部屋に戻り、机に座る。
ファイルに綴じられた文書類に目を通す。
周囲のモンスターの活動と共に、各国の情勢、そして肝心のモンスターの親玉に関する情報……。
余さず目を通す。
知識や情報が判断の基盤になるからだ。
例えば今のボク達の組織は名義上は他国と同じ組織だ。
(余談だが、外国では魔法少女は別の名前で呼ばれている。英語だとGenius Adapterとなるのだとか)
そうしなければ、どこに所属する魔法少女がモンスターの親玉を倒したかで後々面倒なことになるらしい。
魔法少女個人に関しても同じ。
正体の秘匿というやつだ。
キリがよくなったところで背伸びをする。
本を読むのには慣れているが、どうも文書というのは味気ない。
……そう思うのはやはり自分が物語が好きだったということか。
ふと気になり部屋を見やる。
校長の残したものは隅の段ボールに保管してある。
……正直なところもっとおかしい人間である証拠ばかりが見つかると思っていた。
自分自身、それを望んでいたのだろう。
しかし、そうではなかった。
圧倒的劣勢だった人類生存の立役者。
特に若い頃の働きぶりに関しては鬼気迫るもので、だからこそ組織のトップに上り詰めたのだろう。
その野心を胸の中に隠したまま。
日々が過ぎていき、自問をする。
結局自分は物事の小さな一面しか見られてないんじゃないかって。
でも、それが人間だ。
ひと一人では一人分の視点しかないなら、いろんな視点を集めればいい。
きっとそのために、人間はたくさんいる。
ボクは資料を読むのを終えると、部屋を出て指令室へと向かった。
魔法少女を指揮するこの『船』の心臓部とも言える場所だ。
扉を開けば、既に三人の人物が席に座っている。
黒髪の大人たちが。
先ほども甲板で話した元・橙忍者の忍川忍。
元・紫戦車の
元・赤恐竜の
何かの冗談みたいな名前で最初はふざけているかと思ったが、現代においては各人が魔法力に発現した時にそのイメージを高めるために極端な名前付けが推奨されているらしい。
どうやら
忍川さんが少し遠慮がちに言う。
「ああ、淡雪君。ちょうど君のことを話しててね……」
元紫戦車の戦場砲子……砲子さんが口を挟む。
その髪はほぼ黒色で、恰好もぴしっとした軍服だ。
「淡雪風花さん、おじさんにつき合って無理に話さなくていいのよ? GAKUENであんなに酷いことをしたんだし……私も人のこと言えないけど」
「おいおい、あれはGAKUENの中でみんなハイになってたから、しょうがないってことで終わっただろう?」
「それにしたって、ねえ……? 『戦乱の世ではもっと強い相手がゴロゴロいたでござるよ?』『魔法少女たちが夢破れた姿……壮観でござるなあ』のあたり、のめり込みすぎててヤバいと思った」
「あの時に言ってたことを復唱するのは止めてくれ……。君だって呪いと祝福がどうとか年齢がどうとか……」
きっ、と一睨みされて忍川さんは俯いた。
四天王もボク達と同じようにGAKUENのシステムで言わば記憶だけを投影し、疑似的にそこに存在をした。
もっとも、魔法力を仮想空間でだけ無理やり
「ガハハ!! 忍川君も砲子さんも仲良くした方がいい!! 淡雪さんも困るだろうしな!!」
……約一名、口調が変わらない人もいるが。
ちなみ恐山さんは技術エンジニアだったらしい。
ガタイが良いのは生まれつき、だそうだ。
元・四天王ともひと悶着は、あった。
砲子さんと晴菜はお互いに気まずかったのか、なかなか口をきけなかったし、忍川さんと美雷も会うたびに謝り合う感じでぎこちない関係だった。
ちなみに千雨は自分らは悪くないと開き直っていたし、恐山さんはこれからのことを考えた方が建設的だ!! と言っていた。
何と言うか、どちらも流石だ。
そして、ボクはというと――。
「変に気をつかってくれなくても大丈夫です。ボクも組織の一員なんですから」
組織が暴走したのは、魔法少女の意見を聞く体制がなかったからだ。
だから、ボクは組織と魔法少女を繋ぐ存在になりたいと思った。
晴菜との時間が取れなくなるのだけが気がかりだったが、晴菜は応援してくれた。
「あなたにしかできないことをやってほしい」って。
四天王であり、魔法少女だったボクにしかできないことを。
ボクの発言に三者三様の息遣いが聞こえる。
時間もそこそこに、指令室が熱を帯びる。
「では始めようか……。雨宮君、桃ヶ崎君、鳴神君を乗せた輸送用ヘリだが……」
ボクの戦いが始まった。
●
「……といわけで、アレフ・ゼロの未発見領域を埋めるには後二日はかかる。判明したら雨宮君、桃ヶ崎君、鳴神君の三名が降下……ゼロの破壊へと移る。質問は」
「今更ありません」
ぴしゃりと言っておく。
言いたいことは既に散々掛け合った後だ。
まず、魔法少女の増員は無理。
これはアレフ・ゼロと一体化している黒い大陸が、強力な反魔法力を持つため。
並みの魔法少女であれば、近づくだけで魔法力欠乏症に見舞われ卒倒してしまう。
(もともと魔法力の低い一般人ならば、特に影響はないらしい。深海の生物を急に引き上げるとやばいアレだ)
……晴菜たち三人が戦えるのはGAKUENのシステムのおかげ。
だとすれば校長のやったことはあながち間違いとは――。
頭を振ってそんな思考を追い出す。
サポート体制なんかも、これが限界……というよりこれ以上やれば、魔法少女が全力を
これは過去の歴史が物語っている。
過度に組織化された時代、魔法少女の能力は下降の一途をたどった。
一説には子供の持つ想像力だとかが魔法力に関係しているらしく、バリバリに訓練をすると逆に魔法少女は弱くなる。
人類(あえてこういう言い方をする)がさぞかし悩んだポイントであろう。
だからなるべく、地域に密着する形で魔法少女の日常を尊重するようになったのだ。
図らずもそれは、魔法少女の語源である架空の物語群をなぞる形になった。
まあその分、ボク達のような組織に属する魔法少女が苦労をしているという話だが……。
そう、ボク達四人。
少なくとも校長にとっては特別だった。
うち一人が特に。
「やっぱり質問があります。……究極の魔法少女に選ばれたのが雨宮千雨だった。その理由はわかりますか?」
元四天王の三人がきょとんと顔を見合わせる。
忍川さんがふむ、と顎に手を当てる。
全く心当たりがないわけでもなさそうだ。
そう直感して更に聞く。
「可能性の話でも何でもいいです。ボクのことを信頼しているのなら、話してください。じゃなければ、ボクがここにいる意味がありません」
「そうだな……よし、言おう」
「ちょっと」と砲子さんが忍川さんを静止しようとする。
恐山さんはちょっと寂しげに手にしたコーヒーを見詰めている。
何か後ろめたいことがあるの確定。
忍川さんもコーヒーを手にする。
この人たち、どうもストレス軽減をカフェインに依存しているらしい。
大丈夫なのかこの職場は。
意を決したか、橙忍者のオレン改め、忍川さんが言った。
「ただし、絶対に他言はしないでくれ」
「当たり前です。そっちに行動を要求するんだから、当然ボクにもその責任が発生する、ですよね?」
「ああ。物分かりが良くて助かる。言うぞ……じゃあ言うぞ……!!」
「早く言ってください」
「雨宮千雨は前司令……、妖精二の娘だよ」
「え……?」
頭が受け付けない。
あまりの事実に、何て言ったらいいのか。
「おかしい……おかしいですよ!! だいたい年齢が合わない!!」
「……それに関してはノーコメントだ。だが、少なくとも遺伝子的には娘というのが事実だ」
「そんな……」
じゃあ、千雨はずっと実の父親に玩具にされていたってのか。
救えない。
あまりにも、救いがない。
怒りよりも、心がどこまでも寒々としていくのがわかる。
真実は、時にどこまでもむごたらしい。
「絶対に口にしません、こんなこと……」
「ああ、そうしてもらえると助かる。あと一つ、君に伝えたいことがある」
「ま、まだあるんですか……?」
自分の唇がまだ震えていることがわかった。
いったん止めてもらうのも、かっこが付かないのでしょうがなく聞く。
「妖精二が憧れていた70年近く前の司令……その子孫が鳴神美雷さんだよ」
「ぶふっ」
「大丈夫か?」と駆け寄る三人にボクは精いっぱいの強がりを披露する。
じゃあ、何か。
あの男は自分の憧れの人の血を継いだ人間と、自分の娘を意図的に引き合わせたってことか?
最早、執念と呼ぶのも生ぬるい。
人間の業とはここまで深いものなのか。
砲子さんが「やっぱり早かったじゃない!!」と忍川さんを小突く。
忍川さんがポリポリと頬をかく。
「確かに受け入れにくい事実ではあると思う。……だが、あんな人でも自分の娘を英雄にしようとしたって考えたら、少しは人間らしい部分もあったんじゃないかってな……。淡雪君? 大丈夫かい?」
全然大丈夫ではない。
軽い眩暈と頭痛を覚える。
それでも、回らない頭が一つの事実を指摘する。
「美雷と校長のイメージする『究極の魔法少女』は大きく違っていた……何だか皮肉な話ですね」
砲子さんがふうっと息を吐いて答えた。
「ええ、もしかしたら鳴神さんが言っていた究極の魔法少女こそが……大昔に鳴神司令……鳴神
「それって……」
「鳴神
言葉は祝詞にも呪詛にもなるから、と砲子さんが付け足す。
自分なりにその言葉を噛み砕く。
だとするならば――。
「やっぱり校長のやったことは間違いだった。……憧れを都合よく解釈して、目の前の人間が言っていることに耳を傾けなかった」
「実感のこもった言葉ね」
「まあ、ボクも晴菜の件でいろいろありましたからね。誰かさんのおかげで」
アハハ……と乾いた笑いを絞り出す砲子さんが、気を取りなおして言う。
「でも、良かったわ。雨宮さんが妖さんの娘だと聞いて、あなた達の関係が壊れたらどうしようって思ったから」
「え? どうしてですか?」
「だからその……雨宮さんのことを嫌いになったり……」
やっと言いたいことを理解する。
「千雨は校長と違う人間ですよ。あんな男が父親で同情はするけど」
「……うん、そうよね」
どうやらこの意見は、当たり前のことではなかったらしい。
話も終わり、ボクはほっと息をつく。
しかしこんな事実を抱え込んだまま、みなさん仕事をしていたとは。
……今日は大人というやつを、少し見直したかもしれない。
コーヒー、もう一回チャレンジしてみようかな。
そう思った矢先だった。
指令室に人が飛び込む。
忍川さんが何やら難しそうな話をしていた。
ややもして、彼が戻ってくる。
「雨宮君、桃ヶ崎君、鳴神君の三人を乗せたヘリが、アレフ・ゼロを発見した」
「……!! じゃあ!!」
いよいよ始まるのだ。
この世界からモンスターを排除すべく最後の戦いが。
指令室が熱を帯びる。
幾つものディスプレイが三人の様子を映し出す。
現場指揮官である忍川さんが諸所の指令を飛ばす。
オペレータ―の砲子さんが、必要な情報の読み上げを行う。
技術部長の恐山さんが、作戦に使用する計器等に問題がないことを伝える。
通信が三人と繋がる。
そう、ボクの役目は――。
「晴菜!! 元気!? ご飯ちゃんと食べてる!?」
『風花……あなたねえ。これから最終決戦ってヤツが始まるのよ!? 久しぶりに電話したお母さんじゃないんだから……』
指令室に笑い声が漏れる。
実際、この状況でボクがどんな言葉をかけるのが正解だなんて、誰もわからない。
だから、自分の言いたいことだけを言うのだ。
映像はヘリの中。
晴菜を中央として、千雨と美雷が横についている。
……あんな話を聞いた後だ。
二人について、何も思わないわけではない。
だから魔法少女として――いや、友達としての言葉を投げかける。
「千雨と美雷も、しっかりね」
「当たり前よ」と、千雨が返す。
緊張してそうなので即座に指摘すると、「そんなワケねーし」と悪態が返ってきた。
「もちろん……なんだぜ」と後を追うように美雷。
美雷は相変わらず、覇気がない様子だ。
流石にもしものことがあると思ったら茶化せない。
……晴菜と千雨だって付いているし、きっと大丈夫だ。
そう、これがボクの役目だ。
千雨や美雷が、どんな思惑でその境遇に置かれたのかなんて気にしない。
だって物語の主人公は、その人自身なのだから。
千雨や美雷がどう考えるかが、大切なんだ。
「三人とも……頑張って!!」
始まる。
本当の意味で、戦いを終わらせるための戦いが。