「かくれんぼするひと、この指とまれ~」
「(私なんかがあの指に止まっていいのかな)」
そんなことを思いながら、私は幼稚園児の男の子を見ていた。
無邪気に男の子に集う同じ組のみんな。
私は、この当時から言いようのない疎外感と不安感に苛まれていた。
「ねえ、ひとりちゃんって」
「はいはい、こっちで遊ぼうね~」
私を見ては不思議そうにする園児を先生が抱きかかえて去って行く。
「ひとりちゃん、先生と一緒に遊びましょう?」
「積み木のパズルとかどーかな?」
思えば、この頃の私の周りは大人たちがいっぱいだった。
私の居た組は他の組より先生が四人も多かったし、いつも私の周りに居た。
この環境に疑問を持つよりも、私は先生に差し出された問題集付きのパズルで遊んでいた方が気が楽だった。
誰かに話しかけようと思っても、私の中の何かが引き留める。
まるで歩き出すのを躊躇うように。私は他人と関わるのができなかった。
いつからなのか、それとも生まれつきなのか。
私は自然と周囲に馴染めない子だった。
私はいつだって周囲の先生に助けられてばかりで、致命的に集団行動が苦手だった。
他人と関わると途端に緊張してしまう。
気づけばいつもひとりぼっち。
変わりたいと思ったのは、いつからだろうか。
少なくとも小学生の頃は覚えがなかった。
周りは自分を避けているような気もするし、なにより溶け込む勇気が私には無かった。
中学一年生になった頃、入学式が終わって一番最初の授業がなぜか印象的だった。
先生が黒板に板書する。
“先天性R型脳梁変性症”と。中学生の時分には難しい単語だったけど、その通称は私でも知っていた。
「皆さんは、サトラレと呼ばれる人たちを知っていますか?」
はーい、とまだ小学生気分の抜けないみんなが手を挙げた。
私も周囲に溶け込むように遅れて手を挙げた。
「はい、みんな元気ですね~。
サトラレとは、周りの人に考えていることが伝わってしまう生まれながらの症状です」
「(私がサトラレだったら多分、いや絶対耐えられないッ!?
私の心の中を垂れ流してるとか嫌すぎる!! いやいや、そんなことはない。ないよね?)」
「ッ、えー、サトラレの人は法律によって保護され、そのことを本人に伝えることは禁止されています。
皆さんもサトラレの人が近くに居た時は、彼らの事を思って行動しましょうねー」
はーい、と生徒たちは一斉に頷いた。
「(ま、まあ、私は別に保護されてなんてないし、そんなわけないか。
やめよう、自分をサトラレだって思い込んでノイローゼになる人もいるらしいし……)」
その後の授業も続いて、勉強は簡単だったけど、実力把握の為のテストは散々だった。
昔から私はテストが苦手だった。
テストの緊張が苦手で、答えをずらして書いちゃったり、脱字があったり……。
もうやめよう、この話は。
中学生になっても、結局私は周囲に溶け込めなかった。
いつの間にか周囲は友達グループを作っていて、その中に入るのは出来なかった。
「(だって、急に話しかけて何コイツ、って顔されるの怖いし。
そもそも話が合わなかったらどうしよう。こいつ話しても面白くないなって言われたらどうしよう)」
考えれば考えるほどマイナス思考のスパイラルに陥って行く。
昼休みは人気のない場所を探し、お弁当を食べ終わると図書室にこもる日々。
ああ、図書室は良い。お昼には誰も居ないし。
でも時々本を借りに来る人が居て、私を見てそそくさと去って行くような気がする。
私の陰のオーラが彼らを遠ざけるのだろうか。
──そんな私にも、転機が訪れた。
休日にソファーでごろごろしていた私は、お父さんが唐突に変えたテレビの番組の内容に目を奪われた。
それは人気バンドの出演している音楽番組で、そのメンバーの一人が言ったんだ。
バンドは陰キャでも輝ける、と。
バンドを組んだら、私でも輝けるかな!?
私は即座に行動に移した。
お父さんのギターを借りて、教本を開いて悪戦苦闘しながら引けるように練習して。
そうすれば、みんなからちやほやされるんだ!!
そして、気づけば中学三年間が終わっていた。
「……ちや、ほや?」
§§§
夜、後藤ひとりのギターが鳴り響く後藤家のインターホンが鳴る。
「はーい。あ、いつもご苦労様です」
後藤家の母、美千代は来客に笑顔で応えた。
「お母さん? ああ、いつもの役人さんだね」
客人に父親である直樹も顔を出した。
「お父様、お母様、お時間はよろしいですか?」
「ええ、ひとりはこの時間、ずっとギターを弾いてますので」
そう言って、笑みを浮かべた美千代は役人を家の中に招き入れた。
「ひとりさんの家での様子はどうでしょうか?」
「ええ、いつも通りですよ」
『(心の拠り所はギターだけ、ひきこもり一歩、手前です~♪)』
「は、はは、彼女は変わりませんね……」
二階から伝わる、後藤ひとりの思念。
後藤ひとり、彼女は先天性R型脳梁変性症。通称“サトラレ”だった。
この役人はサトラレ対策委員会、その後藤ひとり担当だった。
彼だけでなく、大勢がバックアップとしてサトラレたる後藤ひとりを遠巻きに保護していた。
「それにしても信じられないわ、ひとりちゃんが天才だなんて」
「娘がいずれロック史に名を残すのか~」
夫婦の少し楽観的な様子に、役人も苦笑い。
サトラレは思念が周囲に伝搬する以外の特徴として、天才的な頭脳や何らかの分野に突出した才能を示す。
その価値は、──国家的財産クラスとされる。
「まず、ひとりさんの中学校卒業おめでとうございます。
以前ご説明した通り、サトラレの居る環境が変わる為、細かい説明に上がりました」
「毎度すみません」
「いえ、これも仕事なので」
役人は柔和に笑って首を振った。
「あ、役人のお兄さんだー!!」
「わんわん!!」
すると、後藤ひとりの妹ふたりと、飼い犬のジミヘンが現れた。
「ああ、ふたりちゃん。お邪魔してるよ」
「ほーら、ふたり。あっちで遊ぼうね」
「うん!!」
まだ五才の少女を抱え、父直樹が飼い犬と共に退出する。
程なくして、彼も居間に戻って来た。
「それで、進学先の秀華高校には事前に手を回しています。
同じ学年になる生徒や親御さんには説明し、在校生たちにも徹底周知させます」
「わざわざ遠くの高校に進学させることになってすみません」
「いえ、ひとりさんの意思を尊重しなければなりません」
本来ならば、もう既にひとりの存在が周知されている自宅近辺の高校に進学させる予定であった。
しかし、彼女はそれを頑なに拒んだ。
本来、サトラレの長距離移動は基本的に厳戒態勢を敷かなければならない。
サトラレ同士が遭遇した場合、お互いがサトラレだと知ってしまう事態になるからだ。
己がサトラレ、自分の思考が他人に筒抜けになると知ったサトラレは、精神崩壊や自害に走る傾向があるからだった。
国内にサトラレは片手で数えられる程度しかいないが、数名は確実に存在するのだ。
サトラレ対策委員会は、国益だけでなく彼女の人権を守るための組織でもあるのだ。
「しかし、我々としても今後のひとりさんの進路について困り果てておりまして」
「ああ、ひとりの目標はバンドを組んで有名になるですからね」
直樹の言葉に、役人は頷く。
「クラシックならともかく、ロックほど騒がしい音楽ならばライブなどで彼女の思念もそれほど邪魔にはならないでしょう。
そもそも彼女ほどの集中力なら、演奏中に雑念は入らない。
しかし問題は、不特定多数の人間がサトラレと接触することでして」
重ねて言うがサトラレの価値は計り知れない。
その警護に、なるべくリスクは少ない方が良いのだ。
だから将来的に大人数のライブは控えて貰いたいのが委員会の本音だった。
「そしてひとりさん本人の能力の問題もあります」
ひとりの思念は、常時半径十メートル以内の人間に伝搬される。
これは他のサトラレに比べてかなり狭い範囲だった。そうでなければ長距離移動を伴う登校など不可能だった。
「ひとりさんは頻繁に極度の悲観状態に陥り、心を閉ざしてしまいます。
そうなると、一時的に思念の伝搬が途絶えます。その状態を我々はリスクととらえています」
サトラレの価値は国家財産規模。
例えば、彼女の誘拐など有ってはならないのだ。
「これまで通り、彼女の演奏はネットを通じてのみ行ってほしいのですが……」
警護にも限界がある。
彼女の身の安全は死守されなければならない。
「ええ、提案された通り、ひとりにはネットで演奏して承認欲求を満たすように誘導しました」
それも、委員会側の指示だった。
「だけど、ひとりにはバンドをやる楽しさを知ってほしいです」
「そう、ですか」
父親の言葉に、役人も目を閉じる。
「私がひとりさんの担当になって、三年になります。
彼女のギターの上達は、決して天才だからと片付けられていいものではありません。
この件は持ち帰って、検討させてもらいます」
「お願いします」
「いえ、一ファンとして当然の事です」
頭を下げる直樹に、役人は首を横に振った。
「それでは、そろそろ失礼します」
「はい、これからもひとりをよろしくお願いします」
役人は後藤夫妻に見送られ、家から出た。
彼はギターの音が聞こえる二階を見上げ、そして立ち去った。
彼女の日常を守るために。
創作意欲の発散の為に書きました。
幼馴染が生えたり二重人格になったり記憶障害があったりしてる二次創作があるんだし、ぼっちちゃんがサトラレにしてもいいよね!!(ド畜生
とりあえず、書きたいから書き捨てたので、次回は予定してないです。
反響が有れば書くかもしれません。では。