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淡雪風花がGAKUENに来た日は、うっとうしいぐらいの快晴だった。
荒れている場所だということも、特に時間割が決まっておらずいい加減な教育機関であることも知っていた。
だから寮に直行し、部屋に入って荷物を降ろすとすぐに本を読み始めた。
本は最高だ。
誰とも話さなくて済む。
風花は一時期、自分は果たして人間が好きなのか自問したことがある。
冒険、恋愛、思考実験……大抵の物語は主人公や周囲の人物を描いたものだ。
ストーリーや物語の設定は登場人物を媒介に運ばれる、と言ってもいい。
物語が好きということは人間が好きということに置き換えれるはず、そう考えた。
では、なぜ自分は生きた人間には興味を持たないのか?
風花が読書をしていて気づいた事実のひとつ。
物語の登場人物の「名前」は「記号」にすぎないということ。
さながら情報を仕分けるために造られた、便宜上のフォルダ名。
書かれている事柄を、振り分けるために必要なだけだ。
フォルダに入っていた情報が矛盾していれば気になるが、生きた人間の不可解さはむしろノイズとなる。
魅力を感じていたのは、洗練された情報の整理術だったわけだ。
物語で書かれているのは人間ではなくただの文字列。
だから自分の好きなものは文字列であって人間ではない。
この結論に至った時、風花の頭はむしろすっきりとした気持ちだった。
後腐れがなくていい。
人間に興味を持つ必要はなくなった。
このまま、この寮の自室で、何も始めず、何も考えず、ひとりの生活を送ろう。
まどろむような、夢見心地で――。
「たのも~~~~!!」
扉が蹴り破られる。
鋭い金属音が耳をつんざく。
本は閉じない。
人間には興味がない。
自分でそう定義した。
人間が、風花のそばに寄ってきた。
「私は桃ヶ崎晴菜!! この魔法少女のGAKUENで、最強の魔法少女を目指しているわ!! あなた、相部屋の子でしょ!? これからよろしくね!!」
「……」
「ちょっと!? この最強の魔法少女を目指す私がこれだけ話しかけてるのに無視!? あなたは最強の魔法少女の同居人になれるのよ!? もうちょっと、こう……驚いたりとか……」
淡雪風花が、本をぱたんと閉じた。
涙目になっている少女に同情したわけではない。
風花は人間の感情には興味がない。
最強の魔法少女。
今時、小さな子供だって言ったりしないであろうワードだ。
だから、問うた。
「君は物語の主人公になりたいの?」
「何を言ってるの? 自分の人生、自分が主人公でしょ?」
「……ありきたりだね。みんながそう言って、挫折するんじゃないの? 自分は脇役だって」
「そうね、一回くらいは挫折するかもね。でも、その時はまた立ち上がるのよ!! 最強の魔法少女にふさわしい最強の再起を!!」
「……それでまたダメだったら?」
「その時は……もう一回立ち上がるわよ。とにかく、私は強くなって、この世界を守る。だってそれが正しいことでしょ? 正しいんだったら何も迷うことなんてないじゃない。……というか、あなた減らず口が多いわね。いいわ、あなたに私の思い描く魔法少女像を聞かせてあげる!!」
桃色の少女は、誰よりも強くなってモンスターを全滅させると所信演説を続けたが、そんなことは風花にはどうでもよかった。
少女は自分という人間を信じていた。
純粋な存在だと思った。
「……と、そんなわけで私の英雄譚をあなたは最も間近で見ることになるワケよ!! 最高のホマレよ!! 感謝しなさい、あーっはっはっは!!」
「英雄譚……」
さながら生きた人間が演じる物語。
とはいえ、そこには脚色が入っているだろう。
それはつまり、見ている人間が必要ということだ。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね? 何て言うの?」
「……風花。ボクの名前は淡雪風花」
「風花ね!! これからよろしく!!」
小さな手が、差し出される。
淡雪風花は考える。
本は、好きだ。
人間は好きじゃない。
じゃあ、魔法少女は?
自らを主人公とし、それを成し遂げることができる存在――。
風花は晴菜の手を取った。
見てみたいと思ったから。
最強の魔法少女が紡ぐ、最強の英雄譚を。
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「美雷……!! 今の!!」
「千雨にも
既にふくらはぎまで『雪』が積もった状態で、千雨と美雷は声をかけあう。
淡雪風花と桃ヶ崎晴菜の出会い。
そこから始まる二人の交流。
全てに冷めきっていた少女の心が、解きほぐされていく様。
まるで、積もり切った雪が太陽の熱で少しずつ溶けていくように。
『そうさ、この雪は言わばボクの想いの結晶……全てがボク自身であり、ボクの願いである……』
雪を通じて風花の『声』が聞こえる。
先ほど風花の『思い出』が流れた込んできたのもそういう理屈だ。
魔法力を媒介として、『淡雪風花』が広がっていく。
『物語に必要なのは、ボクと晴菜だけだったんだ。必要のないものは、全て消さなくちゃ……』
「何ハタ迷惑なことを言ってるのよ!! あなたの勝手な考えでGAKUEN中をめちゃくちゃにするなんて……!!」
『さっきGAKUEN中に青い雨を降らせてたのは雨宮さんだよね?』
う、と千雨が言葉に詰まる。
しょうがなく美雷が後を引き継いだ。
「でも、こんなの……!! 晴菜ちゃんだってこんなことを望んではないんだぜ!!」
『……そう、晴菜だよ。
え、と美雷が口をつむぐ。
緑の雪から響く声が、図書室で響く。
数多の本棚には、既に押し潰れんばかりの雪が積もっていた。
『晴菜が鳴神さんとの決闘で見せた無差別攻撃……あれは暴走なんかじゃない。魔法少女として、あるべき姿だったんだよ。自分の想いを空間に働きかけることで、世界を作り変える……それこそが魔法少女の真の能力』
『魔法少女の
『この雪はGAKUEN中に降り積もる。人間の高さなんて優に超えるよ。全ての魔法少女は……その活動を停止する』
『これがボクの真の能力……グリーン・グリモワールから
『
『全ての物語を終わらせる雪だよ』