『三人とも……頑張って……!!』
通信回線から聞こえてくる風花の声に私――雨宮千雨は手を振って応える。
……どうもぎこちなかった気がするけど、気のせいか。
私の知らない時間に、何かあったのだろう。
私だってそれくらいの想像力は働かせるし、それでいいのだと思っている。
ヘリの操縦者が合図を出す。
近付けるのはここまで、ということ。
ドアが開く。
風が入り込んでくる。
真っ黒なはずの大地も、視界に入る限りは緑色。
先日、風花の能力で覆いつくしたのだ。
(デタラメな話だけど、まあ風花だし……)
その中央に、黒い突起が見えた。
きょろきょろと、無機質に向きを変えている。
先端に黒い球体がついていた。
どこまでもドス黒い、全ての光を吸い込むような。
「あれがそうなのね……」
この世界を100年近く、恐怖と混乱の渦に飲み込み、なおも肥大し続ける存在。
全てのモンスターの「親玉」というべき存在。
「ふん、怖じ気づいたの雨宮千雨? ま、この最強のわた、私が付いてるんだから、あんしし、安心しなしゃ……しなさい」
「何回噛んでるのよ。あと、足が震えてる」
「う、うりゅさいわね……」となおも噛み続ける晴菜は、ある意味で平常運転なので心配いらないだろう。
……冷静に考えたら、世界の命運を変えるかもしれない戦い。
緊張する方が、正常な
私は隣に目をやる。
美雷は一歩、引いていた。
「……怖いの? 美雷?」
「……うん、きっとそう……なんだぜ。あいつ、夜の闇みたい真っ黒なんだぜ……」
改めて下を見れば確かにそう思えた。
まるで、大地に広がる無限の夜空。
思わず、笑い声が漏れてしまった。
「千雨……? どうしたんだぜ?」
「いや、あなたこんな時でも暗いところが怖いんだなって」
「もう……、笑いごとじゃないんだぜ」
「あ、笑ってくれた」
「え?」
「いつぞやのお返しよ。……これからどんなことが起こるかわからないけど……でも、私が付いてる」
「千雨……、うん、ありがとう」
私達が、どんな存在であっても。
どんな意図をもって今の境遇になったとしても。
全部関係ない。
私達は私達のために戦う。
日常に帰ってくるために。
「あーはいはい、私もいるんですけど」と晴菜が不貞腐れる。
私と美雷が軽く謝ると、鼻を鳴らして言うのだった。
「ま、この戦いが終わったら焼き肉でもなんでもやるわよ。最強の焼き肉奉行、見せてあげるんだから!!」
私達だけじゃなくて、ヘリに乗ってる他のスタッフさんも苦笑いをしている。
とてもじゃないが、これから大きな戦いに臨むとは思えない。
でも、きっとこれでいいんだ。
ヘリのドアの前に、セーラー服の少女が三人。
掛け声は、私がかけさせてもらう。
「魔法少女、テイクオフ!!」
私と美雷と晴菜が、ヘリから飛び降りた。
●
黄の光が稲妻が落ちるように。
桃の光が羽を生やして滑空するように。
そして、私は着地の瞬間に青い棒を突き立て、雨粒が弾けるように。
緑の雪の上へと、それぞれの方法で着地を決めた。
黒い触覚がこちらに気づく。
緑の雪を突き破って、触手が無数に生えていく。
「くるわよ!!」
突っ込んでくる触手を、晴菜がビームで撃ち落としていく。
私と美雷はその援護を受けて、魔法力を温存しながらとにかく突っ込んで行く。
やることはシンプルだ。
あいつに限界まで近寄って、魔法力を全力でぶつける。
「あんな弱点むき出しのやつがラスボスなんてね!! レイニー・トルネード!!」
青い棒を回転させて光の渦を作り出す。
コアが付いたその触手に向かうも、寸前のところで対象とする敵は消えた。
加速度を無視した無機的な首振り。
おおよそこの世界の生き物とは思えない動き。
この世界の生物、全ての歴史を否定するような。
「この距離なら私の技でも届く!! 任せない!!」
晴菜が、スッテキを取り出す。
桃色の光を肌にぴったりと密着させている。
晴菜の最強フォームが今――
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
「晴菜!!」「晴菜ちゃん!!」
緑の雪を突き破り、大地から生えてきた触手に吹っ飛ばされた。
大丈夫、晴菜があれくらいでへこたれるワケない。
必死に自分に言い聞かせるも、セーラー服に汗がにじんでいるのがわかった。
次の瞬間には、私もああなっているのかも――。
「千雨……!! 私がオトリになるんだぜ!! だから、千雨が必殺技であいつを倒してほしいんだぜ!!」
「美雷!? 何を言ってるの!?」
「私の技は……実戦じゃ、何も役に立たないんだぜ。だからきっと、究極の魔法少女にもなれなかった……」
「こんな時に何を……何を言ってるのよ!!」
「だから!! きっと私がここにいる意味は!! 千雨に世界を救ってもらうためなんだぜ!!」
「そんなことない!! みんなで一緒に帰らなきゃ意味ないでしょ!? 私にとっての日常にはあなたが……」
「それじゃあ千雨……」
鳴神美雷は笑顔だった。
「さよなら、なんだぜ」
黄の稲妻が、大地を走る。
黒い触手をいくつもかいくぐり、敵のコアにぐんぐん近づく。
敵も美雷が一番の敵だと判断したのか。
無数の触手が美雷を取り囲んでいた。
「美雷!! お願い!! 逃げて!!」
応戦しようと、動きまわっているが明らかに多勢に無勢。
あらゆる角度から攻撃をしてくる敵に、美雷は拳だけで対応しようとしている。
手数も範囲も圧倒的に足りていない。
そして、黄の少女が限界を迎えた。
黒い触手が一本。
また一本。
少女の体を跳ね飛ばしていく。
黄の魔法少女が急速にその色を失っていく。
「逃げてよ!! 逃げてってば!!」
美雷がかろうじて突き出した拳と黒い触手が正面衝突。
少女は力なく吹き飛ばされる。
頭によぎる。
いつか見たモンスターと魔法少女の戦闘の記録。
魔法少女が、無残にも敗北していく姿を――。
「うわああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
喉がはちきれる。
体が熱い。
頭が割れそうだ。
こいつら、美雷に何をしている?
許さない、許さない。
絶対に、許さない。
青い光が沸騰するように湧き上がる。
体から熱が、光が吹き出しているのがわかった。
周囲一帯が、青い光で満ちていく。
やがて光が収束し、自分の体へと接続されていく。
晴菜が、遠くで何かを叫んでいた。
美雷はぐったりと、動きを止めたまま触手に囲まれていた。
私は――。
青いドレスに身を包んでいた。
●
「千雨が……変身した!?」
ボク、淡雪風花は思わず叫んでいた。
司令室の誰もが騒然としている。
雨宮千雨の魔法力特性は、自身の離れたところへ魔法力を飛ばす――そのイメージだったはずだ。
「どういうことだ……!? 雨宮君のデータに漏れでもあったのか!?」
忍川さんが声を荒げる。
無理もない。
人類が、あの三人がどうなるかの瀬戸際なんだ。
ボクも混乱する頭でできるかぎり思考したが、答えは出ない。
一体なにが――。
そんな空気が指令室を包んだ時だった。
『はっはっは!! 元気にしてたかね、諸君!!』
「……!! そんな、この声は!!」
指令室正面のディスプレイに白スーツの髭の男の姿が浮かぶ。
そして中央に握りこぶしくらいのサイズの同じ姿の男が浮かんでいた。
間違いない。
こいつは――。
「校長……!! 生きてたのかよ!?」
ボクの声で正気に返ったのか、忍川さんも続いた。
「妖さん!! あんたの仕事は終わったんだ!! お願いだから引っ込んでてくれ!!」
『疑似魔法力によるこの映像が再生されているということは、私はもうこの世にはいないのだろう……。しかし!! 私の意志を継いだ魔法少女達がいる!!』
「切れ!! 切れ!! いいから切れ!! 今は大事な戦いの真っ最中なんだぞ!?」
忍川さんがキレ気味に叫ぶ。
しかし、校長はゆったりと言い放つ。
『今はどういう状況だろうか。大方、雨宮千雨クンと鳴神美雷クンがアレフ・ゼロとの最後の戦いに赴いている……といったところだろうか』
「え……?」
校長は、確かに死んだはずだ。
これは単なる映像に過ぎないはずだった。
だが、校長は状況を、言い当てた。
指令室が凍り付く。
『桃ヶ崎クンと淡雪クンはどうしているだろうか? 大方、淡雪クンの雪の能力でゼロを固定し、この船に留守番……桃ヶ崎クンはサポートで同行といったところだろうか? 忍川君に指揮はまだ早い!! おたおたしているんじゃないのか!! はっはっは!!』
「な、なんなんだこいつ……!!」
言い当てている。
今の状況を的確に。
死んだはずの亡霊が――。
『さあ……諸君、究極の魔法少女に必要な究極の日常……その中でも、最もエネルギーを生むものはなんだ? 魔法少女の情緒を最も
『友人の死だ』
「……!! 忍川さん!! 今すぐヘリを降ろして美雷の回収を!!」
「わかった!!」
忍川さんがヘリに指示を飛ばす。
さっきまで凍り付いていた指令室が、我に返ったように機能を取り戻す。
みなが状況を理解した。
鳴神美雷を死なせない。
その目的に向かって一丸に――。
青いドレスを着た魔法少女に黒い触手が突き刺さっていた。
え?
黒い触手が我先にと、青いフリフリのドレスを着た魔法少女に殺到する。
少女の顔が苦痛に歪む。
「千雨……!!」
何だ?
どういうことだ?
この男は、雨宮千雨のために鳴神美雷を犠牲にしようとしたのではないのか?
千雨はこの土壇場で変身フォームに目覚めて、それで――。
『さて……古き時代……まだ科学が発展していなかったころの話だ。人の手でどうにもできない自然現象に人間はどう抗ったか? 干ばつが起き、どうにかしないといけないが、その原理を求めてもわからない。そこで人々は『神』を作り上げ、あの手この手で『雨乞い』を行う……』
青い魔法少女の、ドレスが無残に破かれていく。
『そう……!! 雨宮千雨の能力の本質は、ただ棒を作り出しているわけではない!! 自己否定から生み出されるその想いはモンスターの持つ反魔法力を引きつける!! この事実を知った時は、運命を感じたよ……。全ては決まっていたことだ。魔法少女として覚醒した彼女は……言うなれば真の究極の魔法少女が覚醒するための礎となるのだ!!』
――友人の死。
まさか。
まさかこの男の目的は。
妖精二の目的は、娘である雨宮千雨を英雄にすることではない。
この男の真の目的は――。
鳴神美雷の覚醒のために、雨宮千雨を犠牲にすること。
『さあ!! 鳴神司令!! ご覧になってますか!? 我が子を捧げます!! あなたの血を引く魔法少女が、世界を救う救世主になるのです!!』
「きゃああああぁぁぁぁ……!!」「うわああああぁぁぁぁ……!!」
ディスプレイでは千雨の叫び声とは違う、もうひとつの叫び声が聞こえていた。
倒れていたはずの鳴神美雷の絶叫。
痛みが走っているのは、唇がちぎれるくらい噛んでいたのだとボクは気づいた。
心から大切な友人の無残な姿。
それを見ることがどれほど辛いことか。
美雷がうずくまりながら、なおも叫ぶ。
周囲には黄色い光が走っていた。
まるで四方八方から雷に打たれているように。
やめてくれ、もう。
『さあ!! 魔法少女鳴神美雷!! 今こそ真の力を
「今すぐ……今すぐ美雷を救出してください!!」
「淡雪君……?」
「こんなことが上手くいくわけないんです!! だって鳴神美雷は……!!」
黄色の雷が、止んだ。
そこにいたのは、ただ涙を流す少女。
「千雨……ひっぐ……千雨ぇぇぇぇ……!!」
泣きじゃくるその声が指令室に響く。
『さあ……美雷クンは最後の変身を遂げただろうか……? その姿を確認できないのが残念だ。……だが、金色のドレスに身を包んだ姿が私にも見えるようだ!!』
得意満面な顔が、的外れな解説を始める。
いるのはセーラー服で涙を流す少女だ。
「美雷は友達が死にかけて戦える子じゃない……友達のために泣くヤツなんです……!!」
『はっはっは!! 私に対する賛辞は必要はない……!! 称賛の言葉は全て、真の究極の魔法少女……鳴神美雷クンへ!!』
「千雨ぇぇぇぇええええぇぇぇぇ……ぉぇええええ!!」
「あんたは人類最低の大馬鹿野郎だよ……校長……」
視界はなおも阿鼻叫喚の地獄絵図を映していた。
黒い触手に晒されて、千雨の青いドレスに赤色がにじんでいた。
血の赤色が。
触手が剣のように、青い少女へと迫った。
「千雨ーーーー!!」
届かないとわかっているはずなのに。
叫び声が虚しく響いた。