もう昼時だろうか。
太陽は必要以上に少女達を照らしている。
快晴が人を苦しめることもあるのだな、と少女は思った。
雨宮千雨は汗をぬぐうこともできず、GAKUEN校舎とは反対の方向に移動していた。
汗をぬぐえないのは、背中の少女がずり落ちないように、手を後ろに回しているからだ。
千雨自身、同年代の子をおんぶするなんて初めてだが、奇遇にもおんぶの実例を目撃していたので参考になった。
魔法少女、ねぼすけが多いのか。
「何で私がこんなことを……はあ……。鳴神美雷……さん、あなたも新入生でしょ? 自分の部屋わかる?」
GAKUENの生徒は寮に入ることが義務付けられている。
美雷のGAKUENのしおりの読み込み具合を考えれば、自分の部屋番号くらい覚えているだろう。
できれば低い階だとありがたい、と千雨は汗を垂らしながら思った。
「むにゃむにゃ……495……なんだぜ……」
495、そうなると4階。
しかし寮にはいったい何部屋あるんだか……。
(……?)
軽く、デジャブる。
あれは確か、このGAKUENに入った直後。
寮に直行しようかと思った時。
(そう言えば、寮は全室相部屋だって……!! ってことは……!!)
同部屋の人間との挨拶が省けたことを喜ぶべきか。
これからのGAKUEN生活について憂慮すべきか。
ともかく行先はひとつしかない。
「はあ……、究極の魔法少女なら自分で歩いてほしいもんだわ……」
●
部屋に入ってすぐ目に飛び込んだのは二段ベッドに机。
期待していたわけでもないが質素な部屋だな、と思った。
千雨は下側のベッドに美雷を寝かせた。
横にした瞬間、パイプのきしむ音が聞こえた。
寝心地はあまり良くはなさそうだ。
寮に入る時の手続きは簡単なもので、端末による認証を終えると自販の缶ジュースがごとく鍵が出てきた。
寮監らしき存在がいないのは生徒の自主性を重んじているのか、人員が足りていないのか。
これではGAKUENが荒れ果てているのも納得というものだ。
(あー、なんか疲れちゃったなあ……私も寝よっかな……)
まだ真昼間だが、このGAKUENには決まった時間割は存在しない。
先ほどの集合のように、必要事項は全てスピーカーでアナウンスされるシステムなのだ。
いつ呼び出しがかかるかわからない以上、さっさと寝て疲れを取る方が賢明かもしれない。
(よし、じゃあ荷物を降ろしてベッドにイン……!!)
鳴神美雷の無垢な寝顔が、千雨の瞳に飛び込んだ。
「……良く寝てるわ。私が入っても気づかなそう……って違う!! だんじて違う!! ベッドにインってそういう意味じゃない!!」
千雨がのたうち回る。
「あんなやかましくて元気だった子が、すやすやしてるギャップにやられて……なんかいない!! 私はノーマル!! 私はノーマル!! これらの発言もこの子が聞いてないからセェーフ!!」
「むにゃむにゃ……さっきから何か聞こえてるんだぜ……」
「うおあおおおおおぉぉ!!」ガンッガンッ!!
「ああ!? 電車で会った子がなぜか机に頭をガンガンぶつけてるんだぜーーーー!?」
●
「改めて自己紹介なんだぜ!! 私は鳴神美雷!! 好きな食べ物は肉まん!! よろしくなんだぜ!!」
「……雨宮千雨、クールキャラで売っていこうと思います。よろしくお願いします」
「千雨ちゃん……千雨……!! 千雨って呼ばせてもらうんだぜ!! これからよろしくなんだぜ!!」
黄色い瞳を輝かせる美雷に、千雨はたじろぐ。
とりあえずデカい独り言は聞かれずに済んだらしい。
「さっきは応援ありがとう!! おかげで先輩にも納得してもらえたんだぜー」
「……」
千雨がうつむくのを、美雷は不思議そうに眺める。
意を決したように千雨が口を開いた。
「……鳴神さん」
「美雷でいいんだぜ?」
「……鳴神さんって呼ばせて。その方が気楽だから」
先の決闘の時、勢い余って呼び捨てにしたのは忘れてもらおう。
「そんなことより、鳴神さん……あなたの言う究極の魔法少女って何?」
え? と困ったように美雷が首をひねった。
どうやら本当に質問の意図がわからないらしい。
「魔法少女自体がよくわからないものなのに、それに究極って。あなたは何を目指しているの?」
魔法少女としてあるべき姿は何か?
モンスターを効率よく殲滅することか?
大人のいうことをよく聞くことか?
誇りだとか、それこそよくわからない物のために戦うのか?
千雨が美雷に興味を持ったのも、つまるところはこの疑問が発端だ。
すなわち、自分には持ってない答えを、この少女は持っているのではないかということだ。
美雷は少し困ったような笑みを浮かべる。
不意に雰囲気が変わったことで千雨の胸の鼓動は早くなる。
一息を入れて、美雷が口を開こうとした。
その瞬間だった。
「たのも~~~~!!」
威勢の良い声とともに、495号室のドアが蹴り飛ばされる。
千雨と美雷の視線の先には、桃色の髪の魔法少女がふんぞり返っていた。
千雨にとっては見覚えのある姿だ。
「あなたは……緑の子をおんぶしたまま最強を自称して解説を頻繁に入れてくれた自信過剰の桃色の魔法少女!!」
「……クッソ引っ掛かる言い方ね。まあいいわ。私は
桃ヶ崎晴菜と名乗った少女が鼻を鳴らす。
やはりというか、その視線は美雷を鋭く捉えていた。
(ま、私なんかに用があるわけないわね……)
小さくため息を吐く千雨のことは意にも介さず、晴菜は言った。
「今日はあんたに宣戦布告に来たわよ!! 鳴神美雷!!」
「せんせんふこく……? 千……千……腐……穀……大凶作だぜ!!」
(絶対に違うと思う)
美雷の反応が気に食わなかったのか晴菜はむすっとした。
気を取り直して、といわんばかり声を張り上げる。
「あんたにもわかるように言ってあげる!! 私はこのGAKUEN、最強の魔法少女!! わかるでしょ!! 最強の魔法少女は二人もいらない!!」
「……? 私が目指してるのは究極の魔法少女なんだぜ……最強とは違うんだぜ……」
(いや、似たような意味だと思うけど……)
「とにかく!! 私はあんたに決闘を申し込む!! 今日は疲れているんだろうから明日にしてあげる!! 感謝することね!!」
「ちょ、ちょっと!!」
いまだに状況がわかってなさそうな美雷に代わって、千雨が声をあげた。
「おかしいじゃない!? 私達、今日このGAKUENに来たばっかなのよ!? もっとこう……校舎の案内とかいろんな部活の勧誘とか……」
「そんなもんこのGAKUENには無い概念よ!!」
(概念ときたか……!!)
ここは学園ではなくGAKUEN。
優先されるのは、新入生たちの案内より魔法少女同士のカースト決めらしい。
先ほどから静かだった美雷が声を挟む。
意外にも、控えめに。
「私と晴菜ちゃんが戦う理由なんてないんだぜ……」
「ふん、こっちの仕込みは万全よ!! そろそろじゃないかしら」
(そろそろ……?)
ピンポンパンポン♪
『現時刻をもって、寮生、495室の雨宮千雨さんについて、退寮処分となりました。本人は新しく寝泊まりできる場所を探してください♪』
ポンパンポンピン♪
……。
…………。
…………????
スピーカーによる校内放送はこの寮であっても健在なんだなあ、と千雨は思った。
きっと脳が追いついていない。
綺麗な女性の声でアナウンスされたその内容を――。
「わ、私が退寮処分ーーーー!? まだ来て10分とかなんですけど!?」
「千雨が出ていく理由なんてないんだぜ!? 何かのまちがいなんだぜ!?」
「間違いじゃないわ。私から校長に直談判したのよ『雨宮千雨の入寮をいったん白紙にしてほしい』ってね。あの校長『面白そうではないか、はっはっは!!』ってあっさり認めてくれたわ。ちなみに明日の昼までは大丈夫らしいから今日の寝床は心配しなくていいわよ」
(あ、あのクソ校長……)
野太い笑い声が脳内に響いて千雨はげんなりとした。
確かにあの男ならノリで決めてしまいそうだ。
「校長はそんな人っぽかったけど……桃ヶ崎さんはどうしてそんなことを!? 私、明日から住むとこないんですよ!?」
「知れたことよ!!」
桃の魔法少女、桃ヶ崎晴菜は、空中で一回転してポーズを決めると、ビシッと鳴神美雷を指さした。
「鳴神美雷、雨宮千雨と相部屋できる権利を賭けてあなたと決闘をする!! この私、桃ヶ崎晴菜がね!!」
「……!! 千雨と相部屋できる権利!!」
「私と相部屋できる権利!?」
雨宮千雨12歳。
相部屋できる権利を奪い合われる。
つまりは、二人のうち決闘の勝者がいる部屋に雨宮千雨は改めて入寮手続きをするということだ。
「この決闘を受けなければ雨宮千雨はずっと家なき子……いつまでたっても寮の裏でダンボール生活ってワケよ!!」
「……千雨を巻き込むの、良くないんだぜ!!」
「ふん、こんなのGAKUENでは日常茶飯事よ。さあ、どうする鳴神美雷? 私との決闘を受けなければ雨宮千雨はいつまで経ってもダンボール生活よ。あーはっはっは!!」
「……受けてたつんだぜ!!」
黄の少女、鳴神美雷の瞳が強く輝いた。
「入ったばかりなのに独りで過ごすなんて悲しいんだぜ……それに」
それに? と晴菜が先を促した。
「私はまだまだ千雨といっしょにいたいんだぜ!!」
(……!! こんな私にそう言ってくれるんだ……うれしい。うれしいけど)
「ふん、じゃあ決まりね。ま、勝つのは私だけど雨宮千雨の面倒はしっかり見てあげるから安心しなさい!! あーはっはっは!!」
高笑いとともに少女が去っていく。
太陽みたいにエネルギーに満ちた少女だった。
……快晴が人を苦しめることもあると、千雨はしみじみ思うのだった。
●
初日の晩御飯は、配給品のインスタント食品で済ませた。
GAKUEN専用の通貨で食堂を利用したり買い物もできるらしいが、とてもじゃないが外に出歩く雰囲気ではない。
(美雷はしきりに外に出たがったが、初日から目立ちすぎたのものあって千雨が止めた)
千雨と美雷は二人でお風呂を済ませたところだった。
部屋の浴槽は思ったよりも広く、先に入った美雷があまりにはしゃいで一緒に入ろうと言い出したため、千雨はそれに従った。
背は低いけど、私よりも大きいな……と千雨は思った。
どことは言わないけど。
今は二人で順番に髪をかわかしている。
ちょうど千雨が終わったところだ。
ドライヤーが千雨から美雷の手に渡る。
「はい、どうぞ」
「ありがとうなんだぜ!! うおー究極乾燥!!」
(なんでも究極って付ければいいもんじゃないでしょ……)
寝巻にも着替えたし後は寝るだけと言ったところか。
改めてベッドの方を見る千雨の視界にゴミ箱が入った。
中身はインスタントカレーの空き箱だ。
(美雷はおいしそうに食べてたけど……もっと凝った料理とか作った方が良かったのかな……? でも、私も料理したことないし……、はあ……)
もやもやとした気持ちをため息にして吐きだす。
美雷はといえば、ご機嫌な様子でドライヤーを扱っている。
(結局、私は何も決めれてない。明日のことだって美雷は頑張るって言ってくれてるのに、私は……)
ふと、思った。
自分が桃ヶ崎晴菜のもとに行くと、宣言したらどうなるか。
その場合、二人は戦う理由をなくす。
あの桃の少女も面倒見は良さそうなタイプだから、案外それでも生活は成り立つのかもしれない。
美雷はどうだろう。
「千雨といっしょにいたい」、その言葉が本心なら千雨が去れば悲しむだろう。
でも、当の千雨は考える。
鳴神美雷は、きっとすごい魔法少女だ。
それは今日の決闘でも明らかだった。
だからこそ、思う。
自分なんかが隣にいていいのだろうかと。
やもすれば、このまま美雷の前から消えてしまった方が――。
ピンポーン、とベルが鳴った。
(正解ってか。狙ったようなタイミングでまったく……)
「お客さんだぜ!! 出るぜーー!!」
「……鳴神さんは髪を乾かしてて。私が出る」
いきなり蹴破られる可能性も考慮し、慎重にドアを開ける。
呼び鈴を鳴らしたのは、小柄な緑の魔法少女だった。
千雨には、見覚えがあった。
「あなたは……桃ヶ崎さんの背中で寝てた子?」
「はい……ふわあ……。あくびが出ちゃいました。ボクは
「あ、いえいえ。雨宮千雨です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる緑の少女に、慌てて千雨も追従する。
どうも礼儀正しい子らしい。
一緒にいた桃色の人とはえらい違いだ。
「……それで何の用ですか?」
「あ、そんなに構えなくても……。ウチの晴菜がご迷惑をおかけしたみたいで……代わりに謝ろうと思って……」
(お、『謝る』って概念があるなんて……ちゃんとした子みたいね!!)
「すぐに謝ろうと思ったのですが、昼寝の後に晴菜からイキサツを聞いて、その後に夕寝をしたから今の時刻になっちゃいました、ごめんなさい」
(……一日に何回寝てるのよ!!)
千雨の内心を知る由もなく、緑の少女、淡雪風花は話を続けるのだった。
「あー、あとあと。ボク達の部屋、隣だからわからないことがあったら聞いてください」
(ボク『達』ってことはこの子と桃ヶ崎さんは同室か……)
「それにもうひとつ……」
(……?)
「今回の決闘、勝つのは晴菜です。でも、晴菜の背中は譲りませんから。以上です」
「え……? え……?」
「……以上です」バターン
後ろからの「どうしたんだぜー?」の呼びかけにも反応できず、千雨はドアを眺めていた。
GAKUENの魔法少女、普通の人はいないのか。
●
夜、ベッドにて。
「電気、消すぜーー、今日は一日お疲れさまなんだぜ、明日は頑張るんだぜ!!」
「……。さっきから言ってるわよね、それ。いいかげん消してもらえるとうれしいのだけど……」
「あ、ごめんだぜ!! よし、電気を消すぜーー消すぜ消すぜ……なんだかちょっと緊張するぜ」
「いいから……」
「あ、じゃあ3、2、1……はいっ」
部屋が真っ暗になる。
音も光もない静けさ。
自己の存在以外、何もない感覚。
耐え切れない。
早く消せと言った手前バツが悪いが、千雨は口に出した。
「ねえ鳴神さん、私が桃ヶ崎さんのところに行くっていったらどうする?」
「……」
「……ごめんね。こんなこと言って。答えづらいよね。でもどうしても答えを聞きたくて」
「……」
「……? 鳴神さん? 鳴神さん……はっ!! この子、まさか!!」
『究極入眠!!』ドンッ!!
「ぐごー、がごー……」
「も、もう寝てる……!!」