体が、痛い。
骨が、軋む。
血が、熱い。
私、雨宮千雨は死にかけている。
己の存在が消える瞬間が来ている。
友達が、ゲロをまき散らしながら私の名前を叫ぶ。
触手が私の体に突き刺さる。
真っ黒なモンスターの。
何かが私の中に流れ込む。
それは、宇宙そのものだった。
周囲の全てが消えてなくなる。
それこそが望んだ世界ではなかったのか。
この世界全てが憎かった自分の。
そうか!!
そうよ!!
私自身が宇宙になれば!!
何も怖くなくなる!!
これこそが答え!!
全ての結論!!
人間なんていらなかったのよ!!
さあ今こそ宇宙の外へ飛び出しま――。
――私は鳴神美雷!! 究極の魔法少女を目指してるんだぜ!!
……?
誰よ、あなた。
その口調、何?
究極の魔法少女ってどういう意味?
――まだ、わからないんだぜ!!
わからない?
わからないことに意味なんて、ない。
――いざとなれば、千雨が私の魔法力を奪えば……。
そんな事態にならないってわかってて言ってるんでしょ?
ぶりっ子。
そんな真剣な顔をして言うんじゃないわよ。
――千雨はやっぱり優しいんだぜ!!
見え見えのおべっか。
私はそんなんじゃない。
本当に……人を見る目がない。
――私には究極の魔法少女なんて……無理だったんだぜ。
待って。
待ってよ。
今更、何を言ってるのよ。
わからない。
私にはあなたがわからない。
何でこんなに胸が熱くなるのか。
何でこんなにも心が惹かれるのか。
きっとあなたは、私に持ってないものを持っていたから。
周りを、この世界を否定することしかできなかった私に。
誰かを好きになることを教えてくれたから。
――千雨、千雨ぇぇぇぇ……。
だから、そんな風に。
「泣いてるんじゃないわよ……ゲロを吐きながら……」
「千雨……!!」
私は触手を受け止めていた。
青いドレスに食い込んだそれを引きちぎらんとした。
いつの間にか付いていた手袋から血がにじむ。
「私は……究極の魔法少女が何なのか全然わかんない!! だからこそ……それが何なのか……あなたの口から聞きたいの……美雷!!」
桃色の光が触手を引きちぎった。
そのまま発光体は回転しながらビームを乱射。
美雷の周辺の安全を確保した。
「ふん、よくぞ言ったわ雨宮千雨……ま、私は信じてた……けど……」
桃色の発光体が、地面に降り立つ。
ピチピチスーツの状態で、その少女は泣きながら吠えるのだった。
「あんまり心配させるんじゃないわよバカァ!! あなた達死ぬつもり!? 私達は帰って焼き肉するって言ったでしょ!?」
「晴菜……イテテッ!!」「千雨!! 大丈夫!? ……なんだぜ!?」
ボロボロの体に晴菜の大声は響く。
でも、心の……というより頭の根っこの辺りから力が湧いてくる。
私達はまだ、終わりじゃない。
地面が、唸りを上げた。
黒い大地がせり上がる。
波打つままに、私達は打ちひしがれる。
気付けば、私達は真っ黒な台状の地形の上にいた。
モンスターの本体であるコアが、斜面の先へと滑っていく。
「あいつ……逃げるつもりだわ!!」
私の意図を察すかのように、黒い触手が黒い大地から伸びていく。
見渡す限り、無数に、地平線の彼方まで――。
「ちょ、ちょっと待って!!」
黒いガスが、空を覆う。
空からも同じように、うねうねと触手が
「いくら何でも多すぎない!?」
●
「なんだこれは……!!」
指令室にいる全員が、忍川さんと同じ感想だっただろう。
映し出された世界地図が、黒い範囲を増やしていく。
それはボク達がいる場所――この『船』にも迫ろうとしていた。
疑似映像である白髪で小型の老人は、いまだに美雷がモンスターを倒したものとして、場違いな演説を続けていた。
「俺たちが……攻撃をしたせいだってのか!! クソっ!!」
世界を脅かす怪物の、いわば本体。
それが攻撃をされればどうなるか。
モンスターを放置するリスクを勘案しての作戦が、裏目に出た。
通常ならば、そう思う。
だが、本当にそれだけか?
ここまでのことができる存在が、どうして今まで静かにしていた?
逆、なのか?
こうなるタイミングでたまたま、ボク達が攻撃を仕掛けた――。
「触手型モンスターの一団!! 接近中です!!」
「くっ……魔法少女達があんなに頑張ってくれたのに……。俺たち大人が、こんな無力なんじゃあ……」
「忍川さん……」
――ショボくれてんじゃないのさ!! シャバガキども!!
「な、何だ!? 今の声は誰だ!?」
聞いたことがある声だった。
このいかにもヤンキーって感じの、ドスの効いた声の持ち主は――。
オペレーターの砲子さんが、息を弾ませる。
「大変です!! GAKUENシステムの現管理者から連絡が!! 眠っていた魔法少女達が目覚めて……施設を飛び出したらしいです!!」
「な、何だって!?」
――アンタらだけで世界を救おうなんてデカい顔はさせねえ!! アタシたち一人一人が主人公なんだからね!!
「魔法少女達がこちらに向かってきます!! 何百人も!! ものすごいスピードで!!」
「は!? どうやってだ!?」
「トロッコです!!」
「ええ!?」
「黄色いトロッコに乗って魔法少女達がこっちにきてるんですよ!! 事実です!!」
「黄色いトロッコ……って、やっぱり……!!」
――そうさ、アタシの能力でGAKUENにいた魔法少女達全員がそっちに向かってる!! なんたって……!!
『トロッコは人やものを運ぶためのものなんだからね!!』
「トロッコのナツ!!」
司令室の中央に、昔のヤンキーみたいな不良の姿が浮かぶ。
その横から小柄な少女が出てくる。
『ウチもいるっす!!』
「ナツの舎弟も……!! でも、どうして!? 君達はGAKUENのシステムに捕らわれてさっきまで眠っていたはず……!!」
『アハハ!! 淡雪風花!! アンタ、もしかしてアタシの舎弟の能力を把握してないのかい!! そんなんだから足元を
うるさいな、と思いつつ頭を働かせる。
そうだ、どこからともなく声が聞こえてきたことがあった。
あれはボクが四天王として千雨、美雷と戦った時だ。
ボクの魔法力による雪の中で、ナツの舎弟の声が聞こえてきたのだ。
あの時はボクの能力がナツの舎弟に干渉したからだと思ったけど――。
「アレは君の能力だった……ってわけか」
『そうっす!! ウチの能力は広範囲の魔法力密度操作!! 範囲を広げていけば通信みたいに疑似的に音や映像を送ることができるっす!!』
『優秀だろお? アタシの自慢の舎弟だよ!!』
舎弟はナツに頭を撫でられてご満悦といった表情だった。
……いや、うらやましくなんかないぞ。
ボクも晴菜に……なんてこんな緊急事態に考えてはいない、うん。
『GAKUENで校長に負けてからも、ウチは魔法力を拡散し続けて、こっちの世界の様子を把握したっす!! そして伝えたっす!! 他の魔法少女達に!!』
まるで物語を読んで伝えるように。
ボク達のことを他の魔法少女に――。
『ずっと駆けつけたかったけど体が動かなくてねえ!! 動けるようになった後の段取りはもうこっちで決めてあるよ!! 適材適所でアタシが音頭を取らせてもらった!!』
各所の映像は、魔法少女達が大量の触手と戦う様を映し出していた。
桃、赤、橙、黄、緑、青、紫。
様々な武器を創り出し、異形の怪物と戦う少女達――。
『聞こえてるかい……鳴神美雷!! アタシはアンタのことがスキだって言った……でもそれはきっと、恋愛のアレじゃあなかったんだな……』
『アタシはきっと……アンタに憧れてたんだ。人として、こうでありたいって思いが……むずがゆくて、受け入れられなかった』
『……周りのことはアタシ達に任せて、ぶちかましてきな!!』
『真の魔法少女軍団!! 総攻撃だよ!!』
●
「はは……もう何でもありじゃないか……」
忍川さんが力なく笑う。
……まあ、しょうがない。
ボクだって、見せ場を取られたみたいな気分だ。
「究極の魔法少女なら、みんなで目指せる……か」
逆転の布石になったのは、ナツとナツの舎弟、それにGAKUENにいる魔法少女全員だった。
……ボク自身も考えを改めるべきなんだろう。
「失礼します!!」
指令室に魔法少女達が数人乗り込んできた。
どうやらナツの言っていた適材適所とはこういうことらしい。
戦闘向けでない魔法少女は、裏方を手伝う。
抜け目ないことだ。
橙色の髪を持つ魔法少女がボクに話しかける。
「あの……淡雪さん、ですよね?」
「あれ……? キミどこかで会ったかな?」
「……ほら、生存祭が始まってから、教室であなたに半殺しにされた」
「ああ~。聞こえない聞こえない~」
「もう!! ……そんなことより、アレ、何なんです?」
橙の子が指をさした方向では、小さなサイズの校長が延々と演説を行っていた。
もはや誰も話を聞いていないのだが。
確かにいきなりアレを見たら不審に思ってもしょうがない。
ボクは魔法力を手に込めた。
疑似魔法力というやつが、魔法力に干渉できるなら逆も可能ということだ。
さよならだ、校長。
その功績も、功罪もボクが背負って――。
「待ってくれ……俺がやる」
忍川さんがボクの前に立った。
魔法少女に比べると、遥かに弱い橙の光を手に携えて。
人形サイズでしゃべり続けていたそれを、上下から両手で包む。
そのまましっかりと押し潰した。
「君はまだこれから、俺なんかよりずっと長く生きていくんだ。だから余計なものを背負うべきじゃない。……言ったろ、大人は責任を背負うものだって」
「忍川さん……」
これで、本当の意味で妖精二は消えたのだ。
代わりに響くのは、忍川さんの声だった。
「魔法少女達に告ぐ!! 全員が生き残って……この戦いを終わらせるんだ!!」
正面の映像は、黒い大地に立つ晴菜、千雨、美雷を再び映し出す。
大丈夫、信じている。
魔法少女達、全員でつかむんだ。
みんなで帰るべき日常へと――。