サトラレ ―後藤ひとりの場合―   作:やーなん

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お待たせしました!!



オーディション

 

 

 

 夏です!!

 曲もできたので、来月にする予定のライブに向けて今は暇さえあれば練習の日々です。

 

(夏って何で人もこんなに活発になるんだろう……ついつい行けなくて気が滅入ってします……)

 

 じめじめキノコの私は部屋の隅でそんなことを考えてしまいます。

 

(一生梅雨がよかった……)

(後藤さん、相変わらずね……)

(ぶつぶつ言いながらは普通に怖いよ……)

 

 私は思います。

 

(てかッ、時間が進むの早すぎッ!!)

 

 それは、まさに血を吐くような思いでした。

 

 何で時間って24時間なんだろう。

 光陰矢の如しって言うけど、どんどんとライブまでの日数が狭まっていく。

 

 小中学生時代はあれほど苦痛の日々を過ごしていたのに。

 早く次の学年のクラス替えや進学を苦痛と共に望んでいたのに!!

 

「いやー、でももう七月も終わるねぇ」

「伊地知先輩はライブ以外に夏休みの予定あります?」

「うーん、バンドのリーダーとしてバイトには積極的にならないといけないからね!! 練習も有るし、特には無いかな」

「えー、そんなの勿体ないですよ!! 花の女子高生は一瞬ですよ!!」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんがそんな話をしている。

 

(この前まで七月だったのに、もう八月になるの!?)

 

 どんどんと、時代に取り残されて行っている!!

 

(時間の経過は本当に一瞬だ……具体的には一年半以上の時間が経過してる気がする……)

 

 私はその事実に悶え苦しむしかありませんでした。

 

(なんかずっと前に自分を変えるみたいなこと誓った気もするけど、何も変わってない!! いや、ヒトの目は偶に見れるようになったし、バイトもしてるし、ちゃんと変わったよね!! ライブ楽しみだなぁ……)

(流石にこの心の声も慣れたなぁ、もう二か月近くか……)

(やっぱり、後藤さんもライブを楽しみにしてるのね!! 私も自分のパートを仕上げないと!!)

「ほら、いつまでも床に転がってると服が汚れるよ」

「後藤さん!! もう一回合わせましょう!!」

「は、はいぃ」

 

 虹夏ちゃんが起こしてくれる。

 喜多ちゃんのキターンとした視線が痛い。

 

 そして、今日の練習も終わりに差し掛かると。

 

「なんで時間はこんなに早く進むんだろう。

 あっそうだ。時間の経過は代謝によっても変わるらしいし、代謝を落とせば時間も遅くなるはず……」

 

 えーと、代謝を落とすには、朝食を抜いたり、睡眠時間を削ったり……。

 

「ぼっち、時間に挑むのはまだ早いよ」

 

 そんな私の()()を察してか、リョウさんが珍しく話しかけてきてくれました。

 

「りょ、リョウさん……ですけど時間の経過は主観によって変化するもので」

「年を取るごとに一年が短くなるって感じるジャネーの法則とは違う?」

「た、確かに、小中学校よりも高校は時間の経過が早い……」

「それって、今が昔より楽しいってことじゃない?」

「楽しい……」

 

 以前の私より、今の私はずっと充実していました。

 リョウさんの言う通りだったのです。

 

(そうか、充実して、楽しいから、時間が簡単に過ぎていくんだ……)

 

 誰かと一緒に何かをするなんてこと、同じ目的を持って、同じ方向に向かうことなんて初めてだった。

 時間とは主観的な物に過ぎない。

 時間の支配者は、私なのだ。

 

(リョウさんは自分の音楽を結束バンドでできているんだろうか。もしかしたら、バンドの目的とリョウさんの目的は違うのかもしれない)

「……」

(評価とは結局、他者との比較に過ぎないし。ライブとは結局、他者の評価を伺うもので、承認欲求の形の一つ。そこに()()を見出せるんだろうか。自己表現、自己主張、自分らしさを証明するのに、他人が必要なのは矛盾ではないだろうか……)

(無駄に頭が良すぎるのって大変だな)

 

 私が思考の迷路にぐるぐると迷っていると、リョウさんは欠伸をした。

 

「考えている暇があれば、練習したまえ」

「は、はいぃ」

 

 リョウさんが私の頭に手を乗せてぐわんぐわんと前後し始めた。

 

「二人共、いちゃつかないでください!! 私も混ぜて!!」

「自分の欲望に忠実だね!?」

 

 ほれ、と喜多ちゃんと一緒にリョウさんにぐわんぐわんされている私達に、虹夏ちゃんのツッコミが飛ぶ。

 

 それが終わったら、曲の練習を始める。

 

(バンドメンバーの結束も高まってるし、私の夢もそう遠くない未来に叶っちゃうかも)

 

 そして、その時、虹夏ちゃんが言いました。

 

「よしッ、来月ライブできるようにお姉ちゃんに頼んでくるね!!」

「えッ、まだ言ってなかったんですか!?」

 

 喜多ちゃんはてっきりもう曲の練習がライブに向けての練習だと思っていたらしく、驚いて虹夏ちゃんを見ました。

 

「大丈夫!! この前もすぐに出させてくれたもん!!」

 

 そして、彼女はスタジオからいつも店長が仕事をしているホールに向かいました。

 私達はぞろぞろとそれに付いて行くと。

 

「お姉ちゃん!! 次のライブ出して!!」

「は? 出す気無いけど?」

 

 店長は気だるげに虹夏ちゃんを見やってそう言いました。

 私達の空気が、一瞬で冷めたのが肌身に染みる様でした。

 

「え、なんで? オリジナル曲も出来たのに?」

「それはこっちには関係ない」

「ああ、集客できなかった時の為のノルマなら払えるよ!!」

 

 ライブハウスは慈善事業ではありません。

 利益が出ないバンドを呼ぶことは出来ないのです。

 それを察して、虹夏ちゃんは諭吉さんを示してそう言ったのですが。

 

「お金の問題じゃなくて実力的に。

 出たいならまずオーディションな」

「この前は出してくれたじゃん……」

「あれは思い出作りの為に特別にな。普段はデモCD審査とかしてんの、知ってるだろ?」

「思い出作りって……」

 

 恐らく、店長的にはノルマもこなせないことを()()にしているバンドなんて、ごっこ遊びだと言いたいのでしょう。

 それは当然で、当たり前のことで。

 ライブに出てくるバンドの質が、ライブハウスの評判にも繋がるわけですから。

 経営者として、一度だけでも出させてくれた店長は十分甘い人なんだと思います。

 

「悪いけど、五月のクオリティでは出せないから」

「でも、私達はあれから頑張って!!」

「今のあんたらは、バンドじゃない。分かってんだろ?」

 

 店長の視線は、虹夏ちゃんから私の方へと一瞬だけ向けられました。

 

「今ならまだ、仲良しクラブで終えられるからな」

 

 店長は覚悟を問うていたのです。

 サトラレという私の宿命、それを共にするバンドのリーダーの覚悟を。

 

 私達は、虹夏ちゃんの背中が震えるのを見ていることしかできませんでした。

 

「子ども扱いしないでよ、自分だってぬいぐるみ抱かないと寝れないくせにぃぃ!!」

 

 虹夏ちゃんはそんな捨て台詞を吐きながら、ライブハウスの階段を駆け上がって行ってしまいました。

 

「ぬいぐるみって、このよれよれのパンダとウサギのこと?」

「今すぐその画像を消せ!!」

「あら、カワイイ」

「なにしてるんですか、追いかけますよ!!」

「ええぇ」

「面倒そうにしないで!!」

 

 私はこの修羅場に、作画崩壊しながらオロオロするしか出来ませんでした。

 

「ほら、後藤さんも早く!! 行きましょう!!」

「は、はい!!」

 

 リョウさんの背中を押している喜多ちゃんの声に、私は我に返りました。

 そして、二人と共にライブハウスを後にしたのです。

 

 

「……随分と、手厳しいのですね」

 

 ライブハウスの職員として溶け込んで私を護衛しているシークレットサービスの女性役員が現われて、店長にそう言いました。

 

「まあ、今のままの方が幸せだってこともあるだろうさ」

「そうですねぇ、彼女達、将来絶対に比較されるでしょうし」

 

 PAさんも店長さんの言葉に同意しました。

 

「委員会としては、現時点での彼女の重要度は他のサトラレと比べて比較的低いです。

 上はバンドなんて遊びはさっさと止めて、その頭脳を学術分野などで貢献してほしいと言うのが本音のようです」

「……」

「まあ、お偉いさんの考えなんてそんなものですよね」

 

 護衛さんの言葉に、PAさんは肩を竦めてそう言いました。

 彼女はバンドマンなんて世間的にはゴロツキ一歩手前なのは理解しているのです。

 

「あんたはどうなんだ?

 ぼっちちゃんが子供の頃から護衛してるんだろ?」

「私の意見など……。私はどのような状況だろうと、己の仕事を全うするだけです」

「そうか、大変だな、あんたも」

 

 いえ、と護衛さんは店長さんに首を振って見せると、ライブハウスの影に一体化するように存在感を消して作業に戻りました。

 

「ああいう肩の凝りそうな生き方は私には無理ですねー」

 

 なんて、PAさんは微笑んでいました。

 

「でも店長、この間、啖呵切ってましたよね。

 ぼっちちゃんの生き方は彼女が決めるって」

 

 なら自分の妹にどの口であんなことを言ったんですか、とでも彼女は言いたげに笑ってました。

 

「あれがバンドじゃないのは事実だろ。

 仲良しクラブのまま、ぼっちちゃんに引っ張られて行っても、不幸なだけだろ」

「ふふふ、相変わらず甘いんですから」

「うるさい、クビにするぞ」

「はいはい♪」

 

 店長をひとしきりからかって楽しんだのか、PAさんは離れていきました。

 

 

 

 §§§

 

 

「分かりやすく拗ねてる」

「うっさい」

 

 私は普段走ったりしないので、息も絶え絶えになりながら二人に付いて行くので精一杯でした。

 

「てか、ぼっちちゃん大丈夫!?」

「とりあえず、何か飲み物を!!」

 

 ごめんなさい!! 陰キャに急な運動は向いていないんです!!

 

「はい、ぼっちちゃん」

「ありがとうございます……」

 

 からからになった喉に、タピオカミルクティーが染みるぅ。

 

「あ、そうだ、さっき店長からメッセージが来て」

 

 私は、虹夏ちゃんが飲み物を買ってきてくれる間に来た、業務連絡用のメッセージアプリの画面を見せた。

 

「ら、来週の土曜日にオーディションをするそうです!!

 それを見て、ライブに出すかどうか決めるそうで……」

「ここでぼっちに連絡する辺り、店長らしい……」

「ふふふ、そうですね!!」

 

 既に店長の性格は皆には周知の事実のようでした。

 

「それより、オーディション!!

 それに合格すれば、ライブに出られるってことですね!!」

「まったく、最初からそう言えばいいのに!! お姉ちゃんのイジワルッ」

 

 喜多ちゃんは喜び、虹夏ちゃんは素直じゃない姉にいじけていました。

 

「でも、あとは頑張るだけですもんね!!」

 

 喜多ちゃんの前向きさに、この時は私も救われていました。

 何度も何度もその事実に頷き、安堵を噛み締めたのです。

 

「あはは、そうだね……」

「虹夏先輩、そんな不安そうな笑顔で見ないでください!!」

「じゃあオケ流しておくからアテフリの練習をしておいて」

「はい、リョウ先輩!!」

「ダメだよ、そんな付け焼刃!! エアバンドじゃないんだから、かえって悪目立ちするだけだよ!!」

「一週間しかないし、今回は頑張らなくても……」

「そう言うところだよ!! 今はへたっぴでも、熱意は伝えないと!!」

「…………」

 

 リョウさんは、一週間頑張ったくらいでたかが知れているのに、みたいな表情で虹夏ちゃんを見ました。

 

「あ、ゴメン、二人共最初より全然うまくなってるし……ね、リョウ?」

「うーん……」

「ちょっと、フォローして!!」

 

 そこそこギターが得意でしかない私は、その事実に急に安息を求めてしまいました。

 あ、丁度いい所に土管が……。

 

「ああぼっちちゃん、土管の中に引きこもらないでぇ!!」

 

 私は己が上手くなったなんて思い上がりに自己嫌悪にふさぎ込んでいたので。

 

「リョウ先輩、後藤さんが下手ってことはないと思いますけど……」

「リードギターが上手くても、周囲が付いて来れないと下手に聞こえるんだよ」

「え……それは、責任重大ですね」

「うん、そうだね」

 

 喜多ちゃんとリョウさんがそんなことを話しているのは聞こえませんでした。

 

 

「全員リョウ並みに演奏できるようになってることを求めてるわけじゃないと思うんだよね」

 

 ライブハウスに戻る道中、虹夏ちゃんが私と喜多ちゃんを鼓舞するようにそう言いました。

 

「え、じゃあ、何を求めて……」

「うーん、成長? バンドとしての熱量? 私達のバンド()()()かな?」

 

 成長……それに、らしさ?

 

 今の私達と、一般的なバンドの違いは何なんだろう。

 どうすれば店長に認めて貰えるんだろう。

 

 

 オーディションまで残り一週間。

 

 バンド全員で練習する日以外は、移動の時間も惜しんだ。

 

「後藤さん、ありがとうね。いつも練習に付き合ってくれて」

「あッ、い、いえ」

 

 放課後、夕日もあまり当たらない学校の廊下の隅で、私はいつものように喜多ちゃんと練習をしていました。

 

「あ、そうだ、先生に聞いてみたんだけどね、放課後は使っていない教室で練習しても良いって言ってたの!!

 そっちで練習した方が良いんじゃないかしら?」

「あッ、いや、そ、それは……」

 

 私はその当然の指摘に、言葉に詰まりました。

 

(教室なんかで練習したら、噂になって何であのミジンコの後藤が喜多さんなんかと一緒に居るんだってじろじろ見られて練習にならなくなっちゃうぅ!!)

(あ、そういうことなのね……)

 あッ、そうか、教室で練習したらうるさいものね、流石後藤さん!!」

(良い方に解釈してくれたぁ、優しいぃ)

(やっぱり、言わないと)。あのね、後藤さん」

 

 喜多ちゃんは何気ない風にそう切り出しました。

 

「バンドとしての成長って、つまり頑張ってるってことじゃない?

 でも頑張ってるって、当たり前の事でしょう?

 例え才能が有っても無くても、頑張らないと上手くなれないじゃない?」

「そ、そうです、ね」

「よくいうじゃない? 凡人が努力しても、天才も努力してるから追いつけないって。音楽とか、そういう芸術の世界って、そう言う世界でしょう?」

「ま、まあ、そうですよね」

 

 芸術の世界で、才能は暴力にも等しい。

 同年代の天才に心折られるなんて話は、現実でも創作でもよくある話です。

 

 音楽の世界も実力勝負だ。

 いつか、私も他人と比べて心折られて日が来るのが、恐ろしかった。

 

「でもね、私はそれが全てじゃないって思うの」

「え……」

「もし私達のバンドが、他のバンドと比べられて下手だとか、劣ってるとか、そう言われてもね、私達は心から頑張ってるって胸を張って言えるようになりたいの。自分の練習不足で後悔するなんて悔しいもの!!

 だから、オーディションの日まで、よろしくお願いいたします」

「……」

 

 私は絶句するしかなかった。

 私に頭を下げる喜多ちゃんがまぶしかった。

 

 彼女の言葉は、きっと綺麗ごとだ。

 私が毎日練習を欠かさず繰り返してきたのは、ただ自分に自信が無いからだ。

 

 誰かに胸を張って、自分はこれだけ練習したんだって言えるようになるためではなかったのです。

 

 喜多ちゃんは、私に無いモノを持っている。

 好きこそ物の上手なれ、ということわざの通り、喜多ちゃんの上達は日進月歩です。

 もし自分の実力に彼女が追いついたのなら、それはもう言い訳ができないのではないか。

 

 そんなことを、()()()()()()()

 

(それは違う、そんなはずない。後藤さんは本物だ。私に無いモノを間違いなく持っている。私は絶対に後藤さんには成れない)

(こんな私でも、皆は必要としてくれるのかな……あッ)

 す、すみません、喜多さん、こちらこそ、よろしくお願いしますぅ!!」

「うん!! ねえ後藤さん、結束バンドから逃げ出しちゃった私を受け入れてくれて、本当に嬉しかったの」

「喜多さん……」

「だからオーディション、必ず受かりましょうね!!」

 

 喜多ちゃんが私の手を握ってそう言った。

 ま、眩しい、キターンな輝きが、輝きがぁ!!

 

 

 

 翌日。

 

 

「え、何その髪型……」

 

 買い出しに出ていた虹夏ちゃんが私達の姿を見て、そう言いました。

 

「ば、バンドマンとしての成長を見た目で表現、だそうです!!」

 

 そう、私達は皆の憧れビートルズのように黒スーツでびっちり決めて、キノコヘアのかつらを被っていたのです。

 そして、発案者及び衣装のレンタルをしてきたリョウさんはキメ顔でした。

 

「やっぱりリョウか……」

「飲酒、喫煙、女遊び、そして髪型はキノコヘア、それがバンドマン」

「イメージがこてこてすぎる!! それにお酒もたばこも二十歳になってから!!」

(多分海外だと、これに非合法なお薬も加わるんだろうなぁ……)

 

 古来より、薬物によるトリップは芸術とは切っては切り離せない関係にあります。

 画家に音楽家、役者。薬物が齎す集中力や幻覚作用が、人間の芸術性を呼び覚ましていたことは否定できないことなのです。

 

「そうだった、お薬も」

「そっちはもっとダメだからね!! お薬を使ったら絶交だから!!」

 

 あ、リョウさんも釘を刺されている。

 

「でも今のは男性バンドのノリですよね!!

 ガールズバンドの場合はどうなんでしょう……」

「バンドメンバーが仲良くないとか」

「えー、そんなことありませんよ、私達仲良しですよね!! ほら、写真撮りましょ!!」

 

 私は喜多さんの陽のオーラに委縮しながら震える他ありませんでした。

 

「とにかく、ふざけないの!! 普段から金欠なくせにこんなことには行動力あるんだから……」

「でも成長なんて目に見えないし、判断基準ぼんやりしてるし」

「ハッキリしてるよ、とにかくお姉ちゃんを納得させればいいんだから、ほらほら、最終調整をするよ!!」

 

 そうして、私達は衣装とかつらを置いて、スタジオに向かいました。

 

 ……リョウさんの言うことも、わかるのです。

 

 人間の成長はテストのように点数で分かるモノではありません。

 成長かと思ったら、それは退化かもしれません。

 

 努力を重ねれば成長する。そんなのは綺麗ごとだ。

 だったらどうして、私は昔から変わらないのだろう?

 

 バイトを始めた。

 人の目を見れるようになった。

 

 それが、成長?

 歩けない人が、歩けるようになって、当たり前の人間になることが褒められること?

 それがバンドとしての成長なのか?

 

 私の成長と、バンドの成長はイコールなのか?

 

 昔の私はバンドをすることだけが望みで、それが叶った今はもう成長など無意味なのだろうか。

 

 

 

 そして、オーディション前日。

 

「今日はこのくらいにしておこうか」

「あれ、もうですか?」

「うん。明日のオーディションに備えて、ゆっくり休んでね」

「お疲れ」

 

 リーダーの音頭に、リョウさんはすぐに従いました。

 喜多ちゃんもギターを片付け始めます。

 

 私もそれに習い、ライブハウスから出ました。

 

「ぼっちちゃーん!!」

 

 そして駅までの帰り道、虹夏ちゃんが駆け寄って私を呼び止めたのです。

 

「ごめんごめん、驚かせちゃって」

「あ、いッ、いえ」

「何か飲む? コーラでいい?」

「あ、ありがとうございます」

 

 私が何かを言う前に、虹夏ちゃんは近くにあった自販機にお金を入れて缶ジュースを渡してきました。

 

「……私の都合に付き合わせちゃったらゴメンね」

「え?」

「だってほら、ぼっちちゃんが結束バンドに入ったのはその場の成り行きだったでしょ?

 ぼっちちゃんはずっとバンドやりたかったって言ってたけど、ぼっちちゃんがどんなバンドをやりたかったとか、何の為にバンドしてるとか、聞いたことなかったなって」

「ああいや……(ちやほやされたくて始めたって正直に言うべきだろうか)

(それはもう知ってるかな……)

 

 ふふ、と虹夏ちゃんはなぜか笑った。

 

「こういうのって、しっかりと口にしないといけないかなって。

 ねえ、ぼっちちゃん」

「な、なんでしょう!!」

「もし、私以外の誰かに最初にバンドに誘われていたら、そっちに行ってたかな?」

 

 私はその質問に息が詰まる思いだった。

 

(ぼっちちゃんが流れで結束バンドに入った? いいや、それは最初だけ。今は私達がぼっちちゃんに流されてる。彼女の宿命に流されている)

 

 虹夏ちゃんは軽そうな雰囲気に対して、真剣な表情でこちらを見ていました。

 

(私の夢を、ぼっちちゃんにだけに押し付けちゃいけない。ぼっちちゃんの才能を利用して叶える夢なんて意味なんて無い)

 

 私は、彼女の瞳にこう答えました。

 

「……運命だと、思いました」

「……」

「だ、だって皆は、虹夏ちゃんもリョウさんも喜多さんも、私みたいなダサくてギターを弾けるぐらいしかできない私に、よくしてくれて……。

 他のバンドも同じように行くとは、お、思えないかなって……」

 

 私は、私の意志でここに居る。

 

「わっ、私は、みんなのこと、好きですし……」

 

 きっと、何度繰り返しても、私はここに居る。

 リョウさんの前のバンドみたいに解散したら、きっと立ち直れない。

 

「ふふ、急にゴメンね。ぼっちちゃんはあんまり自分の意見を言わないから、ちゃんと聞いておかないとね!!」

「い、いっいえ、こちらこそ、気を遣わせてしまって」

「ぼっちちゃんには言っておこうかな。

 私はさ、目標って言うか、夢があるって言うか、つい熱くなりすぎるところがあってさ!!」

(夢がある、か。羨ましいな……)

 

 私には、人生に目標を設定して、その為に邁進する姿は輝かしく見えるのでした。

 ……いいや、違うな。

 

 私と虹夏ちゃんの出会いは、運命ではなく、神託なんだ。

 

「だから、無理だったらちゃんと言ってねってこと!!」

「む、無理なんて、そんな!!」

「そう? なら良かった……」

 

 ある種の儀式めいた問答を終えて、虹夏ちゃんは自分の分の缶ジュースを飲み干し、ゴミ箱に捨てました。

 

「え、えーと、虹夏ちゃんがバンドやる理由は、売れて武道館ライブですよね……」

 

 日頃から虹夏ちゃんはバンドとしての成功を口にしている。

 だから私は、日本人アーティストの到達点を言ってみました。

 

「うーん、本当の夢はその先にあるんだけどー」

 

 虹夏ちゃんはイタズラっぽく笑って、来た道に駆けだした。

 

「まだぼっちちゃんには秘密だよー!!」

 

 その笑顔はまさに、天使のように可愛らしかったです。

 

 そう、天使とは、人に神託を告げる存在。

 虹夏ちゃんの夢。バンドの目標。

 

 私の目的、夢、目標。

 それはある意味、彼女から齎されたようなものだったのだと、それに気づくまでもう少しのことでした。

 

 

 

 §§§

 

 

 そして、とうとうオーディション当日が訪れました。

 

(私がバンドをやる理由。一晩かんがえてみたけけれど……)

 

 各々がステージで機材の調整をしている中、私は考える。

 

(今も、人気になってちやほやされたいって思うのは変わりない……)

 

 目の前には観客ではなく、たった二人のライブハウスの知り合いだけ。

 

「それじゃあ、『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲、やりまーす!!」

 

 ライブではMCを務めるはずの虹夏ちゃんが、そう言った。

 私の歌詞、私達の曲。それを初めて披露する。

 

(でも今は、私だけじゃない!!)

 

 ドラムがリズムを取る、開始の合図!!

 イントロが始まる。ギターの弦をかき鳴らす。

 

(────()()()()()()()()()

 

 

 

 ──変化は、すぐに訪れた。

 

 

 四人のライブを審査していた星歌は曲のBメロの時点でそれを実感した。

 

 後藤ひとりの心の声が止む。

 思念の伝搬が止まる。

 

 だが、彼女の心のうちは手に取るように理解できた。

 

 誰もが持ち合わせている、若さ、青さ。

 青春の切なさと儚さ。

 

 共感を呼ぶ、相手の心に訴えかける音楽。ロックそのもの!!

 

 彼女は気づけばステージで演奏していた。

 かつて自分がロックを叫んでいたように。

 ──いや、それは錯覚に過ぎない。彼女の思念波が呼び起こす、脳のフラッシュバックのような何かでしかない。

 

 まるで暴力のような音楽性!!

 彼女の内に秘めていた衝動ッ!!

 

 またステージに舞い戻りたい、そんな彼女の心の底の僅かな葛藤を呼び起こす!!

 

 後藤ひとりの書き記した歌詞が、己の衝動と重なる。

 

 彼女は曲が終わるまで、自分でも気づかぬうちに幻のギターを手にして、演奏に参加していた。

 

 星歌がハッとなって横を見ると、PAはまるでライブの音響装置を動かす仕草をしていた。

 自分ならライブでどのように音響を調節するか、機材を目の前にしているかのように手を動かしていたのだ。

 

「あ、あれ……」

 

 そして、彼女も我に返った。

 二人は顔を見合わせ、そして星歌はもう一度ステージに目を向けてこう言った。

 

「確か、もう一曲演奏予定だったよな。それもやれ」

 

 はい、わかりました、と彼女の妹の声がした。

 

 だが、結局彼女は五回ほどリテイクをさせた。

 

 ハッキリと言うならば、審査にならなかった。

 合格、不合格、それ以前の問題だった。

 

 最終的に、合否は明日通達する、としか言えなかった。

 

 彼女が火照る身体を覚ます為にライブハウスから外に出ると、彼女は気づいた。

 車は停止し、通行人達は狂喜乱舞し、各々子供のように思い思いの歌を歌い出し、それに浸っている。

 

 彼女は直面したのだ。

 この三十分間程度の時間、下北沢という町が完全に麻痺していたという事実に。

 

 そして、ほどなく何事も無かったかのように、街は戻っていく。

 

 星歌は、己の頬を引っ張ることしかできなかった。

 

 

 

 

 




マップ兵器と化したぼっち。

一年半以上お待たせしてすみません。ここしばらくはブルアカの二次創作を書いていました。
ふとアニメを見直す機会が有り、続きを書きました。
ついでにぼざろとサトラレのマンガも読めたので、原作に対する解像度も上がっています。

この小説はぼっちの心の声と、その才能に振り回される人たちのお話です。
両原作も、そんな話ですしね!! 流石にぼっちの才能を盛り過ぎかと思いましたが、サトラレって一人の人間を大真面目に大勢で守っているのが面白いので、このままで行きます。ギャグ描写みたいなものだと思ってくださいww

とりあえず、アニメ一期終了までは終わらせたいです。
次はなるべく早く書くつもりですので、今後も拙作をご愛読下されば幸いです。



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