メタバース内では『ゲート』によって異なるブロック、異なるゲームエンジンのコンテンツに移動することが出来るという設定です。
「顎を引いて、はい結構です。測定しますね」
「や、よろしくお願い致します」
過緊張で挙動不審気味になっていると、白い制服を来たお姉さんが背後で苦笑いを浮かべた気配がして恥ずかしさが込み上げてくる。
新しい技術に触れる興奮もあるのだが、いい年をしてこれでは情けがない。意識して心が凪ぐのを待ち、その後は淡々と3Dスキャナーによる俺のアバターを作成する作業が進行していった。
1ヶ月半後、日曜日の朝に確認した郵便受けには、区役所から『メタIDカード』の受け取り通知書が予想よりもずっと早く届いていた。
──『メタIDカード』とは、もう一つの現実世界『メタバース』でのパーソナルデータを証明する国家主導の管理システムだ。
天才達の長年の研究が実を結び、安定した核融合による電力の供給が可能となったことや新素材による半導体研究が追い風となり、日本から波紋のように浸透した『メタバース』は淘汰、統合され、一つの巨大コンテンツとなった。
そこへ俺は、『メタバース』により深く潜る為には必須となる『メタ9』のライセンスとして使用可能な身分証明書、『メタIDカード』を発行し、出会いの少ない現代社会のどん底に垂れた一本の蜘蛛の糸であるメタバース婚活に飛びついた……という話なのだが、まぁ失敗したので語ることはもうない。『成就した恋はつまらない』がそれよりもっと『喪男がサブスクに無駄金を払い損になった』話なんて、悲壮的でグロく、つまらないのは自明の理だからな。
さておき、メタ9でメタバースのサービスを利用するにあたって開放された仮想空間での自由なカスタマイズが可能なマイルームの充実が、今の俺のマイブームだ。
ハイエンドなデスクトップPCを勢いで買っていたので、高負荷なゲームエンジンで3Dモデルの作成も可能だが、解像度に自己満足を得るタイプの人間ではないので、メタ3(旧世代の携帯端末)でも入室可能な処理の軽さを意識して部屋に思い出の品を増やしているのだが、電子書籍を可視化した棚や他人には理解不能な小物の数々を眺めていると懐かしいというか、自分の人生の軌跡に──心が軋む。
たかが25年で分かった気になるなと言う大人もいるだろう、だが、平坦な人生ではなかった。
人生には大きな壁が三回現れるとは言うが、四半世紀の間に三回も現れるとは水戸黄門のOPでも教えてはくれなかった。俺は辛い過去から救いを求めるように、『紙粘土の爆弾と手紙が入った箱』を手に取った。
◆
彼は、特別俺と仲がいい友人ではなかった。
小学4年生の頃に、読書週間で図書室の海賊ポケットやズッコケ三人組のシリーズを取り合って、給食の時間に感想を交わしていたことは覚えているが、それ以外は昼休みに一緒に遊ぶ友人の一人でしかなく、彼が両親の都合で引っ越すと聞いたときに、初めて心がザワついた。
そして、担任の先生の提案から贈り物を用意するという話に発展し、小学生なりに一人で悩み抜き、図工の授業で余った紙粘土と父親から貰った端から5cm程度で切断したロープで爆弾を作り、父親にライターで湿気ったロープに焦げ目を作ってもらったりと工夫を加えて完成させた『思い出の爆弾』を箱に収めて、仕上げに手紙を添えたのだった。
“みんなのことをわすれたら、このバクダンはバクハツするから、一生わすれるなよ!”
脅迫の手紙を読んだ彼が「うん」と言ったときの顔が鮮明に思い出される。俺はあのとき、照れて余計な憎まれ口を叩いた気がするけれど、彼は頬にえくぼをつくって笑っていたのだから。
中学生になったとき、彼は苗字を変えて帰ってきた。「なんだよ、お前さぁ!」とこずいた俺は、昔のように給食の時間になると彼と読んだ推理小説の感想を交わしたのだった。
◆
コーヒーを飲んだような後味の余韻に浸り、軽く自己嫌悪する。
そんな人間関係を全てリセットしなければ、俺は高校生を生きることが出来なかったのだ。
苦痛でしかなかった成人式の場で、東京の大学へ進学したことは拾い聞いたが、全ての縁を断ち切った代償として、異性と会話が成立しない悲しきソロ充モンスターが完成してしまった──新訳山月記のアイデアが浮かんだところで、俺はメタバースの深淵からもう一つの現実へと浮上するのだった。
VRMMO物を書くにあたっての世界観の構築をこねていたら「メタバースをベースにしたらやりたい放題出来るくね?」と思い書きました。
テンプレート化を意識したので、メタバース部の入部者が増えることを期待しています。楽をして読みたい。
【例】紫「幻想郷はメタバースに移ります」
……バーチャル博麗神社で参拝客が増えた霊夢の話。
みたいに二次創作としても可能性を感じる。