クールでスマートで走りたがりなナリタブライアンにトレーナーが膝枕をしてあげる話です。

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今は子供扱いでも構わん。
その時が来たら遠慮なく食わせてもらうからな


ナリタブライアン膝枕

「お疲れ様、ブライアン。本当によく頑張ったな」

 

 

 頭の上で声がする。

 声から不安な気配がなくなったのが伝わってくる。

 まったく、やっと安心したのか。

 本当に心配性な奴め。

 

 微睡む意識の中で頭を撫でられる感じがした。

 その優しい温もりが姉貴やおふくろにそっくりだったから

 つい身を任せたくなる

 

 

「……」

 

 

 だんだん意識が遠のく。

 アイツの声が聞こえなくなってくる。

 

 きっといつものように穏やかな顔をしているんだろうな。

 人の気も知らずに。

 

 今は子供扱いでも構わん。

 その時が来たら覚悟しておけ。

 

 

 

----

 

 

 

 

「レース直後にすまない、少しいいだろうか」

 

 

 妹のナリタブライアンがいる控室のドアをノックすると、中から小さい声でどうぞと返事が返ってきた。

 それを不思議に思いながらドアを開けると、中にいた彼女のトレーナーと目が合う。

 

 人差し指を口の前に立てて「静かにしてね」とお願いするジェスチャーを送るトレーナー。

 その膝を枕にしながらソファの上で眠っているブライアン。

 思わぬ光景に目を丸くする。

 

 

「す、すまない、取り込み中だったか。しかし、もうすぐウイニングライブの準備が始まってしまうぞ」

 

 

 なぜかこそこそと彼の隣へ行って耳打ちする。

 ここに賑やかなマヤノ君がいなくてよかったというべきか。

 

 

「そう。本当はもう少し休ませてあげたいんだけど」

 

 

 困ったように微笑むトレーナー。

 あのブライアンが人の膝枕で寝ているのもそうだが、彼の距離感の近さに驚く。

 二人とも普段の様子からは想像できないようなとても穏やかな雰囲気だ。

 

 

「ブライアン……起きよう……起きて……」

 

 

 膝の上のブライアンを撫でながらゆったりと身体を揺するトレーナー。

 それに合わせて彼女の目蓋がぴくぴくと動くが起きる気配はない。

 

 

「……むぅ」

 

「もう、仕方ないな」

 

 

 もぞもぞと頭を擦りつけながら駄々をこねるブライアンをトレーナーは咎めたりしなかった。

 代わりにこちらを向いて小さく頭を下げる。

 

 

「ごめんビワハヤヒデ。まだ時間はあるよね?少しだけ待ってもらってもいいかな?」

 

「あ、ああ。もちろんだ」

 

 

 何か踏み込んではいけない距離感に踏み込んでしまったような気がして、慌ててぶんぶんと手を振る。

 すると彼は口元に手を当てて声を出さずに笑った。

 それから再びブライアンの方を見る目はどこまでも優しいものだった。

 その表情はまるで母親のようで、見ているこちらも思わず顔が綻ぶ。

 

 そしてそっとブライアンの頭に手を添える。

 優しい声で呼びかけながら、形をなぞるように彼女の耳を優しく撫でさすった。

 まるで愛おしくて堪らないといった様子で見ている方が恥ずかしくなるような光景だったが、同時に羨ましくもあった。

 

 

(私にもあんな風にしてくれる人がいれば)

 

 

 一瞬浮かびかけた相手の顔を振り払うように頭をブンブン振る。

 

 

「どうかした?」

 

「いや何でもない。それより起こすなら早めにした方がいいだろう」

 

「大丈夫だよ。ほら」

 

 

 視線を戻すと先程まで眠っていたはずのブライアンが薄っすら目を開けていた。

 

 

「起きたのか?ブライアン」

 

「ん……ああ、姉貴か……。何か用か?」

 

「う、うむ。レースの労いにきたんだが、もうすぐライブの時間になるぞ」

 

「そうか」

 

 

 のそりと立ち上がったブライアンはトレーナーの方を向く。

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

「うん行ってらっしゃい」

 

 

 当たり前のように交わされた挨拶の後、二人は軽く抱擁を交わした。

 

 

「……!?」

 

 

 私は一体何をみているんだろうと思ったが、目の前で行われたそれがあまりに自然すぎて何も言えなかった。

 

 

「頑張って」

 

「……ふん」

 

 

 満足げに鼻を鳴らしたブライアンはそのままトレーナーから離れる。

 

 

「また後で」

 

「ああ」

 

 

 さっきまでのやり取りが嘘のように短い言葉だけ交わして二人は離れ、ブライアンは何事もなかったかのように控室から出て行った。

 後に残されたのは呆然としている私と、ニコニコとしているトレーナーだけだった。

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 私とトレーナーの関係は一貫している。

 走るためにレースに出場し、レースのためにトレーニングで身体を鍛え、休みには共にレースのことを考える。

 もっと走りたいと渇望する私と、それに応えるため手を尽くしてくれるトレーナー。

 私達の関係に裏表はない。

 

 それ以外の事で公私混同をしなくて済むのは余計な気を取られなくていい。

 気兼ねをしない分、距離が近いと言われることもあるが苦になったことはない。

 

 ただ、時折どうしようもなく胸の奥底が疼くようになった。

 それは決まってトレーナーのことを考えたり思い出したりしたときだ。

 

 

 その正体は直ぐに分かった。

 だが私は走りたい。

 これは走るには身重すぎて邪魔になる。

 今これに身を任せる気はない。

 

 だが一度自覚すると厄介だ。

 そんな考えに関係なく発作のように疼きはやって来る。

 それを発散する、あるいはそれすら力に変えるために私は身体を動かす。

 

 オフの日の自主トレーニングを終えて寮に戻る。

 

 

「溜めて放つ、か」

 

 

 ベッドの上でトレーナーが教えてくれた言葉を口にする。

 逃げるのでもなく、抑えるのでもなく、溜める。

 この疼きも焦れったさも今はじっと溜めて、仕留める機を計ろう。

 そしてその時が来たら躊躇わず放ってしまえばいい。

 

 

「……」

 

 

 鼻に張ったテープに指で触れながら気を静める。

 平静さが戻ってくる。

 また明日も走れる。

 

 

 アンタには本当に感謝している。

 私を走らせてくれることも、その道から外れない術を教えてくれたことも。

 

 だから今は親子のような扱いでも構わん。

 いつか必ず女として見させてやるから覚悟しておけ。

 

 

「元はと言えばアンタが踏み込んで来たんだ。――逃げるなよ」

 

 

 

----

 

 

 

 ある日、もう何度目になるか分からない優駿との激闘を終えたブライアンの帰りを待っていると

 

 

「戻ったぞ」

 

 

 レースを終えて疲労困憊といった、晴れやかな表情のブライアンが控室に戻ってきた。

 

 

「よく頑張ったな」

 

「……ああ、少し疲れた。しばらく横になる」

 

 

 疲労を隠さずナリタブライアンは倒れるようにソファに座り込んだ。

 

 

「どれくらい?」

 

「アンタが次のレースの計画を立て終わるまでだ」

「それまでアンタの膝を貸せ」

 

「どうぞ」

 

 

 隣に腰掛けて膝をぽんぽんと叩くと、ブライアンは遠慮なく頭を預けてきた。

 そのまま頭をもぞもぞと動かしてから、具合がいいところに収まったのかこちらを見上げる。

 

 

「ちゃんと起こせよ。置いていったら許さんからな」

 

「ちゃんとここにいるよ」

 

 

 彼女の頭に手を添えて撫でる。

 

 

「お疲れ様、ブライアン。本当によく頑張ったな」

 

「ん」

 

 

 そういうと彼女は目を閉じて脱力した。

 膝の上に心地よい重みを感じる。

 

 

(次のレースに向けて、か)

 

 

 ほどなく寝息を立て始めるブライアン。

 ついさっきまで圧倒的な走りをしていた彼女と同一人物とは思えないほど穏やかで可愛らしい寝顔だった。

 

 

「ブライアン、次はどこへ行こうか……」

 

 

 きっとこの先もずっと、自分はこうやって過ごすんだろうなと思う。

 どれだけ時間がたっても、どれだけ新たなウマ娘を目にしても

 ナリタブライアンの走りを忘れられずに思いを馳せ続けるのだろう。

 

 彼女の寝顔を見守りながら、次はどんなレースが待っているんだろうと思案を巡らせるのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「なんだあれは……」

 

 

 学園の廊下を歩きながら一人呟く。

 先日控室で出くわした今まで見たことがないくらい穏やかな表情をしていた二人を思い出す。

 いつも仏頂面で不機嫌そうなブライアンの顔が緩んでいた。

 それを当然のように受け止めるトレーナーもどこか嬉しそうだった。

 そして何より、ブライアンがあんなに無防備に他人の前で寝姿を晒すなんて想像もしていなかった。

 

 

「あの二人が付き合っているという噂があったのを聞いたことがあるがまさか……」

 

 

 トレセン学園にはそういった噂が絶えないが、まさか身内から出ると思っていなかった。

 しかし言われてみると妙にしっくりくる。

 ブライアンが家族以外でああまで気を許しているのは初めて見た。

 それに、あのお互いへの深い愛情を感じる抱擁。

 

 自分の知らない一面を見た事の驚きもあったが、それよりもブライアンが幸せそうだったことの方が大事だからそれはいい。

 ただ

 

 

「……羨ましい」

 

 

 無意識に出た言葉にハッとする。

 何を考えているんだ私は。

 

 

「でも、やはり羨ましい」

 

 

 今度は意識して口に出してみる。

 やはり憧れてしまう。

 あんな風に愛されてみたい。

 私の自慢の妹だが、なんという進展の早さだ。

 

 ふと、トレーナー君の顔が脳裏に浮かぶ。

 もし自分があの時のブライアンのように、トレーナー君の膝の上にいたとしたら。

 ……悪くない。むしろ良いかもしれない。

 

 

「って違う! 何を考えてるんだ私は!?」

 

 

 頭を振って変な妄想を追い出す。

 まったく、とんでもないものを見て疲れているのだろうか。

 今日は早く寝ようと思いながら帰路に就いた。




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