「あの、歌詞できたんですけど」
リョウさんに啓蒙されたあの日から約一週間ほど、私は作詞に打ち込みました。
「後藤さん、目の隈大丈夫?」
「あ、はい……。ここのところ作詞に夢中で、寝るの忘れたりして……」
喜多ちゃんの心配そうな声に、私は無理くり笑い返しました。
「(でも授業中は殆ど寝てたのはマズかったかな……でも先生とかに起こされたこと無いし、授業内容も教科書大体暗記したし大丈夫かな……)」
「(才能のゴリ押し過ぎる!?)」
「(サトラレって本当に色々と天才なのね……)」
「創作は楽しいからね。分かるよ」
「あっはい、夢中になると辞め時がわからなくなりますよね!」
やってるうちにキリが良いところ、キリが良いところって続けちゃう奴~。
楽しいとついつい睡眠時間も削っちゃうんだ。
リョウさんの言葉に私は思わず共感して、ふへっと変な笑みが出てしまった。
だけど、リョウさんも自分に心当たりが有るのか、ふっと微笑んだ。
なんだか、バンドマンとして私達は分かり合えた気がした。
「あー!! 二人がいつの間にか仲良くなってるー!!」
「まあまあ。どれどれ、ぼっちちゃんの力作拝見しようか」
黄色い声を上げている喜多ちゃんに苦笑した虹夏ちゃんが私の作詞ノートを広げました。
三人は顔を突き合わせて私の書いた歌詞を読み始めました。
「あっあの、暗すぎるかも……」
そこで予防線を敷いてしまう、私の弱さが嫌だった。
「確かに暗いね」
そして真っ先に、リョウさんがそう言った。
「でもぼっちらしい。
少ないかもしれないけど、誰かに深く刺さるんじゃないかな」
皆にとっての七十点ではなく、誰かにとっての百点。
リョウさんは自分の音楽を求めている、ある種の求道者。
創作の本質は自己主張。
それは、リョウさんにとっても変わらない。
「じゃ、曲のイメージが湧いたから、今日は家に帰って形にしてくる」
「ああ、勝手に……行っちゃった」
リョウさんはそれだけ言うと、さっさとカバンを持って帰ってしまった。
虹夏ちゃんはお冠だけど、仕方ないなぁと溜息を吐いた。
「まったく、リョウはもういいや。
あ、ぼっちちゃん、ここの歌詞すごく良いよ!!」
「あッ、私もここ好きです。早くリョウ先輩の曲で歌ってみたいです!!」
二人が褒めてくれる。自己肯定感が上がってく!!
この日は、歌詞を見せる不安もどこへやら、気分良く練習が出来ました。
でも漸く、私はバンドマンとして一歩前に進めたんです。
§§§
「曲出来たよ」
それから二日後、リョウさんは早速曲を仕上げてきました。
もしかしたら、リョウさんも徹夜したのかもしれません。ちょっと顔色が優れませんでした。
「リョウったら今日までまったく寝てないって言うんだよ!!
ぼっちちゃんといい、君たちはこれから徹夜禁止!! リーダー命令だよ!!」
虹夏ちゃんはぷんすかと怒っていて、叱られた私たちはハーイと口を揃えることしかできませんでした。
「まあまあ、虹夏先輩。とりあえず、聞いてみましょう」
喜多ちゃんのとりなしもあって、私たちは音源のスマホをテーブルに置いて曲を聞いてみました。
「「「おおー」」」
「とりあえず、仮だけど。
あとはぼっちちゃんの歌詞と合わせて調整する」
私達は曲の出来に関心するばかりでした。
でも、正直意外でした。
「こっこれ、意外と明るい曲調ですね」
私の書いた歌詞の曲名は「星座になれたら」。
孤独と憧憬を形にした、私のバンドへの想いをぶつけた歌詞だった。
「前言ったみたいにさ、暗い歌詞を何でもないように明るく笑い飛ばすみたいに歌ったら面白そうじゃん」
「あはは、でも流石にそこまでポップじゃないでしょ」
とにかく、こうして結束バンドの第一曲目は完成したのです。
そして、各々のパートの練習した後、改めて合わせの練習をすることになりました。
今日はとりあえず、喜多ちゃんの練習に付き合う日でした。
「ねえ、後藤さんはどういう想いであの歌詞を書いたの?」
練習の合間の雑談に、喜多ちゃんがそんなことを聞いてきました。
「えっあ、はい、……私にとってバンドは星座のように見上げるだけの存在だったので。
(憧れの星座……一番星、ギターボーカル。私にとって、喜多さんは眩しいほどの理想の一番星の体現者)」
「(一番星……そんなはず無い。私に振り分けられた新曲のパートは簡単なモノだったし、私はまだみんなの足を引っ張ってる……)」
喜多ちゃんは不安そうギターを撫でていた。
「(後藤さんにとって私が一番星なら、私にとって後藤さんは何なのかしら……?)」
「(あ、あれ? なんか見られてる!? もしかしてどこか間違えたかな!!)」
喜多ちゃんはなぜかこちらをジッと見て来た。
彼女の陽キャオーラを浴びると、私のようなナメクジは干からびてしまうんです!!
そんな時でした。
廊下から店長の声が聞こえました。
「虹夏!! 練習も良いけど、やることやってからにしなよ。
ほら、明日出す資源ゴミまとめといてって言ったじゃん」
「あッ、忘れてた!!」
ごめーん、と言いながら虹夏ちゃんは慌てて飛び出して行ったのです。
「いっぱいあるから一気に運ぶなよ!!」
「わかってるー!!」
そんな生活感のある姉妹の会話を聞いた喜多ちゃんが。
「後藤さん、私達も虹夏先輩を手伝いましょう!!」
「え、ええ!?」
「普段からお店のスタジオを店長のご厚意で使わせてもらっているんだもの、少しぐらい恩返ししましょう!!」
と、光の陽キャオーラマシマシでそんなことを言うんだから、あっはい、としか私は言えませんでした。
そのことを虹夏ちゃんに伝えに行くと。
「ごめーん!! ありがとう、ホントたすかるよー!!」
やっぱり手伝うことになりました。
「よいしょ」
資源ゴミ、というだけあって、ペットボトルや新聞紙や雑誌などが主でした。
既に虹夏ちゃんの家の玄関に置かれているのをライブハウスの横にあるごみ置き場に移動させるだけで、いっぱいと言っても所詮は家庭のゴミの範疇で大したお手伝いではなかったのですが。
「二人ともありがと、昨日家の大掃除してさー。
要らないモノをたくさん整理したんだ」
と虹夏ちゃんから改めてお礼を言われました。
三人なら大したことは無かったですが、やはり一人でやると階段の上り下りが大変なことに違いはないでしょう。
「ああッ、やっちゃった!!」
その声に振り向くと、喜多ちゃんの持っていた雑誌が地面に散らばっていました。
どうやら結んでいた紐が緩かったようです。
「あっ、これ絵本ですか?」
「うん。子供の頃、お姉ちゃんに読んでもらった奴」
喜多ちゃんのフォローする為に私と虹夏ちゃんがゴミを回収していると、彼女が雑誌と一緒にまとめられていた絵本を手に取って目を輝かせていました。
「捨てちゃうんですか? 勿体無いですよ!!」
「もう子供じゃないしね。
いつまでも置いておくスペースも無いし」
「そうですか、残念ですね」
ぱらぱら、と手に取った絵本を捲る喜多ちゃん。
「あッ、虹夏先輩!! この人魚姫、後藤さんに似てませんか?」
「うーん、確かに、言われてみれば……」
興味が出て私がその絵本を覗き込むと、幼児用にデフォルメされた人魚が描かれてました。
絵本のタイトルは「人魚姫」のようでした。
「あっ、似てますかね……」
「うん!! このゆるい感じの作画が特に!!」
「五歳児向けとかだからねー」
五歳児向けの絵本に出てくる絵柄に似てるとかどういうことなの!?
「……もしかしたら、後藤さんって人魚姫に似てるのかもね」
「あっいや、そんな恐れ多いですよ」
人魚姫と言えば絵本業界のメジャーもメジャー、シンデレラや白雪姫に並ぶ世界的代表作。
そんな作品の主人公になんて、私が似ているはずも無い。
「でも人魚姫は、地上に憧れて魔法で足を貰うのよ。
代わりに声を失うっちゃうけど、健気に王子様に尽くすの……」
「(それどっちかって言うと喜多ちゃんなんじゃ……)」
「(……ぼっちちゃんに同意かな)」
「ちなみに、某遊園地経営の映画だと省かれてるけど、王子様って他国の姫と結婚するっていう脳破壊エンドなんだ」
「うわッ、リョウいつからそこに居たの!?」
「あっちだと魔女がその役割でしたよね!!」
なぜか私達結束バンド四人が揃って片付けを始めました。
「人魚姫の最期は海に身を投げて泡になるってのが有名だけど、その後に精霊として風になるんだ」
「映画だとハッピーエンドですもんね」
リョウさんの解説に、喜多ちゃんはうんうんと頷きました。
アメリカはアニメのフランダースの犬の最終回をハッピーエンドに変えちゃうようなお国柄ですから。
それに、ハッピーエンドは誰もが好きですし。
「……あっそうか」
ゴミ置き場に資源ゴミを移動させると、喜多ちゃんがぽつりと呟いたのです。
「(後藤さんが人魚姫に似てるのって、泡みたいに消えちゃいそうな儚さがあるからなのかも。
このバンド活動も、後藤さんがサトラレだって自覚したら終わっちゃう幻みたいなもの……)」
喜多ちゃんは、肉体労働から解放された私たちの後姿を見ながら思ったのです。
「(後藤さんにとって、どちらが良いのかしら……)」
そうなった時のことは、自分でもわかりません。
だけど、私は人魚姫になりたくない。
それでも、風にはなりたい。
私たち結束バンドの曲が、世界中に駆け巡っていきますように!!
「童話の登場人物に例えるなら、私は誰かなぁ」
「ポリアンナ」
「なにそれ、知らない」
「(たしかに虹夏ちゃんは前向きだけど、ポリアンナ症候群の元ネタのポリアンナとはちょっと違うかも……)」
なぜか虹夏ちゃんの肘打ちがリョウさんに炸裂しました。
「にっ虹夏ちゃんはシンデレラの魔法使いなんてどうでしょう……!!」
「ありがとう、ぼっちちゃん。
じゃあ、リョウは?」
「リョウ先輩はヨリンデが良いです、勿論私がヨリンデルで!!」
「ないわー」
「なんでよ……」
喜多ちゃんの推薦は即座に虹夏ちゃんに切って捨てられ、リョウさんはちょっとムッとしたようでした。
たしかヨリンデって出自は一般人なのに美女扱いされてるんですよね。
「そう言えば、有志に依れば最近の人魚は両手両足や頭をもがれてもパチンコできるとか……」*1
「そんな人魚嫌だよ!?」
「ところで虹夏先輩、ライブの予定はいつですか?
結束バンドの曲だけじゃライブ出来ないですよね、他の曲は決まってるんですか?」
リョウさんが突拍子も無い事を言うのはいつものことなので、それをスルーして喜多ちゃんが尋ねた。
「うーん。実はね、出来れば私達の曲だけでライブしたいと思ってるんだ。だからまだまだライブの予定は無いかな」
「ええ!? 本当ですか!?」
「(意識高い!?)」
「喜多ちゃんもまだギターをぼっちちゃんに習い始めて一か月くらいでしょ?
私達のバンドがもっと形になるまで、ライブはお預けだね」
「そう、ですよね」
実力不足を明言されて、喜多ちゃんはちょっと肩を落とした。
「それに、どうせライブするなら私達のバンドがどういうバンドか色を出したいからね」
「うん、私もそれは虹夏に賛成」
「……わかりました、リョウ先輩と私も同じ気持ちです!!」
「おいおーい、提案したのわたし~」
いつも通りのゆるいやり取り。
そんなみんなの居場所が、ここにあるのが私は嬉しかった。
「じゃ、じゃあ、別の構想を歌詞にまとめますので、リョウさんも曲をお願いします」
「うむ、まかされた」
私とリョウさんの会話を見ていた虹夏ちゃんが微笑んだ。
「なんだか、結束感出て来たね!!」
「ですね!!」
ここが、私の居場所。
人魚姫の童話において、人魚と言う種族は魂が無いから天国には行けないそうだ。
だから人魚は泡となって消える。
私は違う。
私たちの曲には魂が籠っている。
私たちは、この楽しい思い出まで水泡にしたりするつもりなんて無いんだから。
マンガによると、アー写からオーディションまでの間に2,3か月経過してるんですよね。
その間を空白で埋めるのは、個人的にはイヤだったので、急遽この話を差し込みました。
まあ喜多ちゃんのギター習熟度を考えると妥当だとは思いますが(それでもあれだけ弾けるのはスゴイらしいですね。
次回こそオーディション回になるはずです。
それでは、また次回!!