映画『僕が愛したすべての君へ』終盤のあるシーンを軸に、IP端末がERRORになるまでの経緯や、高崎和音は何を思って暦を交差点に送り出したのか、を勝手に妄想してみただけの二次創作です。

前作とは逆に、映画独自のシーンを元にしているため、原作小説の展開とは矛盾します。小説だけ読んでて映画のネタバレを回避したい方は特にご注意ください。

中盤、和音がトンチキ虚質科学を延々と語って目が滑る部分がありますが、適当に読み飛ばして大丈夫ですw(完全に書き手の技量不足です)

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ERROR

「——覚えのない予定?」

 母屋と離れを結ぶ屋外の渡り廊下。離れの寝室からよろよろと歩み出てきた夫に手を貸しつつ、私はそう返す。

 努めて平静を装いながら、心底不思議そうな声色で。まるで、そんな話は初めて聞いた、とでも言うみたいに。……いえ、それは間違いじゃない。実際、私の夫、暦(こよみ)からその話を聞くのは、確かにこれが初めてなのだ。

 だけど、そう言いながらも一気に心臓の鼓動は早まり、胃のあたりがきゅっと痛くなる。今の私、もしかして声が上ずってなかったかしら? 

 落ち着くのよ、私。

 この動揺が夫にバレてはならない。

 数歩歩くだけでもう息が上がっている彼の老体を脇から支えながら、何気ないふりをして顔色を窺う。特に不審そうな表情はしていない。うん、大丈夫。お互いもうすっかり耳も遠いし、この汗だって照りつける夏の日差しのせい。きっと私の緊張には気づいていないはず。

 そう、このまま、このまま。流れに任せて。

 私は少し首をかしげたまま、固唾を呑んで暦の出方を待つ。蝉時雨だけが私たち夫婦を包んでいる。いつもと何も変わらない朝。

「うん。まったく記憶のない予定が、IP端末に入力されていてね」

 完全に、思った通りの返事だった。ようやく。ようやく始まったのだ。私は確信する。

 一ヶ月前から、何度も頭の中でシミュレーションし続けた一日。

 そして私の推理が試される一日が。

 

 朝の七時というのに八月の日差しはすでに強烈で、一気に額に汗が噴き出す。暦は手すりにつかまりながら、母屋のダイニングに向かってゆっくりと歩みを進める。私はそれを支えながら隣を歩く。

 屋外の渡り廊下を経由しないとトイレにも行けない彼の寝室は、ステージ4のがん患者の居室としては甚だ不適当だった。在宅での終末期ケアを選ぶなら母屋の空き部屋のほうが、と私も絵理(えり)さんも何度となく移動を勧めたのだけど、ああ見えて頑固なところがある暦はこの離れの部屋にこだわり続けている。かつては彼のお祖父様の居室だったらしく、背の高い木製の戸棚は年代物だそうだ。きっと、いろいろな思い出が詰まった空間なのだろう。

 

 話しぶりからすると、どうやら暦がその予定に気づいたのは今朝の起床時みたいだった。

 あのね、暦。その予定は一ヶ月も前から入力されていたのよ。私は心の中でそっと夫に話しかける。

 IP端末にはスケジュールの当日リマインド機能がある。だから最悪でもその日になれば気づくだろうとは思っていたけれど、まさか本当に今朝まで気づかないなんてね。もっとも最近は、暦の緩和ケアやヘルパーさんの予定は全部私が管理していたから、本人はスケジュール機能を見ることすらなかったのでしょうけど。

 あの日からずっと、私は気が気ではなかった。暦がいつ〝それ〟に気づくのかって。気づいてほしくない気持ちと、早く気づいてほしい気持ちが、ずっとせめぎ合い続けていた。

 でも、そんな緊張の日々も、今日が千秋楽なのだ。

 このまま私は最後まで、私という役を演じきらなければならない。

 

 ダイニングに入るとちょうど、愛(あい)が暦用の介護食を電子レンジで温めてくれているところだった。

「あ、おじいちゃん、おはよー! ちょうどチンできたよ」

 朝のお手伝いは、小学五年生にちょうどいい夏休みの日課になっている。矢継ぎ早に話しかけてくる愛のペースにすっかり巻き込まれて、暦のスケジュールの話題は行き場を失ってかき消えてしまう。続きは後にしよう。まずは三人で朝ご飯だ。先に起きて家を出た絵理さんたちが、果物やサラダの残りを冷蔵庫にしまっておいてくれているので、あとはパンを焼くだけでいい。

「いただきまーす!」

「愛! トマトだけ除けないの!」

「トマト、おばあちゃんにいっぱい食べてほしいなーって」

「もう、そういうのを屁理屈って言うんです」

 トマトだけが器用に除けられた愛のプレートに再びトマトを乗せながら、そっと暦の様子を横目でうかがう。

 今日の暦は調子がかなり良いみたいで、スープの他にパンも果物も口にできている。これなら外出もできそうね、と安心する。

 まったく、この一ヶ月間、暦の体調管理にどれだけ私が気を揉んできたか、彼はまるで知りやしない。受験生の親みたいな気分だった。とにかく彼の体力と気力を維持し、怪我や病状悪化を阻止して、小康状態を保つことに腐心してきたのだ。しかも、それと同時並行で、誰にも明かせないひとつの難問に正面から戦いを挑みながら。やっと今日、それが報われる。

 私ってば何やってるのかしら、って我に返ったこともしょっちゅうだった。正直言ってまるで気乗りのしないその計画にどうして協力なんてしているの、もうほっときなさいよっていう声が何度も頭の中を反芻した日々だった。そんな葛藤も今日限りという奇妙な解放感と、まだまだ気が抜けないという緊張とがないまぜになって、私はなんだか食べた心地がしない。

 

 朝食をすませて一息つく。

 愛が食器を下げてくれている間に、「ところでさっきの話なんだけどね」と暦がIP端末をダイニングテーブルのデスクトップ端末にかざした。空中に大きな文字で一週間のスケジュールが投影される。昔から、携帯端末より大画面やホワイトボードを一緒に眺めながら議論するのが私たちの性に合っていて、細かい文字がつらくなった今ではこのテーブルが、家族でちょっと込み入った話をするときの定位置になっていた。

 まるで初めて見たかのような表情を装って、私は空中に浮かぶ文字を眺める。心の中で感情がぐるぐると渦巻いているのを自覚する。

 そこに記されているのは、この一ヶ月間ずっと私の頭から離れなかった文字列だ。

 

 《8月17日 10:00 昭和通り交差点》

 

 それは、暦と〝彼女〟の約束。

 そしてそれはまた、私が〝私〟から託された約束でもある。

 

   *   *   *

 

 私がその手紙を見つけたのは、ちょうど一ヶ月前の明け方だった。

 

 布団に入ったつもりでいたのに、なぜか自室の机に突っ伏して寝落ちしていたみたいで、起き上がった瞬間に目に飛び込んできたのが、「高崎(たかさき)和(かず)音(ね)様」とだけ書かれた水色の封筒だった。

 私に宛てた手紙。まるで記憶にない。

 寝起きの頭でぼんやりとしながら、鋏を出そうと机の引き出しを開けると、まったく同じ種類の封筒の束がそこにあった。頭が一気に覚醒した。そうだ、この封筒は私のだ。つまり、この引き出しのレターセットを誰かが勝手に使って私に宛ててこの手紙を書いた、ということ……? そんな馬鹿な。ひとまず封を開け、老眼鏡をかける。

 差出人は書いていなかったけれど、中の便箋を読み始めたら一行目でわかった。手紙の主は、瀧川(たきがわ)和音と名乗っていた。

 瀧川姓は、私の旧姓にほかならない。

 

 《——勝手にオプショナルシフトをしてごめんなさい。今、あなたの手を借りて、この手紙を書いています》

 

 そんな風に始まるその分厚い便箋の束をようやっと読み終え、遮光カーテンを開けると世界はもう、朝だった。

 あまりに、重い手紙だった。私はその手紙を折り畳んで封筒に戻し、さらにそれを別の事務封筒に入れて、鍵のかかった引き出しの奥の方に仕舞い込んだ。

 いつもの朝がいつものように始まろうとしていた。なんだか二本立ての映画でも観てようやく現実に戻ってきたときのような気分だ。頭と心を十分に整理できないまま暦を起こしに行くと、暦は目を覚まして、

「……あれ?」

 と一瞬不思議そうな顔をした。それから、

「ああ、君が起こしに来てくれた夢を見ていたよ。おはようなんて言っちゃったけど、あれは、夢だったんだな」

 まだぼんやりした表情でそんなことを言った。私はケヤキの大木の入眠用ARをオフにし、カーテンを開けて朝の光を部屋に入れた。暦は目を細めながら私の顔を見て、

「ありがとう、目が覚めたよ。今度こそ、おはよう」

 と言った。

 

 手紙に書いてあったのは、おおよそ次のようなことだった。

 この手紙の主である〝瀧川和音〟は、別の並行世界にいる私自身であるということ。私に頼み事をするためにこちらの世界にオプショナル・シフトをして、この手紙を書いたこと。

 彼女の世界では私と暦は結婚しておらず、暦——〝日(ひ)高(だか)暦〟は事故死した恋人の虚質を救うために〝タイム・シフト〟と呼ばれる時間移動を実行したこと。それにより日高暦の虚質が、こちらの世界の私の夫・高崎暦の幼少時の虚質に〝流れ込んでいる〟こと。同じく、事故死した恋人の虚質も、こちらの世界の彼女の虚質に流れ込んでいること。

 日高暦と恋人は、こちらの世界で八月十七日の午前十時に昭和通り交差点で会う約束をしたこと。でも恐らくその記憶は、こちらの二人には残っていないであろうこと。

 瀧川和音は彼の約束を叶えるべく、こちらの世界の高崎暦のIP端末にその予定を入力したこと(こっそり確認してみたら、私と暦の端末に本当に入力されていたので、いたずらで片付けるわけにはいかなくなった)。そして、私にも彼を当日約束の地へ送り出して欲しい——それが私への頼み事だということ。

 

 手紙を一読して、私の頭はものすごく混乱した。……いや、その後何回読み返しても、私は依然として混乱したままだった。

 あまりの荒唐無稽な内容ももちろんだけれど、仮にこの内容が真実だったとして、私が彼女、瀧川和音に最初に感じたのは怒りに近い困惑だった。

 

 彼女は、人の心がなさすぎるというよりむしろ、あまりに理解不能だった。

 

 想像して欲しい。この手紙はすなわち「あなたの夫を元カノと会わせてあげてほしい」と言っているに等しい。

 そんなことを頼まれたほうの身にもなって欲しい。

 

 まぁ、元カノは言い過ぎかもしれない。手紙によれば私の暦は物理的にその女性に会ったことすらないようだし、虚質空間においても理論上は彼女のことを覚えていないはずだ、とも書かれているからだ。

 だけど、〝虚質が流れ込む〟とは——? その言葉は、私の虚質科学の理解の範疇を超えていた。どういう状態なのか想像もつかなかった。とりあえず、虚質の泡と泡が融合してひとつになったような状態を勝手に想像してみたけど、そんなイメージが合っているのかまるでわからない。

 だから私は、彼女の言うことを完全に信じ切れていない。私の暦の虚質に流れ込んでいるという日高暦の虚質は、どうなっているのか。二重人格のような状態なのだろうか。他の世界の虚質が流れ込んだ状態の二人が出会ったとき、何が起こるのか。私の暦の虚質に何か悪影響が生じたりはしないのだろうか。たとえば——ジキル博士とハイド氏みたいに、日高暦の虚質のほうが表に出てきて、高崎暦の虚質が抑圧されてしまうとか。そんなのは絶対に嫌だ。

 もちろん、私だって虚質科学を仕事にしてきたわけだから、学問上の興味がまったくないかと言えば嘘になる。でもそれを冷静に楽しめるのは第三者としてデータと向き合う場合だけだ。いくらなんでも自分の夫で確かめてみたくはない。

 おおかた私の考えすぎだろうな、とは思う。二人が会ったところで別に何も起こらず、お互いに何も思い出さない可能性は高い。だとしても、それはやっぱりあまりやってほしくない、というのが私の本心だった。

 人の気持ちがわからないサイコパスなのかしらとも思ったけれども、手紙の後半には「確かに私は心のどこかで二人を会わせたくないと思っていた」、「勝手なお願いだというのはわかっています。何しろ、あなたにとっては、そして、私にとってもですけど、愛する人を別の人の元へと送り出すのですから」なんて書いてある。つまり、こちらの反応をある程度わかったうえでの依頼なのだ。一体全体、どういう了見なのだろう。

 

 私の夫に、余計なことをしないでほしい。あなた方のメロドラマに私たちの平穏な人生を巻き込まないで欲しい。

 それがこの時の素直な感想だった。

 

 でも。

 それは怒りにまかせて破り捨てるには、あまりに切実な手紙だった。

 そして、〝他人事〟では済まされない手紙だった。何しろ、〝私〟が書いた手紙なのだから。

 

 幸い、まだ日数はある。もやもやした気持ちを抱えつつも、私は数日頭を冷やしてから、もう一度考えてみることにした。

 

   *   *   *

 

 手紙を受け取ってから一週間が経った。静かな雨の夜だ。私は引き出しから手紙をもう一度取り出し、机に向かって考え始めた。時間をおいたおかげか、私の思考はだいぶ冷静さを取り戻してきていた。

 

 彼女、瀧川和音は、日高暦を愛している。それはわかる。そうなのだろう。

 彼女はまた、彼の一縷の望みを叶えてやりたいと思っている。これもまぁ、わかる。わかるようになってきた。それはある意味、とても高潔な想いだ。そこは素直に、すごいな、と思う。

 ここ数日思い出していたのは、かつての暦が語っていた「すべての可能性を愛する」という言葉だ。相手のすべての可能性、すべての並行世界の相手を愛しく思う、という概念。確かにあの時、私は思ったのだ。野良犬から助けてくれたあなたも、そうじゃないあなたも、どちらも愛したい、と。

 これは妄想が過ぎるかもだけど、かつて野良犬から幼い私を助けてくれた暦は、別の並行世界の暦だったのかもしれないな、となんとなく思っている。暦がどうも、そのことを全然覚えていないからだ。でも、私にとってはあれは、たしかに暦だったのだ。それに、そもそも私にとって、今の暦はゼロではない。数十年前の〝通り魔事件〟のとき、同一性の拡散によって私はゼロ世界に帰れなくなった。でも私たちはそれを受け入れ、IP端末をリセットしてこれまで生きてきたし、いま、私は傍らにいるゼロでない暦を愛している。そして他の並行世界にいる暦に対しても、それが暦である限り、やっぱりある種の愛しさは持ってしまうのだろうと思う。

 だから、他の世界の暦がこちらの世界に来てやりたいことがあるのなら、かつての恋人との約束にかすかな希望を託しているのなら、叶えてあげたいという気はしてきている。それほどまでに切実な、彼の人生を賭けた想いなのであれば、無碍にはできない。

 ただしもちろん、それが私と暦の平穏な人生に迷惑をかけない、という条件のもとでだけれど。

 そう、彼の約束を叶えることによる未知のリスクは、別途考えなければならない。それは今は置いておくとして。

 

 でも。

 瀧川和音は。

 なぜ、それをわざわざこの〝私〟に託すのか。

 

 私はいったい何の因果で、愛する夫を自らの手で他の人の元へ送り出さないといけないというのか。すでにスケジュールに登録されているのだから、私の手助けがなくとも暦は交差点に向かうはずだ。それはそれで癪に障るけれど、私を巻き込む意味がまるでわからない。完全に当てつけ、嫌がらせにしか思えない。彼女は私に何らかの悪意を持っているのだろうか、とさえ考えてしまう。

 

 もしかしたら、IP端末のスケジュールだけでは不安だから、彼の一番近しい存在である私に念押しを頼んだのだろうか? 

 だとしても、と私は考える。そもそも、このやり方は瀧川和音自身にとっても、あまりに不利な取引なのだ。リスクが大きすぎる。だって、私が彼女に反発して彼を送り出さない、ということは大いにありうるからだ。現に、私は彼女を全然信用していない。

 彼女は、よりによってこの計画を一番嫌がりそうな人間である私に、協力を頼もうとしているのだ。悪意とかどうとか以前に、不可解すぎる。

 

 そんなに確実に計画を実行したいのであれば。彼を絶対に交差点に行かせたいのであれば。

 彼(﹅)女(﹅)が(﹅)こ(﹅)ち(﹅)ら(﹅)に(﹅)来(﹅)て(﹅)直(﹅)接(﹅)、彼(﹅)を(﹅)送(﹅)り(﹅)出(﹅)せ(﹅)ば(﹅)い(﹅)い(﹅)。

 

 前日の夜にでもこちらにオプショナル・シフトして私の体を乗っ取り、当日私の知らないところで直接、彼を送り出してやればいい。何ならその手で彼の車椅子を押して、午前十時の交差点に連れて行けばいい。私がもしそれに気づいたら怒り狂うかもしれないけれど、それは事後であって、決して事前に妨害することはできないのだから。私が寝ている間にシフトを実行してそのまま向こうの世界で睡眠薬でも飲ませ、その間にすべてを実行すれば、私はその時何かが起こったことすら一切気づかずに一生を終えるだろう。完全犯罪は成立しうる。瀧川和音にとってはこれが一番確実な方法のはずだ。

 

 なのになぜ、彼女はそこに私の意思を介在させようとするのか。

 なぜ彼女は自ら手を下すことなく、卑怯にもこの私にその選択を委ねるのか。

 

 もしも私が〝送り出さない〟という決断をしてしまえば、彼女の計画は無に帰すのだ。私が暦のIP端末からスケジュールを削除し、手紙を燃やしてしまえば、もうこちら側の世界には何の痕跡も残らない。私はそれが可能な立場にある。

 そして私は今、自分がそれをやりかねない人間である、ということにうすうす気づいている。

 

   *   *   *

 

 答えが出ないまま、さらに四日が過ぎた。

 もしかすると彼女は、白昼堂々IPカプセルを勝手に使うわけにいかないから私に依頼したのかも、という可能性は一瞬考えた。深夜にこっそりシフトしたとしても、午前十時過ぎまでカプセルを使っていたら出勤してきた誰かに確実に見つかるだろうし、入れ替わったこの私自身も起きてしまうだろうからだ。けれども私の中に長年蓄積された虚質科学管理体制の知識は、すぐにその推論を却下した。

 これは、研究所にバレるかどうかなんていう次元の話ではない。

 あれからかなりの日数が経つけれど、虚質科学庁(きょかちょう)の移動監視室からはいまだに何の連絡もない。普通なら昼夜関係なく、無許可のオプショナル・シフトは一瞬で検知されるはずなのに。

 〝通り魔事件〟のときは、まだ検知に数日掛かっていた。だから私も、息子の涼(りょう)が殺されているという悪夢のような世界にいきなり強引に跳ばされて、地獄の数日間を耐えなければならなかった。

 だけどそれ以降、監視技術も体制も大幅に強化され、検知までのタイムラグは急激に縮まっていった。今ではシフト直前に虚質の海を伝わる初期微動を検知してキャンセラーを稼働させ、虚質本体のシフトを未然に防ぐことすら可能になっている。緊急地震速報によく似たシステムだ。万が一間に合わなくても、数秒後には移動監視室の観測網がシフトの痕跡を拾い上げて関係各所に第一報を飛ばす。双方の合意下にないオプショナル・シフトは、それほどまでに危険を孕んだ事象である、というのが今や人類の共通認識だからだ。

 だからあの手紙を読んで以来、いつ移動監視室から緊急呼び出しがかかるかとひやひやしながら数日を過ごしてきた。でも、どこも何も言ってこない。私はいつしか彼女の意図よりも、〝なぜ移動監視室から呼び出されないのか〟のほうがむしろ気になり始めていた。事の重大度はそっちのほうが深刻だからだ。医療や防災と同じく人命に関わる問題だから、不具合があるとすれば一大事だ。

 

 私は一つの仮説を思いついた。それを確認するため、昨晩久しぶりに研究所に行って、密かにIP端末の履歴を調べてみた。元・副所長のシステム権限を使えば、監督官庁に内緒で移動監視室と同等かそれ以上の情報を得ることができる。

 調査結果はおおよそ想像していたとおりで、それを見た私は唸り、頭を捻った。

 

 あの日の私のIP端末の履歴に、オプショナル・シフトは一切記録されていなかった。

 シフトがあったと思われる深夜の時間帯も含め、IP端末の示す数値の整数部は0(﹅)0(﹅)0(﹅)の(﹅)ま(﹅)ま(﹅)だ(﹅)っ(﹅)た(﹅)。

 

 IP端末の故障の可能性も考慮して、自分の虚質紋そのものも直接測定してみた。虚質紋の最大固有値しか拾わないIP端末と違い、うちの試作機を使えば多次元量である虚質紋それ自体の計測ができる。だけど、そこにも何の痕跡も残されていなかった。私の虚質紋の揺らぎ本体にも、オプショナル・シフトを示す有意な証拠は何も見つからなかった。

 そして、そのこと自体が、私の立てた仮説の何より強い論拠となった。

 

 つまり、私たちの世界はこのオプショナル・シフトを、検(﹅)知(﹅)す(﹅)ら(﹅)で(﹅)き(﹅)な(﹅)か(﹅)っ(﹅)た(﹅)、ということだ。

 

 こちらの世界の観測網をかいくぐり、IPに一切の痕跡を残さないようなまったく未知の手法で、巧妙かつ周到にこのオプショナル・シフトが実行されたらしいことを、調査結果は示唆している。

 虚質科学の研究者として、それはちょっとした脅威だった。そんなこと、できるわけがない。瀧川和音とその世界は、どうやらとんでもない技術を持っているらしい。

 

 そもそも、瀧川和音の世界の虚質科学が私たちの世界よりも遥か先を行っていることは、手紙を読んだ時点でも明らかだった。

 「タイム・シフト」なんてさらっと書いてあるけれど、私にとってそれは超光速航法だとか縮退炉だとかのSF用語とほぼ変わりない。アインズヴァッハの海と泡のモデルで考えても、泡が浮力により上昇していくのは当たり前すぎて疑いようのない基本的事実だ。虚質空間における時間移動——タイム・シフトが実現できるということはすなわち、〝泡が沈む〟ということだ。あまりに直感に反していて、何をどうやったらそんな魔法みたいな芸当ができるのか、皆目見当もつかない。だから、泡が沈んだ先で「虚質が流れ込む」とだけ書かれている現象についても、まったく意味がわからない。

 それに手紙を書き終えた瀧川和音は、どうやって元の世界に戻ったのか。こちら側のIPカプセルを使ったならともかく、私の寝室から任意のタイミングで戻ることができるとしたら、可能性は二つ。向こうの世界に協力者がいて、向こうのIPカプセルの機能を用いて〝戻し〟の操作を実施したか。日高暦はすでに脳死状態になっているらしいから、第三者ということになる。あるいはIPカプセルを使わなくとも、瀧川和音本人の意思だけで元の世界に戻れるような技術を持っているのか。どちらにしてもあまり敵に回したくない相手だ、ということだけはわかった。

 

 研究者としての私はようやく、見て見ぬ振りをしていたその事実を受け入れた。

 圧倒的な彼我戦力差。

 そうだ。抵抗はたぶん無意味なのだ。

 

 今この瞬間にも、彼女は未知の技術で私の動向を見張っているのかもしれない。手紙には「想いを繋げてほしい」などと耳障りのいい言葉が書いてあるけれど、その裏からは無数の銃口が私に突きつけられているも同然だった。

 いえ、穿ち過ぎだという自覚はある。たぶん、彼女自身にそんなつもりはまったくないのだろう。本当に暦の幸せだけを思って、対等な立場で私に協力を願い出ているつもりなのでしょうね。けれど、オーバーテクノロジーをちらつかされた私はそこに、明らかな権力勾配を感じてしまっていた。知らずに書いているとしたら、彼女はあまりに無自覚だった。それはある種の脅しだった。

 ただ、これは並行世界間の軍事や防衛の話ではない。抑止力としてのオプショナル・シフト研究を主張する連中とは一緒にしないでほしい。私は並行世界の垣根を越えた虚質科学コミュニティの良心と倫理を信じている。虚質科学は近くの並行世界と互いの科学的知見を意見交換することで、大きく進歩してきた。ある世界で新しい発見があると、オプショナル・シフトによって周辺の並行世界で迅速に共有され、各世界での追試が行われることで、全体として量子コンピュータと同等の検証が実施できる。それがここ十数年の科学のやり方だ。

 もちろん、オプショナル・シフトは自分の人生から分岐した先にしか跳べないから、シフトできるIPの範囲には限度があり、直接の情報交換はその範囲内でしか行えない。タイム・シフトの手法が私の世界まで伝わってきていないということは、瀧川和音の世界はここからよほど遠いのかもしれない。でもバケツリレーのように知識を伝達していけば、いつかは届くはずなのだ。それは虚質科学の発展の輝かしい可能性でもあり——。

 

 私は、自分がなぜ彼我戦力差にそれほど衝撃を受けたのかを今、はっきりと自覚した。

 

 要するに、私は悔しいのだ。

 

 タイム・シフトというキラキラした夢の技術を見せつけて脅しをかけながら、私に身勝手な依頼をしてくる彼女。虚質が流れ込むとはどういうことか、二人が出会ったら何が起こるのか、彼女は知っているのに、私には想像することすらできない。圧倒的な情報偏重。彼女の頼みを聞いたら何が起きるのかわからないのに、目隠しのまま後押しせよと言われている。そして、万が一何か予想外のことが起こっても、彼女は責任を取ってくれるどころか、知るよしもない。私の自己責任になるだけだ。

 そんなに進んだ技術があるなら、勝手に自分でやれば良いのに。当日こっちにやってきて自力で彼を送り出せばいいのに、劣位にいる私に、これ見よがしにそれを頼んでくる。

 彼女のその動機は、未だにわからないけれど。

 そういうやり方は、嫌い。

 そっちも人生を賭けているのかもしれないけれど、私たちの幸せな人生だってそこにはかかっているのだ。私には、それを守る義務がある。

 

 これは私と彼女の勝負だ。それならせめて、同じリングの上とは言わないまでも、できるだけ対等な立場まで近づいて戦いたい。何が起きるのかくらいはちゃんと理解したうえで臨みたい。元・副所長としての沽券にも関わるし、このままではあまりにアンフェアすぎる。

 彼らの技術に手の届かない私たちの世界が、許せない。

 彼女の言うことを一割も理解できない私が、許せない。

 私たちの人生に〝私〟が干渉してくるのが、許せない。

 このままわけもわからず彼女の言いなりになるのだけは、絶対に、嫌だ。

 

 年甲斐もなく闘争心が湧いてくる。自分がまだこんなにも負けず嫌いだったなんて、少し驚いてしまう。

 私が負けを認めるのは、私の暦だけで十分だ。もっとも、その勝負だって、本当はまだついていないと私は思っているのだけど。

 

    *   *   *

 

 さらに二日ほど考えて、私はひとまず覚悟を決めた。

 

 まず、瀧川和音から託された願いには協力する方向で考える。つまり、暦が交差点の約束を果たすのを手助けする、ということだ。

 ただし、そうすることで暦や私、そして私たちの世界にとって少しでもリスクがあるなら、それを撤回する。

 すなわち〝安全性〟が確認できない限りは、暦を交差点には行かせない。

 そのためにはリスク・マネジメントが必要だ。人命が関わる虚質科学の実用の現場で叩き込まれる方法論。事前にリスクを特定し、分析して、影響度が大きければ対応策を講じる。つまりまずやるべきは、暦が交差点に行ったときに〝何が起こるのか〟を予測することだ。タイム・シフトとは何なのか。泡が沈むなんてことはありうるのか。虚質が流れ込むとはどういうことか。虚質が流れ込んだ者同士が物質空間で出会うと、どうなるのか。

 それらをきちんと把握して、何も問題が起こらないことがわかれば、そこではじめて暦を交差点に送り出してあげてもいいかな、と思う。

 

 このまま何も知らずに一生を終えられたら幸せだったのかもしれない。でも今は、勝手にそんなことをされたら悔しい、という気持ちの方が強い。手紙を読んでしまった以上、見ないふりはできない。

 虚質科学史に残る数々の不幸な事故を思い出す。何かあってからでは遅い。この分野に関わってきたからこそ、よくわからないまま流されるのは嫌なのだ。

 ここは私の世界だし、高崎暦は私の大切な夫だ。何が起こるのかをちゃんと把握して、どうすべきかは私が決める。

 

 そう決断したことで、自ら手を下さず私に依頼した彼女の動機も、少なくとも自分の中では腑に落ちた気がした。

 彼女はあえて、〝暦を行かせない〟という手札を私に与えてくれているんじゃないかな。

 ただの都合の良い解釈かも知れないけれど、こそこそ二人を逢い引きさせたりせずに私に選択権を与えることで、少しでもフェアになったつもりなのかも。相変わらずあまりに一方的だしこちらの感情も完全無視で、そういうやり方は嫌いだけれど、でも知らないところでやられるよりは全然ましだ。まぁ、さすがに私の性格をよくわかっているじゃない、と変に感心したりする。

 もちろん、その手札を今この場で切ってしまうことだって可能だ。リスクがどうとか考えずに、彼女の依頼を門前払いしてしまうというのはひとつの合理的な選択だ。IP端末のスケジュールを削除し、手紙も燃やして、このまま穏やかな日々をすごしていけばいい。暦は交差点に行かず、誰とも会わない。少なくとも誰にも何のデメリットもないはずだ。

 だけど。

 私はもう、引き下がれなかった。

 

 瀧川和音は、私の鼻先に挑戦状を突きつけてきた。遥かに進んだ虚質科学を携えて。

 だったら、とことんまでつきあってやろうじゃない。

 そんな意地みたいな気持ちと、それができるのは私だけという気持ち。

 そうなのだ。今、この世界で私だけが、最先端の虚質科学のさらに数歩先に手をかけようとしているのだ。

 

 もしやっぱり後で嫌になったら、その時引き下がればいい。そう、私はいつでも引き返せる。切り札を場に出しさえすれば、彼女は負ける。

 でも、それは最後の手段だ。

 

   *   *   *

 

 その日からタイムリミットまでの数週間、私は必死で〝何が起こるのか〟を考え続けた。オンラインで最新のプレプリントを読み漁り、時には簡単なシミュレーションを回してみたりして、しばらく遠のいていた現場感覚と熱量を少しずつ取り戻していった。もちろん、この活動のことは誰にも明かせない。暦はもってのほかだけど、研究所のみんなにも絶対に口外できない。大がかりな実験は一人では行えないから、理論と解析と数値実験で勝負するしかない。

「あれ、何か新しいプロジェクトでも立ち上がったんですか? 先日もいらっしゃってましたよね」

 勝手知ったる研究所に行くと、後輩が声をかけてくる。後輩といっても、年齢的にはすっかり研究所の中堅だ。

「ふふ、隠居老人の趣味の研究なの。ただの思いつきレベルだけどね」

 そんな雑談を皮切りに、決して真意は明かさず、だけど最新の学説や解析のアイディアは貪欲に後輩達から吸収していった。やっぱり退職以降、いえ、副所長になって所内外の雑務に追われるようになった頃から、虚質科学の最先端に私は全然キャッチアップできていなかったことがよくわかった。錆び付いた頭をフル回転させて、ホワイトボードに数式をひたすら書いていく。忘れていたこの感覚。ふと、いつだったか日豊本線の車内でうまい近似の仕方を思いついて、暦と互いのシャツに式を書き殴り合ったことがあったっけ、と懐かしく思い出す。ペンがなくてアイライナーで書いたことも。暦はもう覚えていないでしょうね。

 もちろん、私も決して暇な部類の隠居老人ではない。何より、自宅に末期がん患者を抱えている。ちなみに彼は未だに、IP端末に入力されたスケジュールに気づいていない。涼や絵理さんも日中は仕事だし、愛は夏休み中だから、そう頻繁に家は空けられない。私自身、七十を越えて体力も判断力もかなり落ちてきている。そして三週間という期間は、スキマ時間で研究するにはあまりに短い。

 

 それでも、かなりのことがわかってきた。

 お茶を片手に寝室の机に向かい、端末を立ち上げる。

 ここらで一旦、整理してみよう。

 

 まず最初に、この手の議論のお約束。用語の定義はちゃんとしないとね。

 並行世界間の同一人物の呼び方は、とかく混乱しやすい。IPがわかっていればその数字を使って「13の暦」とか「85の和音」なんていう言い方もできるけれど、あいにく瀧川和音のいる世界のIPはまったく不明だ。かといって、〝あっち〟とか〝そっち〟とかで呼び分けるのも鬱陶しい。

 暦についてはどうやら苗字が違うらしいから、「高崎暦」と「日高暦」のままで良さそうだ。明快に識別できる。

 問題は、日高暦の恋人とされている女性のほうだ。名前も素性もまったくわからない。どんな姿、どんな性格、どこで何をしている女性だったのか。想像するためのヒントすらない。すごくもやもやする。「彼女」とか「恋人」と呼ぶこと自体、やっぱりちょっと嫌だ。

 「甲」と「乙」、「A」と「B」……ふと、量子通信の分野でよく使われる《アリス》と《ボブ》を思い出した。たとえば量子もつれの実験なんかだと、メッセージを送る側をアリス、受け取る側をボブ、と慣習的に呼ぶ。AとかBでは紛らわしいから、それぞれの頭文字から始まるありふれた名前を使うことで混乱を防いでいるのだ。

 うん、これがいい。虚質を送り出す側、つまり日高暦の世界にいる彼女を《アリス》とする。そして《アリス》の虚質が〝流れ込む〟側、こちらの世界にいるはずの彼女を《ボブ》とする。ことばは世界をつくる。名付けたことで、うっすらと彼女の勝手なイメージが私の中で作られ始める。『不思議の国のアリス』みたいな、ワンピースを翻してウサギを追いかけていくちょっとおてんばな少女を想像する。さらに彼女が「恋人」として、日高暦と手を繋いでいる世界を思い描こうとしてみる。

「うーん……????」

 だめだ、やっぱりまるで想像がつかない。現実味が湧かない。……いや、そんなことをやっている場合じゃない。本題に入ろう。

 

 その1。まず、タイム・シフトについて、わかったことをまとめてみる。

 タイム・シフトは、どうも全くの夢物語でもなくなりつつあるらしい、というのが最新の学説から私が受けた印象だ。まだ実験的に実証されたわけじゃない。だけど理論上は、虚質粘性という概念を導入することで因果律に反しない形でタイム・シフトが実現可能だろう、という仮説がほぼ定説になってきたみたいだ。またタイム・シフトが不可能と仮定すると、ある種の実験結果がうまく説明できないこともわかってきている。

 つまり、驚くべきことに、どうやら本当に泡は沈むらしいのだ。

 

 その2。〝虚質が流れ込む〟という現象の理解。

 これについては結局、推測の域を出ない。タイム・シフトに付随して起こる現象だから、タイム・シフトの原理が完全に記述できない限り、肝心なところがわからないのだ。ただ、虚質の泡を沈めていって分岐点ぴったりの地点に来ると、おそらくその高い干渉性によって分岐前の虚質と融合すると予想できる。ふたつの泡が融合してひとつの泡になるイメージだ。それを〝流れ込む〟と称しているのではないか、と推測できた。

 もっとも、分岐点ぴったりで虚質の泡を停止させる、なんていう器用な芸当ができる気はまるでしない。まして、二人分を同時に、なんて。

 でもそれを、瀧川和音はやってのけたのでしょうね。

 

 その3。流れ込み、融合した虚質はどうなるのか。元の記憶や人格は本当に消えるのか。

 上記の仮説と数値実験、そしてあの手紙の記述をヒントにして考えると、雑な喩えでは吸収合併のようなイメージが近いかも知れない。記憶や人格が残らない可能性は確かにある。ただ、それらが完全に消失してしまうかどうかは、確信を持って言い切れない。記憶や人格と虚質の関係は、少なくとも私たちの世界ではまだ充分に解明されたと言いがたいから、消える可能性、残る可能性、どちらもありうる。

 ただ、仮にそれらが消えずに残ったとしても、融合先の虚質に比べて圧倒的に虚質密度が小さいから、表に出てくることはまずなさそうだ。メインの人格の陰で抑制されている状態か、重ね合わせの状態のまま存在して決して収束しないか——その描像は定かではないけれど、何らかの形で保存されたまま、残響のようにそこに留まり続けるのかもしれない。

 

 そもそも日常生活で扱われているIPは、本来多次元量である虚質紋の最大固有値だけに注目し、さらに小数点以下の部分を切り捨て(ラウンドダウン)て解釈することで、非常に単純化されてしまっている。そのラウンドダウン領域に、極端に密度が小さくなった虚質が陥り、時間の流れから取り残されることがある。そんな大胆だけど興味深い仮説を、研究所での聞き込みで私は仕入れていた。

 その仮説によると、密度が非常に小さな虚質は周囲の虚質粘性に負けてしまい、泡が上昇できなくなる。すなわち、時間の流れから取り残されてしまう。密度が小さいせいで虚質が極端に広く薄く散逸した状態になるため、人格も記憶も抑制され、主要な思考パターンだけが残留思念のように存在し続けているだけの状態になる。自我を再び目覚めさせて固定化するには、虚質密度を元に戻す——虚質を観測してその揺らぎを小さくするしかない。例えば、強く名前を呼ぶとか、そういった方法で。

 参照した論文はおよそ五十年も前、まだ私と暦が大学生だった頃に発表されたものだった。しかも筆頭著者は九大の虚質学科の学部生らしいと知って、私はすごく驚いた。つまり、私や暦は彼と肩を並べて同じ講義室に座っていた可能性があるのだ。当時の佐藤所長も共著に入っているけれど、客員講座になっていた九大佐藤研にそんな学生が出入りしていた記憶はまったくない。第二著者になっている大分大の学生の名前にも、まるで見覚えがなかった。二人とも、検索してもこの論文しかヒットしない。どうやら学部時代にこの論文だけを発表して、その後は虚質科学の道に進まなかったのだろう。

 でもこの論文——筆頭著者の名前から内(うつ)海(み)論文と呼ぶことにする——には見逃せない点があった。机上の論理をこねくり回すだけの他の論文と違って、豊後大野の穂(ほ)尾(お)付(づき)町で行われたフィールドワークを元にしているのだ。民俗学の手法を取り入れた実践的なアプローチは、畑違いの私の目にはすごく新鮮に映った。虚質密度が非常に小さくなった時の振る舞いの実例を挙げてくれているこの文献は、マクロな意味で〝何が起こるか〟を知りたい私にとって、とても貴重なエビデンスだった。

 

 この世界に流れ込んだ、日高暦の虚質。それは恐らく、時間の流れから取り残されて、不可知の状態で高崎暦の虚質の内部に存在している。《アリス》と《ボブ》にも同様のことが起こっている。高崎暦も《ボブ》も、流れ込んだ日高暦や《アリス》の虚質には気づいていないだろう。そしてまた、日高暦や《アリス》のほうも、自分たちが置かれた状況を認識しないまま、出力が抑制された状態で長い長い年月を過ごしてきたのかもしれない。とはいえ時間の流れに取り残された彼らの虚質は、長い年月を経てもいまだ若者のままだろう。

 内海論文のおかげで、私はそんなイメージにたどりつくことができた。五十年も前に、ドンピシャの内容の論文を書いてくれていた内海青年と共著者達に、私はそっと感謝した。

 

 その4。「交差点の幽霊」について。

 手紙には、暦の恋人、すなわち《アリス》は事故で「交差点の幽霊」になってしまったと書いてあった。「肉体と虚質が分離して」とあるので、これはおそらく何かの文献で見た「虚質素子核分裂症」と呼ばれている状態に相当するんだと思う。つまり《アリス》の虚質が肉体に戻れず空間に固定された、いわば地縛霊のような状態だ。普通の交通事故なんかだとこうはならないけれど、パラレル・シフトと事故死が同時に発生するような非常にまれな状況では起こってもおかしくない。

 その虚質を、過去方向に沈めて分岐点で融合させるとどうなるか。内海論文から推測するに、《ボブ》の虚質に融合した《アリス》の虚質は、虚質の海に保存されつつも時間の流れから取り残され、表には出てこない状態になる。しかも内海論文では、ラウンドダウン領域に陥った虚質と〝特定の空間座標〟の強い結びつきが示唆されている。つまり、空間固定状態は融合後も引き継がれる可能性が高い。

 

 ということは、もしかしたらこちらの世界でも、《アリス》の虚質の一部は昭和通り交差点に囚われて「交差点の幽霊」になっているのかもしれない。

 とはいえ、融合により《アリス》の虚質の大部分は《ボブ》の虚質と一体化しているから、交差点に囚われているのは《アリス》の虚質のほんの一部、空間座標との相関が特に高い成分だけなのだろう。そもそも、ただでさえ虚質は融合によって虚質密度が非常に薄まっているから、時間に取り残され、人格や記憶も抑制されて、誰からもほぼ認識不能な状態になっているはず。《アリス》の側も、そこに自我が残っているかさえ怪しい。止まった時間の中に思考の残響だけがかろうじて残っているだけの状態なのでしょうね。

 

 実際、と私は考える。

 あの昭和通り交差点は、私も、そして高崎暦も、通勤などでほぼ毎日通っていた。

 だから私たちは、これまで幾度となく《アリス》の幽霊とすれ違っていたのかもしれない。

 でも、何かが起こった記憶はない。暦から幽霊を見たなんていう話を聞いたこともない。

 ならば。

 八月十七日の午前十時に暦が交差点を訪れても、きっといつもと同じだろう。暦は何も気づかない。《アリス》の幽霊も冬眠したままだ。

 そう、何も起こらないのだろう。だって、これまで無数に繰り返された交差点でのすれ違いと、それは本質的に何も変わらないのだから。

 

 

 ——本当に?

 

 

 心の中で、声がした。ような気がする。

 

 ——そう思いたいだけなんじゃないの? そうやって、何も起こらないと決めつけてしまえば、ラクだから。

 ——本当に、あらゆる可能性を考え尽くした?

 

 それは、私に挑戦状を突きつけた瀧川和音の声だったのかもしれないし、あるいは単に私の中の科学者の矜持かもしれない。はたまた、交差点の幽霊となった《アリス》が私を焚き付けているのかもしれない。

 ちょっと疲れてるな、私。

 机の上の湯飲みを口につける。お茶がぬるい。ずいぶん集中してしまっていたようで、体も凝り固まっている。

 軽く伸びをして一階に降り、お茶を淹れ直して、二階の寝室に戻る。ちょっと熱めで濃いめに淹れたお茶を口に含む。頭がしゃきっとする。

 よし。もう一度、原点に立ち返ってみよう。

 手紙を引き出しから取り出して、最初から読み直してみる。

 

 そして今まで読み過ごしていた一文に、私の目は釘付けになる。

 

 《タイム・シフトの直前に、暦は彼女と再会の約束をしてきたと言いました》

 

 あまりに簡単に書いてあるから、何の疑問も持たなかった。

 でも、よく考えたら、そんなことって。

 不可能なはずだ。

 

 だって、交差点の幽霊は。虚質素子核分裂症になった虚質は。

 本来、人の目からは観測できないのだから。

 もちろん、互いのIPの可干渉領域が大きければ認識できるケースはまれにある。でも、せいぜい、うすぼんやりとした人の形に見える程度であって。

 まして、話なんてできるわけがないのだから。

 

 《幼い恋人を納得させるための口実だそうです》

 

 勘だけど、この書きぶりは、幽霊がいそうな空間にただ一方的に話しかけているという感じじゃない。これは日高暦の単なる妄想ではない。

 どうやら彼は、実際に交差点の《アリス》と会話を交わしている。具体的な日時と場所を指定して、確かに再会の約束を互いに結んでいる。

 幽霊となった彼女と。

 高崎暦には認識できなかったはずの彼女と。

 

 だから、高崎暦が交差点を通っても何も起こらないかも知れないけれど。

 それが日高暦であれば、何かが起こるかも知れない。

 そして高崎暦の虚質の中には日高暦が眠っている。

 

 たぶん私は、まだ、何かを見落としている。

 

     *   *   *

 

 その5。

 暦と《アリス》の意思疎通について。

 

 あれからさらに時間が掛かってしまった。

 実は、突破口を開いたきっかけは、他ならぬ《アリス》と《ボブ》だった。なんとなく、アリスとボブが出てくる量子もつれの実験を読み返していて、そこから芋づる式に「虚質のもつれ」の研究に行き当たったのだ。

 

 「虚質のもつれ」は現時点ではあくまで理論的に予言されている現象で、その名前から量子もつれとよく混同されるけれど、まったく異なる概念だ。

 ふたつの虚質がもつれた状態になると、乱暴に言えば虚質同士の相関が非常に強い状態になる。ここから予想される二大性質が、〝IPの可干渉領域の拡大〟と〝非局在性〟だ。

 IPの可干渉領域というのは、その名の通り、異なる虚質紋の間に定義される可干渉(コヒーレント)な領域のことで、虚質紋同士の重ね合わせ状態の強さを示している。もつれていない虚質同士であっても、重ね合わせは定義できるから可干渉領域も存在しうる。干渉項がゼロでない場合、虚質素子核分裂症になった虚質を認識できることがまれにある。いわゆる〝幽霊が見える〟状態だ。ただし、通常はぼんやりした人の形が見えるだけで、はっきりした像の認識や相互作用には至らない。

 でも、虚質のもつれが起こると可干渉性(コヒーレンス)が原理的に最大となり、したがってIPの可干渉領域も最大化する、と予想されている。通常時の可干渉性(コヒーレンス)の比じゃない。虚質のほぼ全体が可干渉(コヒーレント)になる格好だ。ここまで来るとおそらく、虚質空間で互いをはっきりと認識できるようになるし、意思の疎通も完全に行えるはずだ。まるで、生身の人間を目の前にしたときみたいに。

 もうひとつの性質、非局在性も重要な概念だ。もつれたふたつの虚質は、いわば〝運命共同体〟になる。片方の虚質に変化が生じると、もう片方の虚質はどれだけ離れていようと、まるでシンクロしたように即座に変化する。だから、もし片方の虚質がパラレル・シフトすれば、もう片方も一心同体のように同時にシフトすると予想されている。ここから先は私の推論でしかないけれど、この性質はそのままタイム・シフトにも適用できそうだ。要するに、片方の虚質がタイム・シフトすれば、もう片方も一緒についてくるってことだ。

 

 私は、日高暦と《アリス》の虚質はもつれの状態にあるんじゃないかな、と思い始めている。というのも、もつれを仮定すると、実は、日高暦と《アリス》に関する疑問におおよその説明がついてしまうのだ。

 ちなみに、よくある量子通信の説明だともつれの関係にあるのは《アリス》と《ボブ》なので、何だかちょっと変な感じだけど、まぁ、今さら別の呼び方にするのもね。ということで、このままで行く。

 虚質がもつれているなら、日高暦と《アリス》はきっと自由に意思の疎通ができる。交差点の約束を結ぶことくらい、何の苦もないだろう。

 同時に、気になっていたもう一つの謎も解決してしまった。《アリス》をどうやってタイム・シフトさせたのかという問題だ。

 恐らく《アリス》の肉体はとうに亡くなっている。もしまだ生きているなら、虚質素子を直接観測して肉体に定着させるアプローチを取るはずだからだ。肉体がなければIPカプセルは使えない。手紙から察するに、彼らの技術力をもってしても、肉体を失った《アリス》の虚質を直接タイム・シフトさせる手段はなかったのだろう。

 でも、もつれの相方である日高暦がタイム・シフトを行えば、非局在性によって《アリス》も同時にシフトできる。

 というより。

 日高暦の〝道連れ〟の形で連れて行く以外に、おそらく方法はないのだ。

 交差点から「救い出す」という言葉に込められた意味の重さが、あらためて私の胸を抉る。〝運命共同体〟になった以上、《アリス》だけを別の世界に逃すという解はなくなったのだ。もつれの状態にある日高暦自らが虚質素子核分裂症になり、共に手を取り合って連れて行くことでしか救えない。その帰結が、日高暦の脳死だ。そうまでして彼女を救おうとした日高暦の覚悟。そしてそれを受け入れた瀧川和音の覚悟。

 

 どんな理由で虚質のもつれが二人に生じたのかはわからない。数式上は、ふたつの虚質をひとつの虚質ドットに詰め込んで互いのスピンを逆向きにしたらもつれを引き起こせるはずだけど、普通に生活していてそんなことが起こるとも正直思えない。

 それに、もつれ状態が長く維持されるのかどうかはわかっていない。仮にもつれが達成されても、すぐに周囲の虚質と相互作用して失われてしまうだろう、なんて言っている研究者もいる。

 だけど、虚質のもつれが本当に二人の間に起こっていて、それがずっと、何十年も、維持されていたとしたら。

 すべて、説明がつく。

 日高暦と瀧川和音は、そこに一縷の望みを託したということなのだろう。

 

 もちろん確たる証拠はないけれど、悠長に検証している時間は、もう私にはない。だけど、少なくとも情況証拠としては十分な確度があると思う。約束の日は待ってくれない。今は、ともかく先に進むしかない。

 

     *   *   *

 

 材料は揃った。

 夜の十時、ようやく訪れた自分だけの時間。集めた資料や論文、実験結果を寝室のデスクトップに電子的に広げる。

 文書類は一切印刷せず、いつでも完全に消去できるようになっている。万が一、ということもあるから、念には念を入れているつもり。

 では、始めるとしましょうか。

 

 解くべき命題を反芻する。

 他の世界の虚質が融合した者どうしが相互作用したら、何が起こるのか。

 つまり、日高暦の虚質を宿した高崎暦と、《アリス》の虚質を宿した《ボブ》が、昭和通り交差点で同時に出会ってしまったら、どうなるのか。

 

 《ボブ》が約束を守らなかったら、という可能性は、ここでは考えない。

 実際には《ボブ》も高崎暦と同様、約束を覚えている可能性は限りなく低い。暦と違ってスケジュール入力というチートはないはずなので、完全にノーヒントだ。いや、それ以前に彼女も相当な高齢だろう。亡くなっている可能性すらある。

 でも、そういうケースは扱わない。

 なぜなら、リスク・マネジメントでは常に最悪に備えることが鉄則だから。そしてここでの〝最悪〟とは、四人の虚質が一堂に会して相互作用するという、もっとも複雑な記述で表される状態だ。

 もしも《ボブ》が午前十時に交差点に現れなければ。

 私の不戦勝になる。ただそれだけの話だ。

 

 もつれと融合が複雑に絡み合った、四人の虚質の相互作用。

 これは厳密には解けない問題だ。あまりに未知数が多すぎる。

 だけど、仮定に仮定を重ねて、ある特定の条件のもとでの振る舞いを考えてみるとすれば——。

 

 

 この状況のポイントは、もつれ状態にある日高暦と《アリス》の虚質が直接接触する、ということ。

 直接、というのは、物理的実体、つまり肉体がお互い現存しない状態で、いわば生身の虚質が直接対峙することを指している。

 こんなことは、彼らの世界でも起こらなかったはずだ。日高暦は当時、自らの身体を通して、あくまで間接的に交差点の《アリス》と触れ合っていた。それでも、もつれ効果によって、姿ははっきり見えただろうし、会話も問題なくできたはずだ。

 でも、お互いが虚質空間で直接、相まみえたならば。

 もつれた虚質同士が直接、接触したならば。

 虚質の振る舞いを制限する物質空間という枷がもはや存在しない状態で、一体、何が起こるのだろう。

 

 ここから先の描像には、理論的な確証は持てない。もつれた虚質同士の直接接触なんて、世界中で誰も観測したことがないからだ。シミュレーションと解析の果てに得られた数値の羅列を、無理やりマクロな言葉で解釈しているにすぎない。

 だけど、ともかく。

 描いてみたのは、たとえばこんなシナリオだ。

 

 四者が物理的に同一地点に集まった時点で、もつれのもたらす相関の高さは、日高暦と《アリス》の虚質の可干渉性(コヒーレンス)を復活させるだろう。この時点で虚質密度が急激に上昇し、抑制されていた二人の記憶と人格が復活する。

 交差点に囚われていた《アリス》の一部についても、IPの可干渉領域が拡大して相互認識が可能になる。つまり日高暦からは、幽霊となっていた《アリス》が見え、話ができる。触れることすらできるかもしれない。この時点で、二人の悲願、そして瀧川和音の願いである〝再会の約束〟は果たせたと思っていいだろう。

 もしかするとこの時、日高暦と虚質を共有している高崎暦にも、同じものが見えている可能性はある。

 ただ、《ボブ》からはどうだろう。高崎暦から見えるのはあくまで幽霊となった《アリス》であって、日高暦は幽霊になっておらず高崎暦と一体化しているのだから、《ボブ》から日高暦は見えないかも知れない。ここは、私にはわからない。

 

 ……それから?

 

 二人が再会した、その先は?

 

 計算上は、この時点で虚質のもつれによる相関の影響は、虚質の融合をもたらした高い干渉性とほぼ同程度のオーダになる。つまり、日高暦と《アリス》の間に働くもつれの力と、日高暦と高崎暦を結びつけている融合力はほぼ拮抗している。

 もつれの可干渉性(コヒーレンス)がこれ以上強まらなければ、融合が失われることはない。この場合、高崎暦と《ボブ》が交差点から離れるにつれ、他の虚質との相互作用により可干渉性(コヒーレンス)は次第に弱まっていく。完全に可干渉性が失われた(デコヒーレント)状態になると、きっと《アリス》の姿は見えなくなる。日高暦と《アリス》の自我は再び、高崎暦と《ボブ》の中に封印されて元の状態に戻る。《アリス》の幽霊もまた、交差点で永い眠りにつくかもしれない。二人の邂逅の瞬間、虚質空間はにわかに色めき立って騒がしくなるだろうけれど、それは一瞬のことであって、その後にはまた同じ静けさが戻ってくる。世界は何も変わらない。

 

 だけど、もし。

 もつれが融合力を凌駕したら。

 

 融合により薄まっていた虚質密度がさらに上昇し、ついに正常値まで達したなら。

 例えば。

 名前を呼ぶとか。

 手を繋ぐとか。

 そうやってお互いに虚質同士が強く互いを観測し合い、内海論文の例のように揺らいでいた不安定な虚質を確定させたら。それによって、もつれによる可干渉性(コヒーレンス)が指数関数的に増加したら。

 

 ふたつの虚質の相関は一気に極限まで高まるだろう。それまで融合していた虚質を引き離してしまうほどに。

 日高暦は高崎暦から分離し、《アリス》は《ボブ》から分離する。融合の拘束から解き放たれた日高暦と《アリス》の虚質は直接、生身で互いに接触する。

 虚質空間での直接接触は、外的ノイズのない、虚質同士の完全な可干渉状態(コヒーレンス)を約束する。きっと、あらゆる相互作用が可能になる。もはや、ふたつの虚質の振る舞いを縛る制約条件は存在しない。

 その瞬間、何が起こるのかはわからない。二人の虚質は対消滅のように打ち消し合ってしまうのか。完全な重ね合わせの状態となるのか。融合してひとつの虚質となるのか。それともそこを起点にまったく新しい並行世界が再構成され、二人はそこで生きていくのか。彼らの虚質はこの物質世界から完全に切り離されているから、それを観測するすべは、もはや私たちにはない。少なくとも、分離した時点でこの世界から不可知になるのは確かなのだろう。

 

 では、残された高崎暦と《ボブ》は?

 虚質の一部が分離してしまった彼らのIPは、もはや元のIPと同一ではなくなる。つまり、IPが書き換わる。

 とはいえ、その程度であれば、実質的に高崎暦と《ボブ》にマクロな影響はなさそうだ。虚質の融合と分離は単純な足し算引き算ではなくて重ね合わせであって、何かが失われるわけではない。それに、融合していた日高暦の虚質はもともと強く抑制された状態にあって、高崎暦からは認識することさえできなかった。だから今さら日高暦が分離しても高崎暦がそれに気づくことはないし、彼自身の人格や記憶にも何ら影響はない、と言い切ってしまって良いと思う。《ボブ》も同様だろう。

 ちなみにもし高崎暦に《アリス》が見えていたら、急にかき消えてしまったように思えるだろう。分離した彼女はもはや不可知だからだ。

 そんなとき暦ならきっと、パラレル・シフトが起きたのだ、と考えるだろう。

 だとすると恐らく彼が真っ先に確認するのは——

 

 

 ふぅ、と深く息を吐いて、ゆっくりと目を開く。

 遠くに飛ばしていた思考が現実世界に戻ってくる。自室の見慣れた家具が目に入る。

 左手首に目をやる。アクアマリンの指輪と共に、肌身離さずつけているIP端末がそこにある。

 自分のゼロ世界でのIPを基準とし、そこからの相対的な差違を測定する装置。

 

 私は新卒の頃、IP端末の信頼度を上げるチームに配属されていたから、その仕様については裏の裏まで熟知している。国際標準化されているから、何十年経っても大筋は変わらない。

 だから、私にはだいたい予想がつく。

 

 もし日高暦と《アリス》の虚質が分離して消えたら、残された高崎暦と《ボブ》のゼロ世界でのIPが変化する。

 IP端末が参照していたIPの基準そのものが、変わってしまう。

 この状態では、IP端末は正常にIPを測定できない。そしてこんな時に表示されるステータスコードは。

 

  ERROR

 

 この五文字になるはずだ。

 

 つまり、私が瀧川和音の願いを聞き入れて、高崎暦を交差点に送り出したとして、起こりうる唯一の影響は。

 高崎暦のIP端末がERRORになる。

 これだけだ。そうなったとしても、役所でIPを再登録すればいいだけ。

 たとえ〝最悪〟のシナリオが実現したとしても、私の高崎暦の虚質に懸念すべきリスクはない。きっと暦は何も気づかないし、彼の記憶や人格にも影響しない。仮に《アリス》が見えて、目の前で消えても、パラレル・シフトしたのかなと訝しむくらいだろう。そしてそれを私に笑顔で報告してくれるのだろう。いつもみたいに、デリカシーのない言い方で。

 うん。大丈夫。

 その程度であれば、私は許せる。

 安心して、暦を交差点に送り出すことができる。

 

 もちろん、それすらも起こると決まったわけではない。虚質の融合が解けて分離しなければ、きっとERRORにはならない。

 虚質のもつれが融合力を凌駕するかどうかは、日高暦と《アリス》の互いの相互作用次第だ。彼らがその時どう振る舞うかを、科学的に予測することは不可能だ。

 ロジックじゃないものね、男と女は。

 かつて佐藤所長が何かの折につぶやいた言葉が不意に口をついて出て、なんだか噴き出してしまった。所長が考えたとは思いにくいので、どうせアニメか何かの台詞だろうけど、私自身もあの当時はいまいち共感できずにいた言葉だ。

 ERRORになるか、ならないかは、私のあずかり知らない二人の想いの強さにかかっている。そして私の貧困な想像力は未だに、《暦》と《アリス》が仲睦まじく幸せに過ごしている世界をうまく思い浮かべられずにいるから、それは完全に未知の領域だ。

 

 でも、ここまで来たらいっそもう私は、ERRORになってほしい、とさえ思う。

 日高暦には、この機会に高崎暦と完全に縁を切って、《アリス》をどこかに連れて行ってほしい。

 この世界の軛を離れて《アリス》とどこかでよろしくやってほしい。

 瀧川和音がそれをよしとするかは、私の知るところではないけれど。

 

 そのためにも、私は暦を交差点に送り出そう。

 

 正直まだ、送り出したくない気持ちも、全くないと言えば嘘になる。でも、送り出したい気持ちも今は確かにある。

 もし、彼を送り出さないという選択をしたら。

 きっと私は死ぬまで、その選択が正しかったのかを問い続けるだろう。彼を送り出した世界の自分はどうなったのか、それを悶々と考え続けるだろう。

 そんな私自身を、私は一生許せないだろう。

 だから私は私のために、彼を送り出そう。

 

 

 以上。

 証明終了(Q.E.D.)。

 空中に指で横線を一気に引いて、その右端にちょんちょんと二本の短い斜線を描き入れる。

 

 何度も検算して、論理に穴がないことを確認して、ようやく私はここに辿り着いた。

 論理の飛躍がかなりあるし、最後はもう半分ヤケになって出した結論だけど。

 だけどこれが、現時点で私が出せる一番〝尤もらしい〟シナリオだ。

 私は満足していた。

 結局、瀧川和音の言いなりになっているといえばそれまでだけど、切り札を隠し持ったうえで、最後まで手持ちのまま、私が自分で選び取った結論だ。

 もしこれが無関係な第三者の症例であれば、かつての私ならこの推論から論文の三、四本も捻り出しただろうけど、今回は何となくそんな気になれない。あまりに当事者すぎて、客観的に記述できないだろうから。そこには何らかの〝祈り〟が含まれてしまうから。私が語れば、きっとただの、出来の悪い物語になってしまう。

 

 瀧川和音からの挑戦状。それに答えるには、この世界の理(ことわり)の深い理解が必要だった。

 私にはなぜか一連の問いが、この世界を作り出した神様からの問いかけでもあるような気がした。

 ねえ、神様。私ね。

 明日起こるであろう出来事、その理由も含めて、なんとか推理してみたつもりです。

 私たちの世界はおそらく、何かが起こったことすら気づかない。だけど。

 もし神様がたったひとつだけヒントをくれるとしたら、きっとIP端末に表示されるはず。五文字で。

 ですよね?

 

 神様は何も答えない。

 でも、手首に巻いたこの電子機器が拾い上げるささやかな齟齬(エラー)が、この仮説の唯一の物的証拠、一連の事象がこの世界に残すたったひとつの痕跡になるはずなのだ。

 

 

 そんなことを考えながらIP端末に目を向けると、もう午前二時を回っているのに気がついた。日付はもう、八月十七日になってしまっている。ぎりぎりのタイミングだった。私が一ヶ月かけて辿り着いた証明が正しいかどうか、泣いても笑っても、数時間後にはすべてわかるのだ。

 そして、いくらなんでもさすがに朝になれば、暦は気づくだろう。

 IP端末に仕込まれたスケジュールに。

 彼は驚いて訝しむだろう。でも私は知ってたなんて絶対に言えない。素知らぬふりをして、一緒に驚かなければならない。演技力が試される一日だ。

 でも、あの日。

 〝85離れた世界から来た自分〟を演じた時に比べれば、多分、どうってことない。

 

   *   *   *

 

 《8月17日 10:00 昭和通り交差点》

 

 遮熱ガラス越しに夏の朝日が差し込むダイニングルーム。朝食を終えたばかりのテーブルの上に、浮かんでいるスケジュール表。

 暦と一緒に、それを真顔でまじまじと見ながら、私は演技を続ける。

「さあ……。不思議ね」

 不思議も何も、それは私が入力した予定よね、と心の中で自分にツッコミを入れる。もっとも、正確にはそれは〝この世界の私〟が入力したものではない。一ヶ月前、この世界にやってきた瀧川和音が、私と暦の端末にこっそり入力していった予定だ。彼女の手紙がなかったら、私自身も知りようがなかった事実だ。でも、並行世界の彼女もまた私であることに違いはない。私は私。だから、やっぱりその予定は〝私〟が入力したものということになる。

 私と彼女は、いわば共犯者でもあるのだ。

 一人でも実行しうる完全犯罪に、彼女はわざわざ私を招き入れた。そして、私はその誘いに乗った。

 彼我戦力差はまだ残っているけど、この一ヶ月でずいぶん私はその差を縮めた。何が起こるのかくらいは理解できているつもりだ。私の知らない所で知らない原理を使って好き放題されるくらいなら、こっちからその片棒をかついでやるのだ。

 私は素知らぬふりで、白々しくポーカーフェイスを維持する。だんだん、コツを思い出してきた。〝85の世界の自分〟を演じた時も、暦は小気味いいくらい見事に騙されてくれた。今、私の横にいる暦も、心底不思議そうな顔をしている。ふふ、変わらないな、こういうところ。暦も。そして私も。

 画面端の時計表示は7時23分。それに目をやりながら、次の句を繋ぐ。

「あと二時間半ぐらいね」

 ちょうどいい頃合いってところね、今から支度したら、と言おうとしたけど、背後から先に声を上げた愛の発言に、私は一瞬凍り付いた。

「どっかの並行世界のおじいちゃんが来て、入力していったんじゃない?」

 思わず愛の顔をまじまじと見つめてしまう。

 ……まったく、ほんとに勘のいい子よね。入力したのはおじいちゃんじゃなくて、おばあちゃんなんだけどね。

 なんてことはおくびにも出さない。まぁ、別にそう思ってもらって大いに結構。ここはともかくスルーしないと。

「ああ、案外そうかもしれんな」

「それかー、自分が入力したのを忘れちゃうくらい、おじいちゃんがボケちゃったか」

 きゃはは、と笑いながら台所のほうに駆けていく愛。

「愛!」

 強めの口調でたしなめる。まったく、この子は頭の回転も速いけど口も良く回るのよね。涼も絵理さんもおっとりしてるのに、誰に似たのか。あれ? もしかして私?

「はは、そっちのほうが可能性は高いな」

 暦は相変わらず孫に甘い。それより、話を戻さないといけない。探りを入れる。

「それで? 行くの?」

「そうだな、一応、約束みたいだしね」

 それもまた、予想していた答えだった。今のところ、愛に引っかき回されつつも、暦とのやり取りはほぼ想定通りに進んでいる。

 なのに。

 昨晩あれだけ固く決意したのに、いざ本人から行くと言われると、急に迷いが浮かんでくる。

 まだ、私はあの切り札を出せる。

 まだ、私は彼を引き留めることができる。

 彼の中には日高暦がいて、交差点には《アリス》がいる。二人の虚質は、もつれの状態にある。その二人が、再会する。

 そのとき彼のIPにはきっと、不可逆な変化が生じる。

 それでも、あなたは彼を行かせるの? 高崎和音。

 一瞬の間に湧き上がってきた心の声が次々に私を責め立てる。私は答えに窮する。と、台所にいた愛がまたドキッとするようなことを言って、私はハッと我に返る。

「行かない方がいいよ、おじいちゃん」

「えっ、どうして」

「やっぱりボケちゃったんだーって気づくだけだから!」

 愛は私の心をこっそり読んでいるのだろうか。私の深層心理を本能的に感じ取っているのだろうか。

 そんな邪念を振り払うように、私はこの小さな賢いエスパーに釘を刺す。

「愛、もういい加減にしなさい! それから冷やしたチョコは三時のお楽しみです」

「んー…」

「お昼までは自分のお部屋で勉強でしょう?」

「だからー、勉強のお供に麦茶です!」

 冷蔵庫から出しかけたチョコを愛は名残惜しそうにしまい、代わりに麦茶の水筒を持ち出して二階へ駆けていった。やれやれと見送る。二人きりになったダイニングは急に静かになった。

 ありがとうね、愛。その屁理屈のおかげで、なんだか、迷いが晴れた。

 このまま、〝送り出さない〟ほうを選んで安心していたら、それこそきっと私の頭がボケちゃった証拠だ。

 

   *   *   *

 

 裏の玄関の前で鉢植えの手入れをしていると、背後で電動車椅子のモータ音がした。振り向くと暦が、煮え切らない様子でサルビアの大鉢を眺めている。

 まったくあきれた。この期に及んで、まだ迷っているのだ。いつものよれたシャツから外出用のシャツに着替えて、車椅子にも乗り込んで、支度は万全なのに、一人でうじうじしている。

 いつものあれね、と苦笑せざるを得ない。〝85の和音〟のときも、高校の時の勉強会も、付き合い始めたあの日も、シャツに数式を書き合った夜も。私が彼の手を引っ張ってリードしないとまるで話が進まない。あなたはそのことにまったく気づいていない。

 最近はもうそのまま放置することも多いけど、今日はそういうわけにはいかない。これは、朝にパンを食べるかご飯を食べるかみたいな単純な選択とはわけが違うのだ。あなたが交差点に行ってくれなかったら、私のこの一ヶ月の苦労は一体なんだったのか。馬鹿みたいじゃない。さっきの自分の迷いはとりあえず棚に上げて、そっと彼の背中を押す。

「行ってみたらどう?」

「えっ」

「気になってるんでしょ」

 気になっているのはむしろこっちよ。私が行って見届けたいくらい。だけどとにかく今は、暦をその気にさせるしかない。

「行けば思い出すかもしれないじゃない」

 自分に言い聞かせるように諭す。

 そう、行けば、思い出すかも知れない。日高暦の虚質が目覚めるかも知れない。同じ虚質を共有している高崎暦も、何かを認識するかも知れないし、あるいはしないかも知れない。

「そうだな。近所だしな」

 やっと決心がついたみたいだ。モータ音が表の玄関のほうに遠ざかっていった。良かった。暦が迷っていたら、私までまた迷ってしまうじゃないの。

 これでもう、私も引き下がれない。

 いえ、もう、引き下がらない。

 

「ちょっと行ってくる」

 電動車椅子のキャタピラが、門の段差をゆっくりと降りて、家の前の道路に滑り出る。

「ええ、気をつけて」

 言いながらお出かけ前の外見をもう一度目視チェックする。うん、人に会うのに、おかしな格好はしていない。シャツもアイロン済みだし、寝癖もついてない。顔色も今日はとてもいい、ハンカチも、いつものお薬も忘れてない。IP端末、よし。いつもはわざわざ見ない表示をあえて今日は確認する。ちゃんと000になっている。

 そうだ、帽子がない。この炎天下、熱中症にでもなったら命に関わる。

「待って」

「ん?」

「帽子。今取ってくるから」

「ああ、それでいいよ」

「これ?」

 暦は、私が被っている庭仕事用の帽子を指差す。今流行りのスマートウェアでやたらと高機能だけど、デザインはいかにも婦人物だ。まったく、相変わらず服装には無頓着なんだから。でも確かに、帽子を取ってきたら遅くなってしまう。すでに結構ぎりぎりの時間になっていた。

 満足げに私の帽子を被った暦は、どことなく浮き足立った感じでレバーを前に倒す。電動車椅子はなめらかに加速し、見る見るうちに小さくなった。

 

 行ってしまった。

 これで私は、〝私〟との約束を果たしたことになる。

 

 

 Y字路の角を曲がるまで見送ったけれど、なんだか落ち着かなくて、家の中に入る気がしない。傘立てにあった日傘を広げ、門の段差に腰掛ける。

 

 拝啓、瀧川和音様。

 心の中で、彼女に返信をしたためる。

 しかしそれを彼女に届けるすべは、私にはない。

 

 お手紙、ありがとうございました。

 私は今、あなたの願いの通り、暦を約束の場所に送り出しました。

 

 

 一ヶ月間の奮闘が走馬灯のように脳裏をよぎる。

 あの時、私は悔しかった。

 私たちの幸せな人生の終章に突然、水を差すような告白をされて。

 研究者としてのプライドが崩れ落ちるような、技術の進歩を目の当たりにさせられて。

 そして、あなたの密かな計画を実行に移すための最後の選択ボタンを、なぜか私の手に押しつけられて。

 私は勝手に勝負を挑まれた気になった。持ち前の闘争心に火がついて、散々考え抜いて、納得したうえでこの選択に辿り着いた。

 違う世界のあなたにやりたい放題されるのが許せなかった。私の世界を、私の暦を、自分の知らない物理(もののことわり)に委ねたくなかった。

 そうして私は、たくさんのことを知った。泡は沈むこと。あの交差点でずっと誰かを待っている人がいたこと。

 今からきっと、この世界にささやかなERRORがふたつ、発生すること。

 

 

 不意に夏の風が門を通り抜ける。汗ばんだ額に、気化熱が一瞬の清涼感をもたらす。

 裏庭のケヤキの葉擦れの音に混じって、友達と勉強通話しているらしい愛の笑い声がかすかに聞こえてくる。

 振り向いて、愛しい我が家を見上げる。玄関先のピンクのサルスベリの花びらが舞う。ふと、かつて田ノ浦ビーチの式場で見た、人生で二度のフラワーシャワーを鮮やかに思い起こす。

 

 私は、瀧川和音の人生に想いを馳せる。

 愛する人を看取り、別の人の元へと送り出した彼女の覚悟に想いを馳せる。

 監視網をかいくぐってオプショナル・シフトを行い、手紙を燃やしかねないこんな私に、それでも何かを託そうとした彼女の覚悟に想いを馳せる。

 

 結局、彼女の真意はわからない。

 なぜ私に〝それ〟を託したのか、本当のところは知り得ない。エラーバーはあまりに長い。

 フェアになるようにあえて選択肢を与えてくれたのだろう、と解釈したけれど、そんなのはこちらの勝手な想像でしかない。うんと穿った見方をすれば、暦と結婚した私に対する嫉妬かもしれないし、技術的優位にいることの歪んだ優越感かもしれないし、愛する人を失ったことによる短絡的な認知バイアスかもしれないし、不平等感から私を巻き添えにしたいだけかもしれない。あるいは単に、何も考えていないのかもしれない。

 よく言われているように、パラレル・シフトが日常となった現在、〝ずるい〟という感情は人類史上かつてないほど意識されるようになった。本来、並行世界の間に優劣は存在しないはずなのに、人はそこに勝手に〝格差〟を見いだし、羨んだり、妬んだりする。他人の人生と違って、自分の選択の先にあり得た世界だからこそ、その感情は強く、鋭くなる。それは仕方がないことだ。虚質科学の進歩に、人の意識はまだ追いついていない。

 

 

 もしかするとあなたは、私のことを《幸せなほう》へ進めた人間だと思っているかもしれない。

 確かに、私の人生は総じて幸せだった、と私は思っている。

 あなたの人生が幸せだったかどうか、それはあなたが決めることで、私が何かを言える資格はない。それに、幸せとは主観的なものであるから、相対評価は無意味だ。

 

 ただ、私は、あなたの人生が決してバッドエンドではなかったのだと、そこには確かに幸せがあったのだと、思えるものであってほしい、と思う。

 私が勝手にそう断ずるのではなく、あなた自身がそう思えるものであってほしい。

 だって、暦と二人三脚で虚質科学の頂点を極め、タイム・シフトの先駆者となったあなたが。

 泡は沈む、なんていう世界の秘密を、ほかでもない暦と一緒に見つけ出したあなたが。

 気が狂うまで誰かを愛した者だけが到達できるその地平に、暦と二人で立つことができたあなたが。

 平凡な人生だった私には、どこか眩しいものに見えてしまうから。

 せめてそれらが、あなたの揺るぎない誇りとなり、支えとなっていてほしい。

 これは、身勝手なあなた以上に身勝手きわまりない私の、正直な本音。勝手に〝格差〟を見いだしてしまう私の、無粋な祈り。

 

 《私の想いをあなたの気持ちで繋げてほしいのです》

 

 あなたは、手紙にそう記した。

 そうね。もしかしたらあなたは、ただ誰かに知って欲しかっただけなのかもしれない。託したかっただけなのかもしれない。

 あなたが秘め続けたその想いを。一冊の本が書けてしまうほどの、あなたと日高暦の人生の物語を。

 それを受け取れるのは、確かにこの世界のこの私だけなのだ。

 

 誰かが誰かを想う、その想いを、繋げていくこと。

 あなたが人生を賭して託してくれたその切実な願いを、私の手で全うさせること。

 ある世界で生まれ、出会い、生き、死んでいく、そんなあなたの人生に思いを馳せ、その意味を深く肯定すること。

 それはきっと。

 〝こちら側〟の人生を選択した私に課せられた、責務だ。

 今ならば、そう思える。

 

 

 飛び立つ鳥の羽音に、ふと我に返る。音のしたほうを見上げると、二羽の鳩が連れ立って空高く飛び去っていくのが見えた。

 左手首に目を落とす。IP端末は10時2分を示している。

 日高暦は、《アリス》と出会えたのだろうか。

 大丈夫。きっと出会えている。

 鳩の飛び去った方角を眺めながら、わけもなくそんな気がした。

 

 そろそろ暦が帰ってくる頃だ。そうしたらこっそり答え合わせをしなきゃね。まだまだ素知らぬ顔で演技は続けよう。この物語は、私と瀧川和音、二人だけの秘密だ。

 この先の暦とのやり取りをさらに数回、パターン別に脳内でシミュレートする。暦からどんな報告があろうとも、私たちがどんな分岐先に進もうとも、こちらの受け答えは完璧に用意できている。演じきってみせる。

 

 そしてもし、暦のIP端末が、ERRORになっていたら。

 今夜は久しぶりにビールでもあけようかしら。頂き物の、かぼすとあまおうのフルーツエールの小瓶。

 食卓に出す前に、

 一杯は瀧川和音に。

 一杯は日高暦に。

 一杯は《アリス》に。

 一杯は《ボブ》に。

 予想が当たった祝杯ではなくて、それぞれの世界での、彼らの幸せをただ願うための杯。

 それらを捧げた後、私たち家族でお相伴に預かるとしよう。

 

 もう、今朝のような緊張も葛藤もない。

 

 私は立ち上がって、門の外に出た。

 逆光と陽炎の中を、不釣り合いな帽子と車椅子のシルエットが、ゆっくりとこちらに近づきつつあった。

 

       (了)

 




【後書き】
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映画最大の改変部分である「和音の手紙」をめぐり、不可解な点を高崎和音が勝手に解釈して勝手に納得するだけの話です。原作小説にはないシーンなので、原作だけ読んだ方にはなんのこっちゃになると思います。

「高崎和音が知りうる情報からどこまで語れるか?」というチャレンジです。ただし不明箇所をかなり仮定せざるを得ず、考察にも謎解きにもなれていません。語り手を信頼しないでください(主人公の推理が正しいとは限りません)。ちなみに栞の名前を出せないのでかなり無理をしていますw

今回は基本的に映画版の設定に沿っています。ただしスピンオフ小説『僕が君の名前を呼ぶから』の設定を一部取り入れた箇所があります(穂尾付町の論文)。

作中で提示される、瀧川和音に関するある疑問の一部(確実に計画を実行したいなら…)は、「ありのす」さんの鋭い指摘をヒントにさせていただきました。
https://twitter.com/a_ri_no_su/status/1586344162483281921

公式映像を見る限り、冒頭の会話が渡り廊下のシーンに重なっているのはただの演出かもしれず、実際には朝食後の可能性もあるのですが、本作では渡り廊下の時点で暦から話があったと素直に解釈しました。その時点で話がなかったとすると、和音の性格的に、さすがに当日の朝食後まで静観するとも思えなかったからです。

虚質科学周りの設定は完全にハッタリです。科学的妥当性が無理ならせめてChatGPT先生のような堂々とした出まかせを吐きたかったのですが、精進が足りていません。

会話もイベントもなく内省ばかりなのは、話の性質上もありますが著者のスキル不足です。読みづらくてすみません。また映画は記憶を頼りに書いているので、間違いがあったらご指摘ください。

ラストで出てくるビールはこちらです(僕愛君愛コラボ商品)。
https://www.brewmaster2002.com/product/id16730/

Pixivに投稿したものの再掲です。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19156928

PDF・EPUBダウンロードはこちら:
https://a-out.booth.pm/items/8163192

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