西暦2023年、通称アウトバーストと呼ばれる現象が発生。
各所のモンスターが多数分裂し、魔法少女にて対処しきれない量になる。
西暦2024年、幸運にも魔法少女の更なる覚醒、通称オーバードライブが認められるようになる。
既存の魔法少女の一個師団に匹敵する力を個人で発揮することができたが、再現性が著しく低かった。
オーバードライブを引き起こす研究に多くの人員、資金が割かれる。
西暦2070年、モンスターが活発に活動。
膠着状態にあったかに見えた戦線が崩壊を始める。
根強かった魔法少女の抜本的な強化が声高に叫ばれる。
西暦2072年、世論の後押しを受けGAKUENのシステムが試験的に開始。
強力な魔法少女達は第七世代と呼ばれ、持て囃される。
戦線は持ち直し、モンスターの根絶が期待された。
西暦2073年、第七世代魔法少女達が戦闘不能になる(原因不明)
西暦2080年、太平洋に黒い陸地が出現。
年々大きくなるそれは反魔法力の塊だと判明。
対抗手段、なし。
そして西暦2099年。
人類とモンスターの戦いはいまだ続いていた。
多くの血とともに――。
●
何とはなしに見ていた年表を閉じる。
扉から外に出る。
灰色の壁に覆われて、明かりが少ない廊下を抜けて階段へ。
一段一段、踏みしめるように。
外への扉を開ければ、快晴だった。
潮風が頬を打つ。
ボクと、組織の人間を乗せた『船』は淀みなく海を進んでいた。
だだっ広い海を見るにつけてもGAKUENの日々を思い出してしまう。
……あのやたらと広いプールも海上戦を意識したものだったのだろう。
こちらの億劫な気持ちを知る由もなく、海は静かに波打っていた。
自然の営み――それこそ太陽や青空にとっては、この星で起きていることなんて
ふと、好きな人のことを思い出した。
太陽みたいにエネルギーに満ち溢れていた彼女を。
ボク――淡雪風花はGAKUEN……魔法少女を意図的に鍛え上げるその組織で育った魔法少女だ。
(ボクという一人称について、『私』よりも学生という感じがして好きだ。気に入っている)
GAKUENが崩壊したその日、ボク達はこの組織の拠点にあるカプセルの中で目を覚ました。
夢で良く見ていた風景だと思った。
きっと夢と現実が、逆だったのだろう。
混乱するボクらの目の前に現れたのは橙忍者のオレン――本名は
彼は、開口一番、頭を下げてボク達に謝罪をしてきた。
怖い思いをさせて、そして他の魔法少女たちを救えなくてすまなかった、と。
……どうやらGAKUENの件は四天王達も無理やり手伝わされていたらしい。
でもまあ、それで罪が軽くなるなんて思わない。
『平謝りで許されると思ってるの!? あの校長を止めるチャンスはいくらでもあったじゃない!?』
『ボク達がいくら頑張って文句を言ったところでね。自分達が安全圏にいるってわかってるんでしょ?』
『この変態!! ふんどしで飛び回ったこと忘れてないわよ!! 恥を知りなさい!!』
美雷以外の三人から総攻撃を受け、元・橙忍者は頭を下げるばかりだった。
そうそう、そんなことより美雷……鳴神美雷の話だ。
彼女はGAKUENから解放されてからずっと何というか……ヘナヘナしていた。
……後に聞いた話だが、美雷と千雨とあの校長の三人で話していた時にひと悶着あったらしい。
校長――妖精二はあの後すぐに亡くなったが。
ボクらの誰もそのことを悲しまないとばかり思っていたが、美雷だけは別。
究極の魔法少女について、あれだけ認識がずれていたのに「何だかちょっとかわいそうなんだぜ……」ときた。
本当に、呆れるくらいのお人好しだ。
……ボクは彼女のことを校長の言う究極の魔法少女だと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
これ以上の隠し事はごめんだと、校長の所持していたものなんかも無理を言って見せてもらった。
校長が持っていた物(に限らず権限なども)は基本的にこの組織の『大人』たちが管理することになったが、いくつかはボクが所持することを許された。
それをお願いしたのはもうこんな奴が現れないように、人となりというやつを知ろうと思ったからだ。
(罪滅ぼしの想いがあったのか、忍川さんが掛け合ってくれた)
こういうことをするのは、ボクの役目だと思った。
ともかく、ボクらはGAKUENから解放されて各々がどうするか向き合うことになったのだ。
千雨は、『これは自分の意志で決めたことよ』とことあるごとに言いつつ、モンスターの親玉と戦う決意を固めた。
晴菜も、その作戦でのサポート役に抜擢された。
(晴菜は無敵で最強の魔法少女であるため、妥当な選定だったと言えよう)
……相手がモンスターの親玉みたいな奴でも、晴菜なら必ず倒してくれるって信じている。
美雷も、煮え切らない感じだったが、千雨を守りたいから……と同じ作戦に志願した。
……GAKUENではあんなに輝いていた魔法少女カラテが、実戦では役に立たないからと、考え直すように言われた。
ボクは憤慨した。
本当に、ただの思いつきで殴ってるだけだとは思うが、仮にもボクを倒したのだ。
そういうところが大人はわかってないのだ、と言ったら納得はしてもらえた。
……危険な任務には変わりないのだから、黙っていれば美雷は戦わずに済んだかもしれない。
でも、しょうがないじゃないか。
友達が、友達のために戦いたいって言ったのだから。
きっと行かなきゃ、一生後悔するって雰囲気を出してたんだから。
三人は行ってしまった。
本当の意味で、戦いを終わらせるために――。
「……先客がいたか」
背後からの声にゆっくりと振り返る。
本当はこの船先から海を眺め続けて、晴菜の無事を祈りたかったが、あまり目の前にいる人間を無下にもできない。
便宜上とはいえ、今のボクは魔法少女の代表でもあるのだから。
声のした方には橙忍者こと、
「君の能力のおかげでアレフ・ゼロをある程度固定化して作戦を実行することができた……改めて礼を言う」
「ボクは大したことはしてません。あの黒い陸地に雪を降らしただけですよ。本当は晴菜と一緒に戦いたいけど、足を引っ張る程度の魔法力しか残らなかった。……本当に大変なのは、晴菜達の方です」
「やれやれ、子供は素直に喜んでほしいものだが……」
「子供扱い、あんまり好きじゃありません」
くたびれた中年男がポリポリと頬をかく。
ここは船の上だ。
忍川さんの背後にも海が見える。
でも、その意味合いは大分違う。
ボクが今まで見ていた方向が未来だとすれば、あっちは過去。
海の向こうにはボクらが眠っていた施設がある。
いまだに目覚めぬ魔法少女達と共に。
じっと見つめる視線をどう解釈したのか、忍川さんはややぎこちなく、紙コップを差し出してきた。
「……飲むか? まだ口は付けてない」
「……。語尾に『ござる』って付けたらいいですよ」
「はは……まだ根に持ってるか……まあ、そうだよなあ。『キキキ……!! 飲むでござるか? 淡雪風花……!!』」
「不正解です。今のは否定すべきとこですよ。『俺はもう校長の
「子供は難しいなあ……あ」
子供扱いに心象を大減点しつつ、ボクはなぜここに来たのか聞いた。
もっともこの男は校長の意のままにボクらと戦い、晴菜を辱めたヤローだ。
容易に心を開くつもりはない。
それでも会話をしようとしたのは、ボクなりの成長というやつだ。
「なぜ……どうして、か。俺にもわからんよ」
元橙忍者は紙コップの黒い液体を見詰めた。
「このコーヒーも嗜好品ってやつだが、まあなくても生活はできる。それでも飲むことに理由を求めだすと、ストレスを軽減させるためだとか、そういう方向になってしまうな……」
「忍川さん、会話ヘタですよね。自分のしゃべりたいことだけしゃべってる」
「ほ、本当に手厳しいな淡雪君は……」
何ならクン付けで呼ばれるのもあの男を思い出してイヤだが、そこまでは口に出さない。
それを言い出すと世の中の人間は全員クン付けができなくなる。
「だいたいボクの身柄はこの組織のものなんだから、立場が違うじゃないですか。管理する側とされる側。対等におしゃべりしたポーズを取って罪悪感を軽減させようってのが気に食わない。……そういうのがイヤだから協力する気になれなかったんですよ」
「管理する側と、される側……か。淡雪君、君なら理解できる話だと思うから、俺も正直に言う。大人が責任を持たず、何も管理しないのは正しいと思うか? 何か起これば『責任者はどうしてたんだ!!』……って言われるだろう?」
少し考え、言う。
ほんの戯れに。
「それは大人だから、当然ですよ」
「おいおい、自分は子供扱いされて怒るのに……。でも、まあそういうことなんだよな、大人と子供の違いは」
思わせぶりな口調にイヤミを投げつつ、ボクは先を促した。
ふうっとくたびれた溜息を吐きながら冴えない中年男性は言うのだった。
「自分のやったことに責任を持てるかどうかってことさ。法的にもそうだけど、精神的にも。……。モンスターが発生してからの100年間、人類の歴史は汚点の連続だったと言っていい」
「最早、汚線、汚面ですね」と茶々を入れるが、返ってくるのは苦笑い。
忍者を名乗っていた男が話を続ける。
「トロッコ問題さ。レールの上に一人と十人。どっちを選択するってやつだ。……助かる人数が多い方を選ぶ、それはまあ、いい。じゃあその一人が小さな少女で、十人は大人だったら?」
忍川さんが何を言ってるのか、わかった。
少女とは、魔法少女のことだ。
「更に言えば、十人のレールを選んだ場合、そのまま壁に激突して自分が死ぬ可能性がある……なんて条件を付けられたらどうだ? この二つのレールが最善の努力をした結果で、どっちも選ばないだとかトロッコから降りたりすると、その十二人を含めて人類が滅亡します、……なんてな。とにかくこの100年間、人類はそういう選択に直面した……」
「……そして、トロッコに乗って、レールを選ぶのは『責任ある大人』だった。ですか?」
「そういうことだよ。子供にしか戦う力が発現しなかったのが人類の不幸だった。いくら研究が進んでもそこだけはどうにもならなかった。モンスターは魔法力でなければ消滅させれず、思春期を過ぎれば多くの人間からは魔法力が急速に失われる……」
「……そうやって、言い訳してきたんですよね? それでも自分達が助かりたいから。言えばいいんですよ、『自分は死にたくないから、他の人間のことはどうでもいい』って」
ボクの視線はいまだ忍川さんの後ろを捉えたままだった。
いまだ目を覚まさぬ魔法少女達がいるその施設がいる方向を。
「まあ、そう言ってくれるな……。人類だって……いや、総体の話にすげかえるのは卑怯だな。俺にだって頭によぎるよ。『子供を戦わせなくちゃ生き延びれないようなら、いっそここで絶滅したらどうなんだ』ってな。でも、それを断言するのは今までの人間が築いてきたものを、全部ないがしろにするってことだ」
この世界にはたくさんの人がいる。
ボクが鳴神美雷や雨宮千雨に教えてもらったことだ。
それを過去の、各時代に生きていた人たちに延長すれば、たくさんどころでは済まない。
途方もない数の人間の、途方もない選択の末に今の世界はある。
わかってはいる。
わかってはいるが――。
「納得は……できませんよ」
「俺だってそうだ。世の中のことを全て知り尽くしてるんじゃなきゃ、そうだ」
だから少しでも知ろうとしなくちゃいけない。
そう言いたいんだろう、このおじさんは。
だから、手にした紙コップにいまだに口を付けていない。
「コーヒー、ください」
「ああ、どうぞ。もう冷めてきたが……でも、少しずつ飲むといい」
少しずつ、などと言われると反抗したくなる。
ボクは腰に手を当てて紙コップの中の液体を一気飲みした。
すると――。
「ゲホっ!! ゲホっ!! なにこれ苦っ!! なんつーもん飲ませてるですか忍川さん!!」
「いや、君が普段から子供扱いするなというから、いいかなと思って……」
「子供と大人は味覚が違うんだよバカヤロー!!」
ぶん殴ろうかと思ったが、片手が塞がっているからそれも叶わず。
しょうがないので、許すことにした。
忍川さんは「今日のミーティングも頼む」とだけ残して去っていった。
……潮風がやたらと骨身に沁みた。
そんな朝だった。