憂鬱な月曜日が始まる。
「(初日以来、何度かバイトに行って少し慣れてきたけど、やっぱり学校はしんどい。行きたくない……。 )」
もうバイトもして、十分社会の一員になれたよね。もういいよね。
お母さんもお父さんもいっぱい褒めてくれたし。
なんでこんなに月曜日ってどんよりするんだろう。
某ご長寿アニメを冠した症候群しかり、私だけじゃなく大勢が同じことを思ってるってことだよね。
「(ん? でもよくよく考えたら、バンドもしてライブハウスでバイトもして……もう私陰キャじゃないのでは!?)」
そう思ったら、気分が晴れやかになった。
これであと一週間戦える!!
「(少しはコミュ力も上がったはずだし、もう一度ギターもっていこうかな!! きっと話しかけてくれるよね!!)」
そして学校、ホームルーム前。
見 慣 れ た 光 景 !!
「(はい、そんな他力本願で話しかけてくれるわけないよね……)」
「「「(行動力の方向性が謎過ぎる……)」」」
「(後藤さんのお陰で学費免除だし、話題振ってあげよう……)
あっ、そう言えばこの間言ってたバンド、サブスク解禁されたねー!!」
「(悪い人じゃないし、いつも一人だし、やっぱり話しかけた方がいいのかな……)
あー、知ってる、私昨日から鬼リピしてるー。もう聞いてなくても音が聞こえる感じでさー」
「わかるー。でもさ、ついついCDとか買っちゃうんだー」
「あ、それ、昨日発売された奴じゃん!!」
「そうそう、学校来る前に買ってきたんだ~」
「聞く?」
「聞く聞く~」
「(あ、バンドの話……)」
私の前の方の席で、私も知ってるバンドの話をクラスメイト達がしていた。
「(あ、食い付いた、ここで話題を──)」
「あッ!!」
「わッ、後藤さん、なに!?」
「ど、どうしたの? 後藤さんから話しかけてくるの珍しいね」
「(予定は狂ったけど、結果オーライ!!)
えっと、CD聞く? イヤホン片方空いてるよ?」
クラスメイトはプレイヤーから伸びたイヤホンを片手にそう言ってくれたけど……。
「あっ、なんでもありません……」
「そ、そう……」
「こ、困ったことが有ったらいつでも言ってね!!」
すみません、すみません!!
陰キャは出だしを躓くと何もできなくなる生き物なんです!!
§§§
放課後、私は人気のない階段の下の物置きになってる謎スペースで昼食を食べてました。
思い返すは、朝の出来事。
自然と両目から涙が零れる。
悲しみのあまり、私は心を閉ざした……。
「(話せなくて良かったんだ……。
冷静に考えたら、盗み聞きした挙句突然入ってくるなんて気持ち悪いし……。
もう調子に乗るのはやめよう、慎ましく生きよう……)」
もぐもぐ、と私は独りお弁当を食べ進める。
「(それにしてもここは静かでお昼ごはんには最適だなぁ。
教室じゃ一人で食べづらいし、いい場所見つかって良かった。
便所飯って明るい人が考えた陰キャのイメージだよね……。
トイレでご飯なんて食べないし、女子トイレなんて常に人がいるのに……)」*1
その時でした、階段の上の廊下から足音が聞こえたのは。
私は咄嗟に物陰に隠れた。
こんなところでご飯を食べているなんて知られたら、惨め過ぎて精神崩壊する!!
「昨日のカラオケ楽しかったよねー」
「喜多ちゃんってやっぱり歌うまいな~」
「辞めちゃったけど、バンドでギターもしてたらしいよ」
「音楽の才能があるんだね~」
「(バンド……!!)」
そんな話声が聞こえて、私は先日のミーティングを思い出しました。
「(そう言えば、虹夏ちゃんが新しいボーカルギターが欲しいって言ってたけど。
私も結束バンドに貢献する為に探した方が良いんだよね。でも初対面の人に話しかけるなんて……よく部活マンガで楽しく勧誘してるけど、あれは嘘だ!!)」
でも、私はその時気になってしまった。
ギターができて、歌が上手いなんて、そんなうってつけの人材が間近にいたのだから。
「(どんな人だろう……)」
私はこっそりと階段の下から廊下を窺ってみました。
その瞬間、私の視界は真っ白になりました。
虹夏ちゃんが天使なら、彼女は太陽でした。
「喜多ちゃーん、来週のバスケの試合、助っ人いいかな~?」
「えー、またなの? でも良いよ!!
今度はスリーポイントシュート決めようかな!!」
「(あ、かわいい……)」
太陽が浮かぶ空の下、青春の輝きを擬人化したかの如き存在が、喜多ちゃんという女の子だったのです。
「(可愛くて運動が出来て人望もあって。
その上ギターまで弾けるなんて……)」
昔の曲の歌詞に、№1よりオンリー1って言葉が出るけど、私はより正確な残酷な言葉を知っている。
──誰かの代わりなんて居ない、ただ上位互換がたくさん存在するだけで。
全く同じ成績なら、誰もが可愛い方を選ぶ。
選ばれなかった方は見向きもされない。
ただ下へ、下へ、生息できる社会のランクが下がっていく。
彼女の存在は、そんなギターが出来ると言うだけの私のみみっちいプライドを容易く焼け焦がしたんです。
「(アイデンティティが、私のアイデンティティが崩壊する音が!!)」
ぱりーん、ぱりーん、ぱりーん……。
「今の声って……」
「あ、喜多ちゃんってクラス離れてるからあんまり聞かないんだ」
「ほら、後藤さん……、聞いてるでしょ、ほら」
「ああ……そうだったわね」
そして放課後、私は何とか尊厳を回復させ喜多ちゃんのクラスへと向かいました。
こっそりと扉から中を窺うと、偶然にも中に残っているのは喜多ちゃんだけでした。
彼女はなにやらスマホを見ているようで、その為か同級生たちの下校に取り残されたようでした。
他人の眼が怖い私にとって、これは勧誘の絶好の機会でした。
だけど、私にとってなかなかに難しい事でした。
ただでさえ、クラスメイト達にすら話しかけられない私が、他のクラスの、それも自分のほぼ上位互換である女の子に話しかけるなんて、一秒ごとに劣等感を刺激されてしまうのです。
「(あの子、さっきから何なのかしら。あ、そう言えば……見たことある)
えっと、五組の後藤さんだよね?」*2
「うひ!? (私の名前知ってる!?)」
「クラスの誰かに用事でもあるの?
もうみんな帰っちゃったけど……」
「(言うんだ、ひとり!! 実はバンドのギターボーカルを探していてうちのバンドに興味ないですかって!!)」
「え?」
「バッ、ギッ、ボッ!!」
「突然のヒューマンビートボックス!?」
私は、自分の顔が茹蛸のように真っ赤になっていくのを、じっくりと感じ取っていました。
「えッ、ぶんつくぱーつく……」
「ごッ、ごめんなさい!!」
ある意味究極の無茶振りに、返事をしてくれる喜多ちゃんの優しさが耐えきれなくて、私は恥ずかしさと自分の惨めさに耐えきれずに逃げ出してしまいました。
「あッ、ちょっと待って!!」
そんな、引き留める声を振り払って。
§§§
「後藤さん、どこ行ったのかしら……」
私は、逃げていった後藤さんを探していた。
それはなぜか。
一言で言えば、未練。そして後悔だ。
後藤さんはバンドのメンバーを探しているようだった。
私がバンドに入っていたことは友達のみんなが知ってるから、多分噂を聞いたんだと思う。
勿論、彼女のバンドに入るつもりなんて無かった。
一度逃げ出した自分が、何食わぬ顔で別のバンドに入るなんて厚顔無恥にも程がある。
だから、自分の言葉で断らなければならない、と思ったの。
彼女を探していると、どこからか楽器の音が聞こえた。
放課後、人気のない薄暗い場所で、彼女はギターを鳴らしていた。
「(後藤さん、ギター担当だったのね……。それにしてもこの演奏、すごく心惹かれる……)」
哀愁、悲しみ、後悔、まるで我がことのように伝わってくる。
「え、うそ……」
自然と、涙が溢れていた。
それは、共感だった。
まるで後藤さんと私の心が繋がったような、同じ痛みを共有するような、不思議な感覚だった。
気づけば、私は彼女の下に近づいていて拍手をしていた。
「すごーい!! 感動!!
後藤さんギター上手いのね!!」
「(きっ喜多さんいつの間に……!?)」
「(えーと、後藤さんがバンドメンバーを探してるのは言ってないから……)
さっきの演奏、すごく惹きつけられるって言うか……後藤さん、バンドでもしてるの?」
「あっはい。(すごく褒めてくれる!! 良い人!!)」
「ねえ他にも何か弾けるの? 弾いて弾いて?」
「(あう、まっ眩しすぎて直視できない……)」
私は無邪気にそんなことを彼女に頼んでいた。
それより、なぜ自分が探しに来たのか理論立てると不自然になるから、さっきのことを訊ねることにした。
「あ、その前にさっき何か用事あったんじゃない? 突然逃げちゃうからどうしたかと思っちゃったわ」
「(これは、勧誘のチャンス!!)
あッ、今自分バンドのギターボーカル探してて、えっとその喜多さんがギター弾けるって聞いたので」
後藤さんの言葉は、彼女の心の中の声と同じだった。
「あー、そっか……ごめんね、私、そのバンドには入れないわ」
今でも後ろ髪を引かれる思いだった。
憧れの先輩を裏切ったこと、嘘を吐いたこと。
私はまだ、自分の事を赦せていない。
「あっいや、私は暗いけど、他のメンバーは明るくて!!」
「いや、後藤さんが嫌とかじゃなくて」
「(な、何とか喜多さんを引き留めないと、気を引けるようなこと言わないと!!)
週末はみんなでBBQ!! 半年に一度の球技大会!!
ライブの打ち上げはリムジンだし!! 行事盛りだくさんでぇ!!」
「そんなパリピバンド嫌なんだけど……」
心の中が明け透けな後藤さんに対し、このままだと失礼だと思った私は、正直に話すことにした。
「その、正直に言うとね、私ギター全く弾けないのよ!!」
「えッ」
「前にちょっと居たバンドはね、先輩目当てで弾けるって嘘ついて入っちゃったっというか。
結局、何一つわからなくて逃げちゃったって言うか」
「なにひとつ……」
「うん」
私は目の前に置かれた後藤さんのギターを手に取った。
「ギターってこっちジャンジャンするだけじゃないのね。
この木の棒、飾りかと思ってた」
「えッ」
「そもそも、初心者が一人で始めるには難しすぎるのよね。
メジャーコード、マイナー? 野球の話? みたいな」
「(分からないの次元が違いすぎる……)」
「だから、一度逃げ出した私がもうバンドなんてしちゃダメなのよ……」
「で、でもここでやめたら一生そのこと引きずるんじゃ……。
(私だったら多分引き籠って二度と出てこれなくなると思うし……)」
引きずる……。
後藤さんの言う通りだった。
表面上はいつも通り過ごしていても、喉の奥に刺さった小骨のようにじくりじくりと、あの事は私に痛みを与え続けている。
「後藤さんは誰かにギターを教わったの?」
「あ、いえ、殆ど独学で」
「ええ──ッ!! ホント!? すごーい!!」
「いえ、全然!!」
「あ、そうだ!!」
その時、閃いたの。
「後藤さん、ギター教えてくれない?
私の先生になってよ!!」
「え”え”!? あっ、うへへ……」
「こんなにうまい後藤さんが教えてくれるなら、頑張れる気がするの!!
今度こそちゃんとギター弾けるようになって、前のバンドの先輩たちに謝りに行きたいの!! ねえ、いつ教えてもらえるかしら、放課後とか?」
「あっ私放課後はライブハウスでバイトしてて……」
「じゃあ合間でもいいから!!
スタジオとか隣にない? そこでお願い!!」
私は後藤さんの手を取って頼みました。
後藤さんの頼みは断った癖に、私は自分のお願い事を押し通そうとしたんです。
はい、わかってたんです。後藤さんが嫌がってたことぐらい。
「わッ、わかりました!!
(私のばーか、断れーい!!)」
「ホント、ありがとう!! 今日早速行ってもいい?」
「(やばいやばいやばい!! ウソついたことバレちゃう!! 虹夏ちゃんたちにパリピな感じに偽装してもらわないと!!)」
後藤さんは急に後ろを向いて、スマホを一心不乱に押し始めました。
「(やっぱりパリピバンド路線は嘘だったのね……)」
「(よし、これでオッケー、これで虹夏ちゃんとリョウさんも察してくれるはず!!)」
「えッ」
虹夏、リョウ……その名前を聞いた瞬間、私の心臓がはねた音が聞こえた。
「ねえ、後藤さん。後藤さんのいるバンドの名前って」
「あっ、はい、結束バンドって言います」
この世界は案外、広いようで狭い。
考えてみれば、下北はそんなに遠くない。
学生が年上と混じってバンドするのもあんまりないと思う。
だって他ならぬ私がそうだったんだから。
「ごめん、用事思い出しちゃった。今日はダメそう」
「え?」
「バイトの無い日で良いから、ギターの先生お願いね!!」
そして、私は逃げるように後藤さんから遠ざかった。
神様が見ていたら、きっと呆れている。
私は、逃げてばかりだ……。
喜多ちゃんは明るくてかわいくて、したたかで自信が無くてちょっとズルい子だと解釈してます。
本質的にぼっちちゃんと似てるのに、属性は真逆という。難儀なことです。
本当なら、今回はぼっちちゃんの特殊設定をつかって喜多ちゃん加入をごり押しするつもりでした。
だけど、それは二次創作じゃない。原作を文字起こししただけだって思ったのです。
原作沿いは原作沿いの面白さはありますが、この作品に限っては違くないか、と思った次第であります。
どうか読者の皆様におかれましては、原作との変化とキャラクターたちの心情の動きを堪能していただきたく存じます。
では、また次回!!