1万魔法少女円。
魔法少女円は西暦2023年の円の価値とほぼ同じである。
さて、今からこの使い道を考えよう。
オシャレ、スイーツ、映画館、ボーリング……。
魔法少女を支える日常、その諸所の活動を行うためにもO・KA・NEの概念は重要なものなのだ。
だからこそGAKUENには独自通貨が採用され、その使い方を日常生活を通して学ぶことになっている。
「……で、こうして視聴覚室に来たわけだけど」
「うおー!! いけーー!! そこだーーーー!! あぶなっ!! やれーーーー!! だぜーーーー!!」
「何で私達はB級映画を見ているのかしらね……」
狭いブースの中、ディスプレイの前。
溜息を吐く千雨の横で、美雷が拳を握る。
あの決闘の日、肉まんを食べた後に千雨と美雷は部屋に戻って作戦会議をした。
議題は手に入れた1万魔円の使い道――。
貯金する? 冗談よ。
ガチャとか回したいみたい。冗談よ。
焼肉は……普通にアリね。
などと花の12歳真っ盛りの会話をしていた時、千雨は気づいた。
自分ばかりが意見を出して、美雷がニコニコと相槌を打っていることを。
千雨が美雷に優しく問いかける。
「美雷、あなたもパーッと使っちゃっていいのよ? これは二人の勝利の証なんだから」
これから二人で歩むと決めた、その門出。
美雷がにっこりと笑みを浮かべた。
「だったら、見たいものがあるんだぜ!!」
「で、見るのが空手で恐竜と戦うよくわからない映画か……あー、どうせならアニメとかにしましょうよ~」
「うおーーーー!! アチョーーーー!!」
「ダメだ……聞いてない……」
げんなりした千雨の思いを汲んでか、映画が終わる。
どうやら人類が勝ったらしい。
最後に踊り出さなくてよかった。
「おもしろかったぜーー!!」
「人生たのしそうね、美雷……。あーあ、貴重な乙女の1時間とちょっとが、恐竜の化石と消えたわ……」
「……は!! 私は楽しかったけど千雨が楽しんでくれたかはわからないぜ……。次は千雨の見たいものを見るんだぜ!! 何でも好きなものを選ぶんだぜ!!」
「好きなもの……ねえ」
時間はまだ、お昼を少し過ぎたところ。
入室する時に3時間コースで利用カードを購入したから、もう1本くらい
千雨はブースの外に出て、壁一面に並んだ棚を確認する。
フィルム、ビデオテープ、CD、ブルーレイ……。
古いものを含めた諸所の記録媒体と、それらを再生する機器を管理しているのが視聴覚室だ。
(でも、どうしよう……。長めの映画だと時間オーバーしちゃうわよね。良いところで突然打ち切られたらイヤだなー。他には……と)
千雨の目が止まる。
それは棚の隅に、人目を避けるように置かれていた。
手に取り、パッケージに張られていたラベルを確認する。
『モンスター西部襲撃』
(映像記録、か……。何年のものかはわからないけど)
ここも一応は教育機関……ということだろう。
ふと、頭によぎる。
GAKUENに来たその日、美雷の決闘の相手であるナツが言い放った一言。
『魔法少女なんて戦わされるだけの存在』
戦う相手……それはもちろんモンスターだ。
1990年代半ばに発生したそれらは、人類の既存の兵器が一切通用しなかった……らしい。
だからこそ魔法少女と便宜上名付けられたその力は、人類の希望となった。
「……で、こうやって私達はワケのわからないGAKUENに放り込まれてますよ、と。あーあ、せめて『魔法少女』ってネーミングをなんとかしてくれたらなあ……これで喜ぶのなんて小さな子供か……」
「千雨!! 何みてるんだぜ!?」
「ひゃわああああぁぁ!? み、美雷!! 瞬発力が持ち味だからって急に話しかけないで!!」
魔法少女なんてネーミングで喜ぶのは小さな子供か、子犬みたいな12歳。
頭によぎったそのフレーズを口に出さなくてよかった、と千雨は安堵した。
美雷が千雨の手にしたものに気づいて顔をぐっと近づける。
やっぱり子犬か、などと千雨は思った。
「千雨、それって……?」
「あー、その……たまたま手に取っただけで……。いや、待って」
「?」
頭に一つの考え。
千雨とて、美雷に意地悪をしたいワケではない。
しかし、確認したくもなった。
『究極の
その言葉にどれくらいの実感があるのか。
これから一緒に行動すると決めたのなら、なおさらだ。
「……ねえ、美雷。一緒にこれ見てみない?」
●
「……」「……」
四足歩行の黒い塊。
獣に似たそれが、カラフルなドレスを纏った少女達を蹂躙していく。
羽根
少女たちの届かぬ位置で、クチバシから一方的に黒いガスをまき散らす。
なぜか空中を回遊する、これまた黒い巨大魚。
魔法少女から魔法少女へ、スタンプラリーのように突貫して、少女たちを蹴散らしていく――。
(み、見るんじゃなかった……)
あまりの凄惨さに千雨と美雷の口数は徐々に少なくなっていき、ついには沈黙が続いていた。
しかし、一方でこれが現実だった。
卒業すれば、こうした戦いに身をおくことになる。
(うわ……痛そう……酷いところはなるべく編集してるっぽいけど変身とか普通に解除してるし……。この時代の魔法少女、そんなに強くなかったのかしら……)
結局、どの年代のものかはわからなかった。
ナレーションなども付かず、淡々と戦いの映像だけが映されているからだ。
それが逆に戦いの悲惨さを物語っている気がした。
縁起わるっ!! と思いつつ千雨が美雷へと話しかける。
これを聞かなければ、わざわざ時間と精神コストを支払った意味がない。
「ねえ、美雷。魔法少女はこうやって戦うものなの。だとしたら究極の魔法少女って、やっぱり戦うための存在になっちゃうの?」
互いに慣れてきたが故の少しの揺さぶり。
千雨とてはっきりとした答えを望んでいるわけではない。
しかし、美雷がどんなことを言うのか。
それには興味があった。
「……」
「答えにくい質問だったかしら? ふふ、意地悪してごめんね。でもこうした現実もあるって知っておくべきだと思ったの」
「……」
「……? ねえ、ちょっと聞いてる? 何でさっきからうつむいて何もしゃべってくれないの? ……まさか怒ってる?」
「うう……ぐす……」
「え……!? え……!?」
美雷の頬からしずくが垂れる。
そう、これは――。
(な、泣いてるーーーー!? ど、どうしよう……!! そんなつもりじゃなかったのに……!!)
「千雨は……悪くないんだぜ……私が……うう、ぐすっ!!」
「あああ!! 鼻水たれてる!! 袖でふかない!! はい、ハンカチ!! 鼻水はティッシュで……」
「ありがとうなんだぜ……チーン!!」
「やると思った!!」
千雨の青いハンカチは美雷の鼻水まみれになってしまった。
いと、あわれ。
「いや、趣深くはないわね……。でも、悪かったわ……。こんな映像を見せちゃって……」
「……? 何を謝っているんだぜ?」
「何って、あなた……」
普通だったら、意地悪をしたと思うはず。
魔法少女に憧れを持つ者に、現実を見せたなんて。
鳴神美雷に限って、その発想はないようだった。
「確かに魔法少女が戦わなくちゃいけないのは悲しいことなんだぜ……。でも、私達が戦わなくちゃ、もっと大きな被害が出る……んだぜ」
美雷が涙をぬぐった。
千雨には、何で彼女が泣いているのかわかった。
夢を砕かれたからではない。
現実を、傷つく魔法少女達をしっかりと見たから――。
「だからみんなが究極の魔法少女になって、戦いが終わるように頑張るんだぜ!! ひとりでも犠牲が減るように……」
「なるほど、ね……」
子犬とも見紛う無邪気な少女にも、考えはあったということか。
「ごめんね美雷。私、あなたのことを勘違いしてたかも……。ところでその『究極の魔法少女』って具体的には……」
「まだ考え中だぜ!! 千雨もいっしょに考えてほしいぜ~」
やっぱり、と肩をすくめる千雨であった。
(でも、こうやって考えるのは大切よね。……考えると言えば。生徒がこうやって真面目に魔法少女について考えてるのに、あの校長は一体なにを考えているのかしら……)
『諸君!! 元気かね!!』
「ひゃわああああぁぁああああーーーー!? なに!? なに!?」
「校長先生の顔が画面に映っているんだぜ……!!」
ブースの椅子から転げそうになった千雨が、起き上がって画面を確認する。
髭面の男が、割とデカめに映り込んでいる。
『はっはっは!! この放送はGAKUEN中のスピーカーの他、ディスプレイというディスプレイをジャックして放送されている!! 日々、諸君らのことだけを考えている私からのサプライズだ!!』
(な、なんて自己主張の強い校長なの……!! あとサプライズ大好きだなこの人!!)
「びっくりしてモニターを叩いちゃうところだったんだぜ……!!」
それはびっくりしすぎだろ……などと、千雨は自分のことを棚に上げて思った。
『今日も各自、日常生活を送ってもらっていると思う!! 魔法少女円の使い道や、稼ぐ方法を考え、学びや気づきにあふれているだろう!! しかし、忘れてはいないだろうか!!』
忘れる? 一体なにを……?
『究極の魔法少女に必要なのは究極の日常……!! そう!! 君たちが本当にほしいものは、おカネではなく校長ポイントであろう!?』
(誰もそんなこと思ってねーーーー!!)
心の中で絶叫する千雨の様子も露知らず、校長は「みんなの考えていたことを言い当ててしまったか……」という謎の満足感をかもし出していた。
どうやら校長の中では魔法少女たちは校長ポイントのことが気になってしょうがない設定だったらしい。
こっちは存在自体、忘れていたのだが……。
『さて、ここからが本題!! 諸君らがお待ちかねの校長ポイントゲットのイベントだ!! その名も……レイドイベント!! そう!! 不定期に現れた敵を狩る、アレだ!!』
「れいどいべんと……!! 千雨!! なんだかすごそうなんだぜ!!」
「はあ……今度はソシャゲでもやってたのかしらね……」
『なお、狩られるのは君たちだがね』
空気がひんやりとした。
この男は今、なんて言った?
美雷は驚きとも、困惑ともつかない表情を浮かべている。
「校長先生……!! いったいどういうことなんだぜ!?」
「落ち着きなさい……美雷……!! もしも大事なことを聞き逃したら、私達が危ないわ!!」
恐らくGAKUEN中が同じように混乱していたに違いない。
その証拠に、廊下から誰かの「ふざけないでよ!!」という声が聞こえてきた。
『はっはっは!! 興味が湧いたところで詳細な説明だな!! これから私はGAKUENに「四天王」を解き放つ!! その者たちは魔法力により君たちを攻撃するぞ!! 魔法力を消耗し、なくなったものはTAIGAKU処分とする!! なお、無事に四天王を倒した者には一人につき1000ポイントを与えよう!! どうかね、この緊張感こそが日常の「尊さ」を生む……!!』
『究極の日常の誕生だ!!』
(この男……やっぱり)
千雨には、
それでもこの男が言っていることが間違っているのは、すぐにわかった。
横にいる美雷も、同じだ。
「こんなの……おかしい、んだぜ……」
(美雷……)
いや、同じではない。
千雨の胸を支配するのは困惑だが、美雷は恐らく悲しみだ。
無理もない。
みんなで究極の魔法少女を目指すと、数分前までにこやかに語っていた。
そんな美雷の気持ちは踏みにじられてしまったのだ。
なおも高笑いをあげる、髭面の男に。
『さあ!! お待ちかねの四天王の登場だ!! 今日現れるのはひとり!! 今からその出現場所を発表する!! その場所は……!!』
(……!!)
美雷の髪がわずかに逆立った。
恐らくは発表された場所に向かうつもりだ。
少しでも多くの生徒を助けるために。
千雨も覚悟を決める。
昨日までの自分ならおろおろと、何も決めれなかったかもしれない。
しかし、もう決めた。
自分も美雷と一緒に、戦うと。
未来へ向かって、進むと。
『さあ、記念すべき四天王の初お披露目の場は――』
さあ、場所は――。
『視聴覚室だ』
刹那、轟音が響いた。
千雨が気づいた時には、美雷が覆いかぶさっていた。
「伏せるんだぜ!!」
「もがもが……美雷……ちょっと位置を……」
千雨の視界は美雷のお胸で真っ暗になった。
ロマンティックさの欠片もない状況のまま、二発目の音、更に三発目。
視聴覚室の壁が、誰かが破壊しているのだとわかった。
「キキキ……究極……物事を極めた様……そう、俺のように……」
舞い上がったチリが晴れていき、その姿があらわになる。
ディスプレイからの音が、愉快そうに告げる。
『そう、これが究極の日常に必要な究極四天王……!!』
「キキキ……隠密……暗殺……なんでもごされ……!!」
「あれが四天王……なんだぜ……」
ブースから出た千雨と美雷の前に、橙色の衣……さしずめ橙装束に身を包んだ人間が立っていた。
(このやたら目立つ恰好をしている奴が……!!)
『四天王がひとり、橙忍者のオレン……!!』
「キキキ……夢みる魔法少女に『現実』を見せてやるでござる……」
魔法少女と忍者、いま、対峙の時――。