスになったり、晴菜のことで暴走したりと不安定な人間だが、こうした一面もあるのだなとほっとした。
「……それにしても何で急に話しかけてきたの? さっきまで桃ヶ崎さんを褒めちぎってべったりしてたのに」
「む……。だってさっきから鳴神さんと話してるし」
「え」
むすっとした声につられれば、確かに美雷と晴菜が話し込んでいる。
何やら楽しそうに。
もや……。
(いや、美雷と桃ヶ崎さんが仲が良いのは喜ばしいことよね。なのに何のかしらこの気持ち……)
「それは恋ですぜ、ダンナ……。さ、二人が浮気してないか聞き耳を立てよう」
(少し悪趣味じゃないの……。いや、まあ、二人が何を話してるかは気になるし、私達そんなこと気にする仲でもないし……)
などと自分を納得させて、二人の会話に耳をそば立てるのだった。
「晴菜ちゃん、さっきの戦いすごかったんだぜー!! その新フォームも……無駄がなくてかっこいいんだぜ!!」
「ふん、お世辞なんていいわよ。……ま、強くてかっこいいのは本当だけどね。でも、いいの? ……はい、首をかしげない。私がこんだけ強くなったってことは今ならあんたにも勝てるかもってことよ。……いや、勝てるわ、私は最強だし」
「……? それがどうかしたんだぜ? 晴菜ちゃんが強くなったのはいいことだぜ!!」
「どうかって……。はあ、もういいわ。あんたとは今は協力してるんだから。……これからもよろしくね、鳴神美雷」
「よろしくなんだぜ、晴菜ちゃん!!」
がっしりと握り合う。
美雷の小さな手と、晴菜のなおも桃色に染まる手が。
満面の笑みが、くすぐったく表情を揺さぶる。
艶やかに、華やかに、本の花畑で咲く花二つ。
「……で、美雷。あんたに頼みがあるんだけど」
「なんなんだぜ? 晴菜ちゃんの頼みなら何でもきくんだぜ!!」
「……服をとってきて」
「?」
「わかんないって顔しない!! さっき戦車と押し合いしてた時に私のセーラー服はバラバラになったでしょ!! これどういう意味かわかる!?」
「???」
「わっかんないかー!! もうすぐ変身が解けそうなの!! 学年集会が始まった直後にお腹が痛くなってきた時の気分よ……!! 今、変身が解けたらどうなると思う!?」
「晴菜ちゃんの変身が解けたら……変身が解けるんだぜ!!」
「うん!! よくできました!! その次は!?」
「変身が解けたら……」
美雷が気づく。
今の晴菜は全身ピチピチスーツであることを。
もしもこれがなくなったら――。
……。
…………。
……………………!!
「ヤバいんだぜーーーー!!」
「大声を出すな!! いい、風花に気づかれたら『晴菜のハダカー!?』って絶叫しながら倒れるからあなたに頼んでるの!! 美雷の足なら寮まですぐでしょ!? 布でも何でもいいから早くもってきて!!」
「そ、そんなこと言われても……」モジモジ
「急に恥じらいを出すな!! 恥ずかしいのはこっちなのよ!! ってか魔法力の服って風とかは貫通するから微妙に寒いのよ、これ!! 私の魔法力がもっているうちに早く!!」
「そ、そうだ!! 私の服を晴菜ちゃんに着てもらうんだぜ!!」
「グルグルお目目で何いってんのよ!! いいからさっさと……へ、へ、へ……」
晴菜が鼻をむずむずさせた。
(あ、これやばいやつなんじゃ……!!)
「へくしょん!!!!」
――変身解除。
「あ”あ”あ”あ”ぁぁ!!」
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
「え? ……きゃああああぁぁ!!」
「ん!? どうしたの……!? ああああ晴菜がソックスと革靴だけの上級者向けの恰好にぃぃーーーー!?」
今、起こったことはこうだ。
美雷は勢いのまま晴菜の上半身を、走り込んた千雨が晴菜の下半身を見事ガード。
その姿を目にしたのは一瞬であったが、風花は鼻血をまき散らしながら倒れる。
もっと長い時間、目にしていたらこの程度ではすまなかった。
「……風花!!」
当の晴菜は風花の元へと駆け寄る。
二人のボディガード(文字通り)を従えて。
「風花!! しっかりしなさい!! というか予想以上の反応でちょっと怖い!!」
「い、いいんだ晴菜……ボクは最期にイイモノを見れた……悔いなんかないよ……あと、これ」
風花はポケットから晴菜の水着を取り出した。
「は?」
「ふふ……驚いたかい? ボクの頭にあるのはヨコシマな考えではなく晴菜の健康と羞恥心を守る真心。……この行いこそがボクが晴菜のことを一番に考えてる証!! そこらのミーハーと違うところなのさ!!」
「いや、何で私の水着を持ってるの? 常日頃持ち歩いてたの? そもそもなぜ?」
「……。晴菜、強く……生きて……」
「ああ!! 良い感じの台詞で逃げないでよ!! ちょっと風花!! 風花ってば!!」
もはやガードは必要ない。
晴菜が風花の体をゆっさゆっさするその光景を、美雷と千雨はただ見つめるのだった。
「……いや、ナニコレ」
「風花ちゃん……!! 私が晴菜ちゃんのためにもっと服を早く脱いでいれば……こんなことにはならなかったんだぜ!!」
「それはそれで大事故でしょ!! お願いだから冷静になって!! ……まあ、私達はいっしょにお風呂に入る仲だけどね」
「千雨、ものすごいドヤ顔なんだぜ」
さて、と千雨が一息いれる。
なおも戯れる二人に声をかけようと、千雨が向き直った瞬間だった。
(……?)
気になったのは風花が噴水のように床にまき散らした鼻血だ。
いや、正確には違う。
線のようにたなびく赤、その途中に切れ目を見つけたのだ。
「みんな、見て!!」
空気が変わる。
美雷も晴菜も風花も、一転して真剣な顔つきをしている。
切れ目を辿っていくと、大きな正方形になっていた。
ということは、もしかして――。
正方形の内側、角のひとつに
千雨がポケットから取り出したそれを、三人が固唾を飲んで見守る。
カチャリと音が鳴る。
鍵は合った。