「ぐわああああぁぁああああぁぁ!?」
一団から「ナツさーーーーん!?」と叫び声があがる。
それを合図に空気が、変わる。
少女を拘束していたレールは消えた。
一同の視線は、拳を放った少女へと集まった。
桃の少女が、はっと気づいたように口を開く。
「ふ、ふーん。なかなかやるじゃない。……。……ま、私の方が強いけど」
千雨も半ば放心状態で美雷を見ていた。
マイクを取った時もそうだったのだ。
ただ、自分の足に魔法力を込めて走っただけ。
周囲の反応もよそに、当の少女は困ったような表情を浮かべていた。
「そ、そんなつもりじゃなかったんだぜ……。で、でもこれで降参してくれたら嬉しいんだぜ!! これこそが魔法少女の力なん――」
「だぜだぜうっせええええぇぇ!!」
自らのトロッコを押し退けて、ナツが吠える。
その髪の黄色は薄らいでいる。
魔法力が弱まった証拠だ。
「何が魔法少女だい!! 何が世界を救う力だい!! 勝手に期待して勝手に祭り上げて……!! 特別、とくべつ、……トクベツ、トクベツトクベツトクベツ!! 私だって特別だって最初は思った!! 世界を救うヒーローになるんだって一瞬思ったさ!! でも!!」
ナツの声が校庭に鳴り響く。
この場にいる全員に語り掛けるかのような咆哮に、魔法少女達が戦慄する。
それはきっと世界への恨み節。
彼女の魂の悲鳴。
「こんだけ魔法少女ばっかりで何が特別だってのさ!! 物語のキラキラした主人公なんかじゃない!! 私達全員脇役の使い捨てられるだけの存在!! だからアンタみたいな『自分は主人公です』みたいなツラした奴を見ると……ムシズが走るんだよーーーーー!!」
(……!!)
――いっしょ、だ。
――私といっしょだ。
――これだけの魔法少女がいて、自分のすることにいったい何の意味があるのか。
雨宮千雨の抱えていた鬱屈とした感情。
それをまるで代弁するかのように。
そして、答えるのだ。
黄の少女――鳴神美雷が。
「私はそうは思わない!! ここにいるのは全員魔法少女!! だったらここにいるのは……」
雷が落ちたような、轟音ボイスで。
「全員主人公だぜーーーー!!」
私も、あなたも。
ここにいる全員が。
そうだと彼女は言い切った。
千雨の胸にも、その雷は落ちた。
今、こうして、考えて、悩んで、いじけていたのは――。
私だ。
私が――。
「ぬかせーーーー!!」
ナツの手から無数のレールが走る。
上下左右、四方八方、縦横無尽。
分岐し、交錯し、合流する迷宮路。
空間を埋め尽くすようなレール群は、全て美雷を向いていた。
「これじゃあどこから攻撃してくるかわからないぜ……」
「はっはっは!! どうだい!! これが私の真の必殺
「先輩……トロッコは人や物を運ぶためのものなんだぜ!! 先輩だって夢見たんじゃ!? この力で人の役に立つって!!」
「センコーみたいな説教しやがって……!! んなことより、ま・さ・かレールを無視して私を攻撃とかしないよな『主人公』ちゃぁん!! そしたらアンタのコト、一生笑いものにしてやるよーーーー!!」
桃の人が聞いてもない解説を入れる。
「……ふん。考えたわねナツのやつ。ああやって挑発すれば、良心の呵責による自己認識の崩壊により魔法少女は受けて立たざるをえない……。ま、私なら無視して攻撃するけど」
ナツが巨大なトロッコをレールに乗せる。
――経路不明の
桃の人が息を吐く。
「多少は粘って楽しませてくれたけど、ここまでみたいね」
「……。『ま、でも私なら直撃をくらっても大丈夫』ですよね?」
桃の少女が首を振った。
「素の状態でアレをくらえば、私でも無理よ」
「……!!」
今度こそ決まったと。
魔法少女達の間にはある意味、安堵の空気が流れていた。
これで、終わり。
意味不明な新入生は負けて、いつも通りの
何の変化も起こらない日常へと。
変化は苦痛だ。
何も変わらないのが、一番楽だ。
身に起こった悲劇も慣れてしまえば、ぬるま湯になる。
各々が自分に理由を付けて、自分を定義して元の生活に戻る。
それでいい。
それでいいはずだった。
なのに、それじゃいやだと思った。
だから、私は――。
叫んだ。
「頑張れーーーー!! 鳴神美雷ーーーー!!」
観衆も突然の部外者の叫びにうろたえる。
最強を自称する桃の魔法少女だけは、どこか満足気な笑みを浮かべていた。
「あなたは究極の魔法少女になるんでしょーーーー!! 意味わからないけど……でも、ここにいる全員が主人公って言うんなら、まずあなたがやって見せてよ!!」
声を掛けられた美雷は、一瞬驚いた後に、笑顔で手を振って応えた。
「それがしゃらくさいって言ってるんだよーーーー!!」
ナツの絶叫を合図に、トロッコが疾走する。
空間を埋め尽くした複雑怪奇な経路で。
ある者も、ある者も、またある者も固唾を飲んでこの戦いの行方を見守る中――。
トロッコは美雷の背中に激突した。
(……!! そんな……!!)
やはり、無理だったのか。
そんな空気が、辺りを包んだ。
しかしまたも青の魔法少女――雨宮千雨の眼だけには違うものが見えていた。
トロッコにぶつかった美雷は――。
少し嬉しそうな顔をしていたのだ。
ここからは一瞬の出来事である。
「おい、おかしくねえか……?」
ナツの一団から疑問の声が上がる。
「アイツ……どこへ行ったんだい!!」
ナツが額に汗を浮かべた。
「激突の一瞬、魔法力を限界まで高めての防御……!! ……ま、私にはわかってたけどね」
桃の少女が解説と自己アピールを忘れない。
「はっはっは!! そう来なくてはな……!!」
校長が心底愉快そうに笑い出す。
「……手はあったんだ」
千雨がつぶやいた。
打開策はないと思っていた。
何の糸口もないとそう信じ込んでいた。
違っていた。
糸口は美雷自身が作っていたのだ。
言ってたじゃないか、彼女は――。
「トロッコは
鳴神美雷はトロッコへと張り付いたまま、爆走していた。
それだけならトロッコは無軌道に不時着し、黄色い爆発が校庭を包んでいただろう。
「魔法少女カラテ……!! ギガボルト・千手観音拳ーーーー!!」
両足でトロッコの正面に張り付きながら、少女の手は自らの道を作り上げた。
すなわち、ナツが空間に敷き詰めていたレールを利用したのである。
少女の黄金の手が周囲のレールを引きちぎり、トロッコの目の前へと配置していく。
その過程を、無数に。
両手を総動員して目にも止まらぬ速さで。
ここまでの出来事が、一瞬である。
「このまま突っ込むぜーーーー!!」
「アイツまさか……トロッコごと私をーーーー!?」
ナツが慌てふためき、千雨はぐっと拳を握っていた。
もしも美雷が勝利するなら、その時、私は――。
「あなた逃げなくていいの?」
「へ?」
桃の少女に声をかけられ、千雨は呆けた声を出した。
よく見ると周りの魔法少女たちは既に逃げ去っている。
(あ、そっか。このまま鳴神美雷がナツに突っ込んだら、ナツの真後ろにいた私達も巻き込まれるのか……って!?)
もう、遅い。
「これが先輩に手向ける私の
加速をつけたまま、美雷の拳が黄金の輝きを放った。
「ライトニング・トロッコ突きーーーー!!」
拳がナツの顔面にめり込んだ。
「がはっ……!!」
そしてそのまま突き抜けていく。
雨宮千雨に向かって。
「きゃああああぁぁああああぁぁ!?」
悲鳴と爆発。
これにより、この決闘は幕を閉じた。
黄色いモヤが晴れ、倒れているのはトロッコのナツ(そして巻き込まれた千雨)。
その姿を心配そうに、鳴神美雷が視線を下げつつ駆け寄った。
鳴神美雷の勝利だった。
「先輩!! それに電車で会った人!! 大丈夫なんだぜ!?」
「大丈夫なワケ……ないでしょーーーー!!」
仰向けのまま千雨の絶叫が響き渡る。
「どうやら勝負はついたようだねえ!! はっはっは……!!」
いつの間にか校長がそばにいた。
勝者である美雷にはまるで親が子供に向けるような慈愛の視線を――。
そして敗者であるナツには、心まで冷えるような冷徹な視線を向けた。
千雨はぞっとする。
やはりこの男は、何かが歪んでいる。
「はっはっは!! さあ過酷な決闘は終わりだ!! 戦いの後は日常お楽しみパートと相場が決まっている!! さあて皆が望んでいるものといえば……」
校長が、邪悪な笑みを浮かべた。
「ナツのTAIGAKU処分であろう」
(え……!?)
TAIGAKU。
GAKUENから追放されるということだろう。
ほんの数十分前なら、千雨も「まあこんなGAKUENなら追い出された方がマシだろう……」と考えたかもしれない。
だが――。
(ちょっと待ってよ……そこまでしないといけないの? 美雷って子が勝って、これからなんじゃないの? ナツって人、ヤンキーではあったけど……悩んでいたことは私にも当てはまってた。そんな風に悩むことすらダメだっていうなら――)
GAKUENとはいったい、何なのか。
「ちょっと待つんだぜ!! 校長先生!!」
美雷は校長の前に立っていた。
並んで立つと、赤子一人分くらいの身長差がある。
「決闘で勝ったのは私だから、先輩がどうするかは私が決めたいんだぜ!! 私は先輩に謝ってほしいだけなんだぜ……」
「ほう……。では君からナツをTAIGAKU処分にしてもらおう。これに背いた場合は……君が溜めていた合計230点もの校長ポイントをゼロとするがいいのかね!?」
「いいんだぜ」
あまりにあっさりとした回答。
どよめきが起こる。
「校長ポイントよりもナツさんの将来が大切なんだぜ。それに私がなりたいのは……究極の魔法少女!! そのために校長ポイントが必要になるかは……まだわからないんだぜ」
「くくく……ははは……はーはっはっは!! 良かろう!! まだ導入初日!! だが、諸君らがポイントをためる気になるよう、こちらも準備を進めている……!! 精々楽しみにしているのだな、魔法少女諸君!!」
タガが外れたように笑い声をあげながら、校長が去っていく。
千雨は内心ほっとした。
あの男は誰よりも底知れない恐怖を感じさせていた。
この場にいた唯一の大人があの男なのはGAKUENのあり方を示しているのかもしれない。
少なくともこれまでの、だけど。
「先輩、大丈夫なんだぜ? さっきは思いっきり殴ってゴメンなんだぜ……」
美雷が手を差し出した手を取らず、ナツは地面にツバ吐いた。
周囲には既に、ナツが仕切っていた黄の魔法少女軍団が取り囲んでいた。
「なんで私まで!?」千雨のその叫びがむなしく響く。
一触即発、そんな気配だ。
「アンタら手を出すんじゃあないよ!!」
その一言に一団はどよめく。
「これはコイツとアタシの決闘だ……でもってアタシは負けた……!! だからそれでこの話はオワリだ!! 帰んよ、アンタたち!!」
「先輩……? よくわからないけど私達を守ってくれたんだぜ?」
「カンチガいするんじゃあないよ!! クビの件で恩を売ったつもりかもしれないけどアンタが勝手に決めたことだからね!! だが!! これだけは言っておく!!」
立ち上がったトロッコのナツは、バツが悪そうにつぶやくのだった。
「優等生の良い子ちゃん扱いしたのと、魔法少女をバカにしたことは……謝るよ。ゴメンな」
ナツが気勢の良い声を出し、魔法少女の一団が去っていく。
後に残された美雷は綻ぶような笑顔を、千雨は激流のように変わっていく状況に呆けたように立っていた。
「もう何が何やらって感じなんだけど……はあ……どっと疲れた」
「あらためて……あなたは朝、電車で会った魔法少女なんだぜ!! 応援してくれてありがとう……なん……だ……ぜ……」
「挨拶の途中で息も絶え絶えになってるーーーー!? ちょ、ちょっと大丈夫なの!?」
「私もなんだか……つかれ……すやぁ……」
「ちょっとちょっとちょっと!! こんなところで寝ないでよ!! 私の背中にもたれかかるな!! どうすればいいのよこの状況ーーーー!!」
自分がどうすべきか。
まだまだわからないことだらけだ、と千雨は思った。
●
「……ふん。新入生にしてはなかなかやるじゃない。……ま、私には及ばないけどね。そう、それを証明するために……!!」
「むにやむにゃ……。あれ……ボク、いま、起きた? じゃあ……もう朝?」
「思いっきり昼よ!! 校庭に集合だったけど
「あ……そうなんだ。……ありがとう。……
「……ふふ、まあね。次に戦う相手が決まったってところかしら」
「そうなんだ。良かったね。じゃあボクは遅めの朝食を取ろうかな……もぐもぐ……」
「ああ!? 寝ぼけて私の髪を食べるのはやめなさーい!!」